兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
「うぃ~~……それにしてもリゼちゃん、ありゃあまだ完全な暴走じゃなかったのぅ。あの子を大切にしておったようじゃし、もし完全な暴走だったら、今頃あの子の身体は残っていなかったかもしれんのぅ……。まぁ、ワシがたまたま通りかかったから良かったものの、本当に運が良い子じゃのぅ」
巨大な酒樽を無造作に引っ張り、ズズ……と地響きを立てながら、次郎は先ほど起きた激闘の余韻のなかを悠然と歩み進めていた。
リゼルとの戦いが終わり、静寂が戻った洞窟。
そこには、巨体を横たえるデーモンデビル大蛇と、巨大な酒樽を手放さぬまま、それを静かに見つめる次郎の姿があった。
「ほう、すでにボロボロなのにまだ動けるのか……。さすがじゃのぅ、大した生命力じゃ……」
凄まじい執念で再び牙を剥こうとするデーモンデビル大蛇。
その眼前で次郎は酒樽を引く手を止め、迷わず特殊なノッキングガンを自らの腕へと撃ち込んだ!
バキバキと衣服を破らんばかりに、その腕が、筋肉が、爆発的に膨れ上がっていく!
さらには体躯そのものが、巨大な戦闘モードへと変貌を遂げたのだ!
次郎は一瞬でデーモンデビル大蛇の懐へと肉薄!
その強靭な腹部へ、電光石火の早業で特殊なノッキングガンを突き立てる!
デーモンデビル大蛇は、悲鳴をあげる暇さえ与えられず、瞬時にその場へ
「あのときの列車の中の……。そう言えば、あのときもリゼちゃんがいたのぅ」
次郎は再び酒樽を引っ張りながら、横たわる小松の元へと歩み寄り、完全に停止してしまったその心臓へ、指先でそっと触れた。
「爆音のショックで心臓が止まってしまったのか。うぅむ、鼓膜も破れとるのぅ」
ふと、次郎は周囲の惨状を見渡す。
凄絶な戦いの跡はぐちゃぐちゃに破壊し尽くされていたが、奇妙なことに、一箇所だけ手付かずの美しい場所が
存在していた。
小松が倒れているその周囲だけが、まるで激闘など最初から何も起きていなかったかのように、綺麗なまま残されていたのだ。
次郎はジャケットの裏から、手慣れた様子で特殊な医療道具を取り出す。
「この子達には酒の恩もある。それにリゼちゃんも大切にしてる子達じゃからのぅ」
道具を構え、迷いなく小松の心臓へとノッキングを施す!
――ピィピィ…ドクン。ピィピィ…ドクン。
静寂に包まれた洞窟の奥底に、止まっていた小松の心臓の鼓動が、確かに、力強く鳴り響き始めた!
「よし、戻ったな。後はこれでこの子の鼓膜を修復して……と」
次郎はジャケットの裏から再び別の特殊な道具を取り出すと、手慣れた手つきで小松の耳へと優しく差し込んだ。
繊細かつ正確なノッキングによって、爆音で破れていた鼓膜が瞬く間に修復されていく。
治療を終え、未だ衣服を破らんばかりの巨大なまま、次郎はフッと息を漏らした。
「もう大丈夫じゃ。ほーれ、起きんか……」
次郎が大きな手で小松の顔を少し揺らすと、止まっていた時間が動き出すかのように、その身体に微かな生気が戻っていく。
「う……んん……」
小松は小さく声を漏らし、重い瞼をそっと押し上げるように、片目を開けた。
視界がハッキリと結ばれたその瞬間、次郎は巨大な顔をぐっと小松の目の前へと近づけ、凄みのある声で言い放った。
「二度目の人生、噛み締めて生きるといい……」
「え……?」
小松は訳が分からず、ただ驚きで眉を跳ね上げる。
しかし、自分の目の前にある「顔」のあまりの巨大さと、圧倒的な威圧感に気づいた瞬間、小松の顔から一気に血の気が引いた。
「うわあああ! デカいジジィの化物だあああ――っ!?」
腰を抜かさんばかりに叫び声を上げると、小松は恐怖のあまり、猛烈な勢いでその場から這うようにして逃げ出した。
「化物じゃと!? 命の恩人じゃぞぅ!」
まさかのリアクションに、天下のノッキングマスター次郎も、大慌てで反論する。
「え? 命の……? あ……そう言えば、ボク……」
逃げようとした足を止め、小松はハッと何かに気づいたように振り返った。
止まっていた記憶のピースが、一気に脳裏に蘇ってくる。
「あ! リゼルさんは!?」
思い出したように、小松は必死な形相でリゼルの姿を探し始めた。
それと同時に、小松は周囲の惨状が目に入り、あまりの破壊の跡に息を呑んで驚愕するのだった。
「ヒック……そんじゃ、ワシはもう行くでのぅ。気を付けて帰るんじゃぞぅ。リゼちゃんにも、よろしく伝えてくれい。……あ、そうじゃ。洞窟の砂浜に、何か得体の知れないモノが近づいて来とる。フグ鯨を捕まえたら、すぐに帰ったほうがええぞぅ」
