兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
グルメ34
誰かが言った。
かじると、まるでサクサクと揚げたての、ポテトチップそっくりの葉っぱが生い茂る、ポテチの樹──『ポテ樹』があると。
朝になると流れる川も、滝も、泉も全て、新鮮で甘酸っぱいとろとろのヨーグルトになる不思議な島──『ヨーグル島』があると。
世はグルメ時代。
未知なる味を求めて、探求する時代──。
緑の
どさりと倒れていたはずのマンサムが、大きな体をのっそりと動かして目を覚まし、何事もなかったかのようにその場に立ち上がったのだ。
「所長、大丈夫ですか!? ――うわあ! 穴、空いてますよ……!?」
マンサムが生きているのを見て、すぐに小松が必死の足取りで駆け寄る。
しかし、マンサムの正面に回り込んでそのお腹を見た瞬間、小松は両手を口元に置いて、顔中のパーツを驚愕に歪ませて叫んだ。
マンサムの屈強な腹部には、向こう側の景色が完全に見えるほどの巨大な穴が、文字通りぽっかりと空いていたのだ。
「バーハッハッハッハッ!」
小松のパニックをよそに、マンサムは豪快に声を張り上げて笑う。
すると信じられないことに、笑うマンサムの息に合わせて、お腹の穴の周りの肉がグニグニと生き物のように動いた。
「うえぇぇえええ!? ――う、動いたぁ!?」
内臓や筋肉が勝手にのたうつようなその不気味な光景に、小松は腰を抜かしそうになりながらもの凄く吃驚していた。
「わしは痛覚を麻痺させとるからな。全然痛くないんだわい!」
マンサムは豪快に眉毛をあげて、自慢げに小松を見下ろしながら言い放つ。
「ナルホド……スゴイデスネ……って! なんなんですか、それぇぇ!?」
あまりの常識外れな言い分に、小松は思わず目線を死なせて棒読みになったが、すぐに我に返って頭を抱えながら突っ込んだ。
すると、マンサムはズボンのポケットに無造作に手を突っ込むと、愛用の酒瓶をスッと取り出した。
あまりのマイペースさに小松が呆然として見守る中、マンサムは歯で酒瓶の蓋を器用にポンッと外すと、なんと自分のお腹の生々しい大穴に向かって、濁流のようにお酒をドボドボと直接ぶっかけ始めたのだ。
「え――っ!? ちょっと所長! まさかそれ、消毒のつもりでしょうかーーっ!?」
お酒が傷口に染み渡る光景に、小松は心臓が飛び出そうなほどもの凄く吃驚して叫んだ。
しかし、マンサムはフッと豪快な笑みを浮かべたまま、お酒をジャバジャバとお腹にかけ続ける。
するとどうだろう。
お酒を浴びたマンサムの細胞が一斉に活性化するように急速に盛り上がり、肉と皮がみるみるうちに再生していった。
お酒をすべてかけ終える頃には、先ほどまでの大穴が嘘だったかのように、傷一つない綺麗な皮膚へと元通りに直っていたのだ。
生まれたばかりの我が子を必死に背後に庇い、バトルウルフが不気味な緑のGTロボに向けて激しく牙を剥き、威嚇の唸り声をあげる。
リゼルはすでに親子の前へ身を滑り込ませて立ちはだかり、冷徹な理性を宿した鋭い眼光を乱入者へと真っ直ぐ向けていた。
不気味なGTロボの出現に、トリコたちも地を蹴り、すぐさまリゼルのいる場所へと走り込む。
襲撃の余波が残る過酷な戦場の中、バトルウルフ親子を背後へと完全に庇い隠すようにして、リゼルのすぐ隣へと滑り込んだトリコ
がっちりと肩を並べた二人の瞳の奥にある強い闘志の炎は、微塵も揺らいでいない。
そんな気高き戦士たちが背負う、命を守るための頼もしい背中を、復活したばかりのマンサムと小松はただじっと静かに見守っていた。
「あの襲撃が……もしバトルウルフに直接当たってたら、さすがに致命傷になっていたかもしれんな……」
