兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
見渡す限りの黒草の草原に、ざわざわと硬い草の擦れ合う音が響いていた。
そんな中、小松が両手で大事そうにグルメスパイサーを抱えるように持っている時だった。
小松はふっと、何気なく斜め後ろに視線を向ける。
そして、パチパチとまばたきをした瞬間、すぐ近くにいたモーブと真っ直ぐ視線がぶつかった。
(あ……!)
小松は大きく目を見開き、そしてハッと思い出したのだ。
思い返せば、ジャーナリストのティナの隣にもう一人、この男性が居た。
先ほど一緒に料理を食べた時もそうだったのだが……あまりのドタバタに、肝心な名前をまだ聞いていなかったことに、小松は今更ながら気がついた。
それはモーブも全く同じことを考えていたのだろう。
お互いに「あ」と小さく口を開き、ぽかんと固まっている。
ようやく我に返った二人は、お互いに向き合い、気まずそうに自己紹介を始めた。
だが、大物たちに囲まれているせいか、二人ともガチガチに緊張しているらしく、肌にはじっとりと冷り汗が浮かんでいる。
「あ、初めまして、小松と申します……!」
小松は、はにかんだ笑顔を見せながら、グルメスパイサーを持っていない方の手を後頭部に当てて、ペコリと軽く頭を下げてお辞儀をした。
その瞬間、草原をそよ風が吹き抜け、背の低い黒草たちが波のように揺れる。
「あ、初めまして、モーブと言います」
モーブはサラリと風に髪をなびかせながら、少し気恥ずかしそうにはにかみ、丁寧にお辞儀を返した。
お互いにペコペコと頭を下げ合っている、小松とモーブの初々しいやり取り。
それを、少し離れた場所からリゼルとトリコが静かに見守っていた。
そのすぐ近くでは、リンがトリコの横顔にうっとりと見惚れており、ティナは「何かスクープの予感!」とばかりにモーブたちのやり取りを鋭く凝視している。
そしてサニーは、そのどこか不器用な二人の空間に、不思議そうに美しく首を傾げていた。
「小松、モーブは兄貴のファンらしいぞ」
ふと、さっきモーブと交わした会話を思い出したトリコが、楽しげにニカッと笑って小松に教えた。
その瞬間、横にいたリゼルはピクッと肩を揺らし、トリコをジロリと凝視する。
そして、その綺麗な口元を分かりやすく引きつらせた。
「そうなんですか!? 実は僕もリゼルさんのファンなんです! 一緒ですね!」
トリコの話を聞いた小松は、パアッと顔を輝かせて口元を綻ばせ、嬉しそうにモーブに向き直って声を弾ませる。
「小松くんもですか!? 俺、さっきリゼル様からサイン貰ったんです。ミニ絵まで描いてもらったんです!」
モーブは満悦の表情を浮かべ、リゼルにサインとミニ絵を描いてもらったばかりの本を、これ見よがしに小松の目の前へと差し出して見せた。
「うわあ、凄いですね! 僕もリゼルさんと初めて会った時に、サインとミニ絵を貰ったんですよ!」
小松は驚きに目を丸くしたが、自分だけの宝物のことを思い出し、嬉しさのあまりモーブの前にぐいっと身を乗り出した。
目の前で繰り広げられる、熱烈なファン二人の限界オタクトーク。
それを真正面から浴びたリゼルは、薄っすらと頬を赤く染め、いたたまれずにぷいっと明後日の方向を向いた。
そのまま、どこか遠い目をして広大な青空を仰ぎ見ている。
トリコはそんなリゼルの様子に目を丸くしていたが、次第に口元をニヤリとほんの少し上げた。
リゼルが、ここまで分かりやすく赤くなって照れることなど滅多にない。
それはサニーやリンも同じことを思ったのだろう。
リゼルの珍しい姿に、二人の口元にも薄っすらと楽しげな笑みが浮かんでいた。
当の二人はリゼルの話題で大盛り上がりし、会話はどんどんヒートアップしていく。
「リゼル様のあの気品が」「あの優しさが」と熱量が上がれば上がるほど、リゼルの美しい頬はますます林檎のように赤くなっていく。
トリコは最初は「面白ぇな」と温かく見守っていたが、二人の盛り上がりの内容があまりにも熱烈すぎて、次第に目が点になり、やがて苦笑いに変わった。
完全に限界を迎えて真っ赤になっているリゼルを見て、トリコは「やれやれ」と肩をすくめると、さすがにこの暴走するファン二人を止めることにした。
「お前ら、その辺にしとけ。――兄貴を見てみろ」
