兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
トリコの十五連撃、そして黄金の鬼の猛威によって、緑色のGTロボが纏っていた禍々しい黒のオーラは完全に消失した。
それと同時に、『黒の鬼』の凶悪な力によってドーム内に異常発生していた黒い雲が一瞬にして消え去り、闘技場の上には元の無骨な岩盤の天井が、ありのままの姿で剥き出しになって戻ってくる。
リゼルのエネルギーを使い切ったトリコも、激しい息を吐きながら、いつもの赤いオーラを纏う元の姿へと戻っていった。
激しい戦闘が終わり、静寂が訪れかけたその瞬間、母親の命を奪ったベイの暴挙に対して、マンサムの怒りは完全に沸点へと達していた。
「……全砲門、開けッ!!」
マンサムの鋭い合図とともに、アリーナの四方に備え付けられた迎撃用のシステムが一斉に起動する。
もはや動く力すら残されていない緑色のGTロボをめがけて、無数の高出力レーザーが一斉に発射された。
ドバババババババガァァァンッ!!!!!
次の瞬間、闘技場を完全に真っ白に染め上げるほどの凄まじい爆風と、目を開けていられないほどのまばゆい光が炸裂した。
怒濤のレーザー光線に全方位から貫かれたGTロボは、激しい光の渦の中に跡形もなく呑み込まれ、無残に粉砕されていく。
しかし、その激しい硝煙の残骸の中から、カサカサと不気味な音を立てて小さな虫のような機械が傷だらけで這い出てきた。
「GTロボの『
マンサムは鋭く太い眉を吊り上げ、アリーナ中に響き渡るような声を張り上げた。
「えっ……う、醜っ……!?」
先ほどの凄まじい爆風で床に倒れ込んでいた小松が、どうにかその場に起き上がり、這い回るコアアンテナの異形な姿を見て思わず顔をしかめた。
「よーし! あいつを撃ち抜けッ!!」
再びマンサムの冷徹な合図が下されると、システムから次々と高出力のレーザーが撃ち出された。
アリーナの床が激しく弾け飛ぶが、コアアンテナは虫特有の素早い動きでそれらを器用に避けると、そのまま四番ゲートの奥へと滑り込み、闘技場から一瞬で脱出して行った。
「わしの部屋のハッチを開けろ! ──リッキー! 聞こえるか!? Bゲートから出てくる虫を仕留めるんだ!」
マンサムはすぐさま手元の通信機に向かって、愛獣であるリッキーに鋭い指示を飛ばす。
闘技場の外、陽光が差し込む大気の中へ飛び出したコアアンテナだったが、その瞬間、待ち構えていた巨大なリッキーの強烈な一撃によって叩き潰され、完全に粉砕されたのだった。
だが、この激しい決着の裏で、もう一つの「異変」が静かに幕を開けていた。
ここから遠く離れた、リゼルの秘密基地。
誰もいないはずの静寂に包まれたその部屋の奥深くでは、怪しくも美しい光を放つ、完全な姿をした『七色の石』が宙に静かに浮いていた。
そしてその部屋の闇の中には、リゼルがグルメ界から【連れて帰ってはきたものの、この部屋から出すことのできない】、彼の本来の相棒が静かに佇んでいた。
だが、その相棒が音もなく静かに潜んでいるその場所からは、石の異変までは見届けていない。
闘技場でリゼルの怒りのオーラが爆発し、ベイの手によって欠片が禍々しい黒へと反転した、まさにその瞬間のことだった。
──パリィィィンッ!!!
