兄貴、見守る。   作:キュウリ大好き人間

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グルメ35

 

「──いつも人間だけだな。俺を本気で怒らせるのは……!」

 

トリコは両手の指をバキボキと凄まじい音で鳴らし、目の前の緑色の機体を冷酷に睨み据えた。

 

「おい、そこのアリクイ面!」

 

「……………」

 

隣に立つリゼルは、一切の言葉を発しない。しかし、その瞳の奥に宿る冷徹な眼光は、完全に獲物をロックオンした猛獣そのものだった。

 

ただ無言でベイを見据えるその立ち姿からは、言葉以上の圧倒的な圧迫感が放たれている。

 

二人の凄まじい殺気を正面から浴び、緑のGTロボのスピーカーから、どこか調子外れで不気味な電子音が響いた。

 

《ハァ? ハァー? ……ハテハテ、誰ダ?》

 

ベイはわざとらしく右を見たり左を見たりして、周囲をキョロキョロと見回してみせる。

 

そのふざけた態度が、二人の逆鱗をさらに深く抉った。

 

「──お前だよッ!!」

 

先ほどまでリゼルの隣にいたはずのトリコが、いつの間にか客席へと踏み込み、緑のGTロボの胸倉をガッチリと掴み上げていた。

 

不意を突かれたGTロボだったが、掴まれた状態のまま顔面を左右に割り、至近距離からすべてを消し飛ばすレーザー砲を発射するために凄まじいパワーを溜め始める。

 

だが、トリコがその発射を大人しく待つわけがなかった。

 

「オラァッ!!」

 

充填が完了するよりも早く、トリコは怒りを込めた右拳をグーにして思い切り振り下ろす。

 

容赦のない一撃を顔面に喰らったGTロボは、客席から勢いよく弾き飛ばされ、下の闘技場へと激しく落ちていった。

 

激しい金属音を立ててベイが転がり落ちたその場所は、アリーナの中央で静かに佇んでいるバトルウルフ親子からは、結構大きく離れた位置であった。

 

親子に一切の火の粉を及ぼさないよう、トリコは力づくで奴を遠くへと叩き落としたのだ。

 

その凄まじい破壊力を見つめていたマンサムが、低く呟いた。

 

「怒りでグルメ細胞が活性化しとるな」

 

「グルメ細胞……?」

 

小松はマンサムの横顔を見つめながら、その聞き慣れない言葉をそっと復唱した。

 

下の闘技場へと叩き落とされたGTロボは、すぐさまボロボロになった変装のローブを力任せに脱ぎ捨て、その不気味な緑色の金属光沢を完全に剥き出しにした。

 

《リゼルはウマそうだけど……四天王トリコ、お前が一番マズそうだ! ブチのめしてヤルッ!!》

 

スピーカーから狂気的な電子音を撒き散らし、ベイは目の前のリゼルとトリコに向けて吠えた。

 

──まさに、その時だった。

 

 

 

 

 

 

コロシアムの入り口のあたりで、何やらただならぬ騒がしさがあった。

 

一人の研究員が慌てふためいた様子で血相を変えて走ってくると、マンサムの耳元へ必死に何かを囁き、耳打ちする。

 

「なにィ──っ!?」

 

次の瞬間、マンサムは驚愕のあまり太い眉を跳ね上げ、弾かれたようにリゼルの背中を見つめた。

 

マンサムの怒気と、前方から放たれるリゼルたちの凄絶な殺気に圧倒されたのか、耳打ちを終えた研究員は青ざめた顔で小さく一礼すると、脱兎のごとく元の場所へと走り去っていった。

 

マンサムは怒りと悔しさに震えながら拳をグーに固く握りしめ、ギリッと奥歯を激しく食いしばる。

 

「ど、どうしたんですか……?」

 

マンサムの尋常ではない様子が気になった小松は、眉をひそめて心配そうに尋ねた。

 

「いや……これは、今のリゼルにはとても言えん。だが……いずれは……っ」

 

マンサムはきつく唇を噛み締め、やり場のない悔しさを滲ませた眼光で、ただ、リゼルの後ろ姿を見つめながら低く呟いた。

 

小松はそれ以上何も聞けず、ただ困惑した顔で、心配そうにマンサムとリゼルの二人を交互に見た。詳しい内容までは分からない。

 

だが、マンサムがリゼルに向けて言葉を濁していることから、それがリゼルに関する「何かとても悲しい出来事」なのだということだけは、小松にも痛いほど伝わってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

殺気だった空気の中、当のリゼルは、マンサムと研究員の不穏な動きが気になったのか、静かに首を巡らせてそちらへと鋭い視線を向けた。

 

──しかし、「今回は捕獲じゃねぇ……駆除だ!!」隣に立つトリコの怒りは、もはや限界を突破していた。

 

