兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
パチパチ、と心地よい音を立ててオレンジ色の炎が暗闇を照らす。
焚き火の周りには、今日の道中で捕獲したバロン諸島の名物食材――――『ヘビカエル』が串に刺さって並べられていた。
当然、このヘビカエルを調理するのは、800年の歴史を持つレジェンド料理人、リゼルである。
リゼルは絶妙な火加減で串を回しながら、手元からスッと、見たこともないほど高貴な香りが漂う特製の胡椒を取り出した。
それをパラパラと肉に振りかけると、香ばしい煙が夜の森にふわりと広がっていく。
仕上げに、あの何年もの手間暇をかけて作り上げた『秘伝の特製タレ』を刷毛でサッとひと塗りした。
――じゅわぁぁぁっ!!!
タレが火に炙られて焦げる、信じられないほど甘美で濃厚な匂いが一瞬にして立ち込める。
リゼルの見事な手さばきによって、ただの野生のヘビカエルが、五ツ星ホテルのメインディッシュをも凌駕する究極の極上串焼きへと完全に生まれ変わったのだ。
「うおォォォ最高だ兄貴! いただきまーす!!」
待ちきれずによだれをダラダラと垂らしていたトリコが、焼き上がった瞬間、巨大なヘビカエルの丸焼きにガツガツと豪快にかぶりつく。
「う、うめぇぇぇーーーっ!!! なんだこれ、いつものヘビカエルじゃねぇ! 肉のジューシーさが兄貴のタレと胡椒で100倍に引き立ってやがる!!」
トリコは目を限界まで輝かせ、頬袋を破裂しそうなほど膨らませて大喜びで喰らいつく
その隣で、リゼルから「ほら、お前も食べろ」と手渡された小松は、その一切の一妥協もない完璧な仕上がりの美しさに、料理長としての本能でゴクリと唾を飲み込んだ。
リゼルから手渡されたヘビカエルの丸焼きを一口食べた小松は、その極限の美味さに目を丸くし、体中を電撃が走ったかのように激しく震え上がった。
「流石リゼルさん……っ! やはり焼き方も工夫して変えると、ここまで味は変わるんですね! このお肉、タレとの相性が抜群にいいです……。あの、このタレは、やっぱりリゼルさんの特製タレですか?」
小松はこのタレが美味しすぎて、一体どこに売っているのか、それともリゼルが自分で作った特製タレなのかが気になって、居ても立ってもいられずに聞いたのだ。
リゼルはそんな小松の熱心な視線を受け止めると、いつものように穏やかに答えた。
「あぁ、俺が作った特製タレだな。……このレシピが欲しいのか? 誰も欲しがらないと思っていたから、レシピは俺以外誰も知らないからな」
そのリゼルの言葉を聞いて、小松はひっくり返りそうなほど驚いた。
こんなに世界を震撼させるような極上のタレだ。絶対に世界中の有名シェフたちが血眼になって欲しがるはずだし、過去にレシピを聞きに来た人なんていくらでもいたはずだと確信していたからだ。
「えぇーーーっ!? 絶対にみんな欲しがりますよ!! 僕だって喉から手が出るほど知りたいぐらいですし……!」
小松のその必死な訴えに、今度はリゼルのほうが「え? そんなにこんなもんを欲しがるのか?」と不思議そうに目を瞬かせた。
そして、少しだけ楽しそうに唇の端を上げる。
「そんなに欲しいのか? ならあげるぞ。なんならレシピごと、今ここでやってもいい。まあ、お前も一所の料理人だしな。俺があげたレシピを研究して、お前がさらなる『自分だけの最高のタレ』へと進化させるのも、ありだな……」
そこまで口にして、リゼルはふと深く考え込んだ。
もし自分の知識をこの若き料理人に授ければ、自分の特製タレがさらなる高みへと進化し、ひいては、このグルメ時代の料理人たちの技術全体がさらに進化するのではないか――と。
リゼルは目の前で目を輝かせている小松を見つめ、フッと優しく笑いかけた。
「なんなら……俺の弟子になるか? 世の中に出していない特製タレや料理の技術なら、他にも色々とあるんだよな。小松が俺の弟子になるなら、それらを全部教えて、俺の跡を継がせるのもありかな、と思ったんだが……」
