兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
〈グルルルルルルル……!!!〉
密林の闇を裂いて姿を現したのは、人間の想像を遥かに超えた巨大な体躯を持つ、この島の絶対王者――『ガララワニ』だった。
その身の毛もよだつほどの巨体が焚き火の炎に照らされた瞬間、小松は限界を超えた恐怖で白目を剥きそうになる。
ガララワニが威嚇するようにその巨大な顎(あご)を大きく開くと、なんと、その鋭い牙が並ぶ口の中には、ウジ虫のようにうごめく大量のバロンヒルがびっしりと敷き詰められていた。
この王者は、自らの口の中でヒルを飼い慣らし、島中の猛獣たちの居場所を突き止めさせては、片っ端から喰らい尽くしていたのだ。
小松は頭を抱え、ひっくり返ったような声で叫んだ。
「デ、デカ過ぎるゥゥゥーーーーーーっ!? バ、バロンヒル飼ってるしィィィーーーーーーっ!?!?」
そんな小松の叫びを背中で聞きながら、トリコは恐怖するどころか、野生のプロとして全身の筋肉をパキパキと膨らませ、その目をギラリと熱く輝かせた。
「こんなデケェガララワニは、俺も見たことねぇ……! こりゃ最長記録の百五十年どころか、その倍――『三百年』は生きてる超大物だぜ……!!」
トリコが不敵に笑うと、三百年の歳月を生き抜いてきた王者は、眼前の人間どもを完全に格下の餌だと見下すように、フしゅるるぅ、と傲慢にその巨大な鼻を鳴らした。
トリコのすぐ後ろでは、リゼルが世界で最初の愛弟子となった小松の肩をスッと片手で抱き寄せ、自らの背後の絶対安全な領域へと完璧に庇いながら、腕を組んで静かに立ち塞がっている。
(三百年を生きる個体か……。グルメ細胞の育ち具合も申し分ない。さあ、トリコ、お前の修行の成果を見せてみろ)
リゼルがじっと特等席で見守る中、トリコは首の骨をゴキリと鳴らし、三百年の巨獣に向かって一歩前へと踏み出すのだった――。
「捕獲レベル5どころじゃない……! こんなの、IGOのデータにもありませんよぉ!」
小松が涙目で叫ぶ。その言葉を聞きながら、トリコはニシシと不敵に笑った。
「あぁ……。これでようやく、全ての納得がいったぜ」
トリコの脳裏に、これまでのフライデーモンキーの逃亡、バロンタイガーの恐怖、そして一撃で殺されていた沼蛇の死体が、パズルのピースのように次々と浮かび上がっては、ピタッと一つに嵌(はま)っていく。
「この島全体の生き物から住処を奪っていた、圧倒的な捕食者……てめぇが、その正体だったか!!」
正体を見破られた三百年の絶対王者は、眼前の人間どもを威圧するように、巨大な顎を天に向けて限界まで大きく開き、地を揺るがすような凄まじい咆哮を放った。
〈ガルアアァァァアアアアアーーーッ!!!〉
大気を激しく震わせる、戦車の大砲をも凌ぐ凄まじい衝撃波。
そのまともに浴びた爆風の衝撃で、ただの人間である小松の身体が、後ろへと軽く吹き飛ばされそうになった――その刹那の瞬間だった。
スゥッ……
と、リゼルの背後から、見る者を平伏させるような圧倒的な神のオーラが立ち上る。
リゼルの宿すグルメ細胞――神々しく輝く『黄金鬼』が、主の意思に応えるようにその姿を現したのだ。
ただし、出現したのはトリコの戦いを邪魔しないよう、ほんの僅か、二人を優雅に包み込めるほどの【巨大な掌(手のひら)】だけ。
黄金鬼の温かく巨大な掌が、宙に浮きかけたリゼルと小松の身体を優しくすくい上げ、衝撃波から完璧にシャットアウトして無傷で守り抜いた。
あまりの規格外の現象に、小松は恐怖と困惑が混ざり合った顔で、前方のトリコに向かって必死に叫ぶ。
「ト、トリコさん! ヤバいですよーーーっ!!」
だが、トリコは三百年の殺気を正面から浴びながらも、まるで怖れることなく、むしろご馳走を目の前にした子供のように顔を輝かせた。
「三百歳か……。肉も限界まで熟成されて、とんでもなく美味くなってんじゃねぇか……?」
「美味いって、そんな場合ですかーーーっ!?」
「ふむ。三百年もののガララワニの肉か。……一体どうやって捌き、どう味付けして料理するか、腕が鳴るな……」
凄まじい咆哮の余韻が響く中、黄金鬼の掌の上で、リゼル
はトントンと自分の顎に指先を乗せて、至高のレシピを組み立てるように静かに考え込んでいた。
その言葉を聞いた小松は、恐怖でガタガタ震えていたはずの顔をパッと輝かせ、料理人の顔になって感動の声をあげる。
「えっ!? り、リゼルさんの手料理で、そのお肉が食べられるんですか……っ!? 嬉しいです……っ!!」
絶体絶命のピンチのはずなのに、お師匠様の極上の料理が食べられると分かっただけで一瞬で感動してしまう弟子の姿に、リゼルはフッと優しく微笑む。
そんなリゼルたちを背中で感じながら、トリコは自身の右手をまるで鋭いフォークのように力強く構え、三百年の王者を鋭い眼光でロックオンした。
「おい小松、兄貴。……一つ、ここでバチッと決まるかもしれねぇぜ」
トリコは全身からみなぎる闘志を爆発させ、不敵に言い放つ。
「俺の、フルコースメニュー(の前菜)がなぁッ!!