周りの騒がしさなど一切目に入っていない様子で、トリコはただ目の前の緑色のGTロボだけを睨み据え、地獄の底から響くような声で吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

「初めて見ました……。トリコさんが、あんなに本気で怒っているところ……。それに、リゼルさんも怒っていますけど……なんだか、トリコさんとは何かが違うような……」

 

先ほどの不穏な研究員の耳打ちのことは、後できちんと聞こう。

 

小松はそう心に決め、今は目の前で凄まじい殺気を放つトリコとリゼルの背中を見つめながら、マンサムへそっと問いかけた。

 

「生きる目的とは全く関係のない、無益な殺生……。リゼルが完璧に守ったからよかったものの、もし一歩でも遅れていれば、今頃バトルウルフは致命傷を負っていたはずだ。そしてあの鉄塊は、今でも虎視眈々と親子を狙っている。……リゼルもトリコと似たような怒りを抱えちゃいるが、あいつにはもう一つ、別の理由があるのさ」

 

マンサムは腕を組み、トリコの怒りの理由、そしてリゼルの内に秘められた怒りの正体を静かに語り出す。

 

だが、それを聞く小松は困惑を隠せない顔をしていた。

 

「リゼルを奪うから嫌いだの、バトルウルフばかり見てずるいだの、あの緑のGTロボはしょうもない理由で親子を狙いやがった。だからリゼルは余計に怒っているのだろう。……特に、『自分自身』に対してな」

 

「自分自身に……ですか?」

 

小松は小さくその言葉を呟き、首を傾げた。

 

「あぁ……。あの誇り高き伝説の獣が狙われた理由が、自分のせいでもあると……そう思って、自分を責めているのだろな」

 

マンサムはきゅっと眉を下げた。

 

先ほど耳打ちされた「悲しい報せ」のことも含め、リゼルのことが心配でならなかった。

 

遅かれ早かれ、いずれあの事実を知ることになるだろう。

 

それらを全てひっくるめた、やりきれないほどの心配がマンサムの表情に滲み出ていた。

 

「あ……」

 

小松は深く納得したように小さく頷いた。

 

その口元から、思わず理解と切なさの混じった声が漏れる。

 

小松もまた、戦場の最前線に立つリゼルの後ろ姿を、痛いほどの心配そうな目で見つめ返すしかなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

その頃、闘技場の頑丈な鉄扉の近くでは、集まった研究員たちが血相を変えて大騒ぎをしていた。

 

激しい襲撃の爪痕を物語るように、ドアの周囲の壁や床は無残にボロボロに破壊され、どす黒い血溜まりが広がっている。

 

その冷たい床の上に、一人の若い男性が力なく倒れていた。

 

──リゼルに『謎の石』を熱心に報告してきた、あの研究員のモバールだった。

 

彼の口元からは絶え間なく生々しい血が流れ落ちている。

 

だが、まだ奇跡的にかすかな息があった。

 

モバールは、自分を抱き起こしてくれた親友のレオへと、消え入りそうな小さな声を絞り出す。

 

「レオ……。リゼルさんに……俺の代わりに、伝えてくれないか……」

 

激しい痛みに顔を歪めながらも、モバールは必死に言葉を繋いだ。

 

「謎の石と、研究の報告書を……奪われた、と。……それから、あれほど『油断するな』と言われていたのに……油断してしまったこと、本当にすみませんでした、と……。レオ、俺の代わりに……謎の石の報告は、お前に任せる。後は……たの、ん……だ……」

 

モバールはそれだけをどうにか告げると、静かにその目を閉じた。

 

親友の服を掴んでいたはずの右腕が、力なく床へと滑り落ちる。

 

それが、彼の最期の言葉となった。

 

「お……い……! おい、目を覚ませよ、モバール……っ!!」

 

レオは血に染まったモバールの身体を、狂ったように激しく揺すぶった。

 

「お前が……お前が自分で代わりに言えよ! おい……モバール!!」

 

何度も、何度も、張り裂けんばかりの声をあげて親友の名前を呼びかける。

 

レオの目からは大粒の涙がボロボロと溢れ、モバールの冷たくなっていく顔を濡らした。

 

しかし、どれほど名前を叫び、泣きすがり、揺り動かそうとも、モバールが再びその優しい目を覚ますことは二度となかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

《はあっ! おらぁッ!!》

 

下の闘技場に叩き落とされ、本性を剥き出しにした緑色のGTロボが、凄まじい風切り音を立ててトリコへと正面から飛びかかった。

 

鉄の拳が容赦なくトリコの顔面へと突き出される。

 

──だが、怒りでグルメ細胞が極限まで活性化しているトリコの動体視力を、今のベイが上回れるはずもなかった。

 

「フンッ!」

 

トリコは鋭い呼気とともに頭をわずかに傾け、その凶悪な拳を紙一重のところで完全に回避する。

 

《なっ──!?》

 

ベイが驚愕のノイズを漏らしたその瞬間、すでにトリコの反撃の体勢は完璧に整っていた。

 

「てええええいッ!!!」

 

裂帛の気合とともに、トリコの太い右腕が爆発的な速度でしなる。

 

怒りによって限界を超えて重くなった拳が、避ける暇もない速度で緑のGTロボの胴体へとクリーンヒットした。

 

ドゴォォォォォンッ!!!

