兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
フグ鯨の特殊調理の異常な難易度が明かされ、レジェンドであるリゼル自身の口からも驚きの確率が語られます。そしてラストは、ココとの久々の共闘に喜ぶリゼルですが……ココが小松に見出した『ある不穏な影』にいち早く気づき、戦況がシリアスに引き締まります。それでは本編をどうぞ!
都会の喧騒を離れ、うっそうと生い茂る山道を四人の影がゆっくりと歩いていた。
「もうすぐ僕の家だから」 先頭を行くココが、白いマントをなびかせながら穏やかな声をかける。
その後ろを歩く小松は、大きな荷物の重さと険しい上り坂に、すっかり息を「はぁ、はぁ」と荒く弾ませていた。
「へぇ、でもなぜ四天王のココさんが、占い街――グルメフォーチュンに……?」
小松は汗を拭いながら、素朴な疑問を口にした。
「今、僕の本業は占い師だからね」
「四天王が占い……?」
美食屋としての圧倒的な強さを持ちながら、今は占いを
本業にしているというココの言葉に、小松は不思議そうに目を丸くする。
すると、隣を悠然と歩いていたトリコが、思い出したように尋ねた。
「そういえば、ゼブラはどうした?」
「捕まったよ。今はグルメ刑務所だ」
ココがさらりと返した衝撃の事実に、トリコは思わず声を上げて笑った。
「ハッハッハッ! ついに捕まったか、あの問題児……! ……思い出すぜ。四人でよ、死に物狂いで『庭』で修業した頃を。あの時、兄貴からもめちゃくちゃ怒られたりしたっけか?」
「昔の話だ……」
トリコに話を振られたココは、少しだけ困ったように苦笑いを浮かべた。
かつてIGO会長・一龍の修業場である『庭』で、まだ幼く狂暴だった四天王たちを時に厳しく、時に温かく叱り飛ばして導いてくれた存在――それがリゼルだったのだ。
かつて自分の後ろを必死に追いかけてきていた幼い弟分たちの姿を思い出し、その口元には、静かで温かい笑みが刻まれていて――。
山道の途中で、小松はすっかり体力を使い果たして「はぁ、はぁ」と激しく息を切らしていた。
その隣で、リゼルは遠い修行時代に想いを馳せるように、優しく目を細めて佇んでいる。
――ズサササッ、と突如として、四人の足元に巨大な漆黒の影が落ちてきた。
山道をすっぽりと覆い尽くすほどの異常な大きさの影に、真っ先に小松が気がつく。
「ん?」
異変を感じ取った四人が、同時に上空へと視線を向けた。
木々の隙間から見える空を優雅に旋回していたのは、一般的な鳥のサイズを遥かに超越した、巨大な怪鳥の姿だった。
「カラスのオバケ!?!?」
小松がひっくり返ったような声を上げて目を丸くする。
しかし、ココは怯えるどころか、愛おしそうな眼差しでその巨鳥を見つめた。
「迎えに来てくれたのか、キッス!」
ココが呼びかけると、キッスと呼ばれた怪鳥は美しく大きな翼を広げ、風を切り裂きながらゆっくりと高度を下げてくる。
「ホォ。空の番長エンペラークロウ……絶滅種じゃねぇか」
トリコが感心したように腕を組み、その名を口にした。
その隣で、リゼルも「ほぉ……」と低く声を漏らし、片手を自身の美しい口元に軽く触れさせながら、その見事な毛並みと威風堂々とした佇まいに深く感心するように眺めていた。
「え――っ!?!? 」
小松の驚愕の絶叫が、静かな山道にこだました――。
上空から巨大な影がゆっくりと舞い降り、エンペラークロウのキッスがココの目の前へと着地した。その風圧に小松が思わず顔を覆う。
「僕の家族、キッスさ。四人運べるかい?」
