兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
黄金の鬼誕生
宇宙が誕生したばかりの、まもない頃。
そこには光もなく、ただ果てしない闇だけが広がっていた。
そんな何も存在しない虚無の暗黒の中で、突如として眩い輝きが弾ける。
それは、宇宙のエネルギー源そのものが肉体を持ったかのような、凄まじい黄金のオーラを纏う一体の『鬼』だった。
この世界の、文字通り「最初の誕生」である。
「なんだ……ここは。俺は一体……?」
黄金の鬼は怪訝そうに眉を上げ、己の手を見つめ、それからぐるりと何も無い周囲の空間を見渡した。
「ここは宇宙か? いや……それにしても何もねぇな。ってか、闇すぎるだろ。それに、俺のこの手は何なんだ? 自分の顔すら分からんしな」
ブツブツと呟きながら、鬼は自分の手をじっと見つめ、確かめるように顔に触れる。
あたりを見回しても、いくつかの大きな石や岩がぽつんと浮いているだけで、それ以外は本当にただの暗闇だ。
(とりあえず……ここに突っ立っていても意味ねぇな)
そう考えた黄金の鬼は、ひとまず歩き出すことにした。
歩くと言っても、まだ重力も地面も無い世界なので、空間をふわふわと浮きながら進むだけだ。
だが、どれだけ浮いて進んでみても、やはりたまに石ころが通り過ぎるだけで、何も面白いものは無かった。
そんな時、鬼の目に「あるもの」が留まる。
「うおっ……? なんだこの石……。地球か? いや、地球はもっと青いし、そもそもまだ誕生してすらねぇよな。ただ、なんとなく形が似てるな……」
浮遊するその不思議な石を見つめているうちに、鬼の胸の奥から妙な高鳴りが湧き上がってきた。
「よし、やるか! なんか知らねぇけど、できるような気がするんだよな」
鬼は不敵にニヤリと笑うと、その石に向けて力強く手をかざした。
「えっと、確か……なんか胸の奥がじんわりと温かいな。これか?」
己の内から湧き上がる莫大なグルメエネルギーの源流を掴むと、鬼は手を置いたまま、その石に向けてじっくりとエネルギーを注ぎ込み始めた。
見た目には激しい変化は起きない。
だが、鬼が込めた凄まじいエネルギーは、確実にその石の奥底へと染み渡り、蓄積されていく。
「……あれから、一体何時間こうやってエネルギーを入れてんだ? んー、まだ変化はねぇか。ちょっと疲れたし、寝るか。寝ながらでも入れられりゃいいんだが……」
鬼は器用にも、手を石にかざしたままの姿勢で、ふっと意識を飛ばして眠りについた。
鬼自身は、ほんの数時間ほど仮眠をとるつもりだったのだろう。
──だが、黄金の鬼は分かっていなかった。
彼が心地よい眠りに落ちてから、再び目を覚ますまでに、すでに
【一億年】という途方もない歳月が流れていたことを。
「ふにぁー……」
黄金の鬼は、目にうっすらと涙を浮かべながら、大きなあくびを一つ漏らした。
「あー、寝た寝た。ん? あれから……一体何時間くらい寝ちまったかな。どれどれ……」
寝起きの体を軽く伸ばし、鬼は豪快に笑いながら、さっきまでエネルギーを注ぎ込んでいた足元を見下ろした。
黄金の鬼の体躯があまりにも巨大すぎるがゆえに、のちの地球に似たその大きな石も、今の彼の手元ではまるで小さなオモチャのように見えた。
鬼は目を細め、その石をジロジロと観察する。
すると──そこにあったのは、青い海を湛えた星ではなく、眩い光を放つ【黄金の星】へと変貌を遂げた姿だった。
「あ? 青じゃなくて黄金になってる!? えぇ……これ、俺のエネルギーに染まっちゃったか……?」
「やっちまったな、失敗したか……」と呟きながら、鬼は困ったように空いている方の手でガシガシと後頭部を掻いた。
だが、その表情はすぐに元の豪快な笑みへと戻る。
何はともあれ、星にエネルギーを満たすこと自体は「成功」したからだ。
「んー、まぁ外側から見てても中は分かんねぇよな」
一体、星の内部はどうなっているのか。
生命は生まれそうなのか。
鬼はそれが気になって仕方がなくなった。
「よし! ちょっと中に行ってみるか! ──あ」
意気揚々と星へ降りようとした、その瞬間。黄金の鬼はピタリと動きを止めた。
今の自分の、宇宙エネルギーが剥き出しになった巨大な『鬼』の姿のままでは、せっかく作った世界に入ることができないと気づいたのだ。