マンサムは愛おしそうに身を寄せ合う親子を見つめながら、険しい表情でぽつりと呟いた。
美食會の不意打ちを喰らい、どさりと倒れていたマンサムであったが、実はあの凄まじい襲撃が起きたまさにその瞬間、薄らと目を開けて全体の苛烈な戦況をしっかりと見届けていたのだ。
リゼルは後ろを向き、バトルウルフをみる。
「お前は気にするな。ここは俺たちがやる。だから子供に愛情を注げ。後悔しないようにな」
リゼルはバトルウルフに向けて、静かにそう言い聞かせた。
バトルウルフのは、生まれたばかりの子の姿を見て、それからリゼルを見つめ返した。
すべてを察したように深く頷くと、我が子を愛おしそうに毛繕いし始めた。
リゼルはそれを見て静かに頷き、隣のトリコへと視線を移す。
トリコもまた、同じようにバトルウルフの姿を見届けていた。
ちょうど同じタイミングでリゼルとトリコの目がバチッリと合う。
トリコはリゼルの行動に心から同意するように力強く頷いた。
二人は息を合わせるようにしていっせいに正面を向き直り、いつでも飛びかかれる戦いの準備を整えてベイを睨み据えた。
《ナニシテルンダ? リゼルにジャマされたが今度コソクタバレ!》
GTロボは、今度こそバトルウルフを仕留めようと冷酷に動き出す。
だが、その親子の元へ、リンが素早く駆け込んだ。
「エンドルフィンスモーク!!」
リンがバトルウルフ親子に向けて叫び、特殊な香水の煙を一瞬で充満させる。
《ナンダ!?》
GTロボはキャノン砲を発射しようと準備をしていた。
だが、親子が濃い煙で完全に隠されてしまい、照準を合わせることができなくなる。
GTロボは不気味にキャノン砲を元に戻した。
「とりあえず、発射させてもらったし」
リンはトリコとリゼルの二人に向けて、得意げにそう言った。
リゼルは口元をほんの少し上げ、トリコは豪快に笑う。
二人は言葉に出さず、いっせいに「よくやった」という視線をリンに送った。
リンはトリコに褒められたことで、顔を真っ赤にする。
しかもリゼルからも同時に褒められたため、余計に頬を赤く染めて嬉しそうに照れるのだった。
「煙幕が、二匹の姿を隠した……!」
小松は思わず眉を跳ね上げ、驚きに目を丸くして叫んだ。
「いや、ただの煙幕じゃないな」
バトルウルフ親子をじっと見つめるマンサムの顔は、いつになく真剣そのものだった。
小松はハッと顔を上げ、マンサムの顔を見上げる。
「あれはハイパーエンドルフィンだ。脳内から強力な鎮痛作用を持つ物質を分泌させる香水」
マンサムは隣の小松に視線を落としながら、野太い声で説明する。
しかし、それを聞いた小松は、何かを思い出したように怪訝な表情を浮かべた。
「え? でも……バトルウルフって、そもそも怪我をしてなかったような……」
小松は困惑した顔で、煙の中に佇むバトルウルフ親子をみて呟いた。
「ああ、怪我は一切していない。リゼルがあの不意打ちを完璧に守りきったからな。……だが小僧、あの香水の本当の効果は、痛みを消すことだけじゃない」
マンサムは首をゆっくりとバトルウルフ親子たちへと向け、深く、確信を込めた声で続けた。
「どうやらその効果は、母親よりも子供のほうに強く現れたようだな。見ろ、あの子供の顔を」
そこには、まだ警戒の余韻をにじませつつもリゼルたちに場を委ねた母親バトルウルフと、それまでの恐怖が完全に消え去り、すっかり安心しきった様子の子供のバトルウルフがいた。
そのあまりにも温かい光景は、遥か昔の太古の時代より途絶えることなく受け継がれてきた「大いなる愛」を、ただひたすらに、今というこの瞬間に深く刻み込んでいるかのようだった。
