兄貴、見守る。   作:キュウリ大好き人間

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グルメ16

 

「さっ! 行こうか?」

 

ココは努めて明るくそう言うと、どこか寂しげな背中を向けて歩き出した。

 

そのすぐ隣へと、リゼルがすっと寄り添うように並んで歩く。

 

リゼルはココの肩に優しく手を置きながら、寂しそうな、けれど全てを包み込むような温かい笑顔をココに向けた。

 

ココもまた、リゼルを見つめ返して寂しそうに、だけど嬉しそうに口元を少し上げて、二人で静かに先へと進んでいく。

 

そんな二人の姿を、小松は悲しそうな、胸が締め付けられるような顔で見つめていた。

 

「ココさん……なんだか寂しそうですね。それに、リゼルさんも……」

 

小松の呟きに、隣を歩くトリコが低く重い声で語り出した。

 

「ココの血液から新しい血清を作ろうとする科学者に追われたり、第一級の危険生物として隔離されそうにもなったんだ。美食屋の仕事から離れたのも、そんなしがらみから抜け出したかったからだろう」

 

トリコは一度前方のリゼルの背中に視線を向け、さらに声を潜める。

 

「それに、これはオヤジから聞いた話だがな。兄貴に毒が効かなくなったのをどこで聞きつけたのか、それを実験しようと企む奴らが次々に現れたらしい。新しい未知の毒でさえ、数日も経てば効かなくなっちまう身体だからな……。怪しい組織から何度も逃げ回ったり戦ったりしたそのせいで、兄貴は表の舞台に滅多に出なくなったんだ」

 

トリコの言葉を聞いた小松は、ハッと息を呑み、目を見開いた。

 

「だから、ココさんはカメラを嫌がったのか……! リゼルさんが、滅多に姿を現さない『レジェンド』って言われていた理由も、そういうことだったんですね……」

 

リゼルとココが先へと進む中、二人は不意にピタリと足を止めた。

 

そして、互いに顔を見合わせると、もう一度目の前に広がる深い穴を見つめ直す。

 

「トリコ」

 

ココが呼ぶと、後ろを歩いていたトリコが「ん?」と声を返した。

 

「百メートルほど真下に向かって、巨大な穴が広がっている!」

 

「ええっ!?」

 

ココの言葉に小松が驚きの声を上げる中、ココは自分の身体に巻き付けていたロープを慣れた手付きで解いていく。

 

「暗闇でも目が利くから、僕が先に降りるよ」

 

すると、小松がトントンと前に進み出て、真っ直ぐにココを見上げた。

 

「じゃあ僕、ココさんと一緒に降ります! いいですよね、ココさん!」

 

「……!」

 

ココは驚きのあまり、思わず目を少し見開き、口元を小さく開けたまま固まってしまった。

 

さっき「自分は品のない毒人間だ」と言ったばかりなのに、小松は少しも怖がらずに寄り添ってこようとしている。

 

「だけど……僕には毒が……」

 

言いかけるココだったが、小松はそんなことなど気にも留めず、満面の笑顔でココの背中へとぎゅっと抱きついた。

 

「行きましょう! ココさん!」

 

「小松くん……」

 

自分の毒を恐れず、純粋に信頼を寄せてくれる小松の温もりに、ココは少しだけ嬉しそうに、愛おしそうな表情を浮かべた。

 

一方、そんな二人のやり取りを後ろから見ていたリゼルも、どこか嬉しそうに目を細めていた。

 

可愛い弟分が小松によって救われたことが、兄貴分として何よりも微笑ましかったのだ。

 

だが、目の前の真っ暗な巨大な穴を見下ろした瞬間、リゼルの顔が「面倒くさそう」なものへと一変する。

 

――わざわざこの深さをロープで降りるなど、実に面倒だ。

 

そこでリゼルは、何かを思いついたように、自身の身体の数箇所へと素早く指先を走らせた。自分自身にかける特殊なノッキング――。

 

次の瞬間、リゼルの衣服がふわりと縮み、その身体は手のひらに乗るほどの可愛らしいミニサイズへと変化した。

 

そして、軽い身のこなしでトリコの肩の上へと飛び乗る。

 

ちなみに、リゼルのノッキング技術は、さすがに伝説の達人の領域にまでは届かない。

 

とはいえ、このように自身の肉体を自在にミニサイズ化して制御できるほどには、極めて高い腕前を持っているのであった。

 

