兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
ピキィィィィィンッッ!!!!
その瞬間、リゼルの肩の皮膚に、眩しく明滅する【星型の痣】がくっきりと浮かび上がった。
ココの目に映っていた通り、黄金だったオーラはその痣から溢れ出す未知の輝きによって完全に限界を突破。
大気を激しく引き裂くような
――ゴォォォォォォォオオオッッッッ!!!!
――という不気味な轟音と共に、完全に純白の宇宙エネルギーへと染まり変わる。
カァァァッ!と両目を黄金に光らせたリゼルの背後で、エネルギーを供給された「黄金の鬼」がさらに巨大に膨れ上がり、洞窟全体を震わせる咆哮を上げた。
――オオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!
ドゴォォォォォンッ!!!
リゼルが足に思いきり力を込めた瞬間、足元の大地が跡形もなく爆発する。
一瞬でデーモンデビル大蛇の眼前に肉薄したリゼルは、完全に『白』へと覚醒した宇宙エネルギーを纏った拳を叩き込んだ。
だが、リゼルの本能は、無意識のうちに世界を壊さないよう絶対的な「手加減」を課していた。
デーモンデビル大蛇は即死することはない。
それどころか、リゼルの顔は、狂ったように口元を釣り上げて笑っていた。
まるで、壊れないおもちゃで遊ぶかのように。
ドカバキバキバキバキバキバキギャァァァン!!!!
容赦のない殴打と蹴撃の嵐。
白く輝く黄金のエネルギーが一発放たれるたび、しぶといデーモンデビル大蛇のぶ厚い鱗はボロボロに弾け飛ぶ。
だが、リゼルは死なせない。
宇宙のエネルギーが、デーモンデビル大蛇の肉体を無意識に「破壊」した直後、瞬時に「再生」させて元に戻してしまうのだ。
破壊と再生の無限のループ。
デーモンデビル大蛇にとっては、死ぬことすら許されない永遠の拷問だった。
ズガガガガガガァン!!!
周囲の壁や天井は衝撃に耐えきれず、轟音を立てて崩落し、巨大な岩石が雨のように降り注ぐ。
だが、倒れている小松の場所だけは違った。
リゼルの背後で巨大化した黄金の鬼が、その巨体で降り注ぐ岩をすべて弾き飛ばし、小松の身を完璧に守り続けている。
口元を吊り上げて笑いながら、それでもリゼルの目からは、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちていた。
小松を失った深い絶望と、己への怒りに突き動かされるまま、何度も、何度も、何度も、デーモンデビル大蛇をボコボコに叩き潰し続ける。
――その時だった。
完全に狂気へと染まったリゼルが、デーモンデビル大蛇に向けて最大の一撃を振り下ろそうとしたその瞬間、背後の瓦礫の奥から、のんびりとした老人の声が響いた。
「うぃッ、……グビッ、グビッ……」
生ぬるい血と硝煙の臭いが満ちる洞窟内に、突如として芳醇な酒の香りが漂う。
「やれやれ、うるさいのぅ……何事じゃ。人が気分よくフグ鯨のヒレ酒を味わっておる側で、これほど派手に地鳴りを立てられては、せっかくの酒が不味くなるわい……ん?」
ガシィィィィィンッッ!!!!
空間が割れるような凄まじい衝撃音が轟く。
だが、リゼルの『白』の拳はデーモンデビル大蛇の脳天に届く前――その老人の「片手」によって、完全に、完璧に、宙で受け止められていた。
ひょうひょうと徳利を傾け、お酒を美味そうに喉に流し込みながら、もう片方の素手でリゼルの宇宙エネルギーを受け止めている男。
伝説のノッキングマスター、次郎である。
「――ガ、ァ……ッ!」
理性を失い、獣と化したリゼルの黄金の目が、自身の拳を阻んだ次郎を捉える。
獲物を大蛇から次郎へと切り替え、リゼルは全エネルギーを爆発させて次郎に襲いかかろうとした。
「おっと、今のリゼちゃんに睨まれるのは、さすがのワシでも怖いのう」
次郎はニヤリと笑うと、瞬時に動いた。
襲いかかろうとしたリゼルの腕を掴んだまま、ぐいっと手前に強く引っ張り、そのまま強固な床へと叩きつける!
