兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
グルメ40
誰かが言った。
ハチミツの甘い樹液を滴わせる樹の密林──『ハチ密林』があると。
四枚合わせると美味なるハンバーガーになる──『四葉のクローバーガー』がありバターの香りが香ばしいフライドポテトの蝶──『バターフライ、ドポテト』を引き寄せて、『天然のバーガーセット』になると。
世はグルメ時代。
未知なる味を求めて、探求する時代──。
リゼル達は研究所の外の崖の上にいた。
地平線の向こうから、ゆっくりと朝日が昇る。
「うめー酒乱牛! 肉汁とテキーラの味が口いっぱいに広がって、味に酔うってのはまさにこのことだぜ!」
トリコは地面に座り、両手で酒乱牛の肉を掴んでいる。
その表情は、言葉が出ないほどに美味しそうだ。
「わしにも食わせろぉ!」
トリコの隣で座って酒を飲んでいたマンサムが、我慢できずに身を乗り出す。
「渡すかよ! この酔っ払いめが!」
トリコはすかさず肉を隠そうとする。
だが、マンサムの口はすでに酒乱牛の肉をがぶりと噛んでいた。
「外まで食事持ってこなくても……」
二人の相変わらずのやりとりを見て、小松は苦笑いを浮かべる。
「夕べからマンサム所長のフルコースを堪能しているトリコさんですが、ただいま三巡目に入っております! トリコさん、三回目の肉料理・酒乱牛のお味は?」
小松の隣でカメラを回していたティナが、ここぞとばかりに実況を始める。
そのまま、トリコの元へぐいっとマイクを差し出した。
「トリコに馴れ馴れしく話しかけないでほしいし! てか、なんであんたいんのよ!?」
リンが片手にパフェを持ったまま、ティナの体を力任せに突き押す。
リンは眉を吊り上げ、ティナの顔を鋭く指差した。
「マンサム所長から取材許可出たの! トリコも珍しい食材もリーガルマンモスも撮影すんだから!」
ティナもこれでもかと言うほど目を大きく見開き、リンに真っ向から言い返す。
「なんなんだ……この人たち……」
さっきリンがティナを押したとき、そのとばっちりを受けて地面にこけていた小松。
泥を払いながら、小松は二人の剣幕に呆れたように呟く。
「大丈夫か?」
リゼルがそんな二人に対して苦笑いしながら、地面の小松に声をかけた。
「あ、はい! 大丈夫です」
リゼルは小松の手を引っ張り、優しくその場に立たせる。
「ならいいが……怪我してないんだな?」
リゼルは小松の体に傷がないか、心配そうにその全身を観察した。
「はい! 心配してくれありがとうございます!」
小松は嬉しそうに、リゼルにお礼を返す。
その温かいやりとりを見ていたモーブは、小松のことを羨ましそうにじっと見つめていた。
「つーかサニーの奴おっせーな。ホントにマンモス持って来んだろーな?」
トリコが不満そうに言う。
そのときだった。
隣のマンサムが酒乱牛をまたつまみ食いする。
「こら」
すかさずトリコはマンサムに怒る。
「来たし!」
双眼鏡を覗いていたリンが、短く呟いた。
「「「「「「え?」」」」」」
全員の驚きの一声が重なる。
みんなが一斉に、ある場所へと視線を向けた。
歩くたび、そこにある硬い石場が完全に足跡の形に凹んでいく。
そしてその頭上には、巨大なマンモスを持ち上げている男性の姿があった。
男はリゼルたちのいる場所へ向かって、一歩ずつ確実に歩みを進めてくる。
ドシドシと、すべてを震わせるような歩く音が響く。
「デカッ! あれがリーガルマンモス!?」
向かってきている男が持っているマンモスを見て、小松は額に少し汗をかいた。
その巨体に圧倒されたのか、クルッポーの体が風船のようにぷうっと膨らむ。
「古代からの食の宝・『食宝』と言われてきただけはある。圧倒されるサイズだな」
トリコは遠くのマンモスを見つめながら言う。
「スゴすぎるリーガルマンモス……てんこ盛りスクープ! って、あの人! 特盛りデカいのを片手で持ってるー!」
そのすぐ近くで、ティナは必死にビデオカメラを回していた。
驚きを隠せずに呟くティナの横で、モーブは完全に口をあけて呆然としている。
リゼルは綺麗な柳眉をひそめ、どこか困惑の表情を浮かべていた。
「どうした? 兄貴」
トリコがリゼルの異変に気づき、不思議そうに見つめる。