何の前触れもなく、完全なる七色の石の表面に鋭い亀裂が走り、結晶が激しく割れたのだ。
割れて飛び散った破片は、まるで闘技場の黒い石と同期するかのように、どれもがドス黒い不気味な色へと変貌を遂げていく。
部屋の空気を侵食していくかのような禍々しい黒い欠片たち。
だが、それらが完全に周囲を呪いで満たすよりも早く、闘技場で黄金の鬼が黒の鬼を喰らい尽くし、ベイの本体が完全に消滅した。
すると、飛び散っていた黒い欠片たちは、まるで最初から存在していなかったかのように、煙のように揺らめきながら綺麗に消え去っていった。
そして次の瞬間、激しく割れていたはずの七色の石は、まるで時間を巻き戻したかのようにスッと元の一体へと戻り、傷一つない完璧な輝きを放ち始めたのだ。
宙にゆらゆらと浮かぶ結晶は、さっきまでの激しいひび割れが嘘のように、何事もなかったかのような静けさを取り戻し、ただ美しく神秘的な七色の光で、静かに秘密基地の闇を照らし続けるのだった。
一方、その頃──IGOの管理区域から遥か遠く離れた、美食會の秘密基地。
コロシアムでのリンクを強制遮断され、操縦カプセルから生身の身体を起こしたベイは、悔しさと怒りに顔を歪めていた。
「ううぅぅ……ッ! トリコめ……!! 次は必ず潰してやる、絶対にだ……っ!!」
ベイは血走った目を大きく見開き、部屋中に響き渡る声で狂暴に叫んだ。
「お前じゃあ、まだトリコには勝てんよ。それに、二つの任務のうち、もう一つの任務すら完了させていない。そもそも、生身の身体でトリコの攻撃を受け止めてごらん。とっくに死んどるよ、お前は」
そう言ってベイを冷酷にたしなめたのは、怪しげな機材を手に持ったジョージョーだった。
彼は手にしている器具に視線を落とし、それを持ったまま静かな声でベイに告げる。
「ケェ……ッ!! 任務の一つ……他のGTロボどもはどうしたんだよ!? 俺がこうして前線で時間を稼いでやった間に、上手くリーガルマンモスを捕まえたんだろうな!? まあ……任務の二つ目は、失敗しちまったがよ……!」
ベイは噛みつくようにジョージョーへ向かって叫んだ。
二つ目の任務──それはリゼルを捕まえることだった。
しかし、リゼルの黄金の鬼に圧倒され、捕獲はおろか機体を破壊されて失敗に終わったことをベイは悔やんでいたのだ。
「全部で3着のロボは、とっくに上陸はしとる。じゃが、肝心なマンモスの姿は見当たらんし……それに、二つ目の任務に関しては、最初から失敗することは分かっていた。だからそこは、気にしなくていい」
ジョージョーは一瞬だけ不気味に目を剥くと、すぐに右側へと視線を向けてボソッと何かを呟いた。
欲しかったリゼルの捕獲には失敗したものの、彼はそれほど気にしていない様子で、再び手元の器具を見つめながら淡々と言い放つ。
「な、なあなあ……っ! まさか、先に誰か他の奴に獲られたんじゃねぇだろうな!?」
ジョージョーの不穏な言葉に、ベイは目をもの凄く大きく見開き、額に僅かな冷や汗をかきながら、驚愕して大声をあげた。
「焦るな。次の手は、すでに打ってある。」
ジョージョーが冷たく言い放った、まさにその時だった。
ピカッ──!!!
部屋の闇を一瞬にして消し飛ばすような、凄まじい閃光が二人の目の前で弾けた。
あまりの眩しさに、ベイとジョージョーは思わず強く目を閉じる。
──やがて、光がピタリと収まった。
ゆっくりと目を開けたジョージョーのその手には、いつの間にか、禍々しい輝きを放ちながら黒く光る一つの石がガッチリと握られていた。
ジョージョーは、この不思議な石の正体など全く知らない。
「なんだ……これは……」
ジョージョーは未知の物体の出現に、目を大きく見開いて驚愕する。
「あ……っ! あれは……あの時のやつじゃねぇか……っ!?」
ジョージョーの手の平にある黒い石を見て、ベイは驚いた。
あの時はほんの僅かな欠片に過ぎなかった謎の物質が、今、ジョージョーの手に収まっているのは、一つの完全な形を成した『黒の石』だったからだ。
「ふむ。これは……色々と実験しがいがありそうだな。GTロボとの相性も抜群に良さそうだ。これはいい……」
