兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
サニーはただ静かに佇み、振り仰いだ怪物を凝視しながら、僅かに口角を上げた。
〈ヴロロロロ――ッ!!〉
怪物が咆哮を上げ、透き通るような青みを帯びた空に響き渡った。
ロックドラムは大石で出来た身体をしている。
その頑丈な腕を空に向かって振り上げ、次の瞬間、拳を握りしめて振り下ろした。
「
サニーは拳が迫った瞬間、自らの髪を操って頑強な触覚へと変え、その一撃を正面から受け止めた。
そして、拳の衝撃をそのままロックドラムへと跳ね返した。
「どう? てめぇのパンチをくらった気分は」
ロックドラムは凄まじい勢いで弾き飛ばされ、吹き飛んだ衝撃でその頑丈な岩石の身体が砕け散った。
しかし、その破片が小松たちを巻き込んでしまう。
まるで雨のように、上空から無数の鋭い岩の欠片が降り注いだのだ。
だが、リゼルは最初からこの展開が分かっていたかのように、黄金のエネルギーで巨大な球体の結界を作り出し、小松、ティナ、モーブを頭上から守り抜いた。
降り注ぐ欠片は、次々とその黄金の球体へと吸い込まれて消えていく。
(サニーが欲しがってたからな。さっき手に入った欠片、喜ぶだろ。いくらあってもいいはずだしな)
リゼルは静かに目を瞑り、白魚のような美しい手を顎に当てながら、そんなことを考えていた。
「リゼルさん、ありがとうございます……!」
小松は最初、恐怖で顔を歪ませて目に涙を溜めていたが、リゼルに助けられたことでようやく涙が引っ込んだ。
そして、少し恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべながらお礼を言う。
感謝を伝えたのは小松だけではない。
彼の隣にいたモーブも、さらにその隣にいたティナも、口々にリゼルへお礼の言葉を述べていた。
「ああ。欠片は小さいが、お前たちにとっては危ないからな……助けられてよかった。それに、あの欠片はサニーも喜ぶだろ。いくらあってもいいはずだしな」
リゼルは小松たちの様子をじっと見つめていたが、全員が無事なのを確かめてホッとしたように苦笑し、彼らの頭を優しく撫でた。
「あ、サニーさんが言っていた、
小松はさっきの会話を思い出したように目を丸くして呟く。
その言葉を聞いたリゼルは、深く頷いた。
「トリコ、お前も結界に入るか? お前の返事は分かっているがな……」
リゼルは不公平にならないよう、答えは分かっていても一応問いかけたのだ。
小松やティナ、モーブは結界で助けたが、トリコも欠片が飛び散る危険な場所にいたからだ。
なお、リンは遠くの木陰に退避しているため無事だった。
「ああ、兄貴の予想通りだ。遠慮しとくぜ」
トリコは一瞬、予想外の問いかけにきょとんとしていたが、すぐにニカッと口角を上げて返事を返した。
「リゼルさん、サニーさんのあれは一体何だったんでしょうか? 技を使ったのは分かるんですが、何もしていないように見えたのに……ロックドラムが突然吹き飛んで」
「あ、それ私も思った! 遠くだったからなんて言ったかは分からなかったけど、何か叫んだのは聞こえたわ……!」
「確かに、突然吹き飛びましたね。俺なんて怖くなって、思わず顔を隠しちゃいましたよ。あのロックドラムが腕を上げてサニーさんに向かっていったのに、サニーさんは避けようともしないから……」
小松、ティナ、モーブは口々に疑問を口にした。
一般人の目から見れば、サニーの技は何も見えないため、不思議に思うのも無理はない。
もちろん、リゼルやトリコにもその姿がはっきりと見えたわけではなかった。
サニーの髪の毛は一本一本が極限まで細く、そして頑丈だ。
それを何万本、何十万本と重ねることで強靭な触覚にしている。
その極細の髪を完全に視認できるとすれば、四天王の中でも「
だが、トリコはその超人的な「嗅覚」で、サニーの髪がどう動いたかを匂いで察知していた。
そしてリゼルは、四天王たちのように一つの感覚を極めているわけではないものの、総合的な五感が極めて優れていた。