鬼は石に注ぎ続けていた手をようやく離すと、世界へ赴く前に、まずは自分の見た目をコンパクトな『人間』の姿に変えることにした。
「って言っても、どうやって人間になるんだ? んー……。俺、自分が『転生者』だってことは何となく分かるんだが、肝心の前の記憶が全くねぇんだよな……。いや、全くってわけでもないか。一応、そうだ……確かトラックに轢かれて……。うーん、そこから先が曖昧だな。まぁ、そのうち思い出すだろ」
かつて人間だった頃の記憶の糸を手繰り寄せようとするが、霧がかかったように思い出せない。
「それより、どうやって人間になるかだな……」
黄金の鬼はうーんと唸り、困り果てたように顔を歪ませた──ように見えた。
だが、その肉体は悍ましくも神聖な『鬼』そのものであるため、はたから見れば、顔が歪んだのかどうかすら全く判別がつかないのだった。
「そうだ……えっと、人間になる方法か。なんかアニメでそういうシーンなかったっけ? ──あー、駄目だ、何も思いつかねぇ。なんてポンコツなんだ、俺……」
黄金の鬼はうーんと唸りながら、記憶の引き出しを必死にひっくり返そうと頭を悩ませたが、やはり重要なところは思い出せない。
今の自分に分かることと言えば、せいぜい「この体に満ちているエネルギーで何ができるか」ということくらいだった。
「人間になれるかは分からんが……とりあえず、このエネルギーで何ができるかだな。変身ができたら最高なんだが。スキルとかでもいいぞ?」
そんな都合のいいシステムが起きないものか、と淡い期待を抱きつつ、鬼はひとまず己のエネルギーの性質を調べることにした。
「まず……このエネルギーは何なんだ? 眩しい黄金のエネルギーだよな。炎か? いや、うーん……」
手のひらに意識を集中してエネルギーを注いでみると、メラメラと黄金の光が立ち上った。
だが、それが本当に熱い炎なのか、それとも別の何かなのか、自分でもよく分からなかった。
「魔法……ではないよな? いや、待てよ。魔法のエネルギーとかか? さっき胸のあたりが温かくなったし……。確かに、俺のいた地球での言い伝え(ネット小説やアニメの知識)だと、異世界で魔法を使う時は『胸の奥が温かくなるのが魔力』って言ってなかったっけ? なら、これってエネルギーじゃなくて【魔力】なのでは?」
黄金の鬼は、前世のいくつかの曖昧な記憶のパーツをパズルのように繋ぎ合わせ、自分の中でひとつの結論を出した。
(よし、これはエネルギーじゃなくて魔力だ。間違いない!)
──もちろん、黄金の鬼は知る由もない。
本人が「魔力」だと思い込んでいるその黄金の輝きこそ、のちに地球を、そして全宇宙の生態系を揺るがすことになる、純度100%の【超規格外のグルメエネルギー】であるということを。
「とりあえず……この魔力を投げてみるか。そいやッ!」
手のひらの上でメラメラとくすぶっていた黄金の塊を、鬼は軽い気持ちでその辺空間へと放り投げてみた。
すると──直後、遥か彼方に浮遊していた巨大な岩石が、凄まじい衝撃波とともに「ドカアアアン!!」と文字通り木っ端微塵に爆散した。
黄金の鬼の異形な顔面は表情こそ変わらないものの、内心では完全に「やっちまった」と冷や汗を流していた。
「あれ……ただの岩だよな? あの岩に誰か住んでるとか……いねぇよな? もしいたらヤバいだろ、殺しちゃったよ。よし……何も見なかったことにしよう」
鬼はダラダラと冷や汗をかきながら、サッと視線を逸らして完全犯罪を決め込むことにした。
「あ、あー……魔力なんだから、炎とか色々な形にできるのでは? んー、要するに『
気を取り直した鬼は、かつて人間だった頃の記憶を頼りに、手のひらの上に魔力を集中させた。
シュッと頭の中でマッチを擦るイメージを浮かべると、今度は想像通りにポッと小さな炎が灯る。
「よし! できた! 黄金じゃなくて、どう見えても普通の炎だな。赤いし……。やっぱりあれは魔力だったのか。何を起こすにも、まずは想像が必要ってことだな。あと、技の名前とかも必要かもな……」
鬼は「自分の思った通りに魔法が使えたぞ」と子供のように大喜びしていた。
──ただし、やはり黄金の鬼は分かっていなかった。