その弟の頼もしい決意のセリフを聞いて、リゼルは「そうか、やはりお前ならそれを選ぶか」と言わんばかりに、満足そうに深く頷くのだった。
〈グワアァァアアア――ッ!!!〉
三百年の絶対王者が地を這うような声をあげたと思った瞬間、巨獣の身体が恐ろしいスピードで動いた。ガララワニは凄まじい勢いでトリコへと噛み付こうと突進し、それと同時に、口の中から無数のバロンヒルを弾丸のように飛ばしてきた。
「チッ!」
トリコが腕に落ちたヒルを咄嗟に叩き落とした、まさにその一瞬の隙だった。
ガララワニは巨体に似合わぬ身軽さで反転すると、強靭な長い尻尾を思い切り振り抜き、トリコの腕目掛けて強烈な体当たりを叩き込んできた。
ズガァァァンッ!!トリコは両腕を交差してガララワニの尻尾をガードし、そのまま肉厚な尻尾をガシッと力任せに掴み取ると、三百年の巨体を力任せに空中へと投げ飛ばした。
だが、ガララワニはただの猛獣ではなかった。
確かに宙へと吹っ飛んだはずの巨獣は、空中できれいに身を翻すと、一切の隙なくドスゥンと四肢で地面へと着地してみせたのだ。
その衝撃で、周囲に激しい砂煙が舞い上がる。
視界が遮られ、砂煙が消え去ったまさにその瞬間、先に動いたのはやはりガララワニだった。
猛烈な勢いで跳んできた巨獣は、トリコを肉片に変えようと、その獰猛な牙をガチガチと激しく鳴らしながら襲いかかる。
トリコは抜群の野生の勘でそれを紙一重で避けた。
だが、激しい戦闘によって周囲の泥や砂煙がさらに舞い上がり、トリコは一瞬だけ視界を奪われて油断をしてしまう。
(しまっ――)
煙のカーテンを突き破り、ガララワニが真横から突然姿を現した。
トリコは辛うじて致命傷を避けてガララワニの腹部分へと強烈な拳を殴りつけたが、巨獣は吹っ飛びながらも一瞬で体勢を立て直す。
体勢が整ったまさにその瞬間、ガララワニの凶暴な尻尾の追撃が、トリコの身体を容赦なく弾き飛ばした。
ドガガガガァァァンッ!!!
トリコの身体はバキバキと大樹を何本もなぎ倒し、バシャァァンッ!と激しい水しぶきをあげて沼の岩場へと激突した。
「トリコさーーーーーーっ!!!」
小松が絶望的な悲鳴をあげる。
しかし、その横に立つリゼルは、弟子の小松をしっかりと背後に従えたまま、決して動くことなく、腕を組んで静かに戦いを見守り続けていた。
「………………」
その深く冷徹な瞳は、弟のトリコがこの程度の攻撃で沈むタマではないことを、120%完璧に信じ抜いていた。
巻き上がる激しい煙の中から、倒れた木々の根を力強く掴みながら、トリコがゆっくりと立ち上がる。
腕にしがみつくヒルを力任せに叩き落としながら、不敵に笑って言い放った。
「……へっ、奴は血の匂いを感じて、どんな場所にでも正確に飛んで来やがる……! 長引くと面倒だな」
〈グルルルルルルル……!!!〉
獲物を完全に追い詰めたと確信したガララワニが、さらに殺気をみなぎらせる。
トリコは自身の服を破り捨て、三百年の王者と真っ正面から対峙した。
その瞳に、本物の美食屋としての絶対の敬意を宿して。
「ガララワニよ――お前のその硬い鱗、鋭い爪、強靭な牙。3トンはあろうその顎(あご)の力……。バロン諸島の王者にふさわしい、その見事な風貌。……お前に最大級の敬意を表し、俺も全力で見せよう! 人間の武器を!!」
ドクン、とトリコの心臓が大きく跳ね上がった、その瞬間。
トリコの背後から、恐ろしい野生の鬼のオーラ――グルメ細胞の『赤鬼』が、赤黒い炎のような威圧感を放ってドカンと姿を現した。
「うわああああっ! 何ですかあの化け物はァ!?」
小松は限界を超えた恐怖で腰を抜かしそうになる。
だが、どれだけ周囲の空気が割れそうなほどのプレッシャーに包まれても、不思議と自分の身体は1ミリも揺れていなかった。
小松はここで初めて、自分が【リゼルのグルメ細胞『黄金鬼』の巨大な掌の上】に乗って、完璧に守られていたことに気がついた。
驚いて真横のお師匠様を見上げると、リゼルはやはり静かに、腕を組んだままトリコの後姿だけを見つめている。
(あぁ……リゼルさんは、僕を守りながら、ずっとトリコさんを信じて見守っていたんだ……っ!)