「えぇっっっーーーーーーっ!?!? いいんですか!?」小松は信じられないといった様子で、立ち上がって大声を上げてしまった。
小松は信じられないといった様子で、立ち上がって大声を上げてしまった。
「ぼ、僕なんかで本当にいいんですか!? リゼルさんほどのレジェンド料理人なら、一生弟子なんて取らない方だと思ってたんですが……っ!」
小松の驚きっぷりを横で見ていたトリコは、一瞬だけ吃驚して目を丸くしていたが、すぐに自分のことのように嬉しそうにニカッと笑った。
「おいおい、兄貴の弟子か……! 凄いぞ小松!! 兄貴の弟子になれるなんて、お前世界一の幸運料理人だぜ! 昔は世界中から名だたる料理人たちが押し寄せてきて『弟子にしてください!』って土下座してたけど、兄貴、全員を冷たく断ってたもんなぁ!」
「ぜ、全員断ってた……!?」
小松は吃驚して口をあんぐりと開けて驚き、頭が真っ白になっていた。
だが同時に、身体の奥底から言葉にできないほどの嬉しさと感動がブワッと込み上げてくる。
自分が大ファンでもある憧れの生ける伝説から、直接世界最高峰の料理を受け継ぎ、色々と学ばせてもらえるのだ。
小松は顔を真っ赤に染めながら、リゼルの前に綺麗に直立不動の姿勢を取ると、深く、深く頭を下げて了承した。
「あの……っ! 不肖の身ですが……よろしく、よろしくお願いしますっ!!」
「あぁ。よし、この依頼(ガララワニ捕獲)が終われば、俺の隠れ家で、お前に色々と料理を教えてやるからな」
リゼルは優しく頷きながら、世界で最初の一人目の愛弟子となった小松の頭を、今度はヘルメット越しではなく、その柔らかな髪へ直接手を触れて、そっと優しく撫でてあげるのだった。
――そんな感動的な師弟のやり取りの最中、小松はふと、バロン諸島が包まれている「異様な静けさ」に気がつき、我に返ったように周囲の暗闇を見回した。
「それにしても……静かですね。猛獣の声も聞こえなくなりましたし。ガララワニの生息地に近づくほど、生き物が減っている気がします……」
焚き火の炎に照らされながら、トリコが肉を噛み砕き、冷徹な声で答える。
「恐らく、その圧倒的な捕食者が片っ端から食ってんだろ」
「ええっ!? ぜ、全部ですか!?」
「どれほどの大食漢かは知らねぇが、この分だとバロン諸島全体の動物を食い尽くす可能性もあるぞ」
すると、リゼルは周囲の不気味に静まり返った大樹を見上げ、指先で黒髪を流しながら静かに付け足した。
「あちこちに蜘蛛の巣はあるが、肝心の虫自体が全くいないな。もしかしたら動物だけでなく、虫も含めてこの島の生き物全体を食い漁っているのかもしれん」
リゼルのその知的な分析を聞いて、小松は顔から滝のような汗をかきながら、激しく怯えだした。
「この島全ての生き物に命の危機が……っ。当然、僕の命も……! はぁ……最悪だ。ヒルにも噛まれて、さっきから血が止まらないし……うぅっ」
恐怖のあまり首筋の傷を気にする小松を見て、トリコはニシシと笑いながら優しく解説を始めた。
「ヒルは『ヒルジン』という、血が固まるのを抑える物質を出すからな。普通ならなかなか止まらねぇ。
……だが、兄貴が貼ってくれた絆創膏のおかげで、もう結構止まってるはずだぜ。それ、ただの市販品じゃなくて、兄貴が作った特製絆創膏だからな」
「えぇーーーっ!? すごい……っ! 流石はレジェンド、救急道具まで自家製でこんなに効果があるなんて……!」
小松が自分の首筋に触れ、リゼル師匠の圧倒的な凄さに再び目を丸くして感動した、まさにその瞬間だった。
――ゴボゴボッ……ドボォォォン……ッ!!!静まり返っていた漆黒の湖の沼から、水面を大きく割るような、不気味で重苦しい怪音が激しく響き渡った。
暗闇の海底からじわじわと這い上がってきた「巨大な何かの気配」が、ついに3人のすぐ目の前へと姿を現そうとしていたのだ――。
――ゴボゴボッ……ドボォォォン……っ!!!
