兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
「さあ、みんな! 遠慮はいらんぞー!」
マンサムはいつもの豪快な笑顔を浮かべ、アリーナでの激闘を終えた一同を広々とした所長室へと呼び集めた。
過酷な戦いを潜り抜けたトリコやリゼル、小松、リン、ティナ、モーブ、そして今回は研究員のレオも、同じ巨大なテーブルを囲んで席に着いている。
「「「「「おお──っ!! いただきます!!」」」」」
所長室の中央に鎮座する巨大なテーブルの上には、息を呑むほど豪華な珍味や極上の料理が、溢れんばかりにずらりと並べられていた。
さらにそれだけに留まらず、厨房からは出来立ての湯気を立ち上らせた新しい料理が、給仕の手によって次から次へと休むことなく運ばれて来る。
激しい戦いの疲れを癒やすかのように、ご馳走の芳醇な香りが部屋いっぱいに満ち溢れ、賑やかな晩餐の幕が上がった。
賑やかな夕食が始まり、一同がそれぞれ目の前の豪華な料理を口へと運んでいる中、リゼルが静かに座っている席のすぐ側へ、研究員のレオがそっと近づいてきた。
そしてレオはリゼルの隣に座る。
「お前は……」
レオの顔を見た瞬間、リゼルは驚きに目を丸くした。
彼と直接会うのはこれが初めてのはずだった。
だが、亡くなったモバールが生前、たまに親友であるこの男の話をしてくれていた時の特徴と、目の前の青年が完全に一致したのだ。
「レオといいます。……モバールのことで、お話しが……」
レオはリゼルに向けてぽつりと言葉を紡いだ。
その声は、必死に感情を押し殺しているように震えている。
「やはり……。奴はもう……」
リゼルはそれ以上を聞く前に、何となく察していた。
あの激闘の最中、マンサムたちが見せていた尋常ではない不穏な様子。
そしてGTロボのあのセリフ。
モバールはもう、この世にはいないのだと。
リゼルはきつく唇を噛み締め、地を這うような声で低く呟いた。
「はい……! ですが、モバールからリゼルさんへの『伝言』を、確かに預かってきまして……」
レオは悲しげに眉を下げ、リゼルを真っ直ぐに見つめて言った。
「え……?」
悔しさにじっと下を向いていたリゼルだったが、レオが告げたその「伝言」という言葉に弾かれたように顔を上げ、ポツリと驚きの声が漏れ出た。
「『謎の石と、研究の報告書を奪われた』と……。それから、『あれほど油断するなと言われていたのに、自分が油断してしまったこと、本当にすみませんでした』……と。これが、あいつが最期に遺した伝言です! ……それから、俺がモバールの跡を継いで、これからは俺がリゼルさんの『報告係』を務めさせていただきます。これも、あいつから最期に『頼んだぞ』とお願いされたことですから……っ!」
レオは堪えきれなくなった涙をボロボロと溢れさせながら、親友の遺志を胸に、必死にリゼルへと声を絞り出した。
「そうか。伝えてくれてありがとう! 報告書はここにある。……そうか。お前がモバールの跡を……。これからもよろしく頼む」
リゼルは涙を流すレオの肩を優しくポンポンと叩き、切なげに眉を下げながらも、これからの信頼を込めて真っ直ぐにそう告げた。
そして、その美しい瞳にじわりと悔しさと温かい涙を溜めながら、レオに向けてさらに言葉を重ねた。
「──レオ、お前も食え。モバールの分までな」
「はい……っ! ──美味い、美味いです……っ! モバール、見てるか……。俺はお前の分まで、これから必死に頑張るからな……っ!!」
レオは溢れる涙を拭いもせず、目の前のご馳走を大きく口へと運んで泣きながら食べた。
そして、天国にいる親友に誓うように、しっかりと前を向いて力強くそう呟いたのだった。
リゼルのもう一つ隣の席には、トリコが座っていた。
トリコは二人のやり取りを静かに見届けてから、安心させるようにご飯を豪快に食う。
「うめぇ──っ!!」
そしてトリコは笑顔で呟いた。
トリコの見事な食べっぷりにレオが涙を引っ込める中、巨大な皿の前に身を乗り出した小松が、驚きに目を見開いて額に汗を浮かべながら言う。