小松がその深く静かな師弟の信頼感に心から震えた、まさにその時。トリコは三百年の巨獣の前で、静かに両の手を綺麗に合わせ、感謝の挨拶を捧げた。
「この世の全ての食材に感謝を込めて、いただきます」
手を合わせたトリコの身体から、大地を爆裂させるほどの凄まじい黄金のオーラが立ち上り、一気に力を溜めていく。
対するガララワニは、その本能の恐怖をかき消すように、地響きを立ててトリコへと向かって突っ込んでいく。 トリコは合わせた両手を、刃物を研ぐように激しく擦り合わせた。
キィィィィィン――ッ!!!
夜の密林に、鋭い金属音が鳴り響く。
「フォーク!!」
トリコの放った目に見えぬ巨大なフォークが、ガララワニの分厚い首筋へとブスリと深く突き刺さり、その巨体の動きを完全に封じ込めた。
間髪入れず、トリコは天に向けて右手を豪快に振り上げる。
「ナイフ!!」
空気を一閃する目に見えぬ巨大なナイフの刃が、ガララワニの肉体を完璧に切り裂き、致命傷を与えると同時に、3トンもの巨体を遥か上空へと力任せに吹き飛ばした。
トリコは静かに、天に向かって再び両の手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
ドスゥゥゥゥゥンッッッ!!!!!
数秒遅れて、トリコの背後の地面へと、ガララワニの巨体が凄まじい衝撃と共に落下してきた。
吹き飛ばされた圧倒的な高さと重量の衝撃によって、周囲の地面は丸ごと陥没し、巨大なクレーター(クーター)がドカンと出来上がっていたのだった――。
その中心に沈む三百年のガララワニの巨体を見つめながら、リゼルの掌から陸地へと降り立った小松は、腰を抜かしたまま言葉を失っていた。
「ス、スゴい……。これが、美食屋トリコ……!」
小さな料理人が本物のプロの圧倒的な力に心から感動の声をあげる。
――だが、3人はまだ知らなかった。
クレーターの中で「ごちそうさまでした」と手を合わせるトリコたちのその姿を、密林の木の隙間に隠された、不気味に赤く光る小さなレンズがじっと見つめていることを。
そのレンズの映像は、バロン諸島から遥か遠く離れた、冷たくて薄暗い『ある城』の巨大なモニターへとリアルタイムで送信されていた。
暗闇の中に佇む、世界を脅かす悪の食の組織――『美食會』。
モニターを見上げる一人の部下が、背後の闇に向かって冷徹な声で報告の声をあげる。
「バロン諸島の異変……。やはり例の『特別な食材』ではなく、ただのガララワニの狂暴化による仕業だったとの報告が……。お求めの品ではなく、残念でした」
闇の奥からは、ただ重苦しい
「……………」
という沈黙だけが返ってくる。
部下は手元の資料をめくりながら、フッと不気味に口元を歪めて言葉を続けた。
「ですが、もう一つ面白い報告が入っております。……その三百年生きた規格外のガララワニを、美食屋四天王の一人――トリコが、一撃で仕留めたとのことです」
その『四天王トリコ』の名を聞いた瞬間。
闇の奥でどっしりと椅子に腰掛け、不気味な仮面を被った男が、ギラリと冷たい瞳を細めて低く笑った。
「ほぉ……」
仮面の男は、モニターに映るトリコの姿、そして――そのすぐ後ろで、腕を組んで涼しい顔で佇む黒髪のレジェンド、リゼルの姿をじっと見つめる。
「ついに動き出すか……四天王。……そして、あの『兄者』もな……」
美食會の幹部すらもが、その名を口にするだけで本能的に警戒を強める、生ける伝説リゼル。
絶対王者が倒されたバロン諸島の裏側で、グルメ時代を揺るがす巨大な闇の歯車が、静かに、そして確実に回り始めようとしていた――。
ここまで読んでくださりありがとうございました!トリコのフォークとナイフのコンボ、やっぱり最高に格好いいですね!そして、リゼルお兄ちゃんがグルメ細胞の黄金鬼の掌でそっと小松を守りながら見守っていたシーンも書けて大満足です。ラストの美食會の言葉……リゼルお兄ちゃんは一体どれほどのレジェンドなのでしょうか?これでバロン諸島の上陸から捕獲までのお話は無事に完結です! 次回からは、あの最高に美味しいガララワニの肉をリゼル師匠がどう捌くのか、お料理(調理)編からのんびり進めていこうと思います。お楽しみに!