ドガァァァン!!!!
強烈な衝撃が走るが、限界突破しているリゼルはすぐさまバネのように立ち上がり、次郎から距離を取ろうとバックステップを踏んだ。
だが、その背後には――すでに次郎が回り込んでいた。
「悪いがリゼちゃん、ちっと頭を冷やしなさい」
次郎の分厚い手が、リゼルの腕へとスッと伸びる。
暴走するエネルギーの源流――肩に浮かび上がる【星型の痣】に向けて、次郎は特殊な『封印のノッキング』を迷いなく打ち込んだ
パシィィィンッッ!!!!
その瞬間、激しく明滅していた星型の痣が、嘘のように肌の奥へと消えていく。
それと同時に、洞窟を崩壊させかけていた純白の宇宙エネルギーが霧のように霧散し、背後の巨大な黄金の鬼も、静かに空気の中に溶けて消えた。
「……あ……、……」
黄金に光っていたリゼルの両目から光が消え、いつもの静かな瞳が一瞬だけ次郎を見る。
してリゼルは力尽きたようにゆっくりと目を閉じ、そのまま地面へと倒れ込んだ。
「やれやれ……。相変わらず、世界を滅ぼしかねん無茶なエネルギーを飼っておるリゼちゃんじゃて」
次郎は倒れたリゼルの身体を優しく受け止めると、ふぅとため息をつき、赤くなった鼻をこすった。
――次郎の『命のノッキング』によって、奇跡的に息を吹き返した小松。
封印のノッキングからすぐに目を覚ましたリゼルは、小松の心臓が再び動いているのを確認した瞬間、いつもの理性的でクールな姿を完全に失っていた。
ただひたすらに、動くようになった小松の身体を強く、強く抱きしめ、大粒の涙を流して子供のように泣き続けていたのだ。
小松は突然のことに、ただただ呆然とするしかなかった。
「小松くん……! リゼル兄さん……!」
その時、通路の奥から凄まじい足音が響き、トリコとココが息を切らせて現場へと飛び込んできた。
だが、2人が目にしたのは、想像していた戦場とは全く違う光景だった。
周囲の壁や床はクレーターだらけでぐちゃぐちゃに破壊し尽くされ、デーモンデビル大蛇は見たこともないほどボロボロになって転がっている。
そしてその中心で、あの最強で冷静沈着なリゼルが、小松に縋り付くようにして泣きじゃくっていた。
「「…………」」
トリコとココはあまりの惨状と、何より「あの兄貴が泣いている」という信じられない光景に、完全に呆気にとられてポカンと口を開け、眉毛を下げて固まってしまう。
だが、すぐに小松の胸がちゃんと上下に動いているのを見て、2人は「ハッ」と我に返り、心からの安堵の笑顔を浮かべた。
「……小松!」
トリコの声に、小松はそこでようやく「ハッ」と正気に戻った。
リゼルから伝わってくる、自分を失いかけた恐怖と深い愛。
それが小松の心を打ち、小松の目からもじわっと涙が溢れ出す。
「トリコさん……! ココさん……!」
小松は泣きじゃくるリゼルの背中を、「もう大丈夫ですよ」となだめるように優しくよしよしと叩いた。
そして、今も自分を離そうとしないリゼルに正面からしっかりと抱きつき、そのまま一歩近寄ってきたトリコの身体にも、思いきり抱きついた。
「ひ、ひぐっ……本当に、本当に怖かったんですよぉ……っ!」
涙をボロボロとこぼして泣き叫ぶ小松。 そんな小松の温もりを感じながらも、リゼルの涙は今だに止まる気配がない。
800年生きてきて初めて味わった「大切な人の死」という絶望の余韻に囚われたまま、今でも小松の小さな身体にガッチリと抱きつき、声を殺して泣き続けている。
「あぁ、無事で本当によかった……。ってか、なんで兄貴はさっきからずっと泣き止まないんだ? デーモンデビル大蛇の奴、全身ボロボロだけど……これ、見事にノッキングされて生きてるじゃねぇか。一体誰が……」
トリコは頭を掻きながら、綺麗にノッキングされてピタッと動きを止められているデーモンデビル大蛇を不思議そうに見やり、不器用ながらも優しい目でリゼルの頭をぽんぽんと叩いた。