トリコは驚きのあまり、口をポカンと開けたまま固まってしまった。

 

自分の肩の上に、手のひらサイズになったミニサイズのリゼルがちょこんと乗っているのだ。

 

普段は冷静なトリコも、この状況にはわかっていても思わず質問してしまうくらいには動揺していた。

 

「あ、兄貴……か?」

 

肩の上のミニリゼルを見つめながら、トリコが引きつった声を出す。

 

「そうだ」

 

リゼルは腕を組み、当然といった様子で短く返事をした。

 

「……どうやってそんなミニサイズに……!?」

 

「内緒だ」

 

「うっ……」

 

トリコはめちゃくちゃ知りたそうな顔をしてリゼルを凝視したが、それ以上は教えてもらえないと察したらしい。

 

「……そうかよ」

 

と、どこか腑に落ちない様子で肩をすくめると、トリコは諦めてロープをしっかりと掴み、巨大な穴の暗闇へとゆっくり降りていくのだった。

 

「蛍……蛍がいますよ!」

 

小松が嬉しそうに声を上げた。

 

「ああ、ウミホタルだね。海からこの洞窟に紛れ込んだんだろう」

 

ココが優しく応じると、小松は目を輝かせてその光を見つめた。

 

「綺麗ですね、ココさん……!」

 

自分の背中に無邪気にしがみつく小松の温もりを感じながら、ココは小さく俯く。

 

(あえて僕の身体に触れることで、僕を気遣ってくれているんだね……。小松くん、できることなら、君の命も守りたいものだが……)

 

占い師としての宿命に胸を痛めながらも、ココはそっと目元だけを後ろの小松へと向けた。

 

そこには、ただ純粋にウミホタルを楽しそうに眺めている小松の横顔があった。

 

その時、上からロープを伝ってトリコが降りてくる気配がした。

 

「ウミホタルがいるってことは、砂浜が近いってことか!」

 

紐にぶら下がったトリコが声を張り上げると、ココと小松はすぐにそちらを振り返った。

 

だが次の瞬間、二人はある「異変」に気付いて首を傾げた。

 

「……トリコ、リゼル兄さんがいないんだが、もしかしてまだ上に残っているのか?」

 

ココが不思議そうに尋ねると、小松も困ったような顔でトリコを見つめる。

 

するとトリコは、紐を掴んだまま、ポリポリと困ったように自分の髪を触り、苦笑いを浮かべて自分の肩へと指を差した。

 

二人が紐を降りてくるトリコの肩を凝視すると――そこには、トリコの肩の上でウミホタルの光をのんびりと眺めながら、小さなコップに入ったお茶をズズッと楽しんでいるミニサイズのリゼルの姿があった。

 

「ええっ!?」唖然とした二人の驚き顔は、やがて呆れたような苦笑いへと変わっていった。

 

「……リゼル兄さんが楽しそうなら、良かったよ」

 

ココが力なく笑うと、小松もウンウンと頷いた。

 

「そうですね。それにしても、あんな風にミニサイズになれるなんて、リゼルさんはやっぱり凄いなぁ……!」

 

「いや、俺もあんなミニサイズになれる技術なんて、全く知らないんだよな……」

 

紐を伝って降りながら、トリコがボソッと呟いたその言葉に、ココは一瞬だけ、ハッとして真剣な表情を浮かべた。

 

伝説のノッキングマスター次郎の影を察したココだったが、それも一瞬のこと。

 

すぐに諦めたように眉を下げ、トリコの肩でお茶を啜る偉大な兄貴分を見上げて、優しく苦笑するのだった。

 

――その時、遥か崖の底から、引き裂くような悲鳴が響き渡った。

 

『ぎゃ――っ!!』

 

「ええっ!?」小松はすぐさま下を向いて暗闇の底を凝視する。

 

「美食屋か!」

 

トリコが鋭く叫んだ。

 

その顔から先ほどまでの苦笑いが消え、異変を感じ取ったように目元がきつく険しくなる。

 

リゼルは何も言わず、ただ暗闇の先を見つめていた。

 

「……」

 

次の瞬間、辺りを綺麗に彩っていたウミホタルたちが、何かに怯えるように一斉に姿を消した。

 

不気味な沈黙が流れる中、ただならぬ殺気を肌で察知したココが、ハッとして上を向く。

 

「何か……来る! トリコ! リゼル兄さん!」

 

「ああ! 一気に降りるぞ!」

 

トリコがロープを強く握り直した。

 

ココもまた、背中の小松の身体を抱き締め直す。

 

「小松くん! しっかり掴まって!」

 

「あ、はいっ!」

 

トリコは自分の肩の上にいる小さな兄へと声をかけた。

 

「兄貴も一気に行くから、振り落とされないよう掴まっててくれ!」

 

「あぁ」

 

短く応じたミニサイズのリゼルは、トリコの服の襟を小さな手でしっかりと掴む。

 

トリコとココの二人は、ロープを掴む手に凄まじい速度で滑らせながら、一気に暗闇の底へと降りていった。

 

――ズシンッ!

