兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
「仕方ねぇな。遙か昔に絶滅したとも言われるバトルウルフ……お前の子供はわずかに採取できたDNAのイタズラか? それとも祖先からのプレゼントか? いずれにせよ祝福だな。安心して産むといい……あいつらは俺に任せな。兄貴、バトルウルフ頼むぜ。」
トリコは目の前で息を荒くするバトルウルフを優しく見つめながら、語りかけるようにそう言った。
そして、前方の猛獣たちに対して力強く身構える。
トリコが鋭い視線を向けたその先――そこには、先ほどリンが暴走させてしまったピンクの煙を大量に吸い込み、完全に理性を失って凶暴化した猛獣たちが、ギチギチと牙を鳴らしながら迫ってきていた。
「あぁ……トリコ、行って来い。ここは俺に任せろ」
リゼルは真っ直ぐトリコを見ながら深く頷き、その背中を送り出す。
トリコが前に飛び出したのを確認すると、すぐにバトルウルフへと視線を戻した。
古代の王者は、ただじっと目を瞑り、深く息を吐き出しながら懸命に出産の痛みに耐えていた。
「あぁ……人間どもの見せ物になるのも、誇り高きお前にとっては屈辱だろう。なんとかしてやるよ」
トリコは迫り来る猛獣たちを睨み据えたまま、背後のバトルウルフへ誓うようにそう呟いた。
不敵に眉を釣り上げ、敵を挑発するようにニカッと笑った。
「祝いの花火と共にな」
その瞬間、巨体を揺らしたエレファントサウルスが、凄まじい咆哮を上げながらトリコめがけて突進してきた。
だが、トリコは恐怖するどころか、ニカッと余裕の笑みを浮かべ、右手の拳を左手のひらへ「パチンッ!」と力強く叩き合わせた。
「すまんな! ちょっと協力してくれ!」
太い腕を伸ばし、襲いかかってくるエレファントサウルスの巨大な牙を正面からガシッと受け止めるトリコ。
そのまま凄まじい怪力で眉を跳ね上げると、巨体をまるごと上空へと豪快に投げ飛ばした。
リゼルはそんなトリコの破天荒な光景を眺め、呆れたように眉を上げながら後頭部をさする。
思わず目を丸くしたものの、その口元には深く信頼したような、わずかな笑みが浮かんでいた。
常識外れの力を見せつけたその光景に、客席からは驚きと歓声が無数に巻き起こる。
並んで見つめていたマンサム、ティナ、小松、モーブもまた、開いた口が塞がらないといった様子で驚愕していた。
「クーポー! クポー!」
ティナの肩の上で、クッポーだけはまるでダンスでも踊るかのように、激しく動き回りながら鳴き声を上げる。
「バーハッハッハ! 慌てんな! 特殊超強化アクリルだって…」
マンサムは笑いながら隣の小松やティナ、モーブに言い、そして前方を見上げながら声を出す。
「ロケット砲でも――ん?」
マンサムが異変に気づいて上空を見上げる。
天井の大穴のさらに上から、先ほどトリコによって遥か上空へと投げ飛ばされたエレファントサウルスが、物凄い勢いで落下してきたのだ。
これには流石のマンサムも顔を引きつらせて驚く。
凄まじい悲鳴を上げながら落下してきたエレファントサウルスは、コロシアムを囲む超強化アクリル板へと、文字通り思いっきり激突した。
ズドォォン!!
と格闘競技場全体を揺らす大衝撃。
バトルウルフの傍らに佇むリゼルは、その大騒動を冷静な視線で見届けていた。
(あーすまんな、マンサム。これもバトルウルフを守るためだ……。バトルウルフ、トリコがお前のために頑張ってるぞ。頑張れ)
リゼルは胸の前でそっと両手を合わせ、観客席で驚くマンサムたちへ心の中でこっそりと謝罪する。
そして、必死に耐えるバトルウルフの姿を見つめ、慈しむような、愛おしそうな表情で行く末を見守りながら、ほんの少しだけ微笑んだ。
リング上では、着地したトリコがさらに加速して走り出していた。
「すまんな……所長! コロシアムはしばらく休業してくれ!!」
跳躍の速度を限界まで上げ、拳をグッと引き絞って巨大なエネルギーを溜める。
「ダ、ダメーーッ!! やめ――っ!!」
アクリル板が壊されるのを察したマンサムが、必死に首を振りながらトリコを止めようと絶決する。
しかし、美食屋の拳はすでに放たれていた。
「5連釘パンチ!!」
ドカカカカンッ!!!
と破壊の衝撃波がアクリル板へと炸裂する。
一撃ごとに威力を増していく連続の衝撃は、限界を超えたアクリル板へ一気にヒビを走らせ
――5発目の衝撃が突き抜けた瞬間、完全に崩壊した。
パリィィィン!!!