ココが優しく問いかけると、キッスは任せろと言わんばかりに――グルゥアアアッ! と力強く、かつ知性のある声で鳴き答え、大きな翼を広げて四人を背へと促した。
暗い美食會の拠点へと場面が変わる。
「四天王トリコ、そしてレジェンドリゼルが、ココに接触したとの情報が……」
直立不動の手下が、不気味な光の灯る部屋の奥で冷徹に報告する。仮面を被った男は、その報告を淡々と聞き流しながら、低い声を響かせた。
「フグ鯨……。あれはどうした?」
「あれ……とは?」
手下が困惑の声を漏らすが、仮面の男はその疑問に答えることなく、ただ冷酷に命令を下した。
「起動の準備だ」
トリコたちのルートへと戻る。
キッスに運ばれた四人がたどり着いたのは、霧深い断崖絶壁の頂にひっそりと建つ、ココの自宅兼占いの館だった。
豪勢な室内のテーブルには、トリコのために山のような料理が並べられており、トリコはすでに猛烈な勢いでそれらを口に放り込んでいた。
その横で、ココは慣れた手付きで温かい飲み物をカップへと注ぎ、入れ終えると同時に呆れたようにトリコを見つめた。
「僕も賛成だな、デザートを虹の実にしたのは。まっ、僕の占い通りになったってわけか。……つーか、もっと上品に食べたらどうだい?」
ココの小言に、トリコは口元を拭ってニヤリと笑顔を浮かべた。
「んで、お前はどうなんだ? 人生のフルコースメニュー、完成したのか?」
「ああ」
ココが静かに頷いたその瞬間、背景が漆黒へとフェードアウトし、光り輝くココのフルコースメニュー表が画面に浮かび上がった。
まだいくつかの皿には銀色の蓋(クローシュ)が被せられたままだが、すでに登録されている見事な食材たちが次々とオープンされていく。
「僕のはスープ・リードラゴンの涙、魚料理・ブレオカジキ、肉料理・G2フェニックス、サラダ・ネオトマト、デザート・ドムロムの実……。栄養バランスの良い料理がそろえられてるよ」
――ふたたびカメラが引き、ココがカップを上品に持ち直す元のリビングのカットへと戻る。
「決まってないのは、オードブル、メイン、ドリンクの三つだ」
ココは温かい飲み物を一口含み、自身の進捗を静かにトリコたちへと明かした。
ココが明かした一級品の食材の数々に、小松は感嘆のため息を漏らし、少し頬を赤く染めながら呟いた。
「どれも捕獲レベルの高い、値を付けられない食材ばかり……」
料理人として純粋に感動する小松を見つめながら、ココはふっと優しく微笑み、手元のカップを上品に傾けた。
「そんな話をしに来たわけじゃないだろう?」
「え?」
小松が不思議そうに声を漏らす。
ココは静かに目を瞑り、温かい飲み物を一口喉へと運んでから、すべてを見抜いている紫色の瞳をゆっくりと開いた。
「用件は仕事の依頼……『フグ鯨の捕獲』、だな」
トリコは待ってましたと言わんばかりに、満面の笑顔を弾けさせた。
「さすが話が早ぇ!」
その賑やかな掛け合いをすぐ隣で聞きながら、リゼルもまた、自身のカップを静かに持ち上げて口へと運んでいた。
トリコは大きなジョッキに並々と注がれたビールを手に、ココの話に耳を傾けていた。
「難しい仕事だね。フグ鯨の毒は、わずか0.2ミリグラムを摂取しただけで死に至る猛毒……」
「はい。一度毒袋が破れて毒化すると、どの部位も食べられなくなってしまう……。そのため捕獲と調理が非常に難しく、現在は毒化したモノが多く出回っていると聞きます。主に闇市場などを通じて……」
小松が真剣な表情で料理人としての知識を述べる。その画面に解説の映像が浮かび上がった。