 

勢いよく地面に着地したものの、一瞬たりとも安心できる状況ではなかった。

 

洞窟のさらに奥深くから、バタバタバタと不気味な羽音を響かせ、大量の『何か』がこちらに向かって猛スピードで飛び迫ってきたのだ。

 

一体何が来るのかと全員が身構える中――当のリゼルは、どうやらこの手のひらサイズのミニサイズがすっかり気に入ってしまったらしい。

 

わざわざ元の姿に戻るのが面倒だったのか、リゼルはトリコの肩から軽い身のこなしでジャンプすると、隣で怯える小松の肩の上へとヒョイッと乗り移った。

 

「わわっ……!? リゼルさん!?」

 

いきなり自分の肩にちょこんと乗ってきた小さなレジェンドに、小松は驚きつつも、その圧倒的な安心感にどこかホッとしたように目を丸くするのだった。

 

その瞬間だった。

 

「な、なんですか、あれは!?」

 

小松が悲鳴のような声を上げる。

 

暗闇の奥から押し寄せてきたのは、無数の不気味な影だった。

 

「アゲハコウモリの群れだ!」

 

トリコが鋭く叫ぶ。

 

「小松くん、下がって!」

 

ココの制止に、小松は「はいっ……!」と短く応じて後ろへと飛び退いた。

 

小松が下がったその刹那、ココがすっと前に躍り出る。

 

右手首の緑色の包帯を素早く引き剥がすと、その右手を禍々しい紫色へと毒化させて構えた。ココの指先から、強烈な毒の滴(しずく)がじわりと染み出す。

 

――シュバッ!

 

ココがその手を一閃し、染み出した毒の滴を群れへと向かって投げ放った。

 

「ポイズンドレッシング!!」

 

放たれた無数の滴がアゲハコウモリの羽を正確に捉え、トリコと小松の間にポタポタと落ちていく。

 

「毒の量は抑えておいた……。すぐに麻痺が解けて、また飛べるようになるさ」

 

ココが息を整えながら言うと、トリコが険しい顔で眉をひそめた。

 

「本来は臆病で、滅多に人間を襲うことがねぇ奴らが、どうしてこんなに暴れて……」

 

――バタバタバタバタッ!!

 

その疑問をかき消すように、さらに奥から、先ほどとは比べ物にならないほどの大群が目の前を埋め尽くした。

 

「ああ……やっぱり何か様子がおかしい。僕たちを襲って来るというか、後ろにある『何か』から必死に逃げている感じだ……。まさか!」

 

ココは何かの可能性に気付き、慌てて後ろへと振り返った。

 

「小松くんは……!?」

 

ココの声で、ようやくトリコもハッと目を見開いて慌てだす。

 

そして、ある重要な事実に気付いた。

 

「そう言えば……兄貴! 小松と一緒にいただろ!?」

 

「……! そう言えば、リゼル兄さんがついているなら大丈夫かもしれないが……逆に、あのサイズじゃ心配だ!」

 

トリコとココは、コウモリの大群が去った暗闇に向かって必死に声を張り上げた。

 

 

「小松ーーっ!! 兄貴ーーっ!!」

 

「小松くーん!! リゼル兄さーーん!!」

 

――だが、返ってくる声はない。

 

場面は変わり、二人がはぐれた暗闇の洞窟の奥深く。

 

そこは、無数の人間たちの白骨が転がる、不気味で静まり返った絶望の空間だった。

 

その骨の山の中から、何かがうねうねと地を這い、姿を現す。

 

蛇のような巨大な影が、トリコとココの前に立ちはだかった――。

 

――〈ギュアァァアアア!!!〉

 

洞窟を震わせる咆哮。

 

闇の中でらんらんと輝くのは、不気味な三つの目。洞窟の支配者――『デビル大蛇』が、その凶悪な牙を剥いて姿を現したのだった。

 

 

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