兄貴、見守る。   作:キュウリ大好き人間

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グルメ43

 

サニーが放った「やだ」という明確な拒絶。

 

その瞬間、周囲の空気が一変し、まるで世界そのものの温度がすっと下がったかのような錯覚に陥る。

 

それは、誰かが放った剥き出しの殺気でもなければ、物理的な寒さでもない。

 

しかし、その場にいる誰もが本能的な恐怖を覚え、肌を刺すような絶対的な威圧感に気圧されていた。

 

そんな静寂と緊張が支配する空間で、その凄みを発している男――リゼルは、ただ静かに息を吐き出した。

 

「……」

 

しんと静まり返った空間に、彼が溜息を漏らす微かな音だけが冷たく響く。

 

その美しい黄金の瞳は、目の前の光景を捉えているはずなのに、何も映していないかのように深く、底が知れない。

 

それはただの呆れを含んだ溜息であり、彼の態度はどこまでも泰然自若としていた。

 

だからこそ、その底知れぬ静けさが、周囲の恐怖をいっそう掻き立てていた。

 

リゼルの隣にいたトリコは、そのあまりの真顔ぶりにギョッとして、本能的に後ろへと飛び跳ねた。

 

男の顔には怒りも愉悦もなく、ただ完全なる無。

 

その底知れなさに、トリコの全身の毛穴が収縮し、びっしりと鳥肌が立っていた。

 

しんと静まり返った空間のどこかで、誰かがヒュッと息を飲む音がした。

 

じっとりとした嫌な汗が全員の肌を伝う。

 

サニーも、周りの者たちも、生殺しの神裁を待つかのように、ただ静かにリゼルの動向を見守ることしかできない。

 

――張り詰めた沈黙の果て。

 

永遠とも思える時間ののち、ようやく、リゼルの黄金の瞳がゆっくりとサニーを捉えた。

 

「サニー、お前なら、あのロックドラムの価値観がわかると思ったのだがな」

 

リゼルは静かに、しかし重みのある声で呟くと、ゆっくりと顔を巡らせてロックドラムを見つめた。

 

そこにあるのは、無骨な石で出来た怪物。

 

美しさを極めていない凡人が見れば、ただの薄汚れた石塊にしか見えないだろう。

 

リゼル自身は、特別「美」というものに執着や興味があるわけではない。

 

だが、この怪物の持つ独特の造形や希少性は、真に美を愛する者であれば、その価値が嫌でも理解できるはずのものだった。

 

だからこそ、リゼルは失望したのだ。

 

サニーほどの男が、自身の感情や好悪に目を曇らせ、その本質を見抜けない。

 

お前の審美眼はその程度ほどのものだったのかと、だからこその、先ほどの溜息だったのだ。

 

「リゼル……アイツの価値観って、どういう事だ?」

 

サニーは恐る恐る振り返り、リゼルの顔を見てその表情を青白くした。

 

そこにあったのは、今までの付き合いの中でも一度だって見たことがないリゼルの表情だったからだ。

 

リゼルの言葉の真意が分からず、サニーは冷や汗を流しながら懸命に思考を巡らせる。

 

そして、もう一度弾かれたようにロックドラムを睨みつけた。

 

しかし、どれだけ目を凝らしても、自分にとってそれはただの不細工な石の怪物にしか見えなかった。

 

それを見たリゼルは、また、静かに溜息を吐き出した。

 

だが、今度の溜息は先ほどのような周囲を凍りつかせるものではなかった。

 

そこには明確な呆れが含まれていたが、同時に「お前なら仕方のないことか」という、どこか諦めと許容の混じった溜息だった。

 

張り詰めていたリゼルの黄金の瞳が、ほんの少しだけ柔らかく細められる。

 

その口元には、形ばかりの、薄っすらとした笑みが浮かんでいた。

 

リゼルは、サニーからすぐに隣のトリコへと視線を向けた。

 

その佇まいは、先ほどまでの周囲を威圧する底知れぬものから、すでにいつもの彼らしい落ち着きへと戻っている。

 

張り詰めていた空気が緩んだことで、トリコはようやく深く息を吸い込み、じっとリゼルを見つめ返した。

 

「トリコ、まだ完全に回復してないな? だが、一回だけならまだ技を出せるな?」

 

リゼルの言葉は確信に満ちていた。

 

それもそのはず、二人はさっきまで共に死線をくぐる激しい戦いを繰り広げていたのだ。

 

その後、料理を口にして癒やされたとはいえ、削り取られた体力が完全に回復するまでには至っていない。

 

トリコが今出せるのは、渾身の大技一回分。

 

本当にそれだけの、ギリギリの回復具合だった。

 

それはリゼルも同じこと。

 

体表面に黄金のオーラを纏い、それなりに戦える程度には回復している。

 