トリコが二人の間に大きな体を割り込ませ、親指でリゼルの方を指差す。
小松とモーブがいっせいにリゼルの方を振り返ると、同時にその目を丸くした。
リゼルの顔が、まるで茹で上がったタコのように真っ赤に上気していたのだ。
二人は「あ、やべっ……!」という顔になり、慌ててパッと口を閉じる。
そんな子供のような二人の様子を見て、トリコは苦笑いするのだった。
ひとまず場が静まったところで、トリコは何かを思い出したように、先ほど作ったばかりの料理を豪快に口に運んだ。
「ああ! モグッ……くぅ〜!! ココマヨをかけた黒草に、サクサクのスナック風味を砕いてかけたら最高だぜ! ほら兄貴!」
口いっぱいに食べ物を詰め込み、もぐもぐと咀嚼しながら、トリコは嬉しそうに声を弾ませて料理を差し出す。
すると、さっきまでいじけていたリゼルが、そおっと足音を忍ばせてトリコの隣にすり寄ってきた。
そして、トリコの手元から料理をほんの少しだけ分けて貰う。
口に運んだ瞬間、その絶品の味わいに、リゼルは先ほどの赤みを残したまま、満足そうにふにゃりと顔をほころばせるのだった。
「トリコさん! これ、グルメタウンで見つけたんですか? 最新型ですか、これ!?」
トリコのもう片方の隣にいる小松は、両手で大事にグルメスパイサーを抱えるように持ちながら、ぐいっと身を乗り出してトリコを凝視する。
そして、純粋な好奇心に満ちた目でトリコの顔を見上げて問い詰めた。
「あ? 知らね。グルメ研究所の研究室に置いてあったんだよな」
「たぶんそれ、研究中の試作機だし」
首を傾げるトリコの言葉に、すぐ横からリンが呆れたように補足を付け加える。
「……ちょっと、それって勝手に持ってきていいものなの?」
ティナがトリコたちの自由すぎるやり取りを見つめながら、常識人として不思議そうにポツリと呟いた。
「てか、勝手に人にあげてるし」
リンはハァとため息をつき、苦笑いを浮かべながらトリコに鋭いツッコミを入れる。
「ガハハ、細かいことは気にすんなって!」
トリコは笑いながら下を向き、足元で何かを探すような仕草を見せた。
そして、ふっと顔を上げて前を向いた瞬間、少し離れた草むらの陰で、テリーが自分たちをじっと見つめていることに気づく。
「ん? おお、テリー! お前も来いよ! 一緒に食べようぜ!」
〈………………〉
トリコは相棒に向かって親しげに声をかける。
だが、バトルウルフの血を引くテリーは微動だにせず、ただ静かにその場に佇んでこちらを警戒するように見つめていた。
「……やっぱ、お前を警戒してるんだな。サニー、いい加減その触覚引っ込めろよ。出しっぱなしで疲れんだろ? つーか、美食會に備えてそこら中にセンサーを巡らせてるってわけか?」
トリコはサニーをじっと凝視し、心配そうに眉を下げて問いかける。
「別に」
しかし、サニーは美しい目を閉じたまま、そっけない態度でトリコから視線を外した。
「サニー……」
リゼルも、張り詰めた空気のサニーを心配そうに見つめてそっとその名を呟く。
だが、リゼルはすぐにフッとテリーの方へと視線を移した。
張り詰めた周囲の空気を気にする風でもなく、リゼルはスタスタと迷いのない足取りでテリーの前まで歩み寄る。
そして、猛獣の前にしゃがみ込むと、その綺麗な手で優しくテリーの頭を撫でた。
逃げるような素振りすら一切見せず、リゼルに撫でられるがままじっとしている。
それどころか、リゼルの纏う上品で穏やかな気配にすっかり安心したのか、やがて目を細め、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らし始めるのだった。
「やっぱりまた、コロシアムに出たようなのが入り込んでるんでしょうか? それにまた、リゼルさんは狙われるのでしょうか……?」
小松はトリコのそばへおずおずと近づき、テリーと戯れるリゼルの方を一度振り返ってから問いかけた。
不安そうにハの字に眉を寄せ、心配を隠しきれない表情でトリコを見つめている。
「GTロボいんだろうな。けど敵はGTロボだけじゃねぇ……。それに奴らは、また兄貴を狙うだろうな。だが、そんな簡単に兄貴がやられもしねぇし、俺たちが、守ればいいさ」
トリコは小松の顔を見つめ、それからリゼルのいる方向へ視線を向けながら力強く、安心させるように言った。