ジョージョーは手の中の未知なる黒の石を見て、不気味な口元を静かに歪めて低く呟いた。
そして、その極上の謎の結晶を大切そうに持つと、そのまま部屋の奥へと消えていった。
残されたベイは、自分の想像を遥かに超えた恐ろしい結晶の存在と、怪しく笑うジョージョーの背中を、ただ呆然と見送るしかなかったのだった。
激しい硝煙の匂いが漂う
「兄貴、大丈夫か……?」
トリコは心配そうに太い眉をひそめ、低く呟いた。
全力のエネルギーをトリコへと貸し出し、凄まじい疲労感に襲われながらも、リゼルは一瞬たりとも眠ってなどいなかった。
あの卑怯な不意打ちも、母親バトルウルフの命懸けの覚悟も、ずっと起きてその目で全てを見届けていたのだ。
リゼルは荒い息をどうにか整えながら起き上がり、トリコに静かな返事を返した。
「あぁ……。大丈夫だ」
「おっと、無理すんなよ」と差し出されたトリコの大きな手を借りながら、リゼルはゆっくりと自分の足で立ち上がる。
二人は肩を並べ、歩みを進めながら、一緒にアリーナの中心に佇むバトルウルフを見にいった。
四肢を踏ん張り、我が子を守る気高き壁となったまま微動だにしない伝説の狼。
トリコは首を上げ、その姿を見つめながら厳かに口を開いた。
「立ったまま絶命している……。死んでなお王者の風格を損なわぬ、凛とした姿よ……」
「……………」
その隣で、リゼルは言葉もなく、ただ申し訳なさそうにバトルウルフの亡骸を見つめていた。
自分が美食會に狙われていたせいで、この誇り高き親子が巻き添えを喰らい、母親の命が奪われてしまった。
ずっと起きて最期を見ていたからこそ、リゼルの心にはやり場のない責任感が重くのしかかり、その表情は暗く沈んでいた。
少し離れた位置からは、小松、マンサム、リン、モーブ、ティナも、静かにバトルウルフの最期を見つめていた。
──その時だった。
母親の足元で無傷で生き残ったバトルウルフの子供が、トコトコと小さな足取りで母親の元へと近づいていった。
まだ何も知らない赤ん坊は、冷たくなり始めた母親の足を優しく舐め、寂しさを埋めるように何度も身体をスリスリと擦りつける。
そして、もう二度と動かない母親の顔を見上げるようにして、ほんの少しだけ、切なく小さく声を漏らした。
〈クゥーン……〉
その健気で愛おしい姿を、トリコはしゃがみ込んで優しい目で見つめ、ぽつりと呟いた。
「少しでも、一緒にいられてよかったな……」
リゼルのくれた力のおかげで、ほんの僅かな時間だけでも、母親の温かい愛情をその身に受けることができた。
バトルウルフの子供の未来へと繋がった命の重みを噛み締めるように、トリコの声はどこまでも温かかった。
「すまないな……。俺のせいで、お前の母親を……」
リゼルは暗く沈んだ表情のまま、小さなバトルウルフの子供に向けて、絞り出すような声で静かに謝罪した。
だが、生まれたばかりの赤ん坊は、リゼルのその言葉にただ不思議そうに首を傾げるだけだった。
バトルウルフの子供は怯える様子もなく、トコトコと小さな足取りでリゼルのもとへと近づくと、その冷えた足元へ、温かい身体を優しくスリスリと擦りつけ始めたのだ。
野生の本能で分かっていたのだろう。
この美しい黄金の戦士が、自分たちを本当に慈しみ、命がけで守ってくれた最高に優しい恩人なのだと。
「……っ」
リゼルは驚きに目を丸くし、少し悲しそうな、それでいて救われたような切ない表情を浮かべながら、愛おしそうにバトルウルフの子供の小さな頭をそっと撫でた。
すると次の瞬間、バトルウルフ子供はリゼルの元からスッと離れ、アリーナの床へとトコトコ走っていった。
そして、先ほどトリコたちが倒したデーモンデビル大蛇の極上のお肉をその小さな口で一生懸命にくわえると、今度はトリコの足元へと持っていき、その場へポトリと落として見せた。
「お?」
トリコは目を丸くして、自分の足元の肉と、バトルウルフの子供の顔を交互に見つめた。