それは、浅瀬を美しく優雅に泳ぎ回る、一匹のフグ鯨の姿だった。一匹のフグ鯨の姿だった。しかし次の瞬間、わずかな衝撃によって体内の毒袋がぷつりと破れてしまう。――ジュワァアアッ……。破れた毒袋から禍々しい液体が溶け出したかと思うと、さっきまでフグ鯨の全身が、泳いでいる状態のまま一瞬にして不気味な紫色へと染まり変わっていった。生きながらにして全身が猛毒の塊へと変貌を遂げる、恐るべき映像。
その映像がふっと消え、ココは静かに目を瞑って聞いていたが、トリコの豪快な声にゆっくりと目を開ける。
「まあ、命を落とすってわかってるのに、それでもみんな『うまい』って食うわけだからな」
トリコはビールをグイッと煽り、最高のおつまみを思い浮かべるように鼻を鳴らした。ココは組んだ両手を口元へと寄せ、紫色の瞳に真剣な光を宿す。
「さらに、完璧に毒袋を取り除ける確率は、僕で一割程度。十匹中、一匹うまくいくかどうかだ……」
その驚異の難易度を前にしても、トリコは臆することなく大皿の料理を頬張った。
「そんだけ確率がありゃ充分だぜ。俺じゃ一匹も捌けねぇからよ。……それに、今回は兄貴もいるしな!」
トリコが期待を込めて窓際のリゼルへと視線を向ける。
しかし、名前を挙げられたリゼルは、少しだけ眉根を下げて困ったような苦笑いを浮かべた。
「いや、俺でさえもフグ鯨の調理は難しい。……極限まで集中して、なんけば五匹か十匹を完璧に捌けるかどうか、といったところだな。もし集中を切らせば、三匹いけるかどうかも怪しい」
レジェンドでもあるリゼルそんな彼をして「集中しなければ数匹が限界」と言わしめるほど、フグ鯨の特殊調理は過酷なものだった。リゼルの口から語られたリアルな難易度に、室内には再び心地よい緊張感が漂い――。
「僕たちにとって、本当に一筋縄ではいかない食材だね」
ココはそう言って、再び組んだ手を口元に寄せながら、リゼルの言葉の重さを噛み締めるように目を細めた。
レジェンドとしてのリゼルの腕前を誰よりも知っているココだからこそ、その数字の過酷さが誰よりもリアルに理解できたのだ。
室内に満ちる心地よい緊張感の中、トリコはビールジョッキをドンとテーブルに置き、ニヤリと力強く笑った。
「だからこそ、面白ぇんじゃねぇか! 兄貴とココがいて、手に入らねぇ食材なんてこの世にねぇよ」
トリコのどこまでも前向きな言葉に、小松もゴクリと生唾を飲み込みながら、二人の顔を真剣な目で見つめていた。
ココは再びその美しい顔を引き締め、紫色の瞳に張り詰めた光を宿した。
トリコはスプーンで大盛りのチャーハンを豪快に口へ運ぼうとしていたが――ココの次の一言に、ぴたりと手を止める。
「まだ、残念なデータがある」
ココの言葉に重なるように、うっそうとした解説映像が浮かび上がる。 映し出されたのは、光すら届かない不気味な洞窟の穴。その暗闇の奥深くから、真っ赤に光る不気味な丸い目が、まるで侵入者を呪うかのようにぎょろりとこちらを睨みつけていた。
「フグ鯨の産卵場所に行くには、全長数十キロ、深さ800メートルに及ぶ猛獣たちが潜む迷宮を抜けなければならない。そして最も厄介なのは……地獄から来た魔獣・デビル大蛇が生息していることだ」
その凶悪な名前に、小松は椅子から飛び上がらんばかりにびっくりして声を張り上げた。
「デビル大蛇ぃ!?」
「ああ。太古の昔、最強と言われたバトルウルフ……奴と肩を並べた魔獣だ」
画面の映像が切り替わり、荒涼とした断崖絶壁の頂で、満月に向かって雄々しく咆哮を上げる伝説の王者・バトルウルフの姿が映し出される。そのバトルウルフと互角に渡り合ったという、世界の絶望を体現したような魔獣の存在。