と、巨大な超強化アクリルが激しい音を立てて四散していく。
その破壊の光景の真ん中で、トリコはニヤリと満足そうに笑っていた。
アクリル板が跡形もなく吹き飛んだ光景を目にして、マンサム、ティナ、モーブ、小松は全員、目をものすごく大きく見開いて完全にフリーズしてしまう。
周囲の客達はかなり驚き、ドタドタと悲鳴を上げながら逃げ回った。
「あートリコさん」
小松は顔に手を当て、目を瞑りながらハラハラと声を漏らす。
「何してるの?」
ティナは眉毛を上げて言う。
クッポーはティナの肩で身をすくめていた。
「うあー凄い。生でトリコさんの技をみちゃったな……」
恐怖する小松たちとは対照的に、モーブは違った意味で感動していた。
目をキラキラさせながら、すぐにリゼルの方を見て首を傾げる。
「リゼル様は何をしてるだろうか?」
その視線の先――バトルウルフは倒れているが、そこをリゼルがずっと優しく見つめている。
その神秘的な光景に、モーブも小松も首を傾げた。
「たくっ! あいつらめ」
マンサムは後頭部を撫でながら、ほんの少し後ろを振り向きながら言う。
「トリコーーーー!」
その時、それまで静かだったリゼルが、トリコへ向けて通る声を張り上げた。
リゼルが目を向けた先――そこでは、バトルウルフが立派に子を生み落としていたのだ。
トリコはすぐにリゼルのその声に反応して振り返り、
「ハッハッハッハッ! 小松ー! 見ろよ、綺麗じゃねぇか! 祝福の花火だ! 新たなバトルウルフの誕生だな!」
トリコは笑いながら腕を広げ、アクリルの破片が降る上空を見上げながら、チラリとバトルウルフの親子を見て、小松に向けて叫んだ。
「「「ええっ!?」」」
「何!?」
小松、ティナ、モーブ、マンサムは目を丸くしてものすごく驚く。
バトルウルフの元には子がいて親に甘え、バトルウルフも子を愛おしそうに舐め回して甘やかしていた。
そんな親子を、リゼルはすぐ近くで見守っていた。
リゼルの顔は今まで見たこともないほどに頬が赤くなり、目元に涙をためながら眉毛を下げて笑っていた。
表情がかなり緩んでいる。
トリコはリゼルのそんな顔を見て驚く。
あんな顔を見たことがなかったからだ。
……だが、すぐにニヤリと嬉しそうに笑った。
「「ようこそ、グルメ時代へ」」
四散したアクリルの破片がキラキラと降り注ぐ中、トリコとリゼルの言葉が綺麗に重なった。
グルメ格闘競技場の裏手、第6ゲートの管理エリア。
そこには、猛獣の気配を察知して完全に狂暴化し、檻の中で激しくのたうち回るデーモンデビル大蛇の巨大な姿があった。
「まじやばテンションMAXだし……コイツ」
リンは驚きに眉を吊り上げながら、目の前で荒れ狂うデーモンデビル大蛇を睨み据えた。
視線の先では、巨大なデーモンデビル大蛇が第6ゲートの強固な障壁へ「ドンドン!!」と凄まじい音を立てて何度も頭を打ち付け、力任せに暴れ狂っている。
その衝撃波だけで、管理室の足元がガタガタと細かく震えるほどだった。
危険を察知したリンは、眉を上げたままじりじりと数歩後ろに下がり、腰のポーチから手早く『あるもの』を取り出した。
「スーパーリラックスレーション!」
慣れた手つきでそれをバトルフレグランスの放射装置へとセットし、引き金に指をかける。
「世界一の平和動物、ニコニコマナティの体から出る鎮静フェロモンを濃縮したフレグランスだし」
リンは引き金を絞るタイミングを測りながら、銃口をデーモンデビル大蛇に向けてぐっと腕を伸ばした。
しかし、デーモンデビル大蛇は相変わらず興奮したままだ。
3つの不気味な眼球がそれぞれあっちこっちへと不規則にうねうねと動き回り、引き裂けたような巨大な口を大きく開けて鼓膜を刺すような鳴き声を上げている。
「興奮してる動物を一瞬でリラックスさせれるし。これで落ち着けっての!」
そうデーモンデビル大蛇に言い放ち、リンが引き金を引こうとした、その瞬間だった。
ガサリと自分の足元に巨大な影が落ちたことに気づき、リンがハッと上を見上げる。
デーモンデビル大蛇はさらに狂暴さを増し、太い尾と怪力で頑丈なゲートを今にもへし折らんばかりに押し潰そうとしていた。
幸いにもまだゲートは完全には壊れていない。
しかし、鉄格子がメキメキと鈍い音を立てて歪み、デーモンデビル大蛇の巨大な頭が通り抜けるほどの隙間ができてしまったのだ。
「シャアァァーーッ!!」
開いた隙間からぬっと頭を突き出したデーモンデビル大蛇が、狙いを定めたリンに向かって、口内から猛毒のブレスを勢いよく吐き出す。
迫り来る黄緑色の液体を、リンは抜群の運動神経ですぐさま横へと飛び退いて避けた。
ドバシャァッ!!