静まり返っていた漆黒の湖の沼から、水面を大きく割るような、不気味で重苦しい怪音が激しく響き渡る。
〈ガアアァァアアア――ッ!!!〉
暗闇の沼から突然姿を現したのは、巨大な大蛇の猛獣――『沼蛇(ヌマヘビ)』だった。
その凶暴な咆哮と共に、大蛇がボートのあった岸辺へと恐ろしい勢いで突っ込んでくる。
「ひゃあぁぁぁーーーっ!?」
だが、大蛇が牙を剥いて小松に襲いかかろうとした瞬間、リゼルが電光石火の速さで動き、愛弟子の小松を自分の背後へと完璧に庇って守り抜いた。
しかし――激しい戦いが始まるかと思われた次の瞬間。
――ドシンッ……!!!
地響きを立てて横たわった沼蛇は、ピクリとも動かない。すでに完全に絶命していたのだ。
「え……? た、倒れた……?」
リゼルは静かに沼蛇の巨体を見届けながら、その死体の傷口をじっと見つめた。800年の知識、そしてこれまでのフライデーモンキーやバロンタイガーの異常な怯えっぷり……すべてのパズルのピースが、リゼルの頭の中でカチッと音を立てて嵌(はま)り、ついにその本当の「正体」を弾き出した。
トリコは一歩前に出ると、沼蛇の胴体に刻まれた凄まじい傷跡を見て、本気で驚いたように声をあげた。
「なんだ……この傷は……っ。戦うまでもなく、すでに【ひと噛み】でやられてやがる」
「そ、そんなのあり得ませんよ!! 沼蛇は捕獲レベル5! あのガララワニと同じ強さの猛獣なんですよ!?」
「あぁ。だが、この傷をつけた奴の顎のサイズ……ただもんじゃねぇぞ」
「し、しかしトリコさん、生息域が深くて発見されることすら難しいって言われる沼蛇を、一体どうやって見つけたんでしょうか……?」
恐怖する小松とトリコに向けて、リゼルは沼蛇の死体にスッと指をさし、謎を解くための最高のヒントを与えた。
「トリコ、これを見ろ。……バロンヒルが、沼蛇の死体から溢れる血を吸い尽くしているな」
「あ……!」
トリコは一瞬だけ吃驚して目を丸くしたが、兄貴の言葉の意味を瞬時に理解すると、全てを察した「なるほどな」という不敵な顔になった。
そして、隣で怯える小松へと視線を向ける。
「そういやお前も、島に入ったばかりの時にバロンヒルに首筋を噛まれてたな……」
「えっ……? は、はい……っ」
「そういうことか。……島に入った時点で、俺たちはすでにターゲットにされていたってわけだ。お前の血の匂いを追ってな……!」
トリコのそのセリフが響き渡った、まさにその瞬間。
静まり返った暗闇の密林が大きく割れ、沼蛇の比ではない、凄まじい王者の威圧感がドカンと船の周りを支配した。
〈グルルルルルルル……!!!〉
漆黒の闇の中から、ついにその獰猛な姿を現した。
最長150年を生き抜き、戦車並みの破壊力を持つこの島の圧倒的な絶対王者――『ガララワニ』が、牙を剥いて3人の目の前へと降臨したのだ――。
ここまで読んでくださりありがとうございました!三百年のガララワニ、口の中にヒルを飼っているなんてデカすぎて絶望感がヤバいですね……!次回第5話はいよいよ、トリコが納得の修行成果をぶつける大迫力の【戦闘編】、そしてその裏でチラリと姿を見せる【敵の影編】へと突入します。お楽しみに!