兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
黄金の鬼は、鏡に映る完璧な人間の姿を見つめ、
「よっしゃアアアアーーーーッ!!」
と、両腕を天に突き上げて全力でガッツポーズをした。
数字の『3』の目やのっぺらぼうを経て、ようやく手に入れた五体満足のイケメン姿。喜ばないわけがなかった。
しかし、すぐにフッと我に返り、冷静さを取り戻す。
(よし……これでようやく、あの黄金の星の中に入る準備ができたな)
いざ、自分がエネルギーを注ぎ込んで創り出した世界へ降り立とうとした──その瞬間だった。
鬼の脳裏に、ある重大な問題がフッと浮かび上がった。
「……あ。俺、名前がねぇわ」
名前。
世界に降り立ち、そこに生きる生命たちと関わるなら、絶対に必要になるものだ。
「よしいける!」と思った最高のお調子から、一転して現実に引き戻される。
鬼は必死になって、曖昧な前世の記憶の引き出しをひっくり返し、何かまともな名前はないかと探した。
すると、頭の中にパッと一つの名前が浮かび上がった。
『山田太郎』
「……いや、頭を抱えたくなるわ!!」
鬼は思わず自分の頭をガシガシと抱え込んだ。
よりによって、前世の記憶から真っ先に出てきたのが、日本で一番ありふれた「山田太郎」という名前だったのだ。
「名前……。いくら何でも、適当に『山田太郎』じゃあ駄目だよな。だからって『鬼』って名乗るのもおかしいし……。うーん、何かないかな……」
腕を組んで、うーんと唸りながら考え込む。
だが、どれだけ脳細胞をフル回転させても、それ以上の名前は全く思いつかない。
なにせ前世の記憶はどれも霧がかかったように宛にならず、自分が元々なんという名前だったのかすら、完全に忘れてしまっているのだから。
そして──鬼は考えるのを諦めた。
「まぁ……向こうに着いたら、なんか良い名前が思いつくだろ」
現実は非情であり、出ないものは出ないのだ。
名前問題は一旦横に置いておくことにした。
「…………………………」
それから、黄金の鬼はただじっと、その場で数時間が経過するのを待った。
なぜなら──。
「……というか、どうやって入るんだ? あの世界に」
人間の姿になり、シンプルな黒服黒ズボンに着替えたはいいものの、今度は「星への入り方」が分からなかったのだ。
うーんと唸りながら、腕を組んで黄金の星をじっと見つめる。
数時間が経った頃、ようやくポンコツな脳細胞が答えを導き出した。
「あー……。浮いて、あの世界に入ればいいのか!」
ようやく理解して、鬼の顔にパッと笑みが戻る。
だが、次の瞬間、またしても重大なことに気づいてしまった。
……そもそも、この
鬼の時の感覚がうまく掴めないのだ。
「あー、もうめんどくせぇ! とりあえずジャンプだ! とべば何とかなるだろ!」
鬼は考えるのをやめ、虚空を思い切り蹴って、黄金の星に向かって力強く大ジャンプした。
身体は弾丸のような猛スピードで推進し、そのまま大気圏を突破して、無事に星の内部へと侵入していく。
作戦は大成功だった。
ただ──。
「ぎゃああああアアアアアアアアッ!!! 死ぬーーーーーーッ!!!」
自分の創った新世界に初めて降り立つ創世神の第一声は、情けない大絶叫だった。
重力に引かれるまま、もの凄い速度で真っ逆さまに地面へと墜落していく。
名前どころの騒ぎではない。
ただの『自由落下』の恐怖に、鬼は涙目で絶叫しながら、黄金の大地へと突っ込んでいくのだった。
──ドンンンンンンッ!!!
凄まじい轟音とともに、黄金の大地へと真っ逆さまに激突した。
普通の人間なら確実に消し飛んで死んでいただろ。
だが、いくら人間の姿を模しているとはいえ、その本質は宇宙エネルギーの塊である『鬼』だ。
大穴の真ん中でムクリと起き上がると、手と足にほんの少しだけかす
り傷ができている程度だった。
「いたたたた……。まぁ、このくらいのかすり傷なら、普通に歩けるし問題ねぇな。数日すれば治るだろ」
痛む体をさすりながら、鬼は立ち上がってキョロキョロと周囲を見回した。
「やっと着いたか……。ここは森、か?」
見渡す限り、見慣れない奇妙な木々が生い茂っている。
ただ、自分が激突した瞬間の凄まじい
「あー……またやっちまった。木が折れてる。それにしても、木以外には何もねぇな……」
中の様子を上から確認しようと、鬼は今度は真上に向かって思いっきりジャンプして飛び上がった。
──だが。
「ぎゃああああアアアアアッ!!! めっちゃ跳ねるーーーッ!!!」
力加減というものを、脳細胞が完全に忘れていた。
本気で踏み切ってしまったものだから、雲を突き抜けるほどの高さまで文字通り「大気圏突破」寸前まで跳ね上がってしまったのだ。
空中であたふたと手足をバタつかせ、地上に降りてくるときに見事に着地を失敗して、派手にすっ転んだ。
「いたたた……。まいったな、これは身体の感覚に慣れねぇとヤバいぞ」
泥だらけになりながら立ち上がり、鬼はハッと我に返って自分の両手を見つめた。
「ん? 待てよ……。これ、手を握る力とか、他の力も慣れておかないと、何かに触れた瞬間に全部
ダラダラと冷や汗が吹き出してくる。
自分の創った新世界の住人と握手でもしようものなら、相手の腕を消し飛ばしてしまう危険があるのだ。
鬼は感覚を確かめるため、目の前の太い木に向かって思い切り拳を叩き込んでみた。
ドンッ!!!