「あれって確か、超高級食材の『バッカスドラゴン』ですよね!? 初めて見た……」
小松の驚きっぷりに、マンサムは我が意を得たりとばかりに豪快にグラスを掲げ、みんなに向かって言う。
「酒は飲めるだろ? 今夜はわしのフルコースをごちそうしてやるぞ!」
「マンサム所長のフルコース?」
小松はキョトンとした表情を浮かべ、マンサムに聞き返す。マンサムは胸を張り、自慢のメニューを小松に教える。
「
「アルコールの入った食材ばばっかし……どんだけお酒好きなの……」
小松はすっかり呆れ返っていた。
そしてポツリと呟く。
「所長のフルコース、最悪だし!」
リンはふいっと後ろを向いて、目をつぶって言う。
「お前には聞いとらん!!」
マンサムはいつもの調子でリンに向かってツッコミを入れる。
そのお馴染みの賑やかで楽しい掛け合いを見て、トリコや小松、そして悲しみを胸に抱えていたレオの口元からも、自然と温かい笑みがこぼれ落ちるのだった。
「あの……、リゼル様……っ」
モーブは本を抱えたまま、顔を真っ赤にして完全にもじもじしながらリゼルに声をかけた。
「様っ!?」
その呼び方に、すぐ隣にいたレオが驚きに目を丸くしてポツリと呟く。
「あの……俺、リゼル様のファンなんですっ! ここに、ここにサインをいただけますか!?」
モーブは自分の宝物である、レジェンドリゼルの写真集の本を勢いよくひらいてリゼルの前に差し出した。
「あぁ……。それにしても、これは……凄いな。いつ撮られたんだ……?」
本を開かれたリゼルは、そこに写っている歴戦の自分の姿を見て、驚きに目を丸くして呟いた。
自分が知らない間にこんなにハイクオリティな写真集が作られていたことに驚きつつも、リゼルは手渡されたペンを滑らせる。
「これでいいか……」
リゼルは綺麗なサインを描き終えると、茶目っ気を利かせて、サインの横に小さなミニリゼルとミニモーブが並んだ可愛い絵をちょこんと描き加えた。
「うわあああ……っ!! 嬉しい……!! サインだけでなく、こんなに可愛いミニ絵まで……っ! ありがとうございます、一生の家宝にして大事にします!! あ、あ……あのっ! 俺、モーブと言います! 握手もお願いしますっ!!」
モーブは写真集を胸元にぎゅっと大事そうに抱え込み、あまりの興奮で自分の名前を言うのを完全に忘れていたことに気づいて、急いで大声で名前を名乗った。
そして、緊張でガタガタと震える右手を差し出し、握手をお願いする。
「あぁ……、いいぞ」
リゼルはモーブのあまりの熱量にちょっと引き気味ではあったが、それでも優しく微笑んでその手をガッチリと握り合った。
「……俺、もうこの手は一生洗いません」
モーブは天にも昇るほどの感動に包まれながら、リゼルと触れ合った自分の右手をじっと見つめて恍惚とした表情で呟いた。
「いや、洗ってくれ……」
リゼルが思わずツッコミを入れるように低く呟く。
すると、その言葉に合わせるかのように、隣にいるレオ、さらには大口でお肉を放り込んでいたトリコまでもが、まったく同じタイミングで深く「うんうん」と真顔で頷くのだった。
「わぁ──っ!!」
モーブがリゼルへの熱烈なアプローチを繰り広げているすぐ近くで、ティナはテーブルの上の料理を見て思わず感嘆の声が漏れ出ていた。
「なんでこの人がここにいるんだし?」
リンは机に両腕の肘を突き、不機嫌そうにティナの姿を睨みつけながら言った。
「スゴーい! どれも超高級食材を使ったメニューばっかりじゃない! てんこ盛り──っ!」
ティナはリンの視線などどこ吹く風で、ビデオカメラを嬉しそうに回しながらご馳走の山を撮影し続けている。
「ちょっとぉ!?」
リンはついに椅子から立ち上がり、ティナに向けて鋭い声をかけた。
「いいんだリン。あのときの分を、ここで存分に取材するがいいと、わしがこの部屋に招待したってわけだ」
マンサムはリンをなだめるように優しく声をかける。
アリーナであの過酷な戦いが繰り広げられていた時、ティナはバトルウルフ親子の誇りを重んじて、あえてカメラを回さずスクープを断念した。