 

凄まじい衝撃波がアリーナを走り、殴られたGTロボの巨体は、まるで大砲の弾丸のように真後ろへと猛スピードで吹き飛んでいく。

 

そのまま闘技場の頑丈な巨大岩へと背中から激しく叩きつけられ、どさりとその場に倒れ込んだ。

 

メキメキ……バリバリバリッ!

 

ベイが倒れると同時に、叩きつけられた衝撃に耐えきれなくなった巨大な岩が、蜘蛛の巣状のヒビを張り巡らせながら、爆音を立てて粉々に崩れ落ちていく。

 

トリコの圧倒的な力の前に、新型を誇っていた緑の鉄塊は、岩の破片と共に無残に埋もれていった。

 

(二酸化チタン、そしてわずかなカーボンの匂い……。こいつの体は、カーボンファイバー配合のチタン合金か……!)

 

拳を叩き込んだ直後、トリコはその超人的な嗅覚が捉えた微かな微粒子から、緑色の機体の材質を瞬時に見抜き、心の中で呟いた。

 

崩落した岩の山を跳ね除け、緑色のGTロボがゆっくりと起き上がる。

 

驚くべきことに、あれほどの衝撃を喰らったはずのボディには、目立った歪みも傷も一切ついていなかった。

 

「チッ……打撃でのダメージはナシか」

 

トリコは油断なく身構えながら、目の前の鉄塊を睨みつけて呟いた。

 

強固な新素材の肉体に、ただの物理攻撃は通用しない。

 

それを察した瞬間、横から静かな足取りが並んだ。

 

「トリコ、次は俺がいく」

 

リゼルがトリコの真隣まで歩み寄り、冷徹な声をかける。

 

トリコが力強く頷いた、まさにその刹那。

 

ドンッ!!!

 

凄まじい衝撃波を置き去りにし、リゼルは一瞬にしてGTロボの目の前へと肉薄していた。

 

そのまま何の躊躇もなく、渾身の力で拳を殴りつける。

 

ズガァァァンッ!!!

 

闘技場全体が激しく揺らぐほどの重低音が響き渡る。

 

GTロボの巨体は、先ほどトリコが殴った時以上の圧倒的な質量と速度で弾き飛ばされ、遥か後方の頑丈な壁へと激突した。

 

壁は轟音を立てて粉々に崩れ落ちる。

 

凄まじい衝撃に、機体は大破した――かのように見えた。

 

だが、激しい火花を散らした次の瞬間には、まるで時間を巻き戻したかのように一瞬で傷が修復され、何事もなかったかのように元の綺麗な姿へと元通りに直ってしまったのだ。

 

だが、リゼルはそれすらも最初から全て分かっていたかのように、修復が終わるよりも早く、再びGTロボ

の眼前へと音もなく立ちはだかっていた。

 

リゼルが冷酷に右拳を握り締めた瞬間、彼の膨大なエネルギーが爆発的に形を変え、背後に巨大なオーラの手が顕現した。

 

リゼルが思い切り拳を突き出すと同時に、そのエネルギーの巨手も全く同じ動きで、猛烈なプレッシャーを伴いながらGTロボの顔面へと真っ直ぐに炸裂した。

 

バズガァァァァァンッ!!!!!

 

先ほどとは比べ物にならないほどの凄まじい大震動がコロシアムを襲い、爆風とともに土煙がもくもくと激しく立ち昇る。

 

その一撃の反動を利用するように、リゼルは流れるような身のこなしで、瞬時にトリコのいる場所へと戻ってきた。

 

──やがて、アリーナを覆っていた激しい土煙が、だんだんと薄れて引き始める。

 

その中心に佇む緑色のGTロボは、未だに不気味な健在ぶりを見せていた。

 

しかし、その強固な装甲の奥深くには、ほんの少しだけ、確実に消えないダメージの爪痕が残っているのだろう。

 

独自の超回復を持ってしても、リゼルのエネルギー重撃の破壊力を完全に相殺しきれず、機体のスピーカーからはかすかな不協和音のノイズが漏れ出ていた。

 

だが、それでもなお、奴はほぼノーダメージに近い状態のまま、再び二人を不気味に睨み返してくるのだった。

 

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