兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
アニメの公式設定やキャラクターたちの魅力を大切にしながら、より深くて少し切ない世界観を目指して書きました。 それでは本編へどうぞ!
一歩足を踏み入れれば、そこは光すら届かない無限の闇が広がる世界だった。
ごつごつとした岩肌に囲まれた狭い通路を、ティナに手渡された明かりを頼りにして、5人はゆっくりと進んでいく。
「ティナさんが貸してくれたヘッドランプのおかげで、暗闇もへっちゃらですよ!」
「撮影照明でも使える高性能タイプだからね。役に立って嬉しいわ~」
小松が頭のライトをパタパタと動かして声を弾ませ、隣を歩くティナもどこか誇らしげに胸を張る。
無限に続くような暗黒の奥を見つめながら、ココが静かに釘を刺した。
「ああ、小松くん。僕から絶対離れないようにね」
「ティナもだぞ?あんまり離れるなよ?」
「わかってるわ」
ティナはカメラを握り直して真っ直ぐに頷く。
「はい! あっ、ポキポキキノコだー!」
返事をした直後、小松が通路の足元を指さしてパッと目を輝かせた。
「マジでか!? おおー!」
トリコがすぐさま駆け寄り、岩肌に群生する茶色いキノコをむしり取ってバキバキと豪快に口へと放り込む。
「このポキポキの歯応え、くぅ~! 最高だぜー!」
「ココさーん! リゼルさーん、ここいっぱい生えてますよー!」
すっかり夢中になって、さらに奥の壁へと駆け寄っていく小松の姿に、ココは困ったように眉を下げて小さくため息を漏らした。
「だから離れるなって……」
「ココ、行くぞ」
苦笑いするココの肩をぽんと叩き、リゼルが先に歩き出す。
「視聴者の皆様、ポキポキキノコです!」
ティナが真剣にカメラを回して実況する中、暗闇のさらに奥から、不気味な荒い息遣いがハァー……ハァー……と響き渡った。
「ん? 出たぁ――っ!!」
パッとヘッドランプの強い光線が暗闇を切り裂く。
その光の先に怪しい影が浮かび上がり、ティナが悲鳴を上げて飛び退いた。
「「わあ――っ!!」」
その光に照らされた不気味な顔を見て、後ろにいたはずの白川と坂巻までもが、自分のボスだというのに一緒になってガタガタと情けない悲鳴を上げる。
「人をオバケ扱いすんなー! てか、お前らまで驚くなー!」
ゾンゲは全力でティナと白川と坂巻に怒鳴り散らした。
「ん? お前らもここに来たのか」
突然の悲鳴の中、その顔をじっと見つめたリゼルは、いつもの顔のまま、フッと黄金の瞳を細めて短く声をかけた。
「ん? リゼル兄さんの知り合い?」
意外そうな顔で振り返るココに、リゼルは静かに視線を戻して返す。
「お前と会う前に、グルメ列車でな」
小松はさらに壁の奥を覗き込み、別の岩肌を指さして嬉しそうに声を弾ませた。
「リゼルさん、トリコさん、ココさんこれ見て下さい。こっちのほうがポキポキキノコ絶対美味しですよ」
「お?本当だな」
トリコがすぐに身を乗り出し、リゼルも小松の元へと歩み寄って覗き込む。
「どれ…」
「まったくしょうがないな」
ココもあきれ顔で苦笑いしながら、小松を包み込むようにして4人で楽しそうにキノコを囲むのだった。
その少し向こうで、ティナはゾンゲにぐいぐいと詰め寄っていた。
「あ、あんたたち美食屋? 洞窟の奥から来たってことは……フグ鯨捕まえたわけ!?」
「あ…あ~……砂浜まで行ってきてよ……今大冒険を終えて帰るとこだ……」
本当は入り口付近で迷って震えていただけなのに、ゾンゲはふんぞり返って必死に見栄を張る。