彼が「そいや」と叫んで魔力を放ったその瞬間、周囲の無数の巨岩が跡形もなく消滅していたことを。
そして、彼が手元でマッチの火を作って喜んでいるその裏で、エネルギーを注がれたあの『黄金の星』の内部では、世界を激しく揺るがす未曾有の大地震が発生し、中に生きる生命たちが大パニックに陥っていたという事実を……。
「それより、そろそろ本当に人間になる方法を考えねぇとな……。ん? 待てよ、そもそも『
鬼は曖昧な記憶の中から必死に「人間の形」を思い浮かべ、無意識のうちに全身へと
すると、鬼の巨体が眩い黄金の光に包まれ、ぱぁっと辺りを照らし出す。
「よし……完成したな! ……って、人間の姿にはなれたっぽいが、鏡がねぇから見えねぇな。そもそも……おかしいな。頭触っても髪の毛がねぇぞ? ツルツルだ」
自分の頭頂部を撫で回しながら、鬼は手っ取り早く魔力で「鏡」のイメージを作り出した。
そして、目の前に現れた鏡に自分の姿を映した瞬間──。
「何じゃこりゃアアアアーーーーッ!!」
空間がビリビリと震えるほどの絶叫が響き渡った。
鏡に映っていたのは、なんと顔のパーツが何一つない【のっぺらぼう】の人間だった。
耳や手、足といった体のパーツは完璧に人間のサイズになっている。
だが、頭には髪の毛がなく、顔には目も、口も、鼻も一切存在しない。
なぜか目は見えるし喋ることもできるのだが、ビジュアルが完全に怪談のそれだった。
「これ、どこの幽霊の話だよ! のっぺらぼうじゃん! ──そっか、顔のパーツまで完全に想像しねぇと駄目なのか。なら、まずは目を作ろう。えっと、目を……」
のっぺらぼうの顔面に目を生み出そうと、鬼は再び強く意識を集中させた。
だが、その一瞬──「目」を想像しようとした瞬間に、前世のギャグ漫画か何かの記憶がフッと過ってしまい、無意識に数字の『3』の形をした目をイメージしてしまったのだ。
「あ、やべっ!?」
ピカッと光が弾けた時には、もう遅かった。
鏡の中の自分の顔には、確かに新しい「目」が追加されていた。
ただし、その二つの目は──見事なまでに数字の『3』の形をしていた。
「『3』って何だよおい……!! どうやって動いてんだよ、この『3』の目は……!!」
鏡の中でパチパチと妙な動き方をする『3』の形の目を前に、黄金の鬼は再び頭を抱えて激しく困惑するのだった。
「そうだ……確か、イケメンの顔を思い浮かべればいいんだ。イケメン、イケメン……」
目が『3』になった状態から必死に軌道修正しようと、脳内に極上の美男子のイメージを思い浮かべ、顔のパーツを書き換えようとした。だが──。
「あ、あれ!? これがイケメン顔……? 駄目だ、俺の想像力はちょっとポンコツかもしれない……。いや、諦めるな俺! イケメン顔を思い浮かべるんだ。いや……待てよ。イケメンとか他人の顔じゃなくて、俺自身の元の顔を思い浮かべりゃいいんじゃないか?」
その一瞬、霧の向こうに眠っていた「自分自身」の本当の顔が、奇跡的にフッと頭を過った。
そのイメージを掴んだ瞬間、全身から眩い黄金の光がぱぁっと弾け飛ぶ。
光が収まり、恐る恐る目の前の鏡を見つめた。
そこに映っていたのは──数字の『3』でものっぺらぼうでもない、艶やかな黒髪を揺らし、妖しくも神聖な【黄金の目】を爛々と輝かせる、息をのむほどの
「お、おおーっ! これ、俺の顔だな……! 多分だが、この前世の記憶は合ってるはずだ。──でも、なんで目が黄金なんだ? 確か元々は普通の黒い目だったはずなんだけどな……。まぁ、鬼の時のエネルギーのせいか? ──って、おい! 服がねぇぞ! 裸じゃん!」
自分の姿を上から下まで見つめて、
完全に真っ裸である。
いや、よく見るとちょっとだけ違っていた。
なぜか男の最も大事な部分にだけ、ギャグ漫画のように一枚の「ハッパ」がちょこんと張り付いているのだ。
それ以外は完全なる全裸だった。
「これどこの原始人だよ! 服を作らなきゃ、服を……!」
慌てて前世の記憶にある「まともな衣服」を想像する。
今度はポンコツな想像力にならず、頭の中で普通のシャツとズボンをイメージした。
魔力が形を成し、シュウッと実体化していく。
こうして、彼は自分の姿にぴったりな、シンプルな【黒服と黒ズボン】を身に纏うことに成功したのだった。