未だに抜けない恐怖と安堵で激しく震えている。
「小松はな、ひぐっ……一回、ひぐっ、ひぐっ……心臓が、止まったんだ……っ!」
しゃくり上げる声は掠れ、言葉を紡ぐことすらままならない。
必死に事実を訴えかけるリゼルの様子に、場の空気がぴりりと張り詰める。
その言葉を肯定するように、小松は真っ青な顔のまま、焦燥感を剥き出しにして言葉をまくし立てた。
「そうなんですよ……っ! 一回死んだですよ、ボク……!!」
生きた心地がしなかったあの瞬間の恐怖が蘇っているのか、小松の瞳は泳ぎ、声は震えている。
冗談を言っている余裕など微塵もない、切実な報告だった。
だが、あまりに現実離れした内容に、駆けつけたばかりのトリコは思わず目を丸くし、半信半疑のまま声を上げる。
「な! ワケねーだろ、現にこうして生きてるじゃねえか!」
からっとした調子でツッコミを入れつつも、トリコは不思議そうに周囲を見回す。
今はもう何もない、静まり返った空間。
しかし、その足元や周りの景色は、なぜか跡形もなくボロボロに破壊し尽くされていた。
「……ってか、周りがこんなにボロボロだし、俺たちが来る前に一体何があったんだ?」
トリコは純粋な疑問を口にするように、怪訝そうに首を傾げる。
「ここへ来る途中、凄まじい寒気がしたんだよな。……まるで、いつもの兄貴と違ったような感じがしたんだが……」
一体何に対して寒気を覚えたのか、トリコは不思議でたまらないといった様子で、首を傾げていた。
トリコは、真相を知っているだろうリゼルへと視線を向けた。
だが、一番の当事者であるはずのリゼルは、困ったように首を傾げるだけだった。
「わからんな……。俺も小松の心臓が止まった記憶はあるんだが、それ以降の記憶がなくてな。……気がついたら、小松が生きていたんだ」
嘘偽りのない、困り果てたような声。
リゼル自身も何が起きたのか把握できていない様子に、トリコがさらに首を傾げようとしたその時、小松が焦ったように声を張り上げた。
「デカいじいさんに助けられたんですよ……っ!」
必死に記憶を辿るような小松の言葉に、二人の声が重なる。
「「デカいじいさん?」」
トリコは心当たりのないその言葉に、困惑したように眉を下げる。
一方、同じように眉を下げていたリゼルは、小松の言葉から瞬時に一つの存在を導き出していた。
(デカいじいさん……。まさか、次郎か……?)
脳裏にあの老人の姿が浮かんだのだろう。
リゼルは何かを察したように、気まずげな「げっ」とした顔になった。
もちろん、トリコはそのじいさんの正体を知る由もない。
隣で急に何とも言えない複雑な表情を浮かべたリゼルを見て、さらに不思議そうに首を傾げるのだった。
その少し離れた場所で、ココは内心で激しい衝撃を覚えていた。
(どういうことだ……? 小松くんの死相が消えてる……。それにリゼル兄さんはいつも通りだ……。じゃあ、あれは一体なんだったんだ……?)
先ほどまでの異常な気配を思い出しながら、ココはすぐにデーモンデビル大蛇のいる場所へと向かった。
そして、デーモンデビル大蛇の姿を間近で見たココの瞳が、驚愕に大きく見開かれる。
(デーモンデビル大蛇がノッキングされている……!? それにしても周りはボロボロだ、鱗なんかめっちゃ剥がれている……。一体、リゼル兄さんに何があったんだ……?)
この場に残された尋常ではない破壊の痕跡。そして、完璧に動きを止められているデーモンデビル大蛇の姿。小松が口にした言葉が、ココの脳裏に鮮烈にリフレインする。
(リゼル兄さんに何があったんだ……それに、こんな真似ができるのは……)
目の前の惨状と「デカいじいさん」というフレーズを結びつけながら、ココは深い疑問を胸に抱くのだった。