それゆえに、目には見えなくとも「何が起きたか」を直感的に、何となく理解していたのだ。
リゼルは白魚のような美しい指を顎に当てて考える。
一般人の彼らに、どう説明したら一番伝わるだろうか……。
答えに迷ったリゼルは、救いを求めるようにチラリとトリコへ視線を向けた。
トリコはそんなリゼルの意図を、何となく察したのだろう。
「しょうがねえな」と言いたげに苦笑いして頷くと、こちらに向かって歩き出した。
そして結局のところ、トリコもリゼルの黄金の結界へと入るのだった。
小松たちに教える前に、トリコは後ろにいるサニーへと声を張り上げた。
「射程距離はどのくらいだ? サニー」
「ん? そうだな、25メートルってところか」
サニーはボロボロになったロックドラムを見つめたまま答えたが、ふっとトリコたちの方へほんの少し顔を向ける。
「昔よりだいぶ広くなったな、――『ダイニングキッチン』!」
トリコが嬉しそうに顔を
僅かに口角を上げ、フッと笑い声を漏らした。
「――おっ、そうか。もう一匹いたのか」
だが、敵はまだ残っていたようだ。
地響きとともに、地面をドシドシと踏み鳴らす大きな音が響き渡る。
サニーは鋭い視線をその音の方角へと向け、言葉を紡ぐのだった。
新たな敵の気配を察知した5人は、サニーをその場に残し、早速リンが待つ方へと向かうことにした。
小松たち3人は、迫り来る地響きを背に、心配そうな表情で何度もサニーの方を振り返っていた。
だが、リゼルとトリコはそんな彼らを気にする風もなく、前だけを見据えてスタスタと歩き続ける。
サニーの実力を100%信頼しているからこその、迷いのない足取りだった。
そうして歩みを進め、5人はやがてリンが退避している場所まで辿り着いた。
リンが待つ場所に到着すると、リゼルは黄金の結界を解いた。
もちろん、3人を完全に安全な場所まで送り届けてからにしたのは、降り注ぐ欠片から守るためだけではない。
この後に始まる、サニーのド派手な技に巻き込まれないようにするためでもあった。
「それで、リゼルさん……さっきの質問の答えなんですが……」
小松が少し緊張した面持ちで、先ほど遮られてしまったサニーの技についての答えを問いかけた。
「ああ。それについてはトリコとリンから聞いてくれ。この二人なら、お前たちに詳しく教えてくれるだろ」
リゼルは悪びれもせず、説明を二人へと丸投げした。
トリコはこうなることが分かっていたかのように、ニカッと不敵に笑いながら腕組みをしている。
だが、急に話を振られたリンだけは、口をポカンと開けて呆然とリゼルを見つめるのだった。
「え? なんの話だし?」
リンは不思議そうに首を傾げ、目線だけをリゼルへと向ける。
「ああ、サニーの技の説明だ。俺たちは姿が見えなくても、何となく何が起きたか分かる。トリコは嗅覚で、俺は直感でな。だが……この子たちは分からない。一般人だからな」
リゼルの言葉に「あ、そういうことね」と納得したのか、リンはふむふむと頷いた。
そして、興味津々で待っている小松たち3人のほうへと顔を向ける。
「サニーは自らの髪の毛を操って、強靭な触覚に変えてロックドラムを倒したんだ。あいつの髪の毛は一本一本が、普通の髪の1000分の1の太さ……約0.1ミクロンしかない。それだけ細い髪の毛を無数に束ねて、触覚にしているんだ」
「だから僕たちには見えなかったんですね……!」
「でも、髪の毛でしょ? 途中で切れたりしないの?」
「そうですよね。いくら髪の毛を束ねて触覚にしたからって、あんな頑丈な岩石のパンチを跳ね返すことなんて本当にできるんですか?」
トリコの説明を聞いた小松、ティナ、モーブは、驚きながらも揃ってトリコへと質問を投げかけた。
「超丈夫だし! 髪の毛一本で、250キロの重りもラクラク持ち上げられるんだし!」
リンがティナとモーブの質問に、自慢げに胸を張って答える。
「だからあんな大石のパンチも跳ね返せたんですね……」
モーブが納得したように深く頷くと、隣のティナも同じように感心した様子で何度も頷いていた。
そんな二人のやり取りを見ていた小松だったが、突然「あっ!」と何かに気づいたように目を丸くした。
