兄貴、見守る。 作:キュウリ大好き人間
ドスゥゥゥゥゥンッッッ!!!!!
数秒遅れてトリコの背後の地面へと、ガララワニの巨体が凄まじい衝撃と共に落下し、巨大なクレーターが出来上がった。
トリコが戦闘を終えたのを見届け、リゼルは黄金鬼の掌から静かに陸地へと降り立った。
その瞬間だった。リゼルの背後の空間がグニャリと歪み、焚き火の炎をもかき消すほどの眩い輝きを放ちながら、凄まじい威圧感を纏った【巨大な黄金の鬼】がその全身の姿を現したのだ。
どうやらこの黄金の鬼は、さっきトリコの背後で格好よく暴れていた『赤鬼』の姿を見ていて、密かに羨ましかったらしい。
「俺だって負けないくらい凄いんだぞ!」とでも言うように、黄金の鬼は小松とトリコに向かって、これ見よがしにド迫力の顔で大見得を切り、二人をじっと睨みつける。
「ひ、ひゃああああっ!? また別の化け物が出ましたぁーーーっ!?」
小松は腰を抜かして恐怖し、野生のプロであるトリコですら、その底知れないレジェンドオーラに圧倒されて、額にタラリと冷や汗を浮かべていた。
(……間違いない。これが、兄貴の体内に潜むグルメ細胞の悪魔……『黄金鬼』か……っ!)
トリコがその神々しい強さに息を呑んだ、まさにその時。
自分の背後で勝手にアピールを始めた相棒に向けて、リゼルは「やれやれ」と溜息をつき、静かに無表情のまま双眸を鋭くしてジロリと睨み返した。
「………………」
主であるリゼルから冷たい無表情の視線を正面から浴びせられた瞬間、さっきまで偉そうに威張っていた巨大な黄金の鬼は、一瞬で「あ、すいません……」と怯えたような顔になり、尻尾を巻くようにして慌ててリゼルの影の中へと逃げるように消え去っていった。
「え……? に、逃げた……?」
呆気にとられる小松をその場に残し、リゼルはクレーターの中に佇む弟の元へとゆっくり歩み寄った。
そして、命がけで三百年の絶対王者を仕留めてみせた弟の健闘を称えるように、どこまでも愛おしそうな優しい目を向けると、大きな手でトリコの髪を「よくやったな」と優しく撫でてやったのだ。
トリコが命がけで仕留めた三百年の絶対王者。
クレーターの底に横たわるガララワニの巨体を見据えながら、リゼルはフッと端正な口元を緩め、美しい所作で腕をまくった。
「よし、トリコ。お前が命がけで獲ってきた至高の食材だ。……ここで俺が、極上の料理に仕上げてやるとしよう」
リゼルが静かにそう呟いた、まさにその瞬間だった。
主の料理の合図を察したのか、リゼルの影から再び眩い輝きを放つ【黄金の鬼】が姿を現した。
さっきは羨ましがって威張っていたお茶目な鬼だったが、いざ調理のサポートに入った瞬間、その動きは見る者の目を欺くほどの神速へと変わる。
シュバババババッッッ!!!
黄金の鬼の鋭い爪が一閃、二閃と夜の闇を切り裂く。
常人には残像すら見えないほどの完璧な刀さばき(爪さばき)によって、戦車並みに硬いガララワニの鱗と肉が、一瞬にして、綺麗に半分、また半分へと、寸分の狂いもなく芸術的な串焼きサイズへと完璧に捌(さば)かれていったのだ。
「う、うわあああ……! 巨大なガララワニが、一瞬にして完璧に解体されていく……っ。これぞまさに、伝説の料理人の神技……!」
小松が目をキラキラさせて大感動する中、リゼルは手際よく大きな焚き火の上に肉を並べ、じっくりと焼き始めた。
だが、ただ焼くだけでは終わらない。
リゼルは懐から、この日のために何年もの歳月をかけて熟成させてきた、ボトルに入った【リゼル専用の最高級・特別タレ】を取り出した。焼き加減が完璧になったその瞬間、肉の表面にその漆黒の極上タレを贅沢にとろりと回しかける。
――じゅわぁぁぁぁぁぁっっっ!!!パチパチパチパチッッッ!!!