その見上げるような巨体のまま、次郎は歩き出す。
大きくなった彼の手の中では、一升瓶がまるでミニチュアのおもちゃのように小さく指先で摘ままれていた。
もう片方の大きな手をひらひらと挙げながら去っていく。
「え……?」
呆然と立ち尽くす小松の視線の先で、次郎の背中は、あっという間に暗闇の向こうへと消えていった。
「それにしても、デビル大蛇の居る所まで来るとは……なかなかやる子たちじゃのぅ。うぃ〜〜」
巨大な酒樽を引きずりながら、片手で酒をグビグビと美味そうに飲み、悠然と歩いていくのだった。
「それは、『ノッキングマスター次郎』に違いない」
「だ、誰なんです?」
「伝説の美食屋、ノッキングマスター次郎……。彼のフルコースメニューは世界中の誰もがほとんど口にしたことがない、幻のメニューばかりさ。捕獲レベルすら計り知れない」
ココはそこまで一気に並べ立てると、ふと遠い目をして言葉を区切った。
「オードブルの百葉のクローバー、スープのコンソメマグマ、魚料理の王陸鮫、肉料理のアシュラサウルス、メインのET米、サラダのグラナレタス、デザートのオアシスメロン、そしてドリンクのドッハムの湧き酒……」
まるでそのフルコースの凄みを噛みしめるように呟き、それから視線を戻す。
「もっとも、リゼル兄さんなら食べたことがあるかもしれないけれどね。何しろ、リゼル兄さんのフルコースも伝説級のメニューだらけだからね……」
「食べたことはある。……美味しかったぞ。それに、俺のフルコースメニューはすでに完成している。……ただ、それらは今も俺の『家』にいると思うがな。多分…」
静かでクールな声が響く。
「あ、この前言ってましたね! 家がどうなっているか分からないって」
「あぁ……何年前のことかは忘れたが、まだ俺がかなり若い頃の話だ。……ある無人島があってな。そこにはまだ人の手が一切入っていなかった。人跡もないその島を、俺は自分の家にしたんだ」
淡々と、しかしどこか懐かしむように、リゼルは記憶の糸を解いていく。
「島の中は環境もバラバラでな。俺が見つけたすべてを、それぞれの環境に合わせて住まわせた。本来なら、これからもそうやって生きていくつもりだった。だが……何を思ったのか、かつて俺が住んでいた場所に戻ったことがあってな。……もう、600年も昔のことだ。その時、一人の子供が飢えていた」
リゼルはそこで一度言葉を切り、きつく目を閉じた。再び開かれたその瞳には、確かな熱が宿っている。
「世界中に飢えた子供などいくらでもいる。だが、そのガキの目だけは違った。今にも死にそうな身体をしながら、絶対に生きてやるという、凄まじく強い目をしていてな。……その眼差しが、昔の自分と完全に重なった。だから放っておけず、助けて育てることにしたんだ。ただ……あの過酷な無人島の環境では、すぐにその子供がダメになってしまう。だから俺は、それ以来家に帰っていないんだ」
「なるほど……そうだったんですね」
「ってことは、兄貴にとってその子供は義理の息子か?」
トリコの素朴な疑問に、リゼルはふっと視線を落とした。
「そうだな。俺にとっては大切な義理の息子でもあり、一番弟子だ。だが、育てるのは結構大変だったぞ。最初は警戒されるし、言うことも聞かなくてな。何度も死にかけたこともあるが……今思えば、大冒険だった。色々な場所へ行った。だが、大人になった時には一人立ちしていたがな。……まだ行ったことのない場所に行く、と言ってな」
リゼルはどこか、愛おしむような寂しさを滲ませて呟いた。
「……俺の過去はここまでだな。今は、お前たちがいるからな……」
「はい! 僕たちがずっと一緒にいますからね!」
「そーだぜ兄貴、俺たちがいるからな! ……それにしても、さっきからどっかで嗅いだ匂いが漂ってると思ったら。列車で酒を欲しがってた、あのじいさんか?」
「えっ!? あの白髪リーゼントのおじいさんが、さっきのデッカいおじいさんですか!?」
小松が驚愕の声を上げる。
(リゼル兄さんに、そんな過去が……)
ココは胸中でリゼルの過去に思いを馳せつつ、次郎のことに思考を巡らせた。
「ずいぶん昔に、引退したと聞いていたが……」
「酒豪で有名だからな。十年に一度のフグ鯨のヒレ酒だけは楽しみだったってわけか」
「あ、そうだった……! リゼルさん、そのおじいさんとはお知り合いだったんですか? よろしく伝えてくれって言われて……」
「あぁ、まあ、昔にな。……そうか」
リゼルは小さく頷き、かつての戦友の言葉を噛み締めるように目を細めた。
「よーし、俺たちも行くか! 出発するぞ!」
「はい!」