「ハハッ、礼のつもりか? ……だが、言っておくがな、俺はお前の母親のために戦ったわけじゃねぇぞ? 個人的にあの緑のアリクイがムカついたから、力づくでぶちのめしただけだ。……お前はこれから、母親の分まで強く生きていかなきゃならねぇんだ」
トリコはそう不器用な言葉を口にしながら、アリーナの床に片膝を付いて座り込み、バトルウルフの子供の目線に合わせて真っ直ぐに見つめた。
しかし、まだ生まれたばかりのバトルウルフの子供は、これからの過酷な未来を察したのか、不安そうにその可愛い眉をきゅっと下げてしまう。
「不安か? ……安心しろよ。俺も、もともとはこのコロシアムのチェーンアニマルだったんだ。ここで命がけで戦ったことも、昔は何度だってある。お前と同じ境遇さ。……だから、一人ぼっちじゃねぇぞ」
トリコはバトルウルフの子供を安心させるように大きな手で優しく撫で回し、そっと自分の厚い肩へと引き寄せて寄り添った。
トリコの男らしいぬくもりに、バトルウルフの子供の表情から少しだけ不安が消えていく。
「──そういえば兄貴。兄貴も昔、ここで何回か戦ったことがあったよな?」
トリコはバトルウルフの子供を肩に寄せたまま、ふと顔を上げてリゼルの方を見つめて尋ねた。
「あぁ、確かに……。何回か戦ったことがあったか……。色々あってな……」
リゼルもまた、優しく微笑みを浮かべながらトリコたちの隣へと歩み寄り、同じようにアリーナの床に片膝を付いて座り込んだ。
トリコとリゼル。
二人の最強の戦士が、小さなテバトルウルフの子供を真ん中に挟んで優しく挟み込むように座り、共にその小さな背中を優しく撫でる。
〈クゥーン……〉
トリコとリゼルの大きな手に優しく撫でられながら、バトルウルフの子供は、驚いたようにその丸い瞳を見開いて愛らしく鳴いた。
二人の最強の戦士から伝わる圧倒的なぬくもりと気高さに、その小さな心が確かに救われていく。
「トリコ……リゼル……」
寄り添い合う二人と一匹の姿を少し離れた場所から見つめ、リンはきゅっと眉を下げて切なげに呟いた。
「トリコさん……リゼルさん……っ」
小松もまた、様々な悲しみを乗り越えて新しい絆を結ぼうとしている彼らの背中を、心配そうに、けれどどこか祈るような温かい眼差しで見つめながらポツリと呟いた。
そんなトリコとリゼルの様子をじっと見守っていたマンサムが、感心したように不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「ホォ……。決して人には懐かないとされるあのバトルウルフが、トリコとリゼルの『器』に惚れたか。大した奴らだ。」
その言葉に、小松はハッと顔を上げてマンサムの横顔を見つめた。
誇り高き伝説の狼が自らの意志で彼らを選んだのだと、マンサムの深い言葉によって改めて痛感したのだ。
〈クゥーン……〉
バトルウルフの子供は本当に気持ちよさそうな表情を浮かべながら、喉を鳴らすようにしてもう一度小さく鳴いた。
それだけではない。
バトルウルフの子供はスッとリゼルの顔へと近づくと、母親を助けてくれた最大の恩人へ親愛を示すように、その小さな舌でリゼルの頬を優しく、丁寧にペロリと舐めたのだ。
「っ……」
頬に伝わる温かい感触に、リゼルは少し目を見張ったが、すぐに愛おしそうに目元を和らげた。
一方のトリコも、バトルウルフの子供の小さな頭へ自身の顔を優しく近づけ、その心地よい毛並みとスリスリと嬉しそうに顔を寄せ合った。
「ハハッ、なんだよ! 気持ちいいなぁ、お前の毛並み。まるで、最高級の厚手のタオル地のような触り心地だぜ。……そう、お前の名前は今日から『テリー』だ! ──テリークロスだ!!」
トリコはテリーを自分の顔に引き寄せながら、アリーナ中に響き渡るような満面の笑みでそう叫んだ。
「そうか……。テリー、か。いい名前だな」
トリコが授けた新しい名前をそっと口の中で復唱し、リゼルはテリーの小さな背中を優しく、何度も撫でさすった。
「──これからもよろしくな、テリー」
母親から託された未来の王者は、リゼルのその優しい言葉に応えるように、リゼルとトリコの間で誇らしげに小さく吠えた。
悲しい別れを乗り越え、彼らの間には決して壊れることのない、一生の強い