「だが、どうしても許せんのはあのGTロボだな……!」
マンサムは噛み締めるように低く唸ると、眉を鋭く吊り上げ、怒りの眼光をGTロボへと真っ直ぐに向けた。
「GTロボ……? え、あの変な奴って、生き物じゃなくてロボットなんですか!?」
小松は目を丸くし、隣に立つマンサムの顔をまじまじと見つめた。
信じられないといった様子で、すぐさま再びその視線を、不気味に佇むGTロボの巨体へと向け直す。
「あぁ……グルメテレイグジスタンスロボット、略して『GTロボ』だ」
「テレ……な、なんですか? それ……」
聞き慣れない単語に、小松はすっかり困惑した声を出しながらも、マンサムの言葉に耳を傾けた。
「遠隔地にいるロボットが受ける視覚や聴覚の情報を、別の場所にいるオペレーターがリアルに感じながら操縦できる、一種のバーチャルリアリティシステムさ。深海調査船や惑星探索機のグルメ版だと思えばいい。生身の人間でも、このロボを介せば危険な土地でのグルメ食材の調達が可能になるわけだが……」
マンサムは言葉を一度区切り、じっと佇む緑のGTロボを見つめながら、さらに深く確信のこもった声で続けた。
「その性能は視覚、聴覚、触覚に加えて、嗅覚や味覚まで忠実にオペレーターに伝えられる。そして何より恐ろしいのは、操縦するオペレーター本人の実力も、ロボを通じて現場にリアルに伝わるという点だ。……つまり小僧、目の前のあの緑の鉄塊は、裏にいる操縦者の『強さそのもの』ってわけさ」
コロシアム全体に桃色の煙幕がもくもくと立ち込め、すべての光景を濃密に包み込んでいく。
──やがて、その煙幕が風に流され、だんだんと薄れていった。
視界がクリアになっていくリングのただ中で、不気味な緑のGTロボは微動だにせず、じーっとバトルウルフ親子を仕留める機会を窺って待っていた。
その冷酷な鉄の眼光が、再び親子を捉えようとした、まさにその時だった。
ドクン……ッ!!!
コロシアムの空気を力任せに震わせ、マンサムの肉体から爆発的なオーラが噴き出した。
「テレイグジスタンスのような尊い技術も……必ず悪用する悪党が出てくるモンだ!!」
額に激しい怒りの青筋を何本も浮かべ、マンサムは地を這うような声を絞り出す。
その背後から立ち昇る凄まじい闘気は、またたく間に巨大な『阿修羅』の幻影となって、禍々しく燃え上がった。
「は……、ひっ……!?」
変貌したマンサムの姿を目の当たりにし、小松は恐怖のあまり息を呑む。
喉の奥から情けない悲鳴が漏れ出た。
次の瞬間、背後の阿修羅の口がカッと開かれ、コロシアム全体を揺るがすような「オオオオオオオオオッ!!!」という猛烈な咆哮が轟く。
「うわああああっ!!!」
あまりの威圧感と衝撃波に、小松はひっくり返りそうになりながら絶叫した。
「あの野郎……ネジ一本、この世に残らんと思えよ……ッ!!」
マンサムはきつく顔を伏せ、怒りを完全に爆発させて拳を握りしめた。
──だが、その時だった。
背後から、自分から放たれているものを遥かに凌駕する、底知れない殺気と圧倒的なオーラを浴びせられ、マンサムはゾクリと背筋を凍らせて勢いよく後ろを振り返った。
「なっ──!?」
マンサムの目が驚愕に見開かれる。
そこにいたのは、全身から網膜を焼き焦がすほどの凶悪な『黄金のオーラ』を放つリゼル、そして、肉体を真っ赤に滾らせて赤い威嚇のオーラを立ち昇らせるトリコだった。
二人から立ち昇る凄絶なまでの殺気は、コロシアムの空気を一瞬で凍りつかせるほどに狂暴だった。
リゼルとトリコは言葉を交わすことすらなく、ただただ、地獄の底から這い上がってきたような鋭い眼光で、正面の緑のGTロボを真っ直ぐに睨み据えていた。