しかし、二人とも万全とは程遠い。

 

この眼前に群がるロックドラムの群れを、力押しで全て叩き潰して全滅させるほどの余力は、今の二人には残されていなかった。

 

ロックドラムが地響きのような咆哮を上げながら、リゼルたちのすぐ間近まで迫ってきていた。

 

当然、リゼルはその脅威をとうに察知している。

 

しかし、その背後で戦況を見守る小松、ティナ、モーブの3人は、迫り来る圧倒的な巨体の恐怖に完全に圧倒されていた。

 

あんぐりと口を開けたまま、恐怖で顔を真っ青に染めてわなわなと震え、全身からじっとりと冷や汗を流している。

 

「あぁ、技の連射は恐らく一回だけできる。まだ確証はねぇが……とはいえ、サニーの手伝いがねぇと流石にキツイぞ、アイツ」

 

トリコは隣のリゼルの顔を見つめながら、迫るロックドラムへと指をさした。

 

その顔は、困惑と焦燥から眉根を下げ、険しく眉間に皺を寄せている。

 

トリコ自身、一回きりの大技に賭ける覚悟はあるものの、今の自分たちの満身創痍な状態では、サニーの協力がなければあの強固な怪物を突破するのは極めて困難だと肌で感じていた。

 

「あぁ、それなら大丈夫だ。一匹だけ倒せばいい。……いや、違うな。甲殻の一部だけをアイツから奪えればいい。それをサニーに見せれば、アイツは動くだろ」

 

リゼルは確信を込めてトリコに告げた。

 

実際のところ、トリコ自身もあの不格好な石の甲殻にどんな価値があるのか、まだ完全には理解できていない。

 

だが、二人とも戦闘のプロフェッショナルだ。

 

間近で本物を目にして、直接その手で触れれば、そこに秘められた真の価値が嫌でも理解できるはずだった。

 

何より、今はやる気のなさそうにへそを曲げているサニーだ。

 

あの甲殻の本質を突きつけられれば、プライドの高い彼が黙っているはずがない。

 

すぐに目の色を変えて、必死になって戦いに身を投じるだろう。

 

そんなサニーの現金で、しかし美に貪欲な姿を脳裏に想像し、リゼルの口元からクスりと微かな笑みがこぼれた。

 

「? よく分かんねぇが……分かった!」

 

隣のトリコは、リゼルの企むような笑みの意図が掴めず、不思議そうに首を傾げた。

 

しかし、リゼルの判断への絶対的な信頼から、とりあえず力強く頷いて拳を握り締める。

 

「小松、ティナ、モーブ。お前たちはもう少し下がってろ。……リン、テリー、お前たちは一応準備をしておけ」

 

リゼルはトリコから視線を外し、怯える小松たちへと向けた。

 

そして、遠くの騒音にもかき消されない明確な大声で的確な指示を飛ばす。

 

突然の指示に、指名された面々はそれぞれ驚いたように目を丸くしたが、リゼルの毅然とした態度に弾かれたように力強く頷いた。

 

「わかりました! リゼルさん、トリコさん、気をつけてくださいね!」

 

小松が必死に声を張り上げ、二人の無事を祈るように叫ぶ。

 

「わかったわ。」

 

ティナがマイクを握り締めながら頼もしく応じる。

 

「リゼル様、分かりました!」

 

モーブもまた、忠実な眼差しで即座に一歩下がった。

 

「リゼル、分かったし! それに、テリーに負けないし!」

 

リンが愛用のバトルフレグランスを構えながら、負けず嫌いな笑みを浮かべて叫ぶ。

 

《ワフッ!》

 

その隣で、最大王者の血を引くバトルウルフのテリーが、鋭い眼光のまま短く咆哮した。

 

緊迫した戦場の中で、誰もがリゼルの言葉を信じ、それぞれの役割を果たすべく動き出す。

 

リゼルは後方に下がるそれぞれを視界に収め、力強く深く頷いた。

 

そして、すぐ目の前まで迫っていたロックドラムへと黄金の瞳を向ける。

 

リゼルが隣のトリコに視線で合図を送ると、トリコもまた、すべてを察したように深く頷きを返した。

 

「――5連釘パンチッ!!」

 

 

 

ドン、ドン、ドン、ドン、ドン!!!