だが、そのあまりにも絶望的なデータを聞いた瞬間、トリコは臆するどころか、腹の底から楽しそうに笑い声を響かせた。
「ハッハッハッハッ!」
その豪快な笑い声に合わせるように、窓際でカップを持っていたリゼルもまた、フッと不敵な笑みを漏らした。
地獄の魔獣という最高の強敵の存在に、美食屋としての、そして『黄金の鬼』としての肉体が静かに歓喜しているのだ。
怯える小松とは対照的に、二人の最強の美食屋の顔には、未知なる戦いへの闘志がみなぎっていた――。
「危険なのはわかったって! なんなんだ? 占いに出てんのか? 俺や小松や兄貴の命がねぇとでも」
トリコがジョッキを置き、じっとココを見据えて問いかける。
「あっ……」
「死相でも見えるってか?」
その言葉に、ココはハッとしたように僅かに目を見開いた。少しだけ視線を下へと落とした後、その美しい口元が静かに、滑らかに釣り上がっていく。
「……フッ、何年ぶりになるかな。美食屋の仕事」
ココのその言葉を聞いた瞬間、小松の顔が一気に喜びで輝いた。
「じゃあ……!」
「同行するよ」
「おっしゃあ! さすがココ!」
トリコは嬉しそうに力強くガッツポーズを決める。
窓際のリゼルもまた、その黄金の瞳を優しく細め、不敵に口元を上げて微笑んだ。
「ココと久しぶりに一緒に仕事ができるな」という、兄貴分としての純粋な喜びがその表情には溢れていた。
「やりましたね、トリコさん!」
「オウッ! 報酬はホテルグルメのレストラン、一生食べ放題はどうだ?」
「ダメに決まってるじゃないですか!」
「あ?」
「なんで僕のレストランが出てくるんですかぁ!?」
小松の全力のツッコミが響き、トリコがガハハと笑う。
そんな賑やかな二人のやり取りの最中――リゼルはふと、ココの方へと鋭い視線を向けた。
ココが椅子から静かに立ち上がったその顔が、先ほどまでの穏やかさとは打って変わって、冷徹なほどに真剣なものへと変わっていたからだ。
ココの紫色の瞳は、無邪気に笑う小松の姿を痛切に、じっと見つめていた。
(死相か……。マズいな……彼にハッキリと見える。……彼の命は……)
ココは自身の目に見える不吉な電磁波の影――小松の全身を覆う濃い死相に、内心で激しく戦慄していた。
「それよりも、フグ鯨漁、楽しみですね!」
そんなココの葛藤など露知らず、小松はトリコへと嬉しそうに未来の冒険を語りかけている。
ココの尋常ではない真剣な眼差し、そして彼が小松だけを凝視しているその異質な様子。
それらをすぐ傍らで捉えていたリゼルは、長年の経験と直感によって、ココが何を見ているのかを「何となく」すべて察知していた。
小松に、何か途方もない命の危機が迫っている。
リゼルはいつもの穏やかな表情をスッと消し、その黄金の瞳の奥に底知れない守護者としての真剣な光を宿した。
これから始まる地獄の迷宮。何があってもこの弟たちを死なせはしない。リゼルは静かに拳を握り締め、三人を見守るその視線を、より一層強く、鋭く研ぎ澄ませていっていた――。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
トリコと小松のコミカルな掛け合いの裏で、ココが小松の『死相』に戦慄し、そしてそれを察したリゼルが兄貴分として、守護者として、静かに覚悟を決める緊迫のラストとなりました。単なる『見守り』ではなく、弟たちの命の危機を感じ取ったからこそ、リゼルの見守る視線がより一層鋭く研ぎ澄まされていく熱い展開です!
次回はいよいよ、地獄の迷宮『洞窟の穴』へと出発する【フグ鯨捕獲編・本番】へ突入します!