リゼルはトリコを見返したが、その端正な顔立ちには、いまだ深い憂いの色が差したままだ。
「いや……あれは……おそらく……」
リゼルは言葉を濁す。
本当に今ここで言ってもいいものかと、胸の中で激しく迷っていた。
「片手だけじゃないがな」
マンサムが肉をもぐもぐとしながら言う。
その言葉の意味が分からず、ティナ、モーブ、小松が不思議そうに首を傾げた。
「にしても、あのデカさは……」
マンサムがマンモスを見つめる。
その瞬間、リゼルの涼やかな目元とマンサムの目が綺麗に合った。
二人は何かに気づき、同時に無言で頷く。
トリコは二人のやりとりを見て、不思議そうに首をかしげた。
その時、マンモスを掲げている男の周りに、突如として不穏な影が動く。
捕獲レベル15の獰猛な爬虫獣類・ギャングフットが、一斉に現れて男を取り囲んだ。
「うええぇぇえええ! あれは──!?」
小松が目を飛び出しそうにしながら驚く。
「ギャングフットの群れだし!」
リンが鋭く叫ぶ。
「強暴で食欲旺盛な奴らだ!」
マンサムもリンに続けて、険しい顔で身構えた。
「リーガルマンモスを奪う気ですよ!」
小松が緊迫した様子で前方を指差す。
「いったいどうなってしまうのか!?」
ティナがその様子を捉えるべく、必死にビデオカメラを回した。
「心配いらねぇよ」
「そうだな……サニーならあれくらい大丈夫だ……」
トリコとリゼルが、全く動じることのない声で遮る。
「え?」
小松は慌てて後ろを振り向いた。
余裕の表情を崩さないトリコとリゼルを見つめながら、完全に困惑した顔で、小松の声が漏れるのだった。
すると、リーガルマンモスを持ち上げている男性がフッと笑う。
次の瞬間、取り囲んでいたギャングフットの群れが、何の前触れもなく一斉にその場へ倒れ伏した。
「え?」
小松の驚く声が漏れる。
男はそのまま歩みを進め、その口元はずっと笑ったままだ。
楽しそうに、低く声を漏らして笑っている。
地面に倒れたギャングフットの群れは、グーグーと規則正しい息を立てて眠っていた。
「ノッキング……?」
小松がギャングフットの群れを見ながら呟く。
「けど、触れてもなかった! いったいどうやって!?」
小松の隣にいたティナも、信じられないものを見る目で驚く。
ティナの肩の上では、クルッポーが怯えたように身を縮めていた。
男の足音がガシガシと激しく響き、リゼルたちの目の前でピタリと止まる。
男の手から離れた超巨大なリーガルマンモスが、そのままトリコたちのいる場所へと倒れ込んでいく。
降って湧いた質量の大災害を前に、みんなは慌てふためき、マンサムだけを残して一斉にその場所から逃げ出した。
リゼルは柳眉を動かすこともなく、静かにトリコたちのいる安全な場所へと移動する。
残されたマンサムは一人で、顔を真っ赤にしながらその巨体を必死に受け止めていた。
「あっ、ごめ。ちょっ、重かった? けどナイスキャッチ所長!
サニーは自分の指を鼻筋の上あたりに置きながら、マンサムに向けて言い放つ。
「「「えっ?」」」
モーブ、ティナ、小松は、突然の言葉に完全に困惑して声が漏れた。
「マンモスを受け止める所作に、全然胸がドキューンとしないし、全く感動が起きないってゆーか、そもそもガニ股でブサイク! 色気ないし! もう消えろって感じかな……」
サニーは冷淡に、ツンと言い切る。
「なんだこの人──っ!?」
小松は目を飛び出しそうなほど見開きながら、サニーに対して大声で突っ込むのだった。
「コラー! サニー! 大切な食宝をぶん投げるな!」
マンサムが顔を真っ赤にしてサニーに怒る。
「あの人、四天王・サニー……?」
ティナがビデオカメラの画面を見ながら呟く。
そして名前を口にした瞬間、カメラからパッと顔を離してサニーの姿を直視した。
肩に乗るクルッポーが、その視線に合わせて鳴き声をあげる。
そして、サニーの体がふわりと宙に浮いた。
「ここまで優しく運んで来てあげただけでも、感謝してほしいな」
宙を華麗に飛びながら、サニーが軽やかに言い放つ。
「いや、久しぶりだな、トリコ。以前より細胞が活性化している。肌の弾力も高いし、いいモノ食べてる証拠だな」
崖の上に美しく着地したサニーは、至近距離でトリコの頬や腕の肌を容赦なく触りまくる。