 

 

 

凄まじい衝撃音が連続して響き渡る。

 

トリコは己の全力を振り絞り、ロックドラムの両腕、両足、そして分厚い腹部へと、必殺の連撃を正確に叩き込んだ。

 

技を放ち終えた案の定、トリコの腕は限界を超えて激しく震えている。

 

彼は震える腕をもう片方の手でぎゅっと抑え込み、荒い息を吐いた。

 

その直撃を受けたロックドラムは、巨体を揺らしながらその場に崩れ落ちる。

 

しかし、トリコがやったのは「倒す」ところまでだ。

 

腕の激痛を抑えながらも、トリコはゆっくりと歩を進め、砕け落ちたロックドラムの甲殻へと近付いた。

 

間近でその破片を見た瞬間、トリコの目がわずかに見開かれる。

 

リゼルの言っていた『価値観』の意味が、理屈ではなく感覚で、何となく理解できたのだ。

 

トリコの口元に、薄っすらとした納得の笑みが浮かぶ。

 

「サニー!」

 

トリコは腕の痛みを堪えながら、その甲殻の破片をサニーに向けて勢いよく投げつけた。

 

自分の名を呼ばれたサニーが弾かれたように顔を向けたその瞬間、凄まじい勢いで飛んできた甲殻が、彼の美しい手にすっぽりと収まった。

 

「――っ!?」

 

最初は、突然投げつけられたことに驚き、信じられないものを見るように目を丸くしていたサニー。

 

だが、手の中にある甲殻をじっと見つめた次の瞬間、彼の表情が一変する。

 

その瞳にサアッと輝きが戻り、口角はフッと妖艶に薄っすらと釣り上がった。

 

トリコが5連釘パンチを放っているその裏で、リゼルもまた、新たに迫り来る別のロックドラムと交戦していた。

 

リゼルは一度後ろへ大きく下がり、空間のエネルギーを収束させて巨大な「エネルギーの手」を形成する。

 

それを眼前の怪物へ向けて、凄まじい勢いで殴りつけた。

 

 

 

ズドォォン!!

 

 

 

 

猛烈な衝撃とともにロックドラムの巨体が派手に吹き飛ぶ。

 

これだけの威力で殴り飛ばしたのだ、そう簡単には起き上がれないだろう。

 

リゼルはそう判断し、すぐにトリコとサニーがいる場所へ戻ろうとした。

 

だが、リゼルが背を向けて二人のもとへ戻る、まさにその最中だった。

 

吹き飛んだはずのロックドラムが、執念深くすぐさま起き上がったのだ。

 

怪物は咆哮を上げながら、腕を怪我して無防備なトリコを目がけて猛然と走り出す。

 

「――っ!?」

 

背後の殺気と叫び声に、リゼルはパッと振り返った。

 

その黄金の瞳が驚愕に見開かれる。

 

自分の見誤りと、トリコに迫る危機に心臓が跳ね上がった。

 

標的にされたトリコも「しまっ――」と目を見開く。

 

しかし、その瞬間だった。

 

疾風のごとき速さで白い影が乱入する。

 

トリコの前に立ちはだかったテリーが、自慢の剛腕を叩きつけ、突進してきた ロックドラムを強烈に殴り飛ばしたのだ!

 

凄まじい風圧と共に、今度こそロックドラムは遥か彼方へと吹っ飛んでいく。

 

地面を転がった怪物には、もうピクリとも動く気配はなく、二度と起き上がることはなかった。

 

最大王者の血を引くバトルウルフの、圧倒的な一撃だった。

 

「テリー!」

 

トリコは自分を救ってくれた相棒の姿を見て、嬉しそうに顔を綻ばせて笑った。

 

だが、テリーと一緒にスタンバイしていたリンは、その微笑ましい光景を見て「あーーっ!」と悔しそうに顔を歪める。

 

彼女は猛烈な勢いでこちらへ走ってきた。

 

「トリコの笑顔、テリーに独り占めさせないし! スーパーリラクゼーション!!」

 

トリコにいいところを見せたいリンは、テリーが倒したはずの ロックドラムに向けて、即座にバトルフレグランスを何度も全力で吹き付けた。

 

香りで大人しく眠らせて、自分がトドメを刺したことにしようとしたのだ。

 

しかし、その様子を見たリゼルは、異変に気づいて黄金の瞳を丸くした。

 

「おい、リン! やめろ!」

 

リゼルが鋭く呼びかける。

 

その緊迫した声に、リンも最初は「え?」と目を丸くした。

 

だが、次の瞬間、手元と怪物の様子を見た彼女の顔が驚愕に染まる。

 

「ヤバッ! バトフレ浴びたら、逆に興奮状態MAXだし!! スーパーリラクゼーションどこ〜!? 間違えて興奮剤撒いちゃったしーー!?」

 

技を浴びせられたロックドラムの目が、カッと血走るように赤く染まっていく。

 

ガチガチと岩の身体を震わせ、完全にアドレナリン全開の興奮状態に陥っていた。

 

猛烈なエネルギーを滾らせた怪物は、大地を揺るがすほどの大きな叫び声を上げると、目の前にいるリンを目がけて狂暴に襲いかかった!

 

 

 

 

 

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