「それに小松、IGOは世界中に気候や環境が違う八つのビオトープ……つまり庭を持っている。どれも危険区域に指定されてるが、広さ、猛獣の手強さは、ここ第1ビオトープが一番なんだ。危険度A・平均捕獲レベルは27という、まさに地獄の庭だぜ」
トリコは小松に向き直り、静かに言葉を続ける。
「所長の話だと、親のリーガルマンモスがいるのは、あのリーガル高原だって言うし。通称・悪魔たちの住処」
「ああ。リーガルマンモスに行き着くには、まずその悪魔共を相手にしなくちゃならねぇ」
リンの言葉を受けるようにトリコが深く頷き、二人は真剣な面持ちで説明を続ける。
「でも、条件は美食會も一緒でしょ?」
「そうですよ! そう簡単にはリーガルマンモスには辿り着けませんよね、美食會だって……リゼルさんだって守られてるんだし!」
ティナがジャーナリストらしく冷静に指摘し、それに小松も激しく同意するように何度も首を縦に振った。
「まあな。もっとも、操縦者が『洞窟の砂浜』で会ったあの男なら、話は変わってくるがな……」
トリコの額に、ほんの少しの汗が浮かぶ。その表情は、かつてないほど真剣そのものだった。
「っ……!」
小松はだらだらと冷や汗をかき、眉をこれ以上ないほど下げて、あんぐりと口を開けて恐怖に身を震わせる。
周囲が美食會の脅威に緊迫する中、当のリゼルは我関せずといった様子で、テリーの真っ白で大きなもふもふに顔をうずめ、ただひたすらに癒されていた。
〈――ワウッ!! ワウッ!!〉
だが、リゼルは急にハッとしたように顔をあげる。
その瞬間、まるで思考が繋がっているかのように、テリーもリゼルの動きと完全に同時にガバッと顔をあげ、周囲の草むらに向かって鋭く威嚇の声を上げた。
「テリー? ……兄貴?」
トリコは不思議そうに、突如として警戒態勢に入ったテリーとリゼルの姿を見つめる。
「トリコ……っ!」
サニーもまた、引きつった緊迫の面持ちで、リゼルたちが見据えている方向を凝視しながらトリコの名を呼んだ。
その鋭い声に弾かれたように、トリコもサニーと同じ方向へパッと鋭い視線を向ける。
そして――小松、リン、ティナ、モーブ。
その場にいる全員が、何かの引力に引き寄せられるように全く同じ方向へと顔を向け、その
「あいつらは……!」
トリコが思わず、苦虫を噛み潰したような声を漏らした。
全員の視線の先にいたのは、全身が硬質な大理石の岩肌で覆われた巨大な化け物――ロックドラムだった。
〈ゴガガガガガッ!!〉
地響きのような大音響を響かせ、ロックドラムが巨大な咆哮をあげる。
「なな、なんですかーあれー!? 」
小松が大声をあげて怯える中、周囲の臆病な小動物たちは一斉にクモの子を散らすように逃げ回っていく。
すぐ目の前に巨大な猛獣がいるという極限状態の中、ティナはゴクリと息を呑みながらも、冷静に手元のメモを開いて解析を披露してみせた。
「ロックドラム……! もともとの生息地は海岸だけど、より大量の食料を求めて陸地に進出した猛獣よ。食べるための破壊行動を繰り返す、極めて獰猛な生き物なんだから!」
「へぇ〜……! 先輩、凄い……!」
モーブは、そんな危機的状況でもジャーナリストの魂を忘れない頼もしい先輩の姿を見て、憧れの混じったキラキラとした視線を向けている。
「ホォ〜。詳しいじゃねぇか」
トリコは感心した様子で、感嘆の声を弾ませて褒めた。
「まあね! 職業柄、これくらいの情報は頭に入って――」
ティナが隣にいるトリコの方へと振り向き、ちょっと誇らしげに胸を張る。
しかし、まるでその言葉を遮るかのように、ロックドラムがさらに一段と大きく吠え猛った。
〈ウオ――ッ!!!!!〉
〈クポォ――!?〉
すぐ近くに居たクルッポーは、そのあまりの爆音に
「――てか、本物見たのはもちろん初めてだけどーーーっ!!」
先ほどの冷静さはどこへやら、ティナは全力で涙目になりながら叫び声をあげた。
「ぼ、ぼ、僕たち完全にロックオンされてますよ! 食べる気満々ですよー!」
小松は完全にビビリ散らかし、頭を抱えて涙目で怯えながら叫ぶ。
「お前らは下がってろ! ――兄貴、サニー、援護してくれ!」
トリコが拳をバキバキと鳴らしながら前に出る。
その言葉に、隣にいたリゼルは静かに頷いた。
だが。
サニーはくるりと後ろを向くと、
「やだ」
と、冷たくそっぽを向いて、完全に拒否してみせたのだった。