と毒霧が直撃した床のコンクリートは、不気味な泡を立てながら「ジジュウゥゥ……」とみるみるうちにドロドロに溶けていく。
「やばっちょヤバいし……」
煙を上げて溶けていく床の恐ろしい光景を間近で見て、リンは眉を大きく跳ね上げながら声を漏らした。
額から一筋の冷や汗が頬を伝い落ちる。
リンが緊張の面持ちでゆっくりと視線を上げると、そこには、口から毒の
5連釘パンチの衝撃波によって跡形もなく粉砕され、ダイヤモンドの雨となって四散した特殊超強化アクリル板。
その巨大な破片が転がるリングの縁から、理性を失った猛獣・ゲロルドが狂暴な咆哮を上げながら這い出ようとしていた。
だが――その行く手を遮るように、一人の男ががっしりと腕を組み、静かに目を閉じて立ちはだかっていた。
IGO開発局長、マンサムである。
<ギャアァァアアア!!>
鼓膜を狂わせるようなゲロルドの金切り声が響く。
マンサムはその凄まじい鳴き声に呼応するように、ゆっくりと力強く目を開けた。
「こーらっ! 中へ戻らんかぁ!」
マンサムは太い眉を吊り上げ、威圧するような鋭い視線でゲロルドを一喝する。
しかし、ピンクの煙で興奮しきったゲロルドは怯むどころか、逆にマンサムを激しく睨みつけ、巨大な口を開けて今にも噛み付かんばかりの勢いで突進してきた。
「ふんっ!!」
マンサムは不敵に眉を跳ね上げ、地を蹴って正面から走り出す。
突進の風圧を物ともせず、一瞬にして間合いを詰めると、その豪腕を大きく振りかぶった。
肉体がミキミキと音を立てて膨れ上がり、まるで巨大な調理器具のような圧倒的な質量をまとった拳が完成する。
「フライパーンチ!!」
ズガァァァン!!!
と、コロシアム全体に凄まじい肉声の破裂音が轟いた。
マンサムの放った一撃はゲロルドの分厚い腹部へと正確に突き刺さり、その巨体をまるで木の葉のように遥か後方へと吹き飛ばす。
ゲロルドは「ドン!!」と激しい地響きを立ててリングの奥へと転がっていき、完全に気絶して倒れ伏した。
「すまんが、大人しくしててくれ」
マンサムは拳を突き出した、その豪快なポーズのままで静かに呟いた。
「しかし驚愕だな。クローンが単為生殖とは……。『グルメ細胞』の仕業か?」
体内に注入したノッキングを一時的に解放し、肥大化させていた肉体を元の体積へとゆっくり戻しながら、マンサムは片方の拳を、もう片方の手でさするようになぞりながら、独り言のように呟いた。
その表情には、いつもの呑気さはなく、研究者としての深い鋭さが宿っている。
「グルメ細胞……?」
そのすぐ後ろにいた小松が、マンサムのその不穏な呟きを聞き逃さず、不思議そうに言葉を復唱した。
小松は恐怖に震えながら倒れたゲロルドを見つめていたが、その謎の言葉が気になり、すぐにマンサムの背中へと視線を戻した。
「それにしてもトリコの奴、昔より確実にパワーアップしてるな。うまいメシ食ってる証拠か。」
マンサムは自分の大きな手のひらをグーパーと何度も握り締め、トリコの恐ろしいまでの成長速度を肌で実感しながら笑みを浮かべる。
「……それに、リゼルもあんな顔をするとはな。あいつと出会ってから、あんな表情は一度も見たことがねぇ。あの誇り高きバトルウルフが、良い癒やしにでもなったか……」
マンサムは視線を上げ、アクリルの霧の向こう、遥か遠いリングの奥で佇むリゼルへと静かに目を向けた。
小松もマンサムの視線を追い、一瞬だけ遠くのリゼルの方へと目を凝らす。
そして、マンサムの言葉の意味を理解し、深く納得するように小さく頷いた。
遠目から見てもはっきりと分かるほどに、リゼルの表情は信じられないくらいに緩みきっていた。
いつも氷のように冷徹で冷静沈着なあのリゼルの頬が、今はまるで子供のように赤く染まっている。
小松でさえこれまでに見たことがないほど、リゼルは心の底から優しく、穏やかな笑みを浮かべていた。
生まれたばかりの小さな赤ちゃんウルフと、それを愛おしそうに舐める母親の姿を、ただ温かく見つめながら――。