その彼女の優しさと覚悟への対価として、マンサムが直々にこの晩餐に招待したのだ。
「そういうわけだから。……失礼?」
ティナはビデオカメラを構えたまま、リンの顔をチラリと見ながら勝ち誇ったように言う。
「ったく、いい気になるんじゃないし!」
リンは一度マンサムを振り返ったが、すぐに後ろを向き直してティナへと言い放った。
「いい気になんか、1グラムもなってないから!」
ティナはビデオカメラを回していた手を止め、すぐにリンの顔を真っ直ぐに見つめ返して言い返す。
「迷惑だし、ハッキリ言って!」
「何よそれ! こっちは正当な取材許可をもらってるのよ!」
火花を散らす二人は、所長室のど真ん中で激しい口喧嘩を始めてしまった。
小松が「あ、あの……二人とも……」とオドオドしながら止めに入ろうとした、まさにその時だった。
「──おい。今、わしのことを『ハンサム』っつったか!?」
マンサムがグラスを片手に、二人の間に割り込むようにして大真面目な顔で言った。
「「言ってないし!!(ないから!!)」」
〈クッポポッポ!〉
ティナとリンの声が完全に重なり、すぐさまクルッポーも同調するように激しく鳴き声をあげた。
「ったく、騒がしい奴らだ。お前が一番行儀がよくて、お利口だな」
トリコは呆れたようにリンたちを一瞥すると、すぐに視線を部屋の壁際へと移して優しく語りかけた。
リゼルはそんな騒動に呆れたように小さく息を吐き、レオは苦笑いを浮かべている。
モーブは何が起きたのか分からずキョトンとしていたが、トリコの視線の先には一匹の幼き獣がいた。
部屋の壁際でちょこんと座っているテリー。
さっきからずっと、この大騒ぎの中でも驚くほど静かに大人しくしていたのだ。
「本来決して群れず、誰にも媚びることのないバトルウルフが、トリコにはすっかり気を許したか。リッキーがわしに懐くようにな。……そういえば、リゼルにもかなり懐いていたな」
マンサムが感心したようにグラスを傾け、それからリゼルの顔を見つめながら低く呟いた。
「来いよ、テリー。一緒に食べよう!」
トリコがご馳走の並ぶテーブルを指さしながら、手招きをしてテリーに声をかける。
隣に座るリゼルもまた、優しい眼差しでテリーを見つめながら、来いと促すように小さく頷いてみせた。
二人の最強の戦士に認められたことを察したのか、テリーはトコトコと静かに動き出し、迷いのない足取りでトリコの傍まで歩み寄ってきた。
「王者の遺伝子を受け継ぐ、俺の相棒だ」
トリコは愛おしそうにテリーの柔らかい毛並みに触れながら、誇らしげに周囲へと言い放った。
〈クゥ~ン……〉
テリーは嬉しそうに喉を鳴らし、トリコの逞しい身体へと何度もスリスリと甘えるように身体を擦りつける。
その光景を、リゼルは静かに見つめていた。
リゼルにだって、命を預け合ってきた一生の相棒がいる。
けれど、あまりにも規格外な存在である相棒は、グルメ界ならまだしも、この人間界の一般的な場所にはどうしても連れてくることができず、あの隔離された特別な『秘密の家』にしか置いてやれなかった。
目の前でこうして当たり前のように寄り添い、共に食卓を囲めているテリーとトリコの姿を見つめながら、リゼルの胸には、秘密の家に残してきた我が相棒への恋しさと、少しの寂しさが静かに去来していた。
リゼルはそっと眉を下げ、愛獣のぬくもりを思い出すように、切ない横顔でそっと目を伏せるのだった。
「うぅ~……。いいなぁ~…テリー……」
リンはご馳走そっちのけで、トリコの隣にいるテリーを羨ましそうに見つめていた。
そのすぐ足元にはマンサムの相棒であるリッキーが座っており、器用にアイスを食べている。
そんな周囲の様子など気にする風もなく、トリコはもの凄く早いペースで皿の上の料理を次々と平らげていた。
「食べるのはやっ」
トリコのあまりの猛食っぷりに、隣に座っていた小松は目を大きくして言う。
だが、トリコは相変わらずもぐもぐと口を動かし、豪快に食べ進めていく。