大砲が炸裂したような大爆音が響き渡り、拳が触れた木だけでなく、その背後にあった何本もの巨木がドミノ倒しのように彼方へと吹っ飛んで消えた。
「あー……。またやっちまったな。……でも、これは早めに知れて良かったわ」
このままでは世界を滅ぼしてしまう。
鬼はひとまずこの森の中で、安全に暮らすための【力の
──その時だった。
ガサゴソと木々の根本を調べていた鬼の目が、地面に転がる「あるもの」を捉える。
「お? ここに、妙な石があるじゃないか……」
それは、周囲の黄金の土壌とは明らかに違う、奇妙な気配を放つ石コロだった。
鬼は興味を惹かれ、その石に向けて再び己の黄金の魔力をじっくりと注ぎ込んでみた。
すると──。
「ん? なんだ……。ただの石なのに光りだしたぞ……?」
鬼がエネルギーを注ぎ込むと、その石は目の前で眩い輝きを放ち始めた。
あまりの光の強さに、鬼は思わず腕で顔を覆って目を閉じる。
やがて光が収まり、恐る恐る目を開けたとき──そこにあったのは、ただの石ころではなく、美しく七色に煌めく【七色の光る石】へと姿を変えたものだった。
「もの凄く綺麗な七色の光になってるな……。よし、これで何ができるか試してみるか。とりあえず……今は力の『セーブ』がしたいな」
鬼がそう呟くと、七色の石は持ち主の願いに応えるように、ぽぅっと微かに明滅した。
その瞬間、鬼の肉体に劇的な変化が訪れる。
ジリジリと、右腕のあたりが急に熱くなったのだ。
「なんだ……? 熱っ……!」
慌てて黒服の袖を捲り上げて腕を見てみると、そこには見慣れない【星の形の
驚いているのも束の間、その星の痣はシュウッと吸い込まれるように、すぐに肌の奥へと消えてしまった。
「……もしかして、今ので力がセーブされたのか?」
鬼は確かめるために、目の前にある太い木に向かって思い切り拳を叩き込んでみた。
バキッ!!!
「痛たあぁぁぁぁぁーーーーっ!!!???」
森の中に、鬼の情けない悲鳴がこだました。
拳を握りしめ、ほんの少し涙目になってうずくまる。
木はビクともしておらず、殴った自分の拳がめちゃくちゃ痛かった。
「嘘だろおい……!! 完全にただの人間レベルまでセーブされちまったじゃねぇか! どうやって力元に戻すんだよぉぉ!!」
鬼は思わず、地面に転がる七色の石に向かって怒鳴り散らしそうになった。
──だが、拳をさすりながらフッと冷静さを取り戻す。
「……いや、駄目だ。八つ当たりはよくねぇな。この石は、俺の『セーブしたい』って願いをただ叶えてくれただけだ。つまり、こうなったのは俺の責任だわ」
神様でありながら、自分の非を素直に認める潔さ。
「まぁ、暴走する心配はなくなったんだし、ここからちゃんと自分の力が出せるように訓練すりゃいいか。んー、それにしてもこの石、持ち歩くのに紐とかねぇかな……」
そう思った瞬間だった。鬼の目の前に、まるで誂えたかのような丈夫な紐がフワリと現れた。
「お、コイツ、また俺の願いを……。ん? 待てよ、ってことは『元に戻してくれ』って願えば戻るんじゃねぇか?」
鬼はすぐに、七色の石に向かって「元の力を出せるようにしてくれ」と強く願ってみた。
その瞬間、またしても右腕がカッと熱くなり、肌の表面にさっきの【星の痣】がハッキリと浮かび上がってきた。
鬼は半信半疑のまま、もう一度目の前の木を全力で殴りつける。
ドンッ!!!
大砲が炸裂したような轟音とともに、巨木が一瞬で遥か彼方へと吹き飛んで消えた。
「おぉーーーっ! 間違いないな、これだ!」
鬼は鏡のように自分の腕に浮かぶ痣を見つめ、嬉しそうに声を上げた。
「この痣が、俺の力をセーブするためのスイッチになってるんだな。なら、痣が出ている間だけ、本来の『鬼の力』が使えるってことか。なるほどな!」
仕組みを完全に理解した鬼は、「じゃあ、今度は痣を消してくれ」と石に願った。
七色の石は主の願いを完全に承認し、腕の痣は再び綺麗に消え去り、元の安全な人間モードへと戻った。
「ふんふん、凄いぞこの石! まるで万能のアイテムじゃないか。よし、他にも使えそうな石があれば、ドンドン七色の石にしてやろう!」
力のコントロール方法を手に入れ、最大の不安が消えた鬼は、一気にルンルン気分になった。
七色の石を紐で大切に結びつけると、鼻歌を歌いながら、まだ見ぬ世界を求めて森の奥へと歩き出すのだった。