それを聞いたティナは、カメラに向かってパッと声を弾ませた。
「マジ!? 見せて早くフグ鯨~! てんこ盛りスクープ!」
「ゾ、ゾンゲ様! 奴が来ましたー!」
そのとき、暗闇の奥を見張っていた白川が、顔を真っ青にして悲鳴を上げた。
ごつごつとした岩肌の影から、不気味な猛獣の巨大な影がぬっと這い出てくる。
「「「「わあ――っ!!」」」」
ティナ、坂巻、ゾンゲ、は、一斉に腰を抜かして凄まじい悲鳴を上げた。
「もうキモい! キモい! この洞窟ー!」
「どこ!? フグ鯨どこー!?」
パニックになって逃げ惑うティナたちの騒ぎに、ポキポキキノコを見ていたリゼルがふと顔を上げ、不思議そうに眉をひそめた。
「ん? まだ居たのかあいつら」
「あ? ゾンビくんじゃないか」
トリコも今初めて気付いたのか、ポキポキキノコを食べながら首を傾げた。
必死に逃げながらその声を聞いたゾンゲは、涙目になりながら全力で叫び散らした。
「俺はゾンビじゃなくゾンゲだ――っ!!」
叫び声が響き渡る中、トリコは呆れたように笑いながら、その背中を見送った。
「元気だな~」
その隣にいた小松も、同じように立ち止まったまま、猛獣と共に遠ざかっていくティナの姿を心配そうに目で追いかけた。
「ティナさん……?」
リゼルはすっかり遠くへ走り去っていった彼らの後ろ姿をじっと見つめ、その鋭い眉根をほんの少しだけ下げて心配そうに呟いた。
「……あいつら、大丈夫なのか?」
そんなリゼルの様子を隣で見ていたココが、ふっと表情を和らげ、そして、二人を安心させるように澄んだ声を返す。
「大丈夫だよ、二人とも。あの人たちに死相は見えなかったから、きっと無事に戻れるさ」
ゾンゲたちの騒がしい声が完全に聞こえなくなった頃、通路はさらに奥へとすぼまり、壁がすぐ近くまで迫ってきた。
「ずいぶん狭くなって来ましたね……」
小松のすぐ後ろにぴったりと位置を取り、リゼルはその背中をいつでも支えられる距離で見守る。
「ああ。でも、間違いねぇよ。わずかだが、潮の香りがする」
ふと足を止め、顎を上げて鼻をクンクンと大きく鳴らすトリコ。
その少し後ろで、リゼルも同じように静かにクンクンと闇の匂いを嗅いでいたが、小松は前方のトリコに夢中でその後ろ姿には気づかない。
「相変わらずスゴい鼻ですね、……。けど、ココさん。明かりも持たずに、よくそんなに普通に進めますね?」
小松はトリコの鼻の良さに感心しながら、次は一歩前を明かりなしで歩くココへと、不思議そうに視線を向けた。
「ココにはな、人間には見えねぇ赤外線から弱い紫外線まで、全部見えちまうらしいぜ」
「え?」
小松が素っ頓狂な声を上げて目を丸くした。
暗闇に浮かび上がる視細胞の構造、光を電気信号に変える目の仕組みの映像が流れる中、ココは歩調を崩さないまま澄んだ声で優しく教える。
「目には、光を受ける細胞――視細胞があってね。僕の視細胞は常人の数百倍……この暗闇でも昼間のように明るく見えるんだ」
その穏やかな横顔を、リゼルは少しだけ心配そうな眼差しで見つめていた。
「へへっ、それだけじゃねぇぞ。ココの目は、普通の人間には見えねぇ電磁波も捉えるんだ」
トリコがさらに言葉を繋げる。
「ああ、まあね。僕の占いは、人から出る電磁波の色や形,量を捉えて、その人の将来を見るんだよ」
「わあ、すごいです! じゃあ、僕の未来も見てください! 一流の料理人になれますかね?」
小松はすっかり興奮して、通路を嬉しそうに飛び跳ねながら、無邪気に先へと進んでいく。
――その、瞬間だった。
(……光が、さらに微弱に……?)