「あ、あの時の……! リーガルマンモスを片手で持ち上げているように見えたのって、あれもサニーさんが髪の毛の触覚を使っていたからなんですね!?」
パッと目の前が開けたように呟いた小松の言葉に、リゼルは静かに、そして深く頷いてみせるのだった。
「ああ。髪と同じ数……20万本は下らねぇタフな糸の束で持ち上げていたのさ」
トリコがニカッと笑って補足すると、リンも負けじとさらに詳しい秘密を付け足す。
「それだけじゃないし! お兄ちゃんのセンサーは、皮膚で感じるような暑さ、寒さ、痛さはもちろん、なんと『味』まで感じ取れるんだし!」
「つまり、サニーのセンサーエリアに入るっていうのは、体中をくまなく触られ、皮膚を舐め回されるようなモンなんだよな」
トリコとリンから明かされた衝撃の事実に、小松はハッと目を見開いた。
「も、もしかして……だからテリーはサニーさんを嫌がっていたんですか!?」
小松が興奮気味に問いかけると、トリコは腕を組んで深く頷いた。
「ああ。テリーの野生の勘なら、すぐにサニーのセンサーを見つけたんだろ。あいつはプライドの高いバトルウルフだ、そんな気味の悪い感覚は味わいたくなかったんだろうよ」
リゼルも苦笑しながらトリコの言葉に同意する。
「だろうな。急に体中を触られ皮膚を舐め回されるような感覚に襲われるんだ、テリーでなくとも逃げ出したくなるさ」
リゼルは何か思い出したように小松たちに向き合い、口を開いた。
「お前たちに一つ聞きたいことがあるんだが、サニーがロックドラムと向き合っているとき、逃げなかったのか?」
「あ、はい! 最初は逃げました。トリコさんが『離れろ!』と言ったので、僕もティナさんもモーブさんも必死に走って……。今思い返すと、きっとロックドラムの欠片が飛び散るのを予期して、トリコさんはあんな指示を出してくれたんだと思います。でも……それでもやっぱりサニーさんの戦いが気になっちゃって、途中で走るのを止めて振り返って見ていたんです」
小松は少しはにかみながら、手を後頭部に当ててあの時の光景を述懐した。
その言葉を聞きながら、リゼルの表情はどこか切ない苦笑いへと変わっていく。
「だから、あのとき俺の近くにいたのか。……いや、あの時は焦った。俺にとってはただの小さな欠片でも、お前たちにとっては一つ当たれば大怪我に繋がるからな。特に小松は料理人だ。手を怪我したら大変だ。手は料理人にとって、命と同じくらい大事なものだからな」
リゼルは言葉を続ける。
「それに、ティナもモーブもあちこちへ取材に行くんだ、怪我をさせるわけにはいかない。何より、俺が近くにいるのに守れなかったら……それこそ、俺自身が絶対に自分を許せないからな」
リゼルは心の中で激しく葛藤していたが、小松たちに心配をかけないよう、必死に隠していつもの笑顔を取り繕っていた。
だが、口にする言葉が進むにつれて、どうしても胸の痛みが顔に滲み出てしまう。
最近の自分の
過去に小松を助けられなかったこと、そしてモバールの件も、バトルウルフの件も全て自分のせいだと深く思い詰めてしまっているのだ。
気づけば、リゼルは拳を真っ白になるほど強く握りしめていた。
その横顔は、言葉にできないほど
小松だけでなく、隣にいたモーブもティナも、リゼルの様子をただ心配そうに見つめていた。
特に小松は、なんて言葉をかければいいのか分からなかった。
ただ眉をハの字に下げて、リゼルをそっと見守ることしかできない。それはティナもモーブも同じだった。
場がまるでお通夜のような暗い沈黙に包まれかけた、その時だった。
「あ!」
小松がサニーのいる方角を指さし、声を上げた。
そこでは今まさに、サニーと新たな怪物との、張り詰めた睨み合いが始まっていた。
ティナたちもハッとして、すぐにサニーがいる場所へと顔を向ける。
小松たちにそこまで気を使わせてしまったことを知り、リゼルは心底困ったような、それでいて嬉しさを隠せないような複雑な苦笑いを浮かべた。
そんなリゼルの様子を見て、すべてを察していたトリコは安心したのか、何事もなかったかのようにまた食べ始めるのだった。