「いきなり肌触りまくるんじゃねぇよ、気持ちわりぃ」
トリコは露骨に嫌そうな顔をしてサニーを払いのけた。
サニーはフンと鼻を鳴らすと、すぐにその隣に佇むリゼルへと視線を向ける。
「リゼルも久々だな……。相変わらず肌も髪も
サニーは今度はリゼルの端正な顔へと急に顔を近づけ、その髪や肌をまじまじと見つめながら品評するように言う。
リゼルは柳眉を、ほんの少しだけ驚いたように上げる。
「お前は相変わらずだな。急に触られたから吃驚したんだが……」
すぐにリゼルの綺麗な柳眉少しだけ下がり、距離の近いサニーを見つめながらポツリと呟いた。
「リン、お前! んだその土管みたいな足は! 久々に会ったら皮下脂肪もハンパねぇー! そんな甘いモンばっか食べてるからだ!」
サニーは次にリンの姿を見る。
そして、そのだらしない体型にすぐさま激しく怒り出した。
「このくらいが健康的でちょうどいいしー! てか、お兄ちゃんには関係ねーし!」
リンは持っていたパフェを揺らしながら言い返す。
「関係したくねーし! ンな男みてぇな妹と!」
「ハァ? 女みたいなお兄ちゃんに言われたくないしー!」
「ねーしねーし、うるせーし!」
サニーとリンは、崖の上で激しい兄妹喧嘩を始めてしまった。
周りのみんなは二人の子供っぽい喧嘩を見て呆れている。
リゼルはハァ、と小さくため息をついた。
「この二人が兄妹か……。さっきから普通に会話成立してますけど、あの人、誰にも触れてないですよね?」
小松が後ろを振り向き、トリコとリゼルに疑問をぶつける。
「いや、全員あいつの触覚──センサーに触れてるんだ」
トリコが小松たちを見つめながら、不敵に笑って告げた。
「普通のやつには見えないし分からないが、サニーの髪の毛は一本一本が手や足みたいなもんだ。だから、触れてないように見える」
リゼルが小松とティナ、そしてモーブに向かって分かりやすく話す。
その綺麗な柳眉は、サニーのデタラメな能力の広がりをすでに正確に捉えていた。
「一匹を残してな」
依然として大きなマンモスを一人で持っているマンサムが、ニヤリと笑って答える。
その言葉を合図に、全員の視線が一斉にテリーの姿を捉えた。
「バトルウルフか。俺の触覚に反応するとは興味深い……味方なら頼もしいが」
サニーたちのいる場所から少し離れた、さらに一段上の崖の上にテリーはいた。
サニーはテリーのいる上方を見つめ、どこか感心したように目を細める。
「心配いらん……そいつはトリコの相棒のテリー。一緒に仕事してもらうつもりだ。リーガルちゃんの捕獲をな……」
マンサムがサニーに向けて言う。
もちろん、その両手にはまだ大きなマンモスを掲げ持ったままだ。
「いやいやいやいや、リーガルちゃんって。リーガルマンモス、もう捕まえたじゃんか」
サニーは振り返ってマンサムを見る。
自分の華麗な仕事を否定されたような言い方に、不満そうに声を尖らせた。
だが──。
「サニー」
リゼルが静かに名前を呼ぶ。
サニーが不思議そうにリゼルの方へ振り向いた。
リゼルの顔がすべてを物語っていた。
その美しい柳眉を少しだけ下げ、なんとも言えない「ドンマイ」と言いたげな視線を向けている。
「え?」
サニーは戸惑う。
「こいつは迷子の子供だ! こいつより断然デカい親がどこかにいるはずだ!」
マンサムが容赦のない言葉で、サニーのプライドにトドメを刺した。
小松、サニー、トリコの三人が、一斉にガタッと弾かれたようにリゼルの顔を見る。
リゼルが諦めたように何度も静かに頷くのを見て、三人の目は完全に点となった。
「こ、これで子供!? 親って……一体どれだけデカいんですかー!?」
小松の全力のツッコミが崖の上に響き渡る。
「兄貴……知ってたのか? サニーのマンモスを見て困ってたよな? あのときに分かってたことか?」
トリコはリゼルの顔を見て、驚異的な観察眼の意図を確認する。
「あぁ……。だが、せっかくサニーが頑張って持ってきてくれたんだからな。言うか迷ってな……」
リゼルは困ったように苦笑いを浮かべながら、みんなに優しく告げた。
「それよりも、親リーガルちゃんを早く捕獲するんだ! 美食會より先にな!」
マンサムが全員を見渡し、一気に引き締まった声を張り上げる。
「やってやろうじゃねぇか」
トリコが不敵に口角を上げ、拳を力強く握り締めた。