楽しそうに跳ねる小松の背中を見つめたまま、ココはハッと息を呑み、びっくりしたようにその顔を強張らせた。
小松の体を包む光の色が、あり得ない速度で急速に濁り、消えかけていく。
同時に、リゼルは片方の眉をぐっと上げ、黄金の瞳を鋭く細めてココの横顔をじっと観察した。
リゼルは尋常ではない気配を感じて、すぐさま前方を歩いてる小松へと視線を走らせた。
その瞬間、同じく野生の勘でただ事ではない異変を察知したトリコと、パッと正面から目が合う。
二人は言葉を交わすまでもなく、互いの瞳の奥でずっしりと深く頷き合った。
「待て! 止まれ!」
ココが戦慄した声を張り上げて静止を促した、まさにその一歩だった。
小松は足元の崖に気付かず、不意にずるりと足を踏み外してしまった。
「へっ? うわあ!」
バランスを崩した体が、そのまま底の抜けたような暗闇へと傾いていく。
真っ逆さまに暗闇の底へと落ちていく小さな体。
だが、リゼルと頷き合ってすでに臨戦態勢を取っていたトリコが、電光石火の速さですっと腕を伸ばした。
衣服の擦れる音を鋭く響かせながら、落ちていく小松の手首を、片手で豪快にすくい上げる。
「何してんだよ」
いつもの不敵な笑みを浮かべるトリコにぶら下げられながら、小松は涙目になって冷や汗を拭った。
「スミマセン……。ん? なんか音がするんですけど……」
光すら届かない暗黒の奥底から、ごつごつとした岩肌を激しく削り取るような不気味な音が、地響きと共に地々と鳴り響いてきた。
――カサカサ、カサカサカサ……!
不快に這い回る無数の足音が足元から響き、ヘッドランプの光の中に、禍々しい巨体が無数に浮かび上がる。
捕獲レベル7の昆虫獣類・サソリゴキブリの群れが、隙間なく通路を埋め尽くしていた。
「ええっ!?」
すぐにトリコに引き上げられた小松は、ガタガタと身体を震わせながら悲鳴を上げる。トリコは獰猛な瞳を鋭く細めて、目の前の群れを睨みつけた。
「サソリゴキブリは猛毒で獲物を溶かし、食い尽くしちまう危険な奴らだ」
緊迫した空気が流れる中、ココが、静かに頭のヘアバンドへ手をかけた。
その動きを見ただけで、彼がこれから何をしようとしているのか、後ろにいるリゼルにはすべて分かっていた。
「行くのか?」
リゼルは鋭い眉の端を少しだけ下げ、他の2人に聞こえないほどの小さな声で、そっとココの背中に問いかける。
その心配そうな声を受け止めたココは、ふっと表情を和らげ、リゼルにだけ届くような最高に優しい小さな声で語りかけた。
「行ってくるよ、リゼル兄さん」
大切な兄貴分への信頼。
ココはヘアバンドをバッと外して振り返り、今度はいつもの冷静で凛とした普通の声に戻して、その場にいる全員に対して言い放った。
「……先に降りる」
「えっ、先に降りるって……?」
小松が驚いて声を裏返らせる中、ココは暗黒の穴の底へと、躊躇なくその身を躍らせるのだった。
「あとから付いて来てくれ」
ココがそう言い残した瞬間、その身体全体から不気味な紫色の毒気が立ち上る。
――シュッ!