「トリコ焦るな…詰まるぞ」
トリコをたしなめるように、隣からリゼルが声をかける。
「大丈夫だ。兄貴」
トリコは肉を頬張ったまま、ひょいと手をあげてリゼルに言う。
その賑やかな二人のやり取りを、小松はトリコとリゼルの顔を見ながらじっと観察していた。
(トリコさんの顔……たくさんあった傷がいつの間にかなくなってる……。そういえば所長も……。グルメ細胞に秘密が?ん?そういえば…リゼルさんもだ…猛獣にも負けない圧倒的な力とも、関係があるのかも。それにあのときの…黒の鬼は一体)
小松はそんな大きな疑問を抱きながら、心の中でそっと呟く。
「フゥ~ごちそうさまでした! あっ、ところで所長よ、今回の仕事の話だが……」
ようやくすべての皿を空にしたトリコは、手をあわせてごちそうさまを言うと、すぐにマンサムを見ながら本題を切り出した。
「あぁ~仕事~……? ──あっ! だ──っ!! 忘れとった!! リーガルマンモス!!」
マンサムは大きなコップを持って酒を飲んでいる最中だったが、トリコに言われてハッと全てを思い出した。
勢いよく椅子から立ち上がり、大きな声を張り上げる。
「GTロボがここに潜入したのは、わしらの足止めが目的だったか! 混乱に乗じてリーガルマンモスを捕獲するため!それから多分だが…リゼルを捕まえるためでもあったのだろ。まあ…あんな結果になったが……」
マンサムは目をひらき、太い眉を吊り上げて悔しそうに言う。
「所長がコロシアムに行こうって言ったんじゃないですか……」
小松が呆れたようにマンサムに言う。
「何となくこんな落ちだろと思っていたが……」
リゼルはやれやれと呆れた顔をして、小さく呟いた。
「マズいぞ! リーガルちゃんが奴らの手に渡ってしまうー!」
マンサムは大きな手を顎にのせながら、大声で騒ぎ出す。
「リーガルちゃんって……」
小松がその独特な呼び方に眉を下げながら呟いた。
「──大丈夫だし!」
それまで静かに聞いていたリンが、きっぱりと言い放った。
部屋にいるみんなの視線が一斉にリンへと集まる。
「さっきお兄ちゃんから連絡あったから。もうこの島にいるみたいだし」
リンはアイスを食べながら、何でもないことのように言う。
「えっ!?」
マンサムの口から驚きの声が漏れる。
「サニーが?」
トリコも身を乗り出して驚きを露わにした。
「ほぉ…サ二ーにも会えるか。後は久々に会ってないのはあいつだけか…」
リゼルは驚きつつも、四天王たちの顔を思い浮かべるようにポツリと呟いた。
その小さな呟きが耳に届いたのだろう。
小松がキョトンとして不思議そうにリゼルの顔を見た。
「うん。リーガルマンモスを捕獲したってさ。今ここに向かってるみたい」
リンは手元のアイスを見つめながら、嬉しそうに報告を続ける。
「おおー!」
マンサムが嬉しそうに喜びの声をあげる。
それを聞いたトリコとリゼルは、次なるサニーとの再会を予感して楽しみそうな顔を浮かべ、不敵に口角を上げるのだった。
ジャバジャバと激しい波飛沫を上げる海。
地面を思い切り踏みしめるたびに重苦しい足跡が刻まれ、その圧倒的な質量に耐えかねた周囲の石が、踏み抜かれた足跡の形へと歪んでいく。
立ち込める煙の向こうから、うっすらと長い髪の毛が揺らめいているのが見えた。
現れたのは一人の人間の影。
その人物は、信じられないことに、自分の身体の何倍もある巨大な獲物を頭上へともちあげ、その手でしっかりと支えて持っていた。
逆光のせいで、顔から肩のあたりにかけては黒い影になっており、まだその素顔までは見ることができない。
その人影が黙々と歩みを進め、だんだんとこちらへ近づいてくるにつれて、彼が手でもっているものが何であるかが、はっきりと分かってきた。
──それは、あまりにも巨大なリーガルマンモスだった。
超巨大な猛獣を平然と持ち上げている、規格外の怪力。
さらに距離が縮まり、顔が近づいたその瞬間、影の奥からうっすらと、冷徹に光る一対の目が映し出された。
それは、すべてを見透かすような、どこまでも澄んだ美しい青い目をしていた。