ココは凄まじいスピードで崖から飛び降りると、暗闇の底へとドサッと力強く着地した。
残されたリゼルは、すぐに小松の元へと駆け寄ってその肩にそっと手を置く。
「小松、大丈夫だ」
安心させるように、リゼルは普段のクールさからは想像できないほど優しい声で語りかけた。
小松はそんなリゼルにコクコクと頷きながらも、先に向かったココの後ろ姿を心配そうに見つめている。
ココが暗闇の底へと着地した瞬間、カサカサカサと不気味な足音が四方八方から鳴り響いた。
闇の中から現れたのは、尋常ではない数のサソリゴキブリの群れだ。一瞬にしてココの周りへと文字通り群がるように集まり、逃げ場をなくすかのように包囲する。
しかし、サソリゴキブリたちはココの目の前まで迫った瞬間、一斉に動きを止めた。
ココの体から立ち上る禍々しい毒の気配を本能で察知したのか、恐れをなしたように、一斉にゾワゾワと後ろへと引き下がっていった。
「スゴい……!」
小松が思わず声を漏らすと、隣に立つトリコが不敵に笑った。
「奴らも察知したらしいな。――ココの持つ毒の脅威を。」
トリコのその言葉に、小松はハッとしてココの方を見つめた。
驚きのあまり目をまん丸に大きく見開き、口もポカンと開けたまま固まってしまう。
猛獣たちを圧倒したココは、やがて紫色の毒気をすうっと消し去り、本来の穏やかな姿へと戻った。
トリコたちはココのいる崖の下へと降りていった。
ココの元へ到着した時には、ココはすでにその首や手首に再び緑の包帯を巻き、頭にターバンを着け直しているところだった。
いつもの穏やかな姿に戻ったココは、優しく微笑みながら、集まった三人に向けて言う。
「驚かせたね。もう安心していいよ」
その言葉に小松がホッとする中、トリコが小松に向けて解説を始めた。
「美食屋は毒を持つ生物に対抗するために、人工的に『抗体』を作るんだ」
小松は納得したように頷いた。
「抗体って……毒を中和して、毒の効果を無くすやつですよね?」
するとトリコは、何かを思い出したように隣のリゼルへと視線を向ける。
「そう言えば兄貴って、あんまり毒が効かないんだったか?」
トリコからの問いかけに、リゼルは少し顎に手を当てて、考え込むように呟いた。
「あぁ……。昔は普通に毒が効いていたんだが、いつの間にかあんまり効かなくなったなぁ……」
二人の会話を横で聞いていた小松は、驚きのあまり口をポカンと開けてしまう。
そして、リゼルの顔をまじまじと見つめた。
「リゼルさん……すごいですね!」
トリコはニカッと笑い、親指でココを指差した。
「俺でだいたい七十種類の抗体を持っているが、ココの持つ抗体は約五百。兄貴の次に美食屋の中でも群を抜いているんだ」
「ご、五百……っ!?」
小松はあまりの桁違いな数字に目を丸くして驚いた。しかし、すぐに「ん?」と何かに引っかかる。
トリコは今『兄貴の次に』と言った。
ということは、目の前にいるリゼルは、その五百種類を持つココよりもさらに多くの抗体を持っているということになる。
小松の視線に宿った疑問を、リゼルはすぐに察したのだろう。
その端正な顔立ちに困ったような笑みを浮かべ、やがて、どこかココと同じような、深い哀しみを湛えた表情を浮かべる。
800年もの途方もない時間を生き、その中で何度も、数え切れないほど死にかけながら毒を克服してきたのだ。
五百どころではない、気が遠くなるほどの抗体がその身体には眠っている。
リゼルは小さく息を吐くと、静かに微笑んだ。
「たまたま常人よりも毒に耐えられる体質で、抗体を作れたのさ。でもね……」
ココの言葉に、影を落として切なげにリゼルを見つめ、それから、自らの毒を宿した手をそっと見つめ返した。
ココは静かに、自らの過去を語り始めた。
「抗体は、微量の毒を時間をかけて注入して作るんだ。だけど、僕は多量の毒を短期間で注入した
――そのために体内で毒が混合して、新たな毒が生まれたんだ……。猛獣が逃げ出すほどの、強力な毒がね」
ココの声に合わせて、崖の暗闇が彼の顔に深い影を落としていく。
その濃い影の中から、ココはさらに、静かに言葉を紡いだ。
「それに……リゼル兄さんには、僕の毒はほとんど効かない。新しく生まれた毒でさえ、数日も経てば克服されてしまう。……それは、リゼル兄さんだからこそ可能なことさ。それに引き換え、今の僕はただの『毒人間』……。最も品のない存在さ……」
静かに自分を蔑むように呟くココと、800年もの孤独を背負うリゼル。
二人の纏うあまりにも重い空気を感じ取り、小松は悲しそうに、そして切なそうな表情を浮かべて二人を交互に見つめていた。
洞窟の奥から吹く冷たい風だけが、静まり返った四人の間を通り抜けていく――。
お読みいただきありがとうございました!
自分を「最も品のない存在(毒人間)」と責めるココと、すべてを知りながら悲しそうな顔で見つめることしかできないリゼル兄さん……。書いていて私自身も胸がギューッと締め付けられるような回になりました。
小松くんも、二人の背負う空気の重さにびっくりしながらも、本気で心配してくれていますね。
次回もよろしくお願いします!