その瞬間、夜の静まり返った密林の空気が、一瞬にして世界一甘美な香りで爆発した。
タレに含まれる極上の旨味成分が焚き火の炎に炙られ、香ばしく焦げる最高の音が「じゅわじゅわ」と音を立てて響き渡る。
肉から溢れ出す濃厚なジューシーな脂と、特別タレの甘辛く芳醇な香りが混ざり合い、ふわりと夜の風に乗って周囲に広がっていく。
それは、嗅いだだけで脳の満腹中枢が一瞬で破壊されてしまうほどの、文字通りの『悪魔的飯テロ』の香りと音だった。
「「……………………」」
あまりの香りの暴力に、トリコと弟子の小松は、完全に言葉を失っていた。
二人はもう、美食屋としてのプライドも、料理長としての威厳も全部どこかへ吹き飛んでしまい、口元からは見たこともないほど「よだれがダラダラ」と滝のように溢れ出していた。
お腹が「キュゥゥゥ〜〜〜ッ!」と限界の音を立てて鳴り響く中、お互いに頬を赤く染め、口を半開きにしたまま、五感を全てお肉に奪われた完全無欠の「だらしない至福の顔」になって、焼き上がりを今か今かと待ち侘びている。
トリコにいたっては、よだれを手の甲で拭うことすら忘れて、目が完全に肉の形をしていた。
そんな風に、二人がだらしなくよだれを垂らしながら今か今かと食べようと待っていた、まさにその時だった。
あまりのタレの香ばしい匂いに、よだれをダラダラとだらしなく流していた小松だったが、ふと我に返ったように心配そうな顔をしてリゼルを見上げた。
「あ、あの……い、いいのかな……? IGOのパーティー用の食材なのに、僕たちここで勝手に食べちゃって……」
そんな健気な弟子の心配を、リゼルはフッと優しく笑い飛ばす。
「大丈夫だ、小松。……依頼分のお肉は、奥の方に綺麗な状態でちゃんと残してストックしてあるぞ。気にせず食え」
「本当ですか……!? ならよかったぁぁ!!」
ホッと胸を撫で下ろした小松は、一転して満面の笑みになり、トリコと一緒に大喜びで焼き上がったお肉へと飛びついた。
二人は新しいお肉が焼けるたびに、口元からよだれをダラダラと垂らしながら、まるで競い合うようにガツガツと喰らいついていく。
時には、極上のタレを絡めてそのまま豪快に口へと放り込んだ。さらに、トリコが捌きたての新鮮な生の赤身肉をスッと持ち上げ、焚き火の光に透かして見せる。
「見ろ、小松! この美しく入った霜降り脂のキラキラを!」
「うわぁぁぁ……! 本当ですね! まるで真っ暗な夜空に輝く、無数の星々のようです……っ!!」
二人はたまらず、その新鮮な霜降り肉を焼かずに生のまま口へと運んだ。
お肉が舌の上で一瞬にしてとろけていく圧倒的な美味さに、リゼルも生の刺身を上品に味わいながら、満足そうに頷く。
「ふむ……。あえて焼かずに、そのまま生で食べても極上に美味いな」
リゼルのその言葉を聞いて、小松の料理人としての創造力がさらにピキーンと刺激された。
この極上のワニ肉は、特製タレをかけなくても、ただシンプルに熱を通すだけでも信じられないほどのポテンシャルを発揮するハズだ――と。
「リゼルさん、トリコさん! このお肉、石焼きにしたらきっと……!」
小松は焚き火の中でカンカンに熱された平らな岩石を素早く取り出すと、その上に、綺麗に包丁を入れた霜降り肉をポンと贅沢に滑らせた。
――ジューーーーーーーーーーッッッッッ!!!!! パチパチパチッッッ!!!
その瞬間、耳を幸せにする最高の激しい重低音が夜の森に鳴り響いた。
お肉の良質な脂が熱い石の上でじゅわじゅわと爆発し、香ばしい極上の煙が一気に立ち上る。
小松は真剣なプロの目つきで肉の表面を見つめ、最高のタイミングでひっくり返した。
「肉から出た自身の脂で、外側を素早く固定しつつ、内側に旨味の肉汁をすべて閉じ込める……。よし、できましたっ!」
完璧に焼き上がった石焼き肉を、トリコが目に見えぬフォークとナイフで綺麗に3等分へと切り分ける。
リゼル、トリコ、小松の3人は、息を合わせて同時にその石焼き肉を口へと放り込んだ。
「外はサクッと、信じられないほど香ばしく……!」
「中はジワッと、限界までジューシーに肉汁が溢れてきます……!!」
いつもはクールで無表情なレジェンド――リゼルも、この小松の完璧な石焼きの美味さには、思わず両の目をパチクリと大きく丸くした。
兄としての威厳をちょっとだけ忘れて、なんとも子供のように幸せそうな、ふにゃりとした至福の笑顔を浮かべてモグモグと贅沢に噛み締めている。
「「うまーーーーーーーーーーいッッッ!!!最高だーーーっ!!!」」
トリコと小松の声が夜の空へと響き渡る。
トリコと小松の声が夜の空へと響き渡る。
そうして3人が、お腹いっぱいになるまで極上のガララワニを心ゆくまで食べ終え、大満足で一息ついた時のことだった。
焚き火の温かい火を見つめながら、トリコはふと疑問に思っていたことを、隣に座る小さな料理人へと問いかけた。
「小松。……なぜ、美味いものを作るお前が、わざわざこんな危険なバロン諸島なんかに付いてきたんだ?」
小松は少しだけ照れたように俯き、それから、自身の胸の奥にある熱い情熱を真っ直ぐに語り始めた。
「……僕の夢は、世界一の一流の料理人になることなんです。でも、どんなに高級な食材を扱っていても、その食材が『本来生きている姿』を知らなければ、きっと最高の料理なんて作れない……。トリコさんのあの命がけの狩りを見たとき、気がついたんです」
「お?」
トリコが少し意外そうに声をあげる。小松は自身の小さな手をギュッと握りしめ、言葉を続けた。
「だから、どれだけ危険な場所だと分かっていても……ガララワニが生きている姿を、その尊い『命』を、この目でちゃんと見ておきたいと思ったんです!」
ただの臆病な料理人だと思っていた若者が、料理の未来のために命をかけてここまで付いてきた。その小松の純粋で真っ直ぐな職人の魂の叫びを聞いて、リゼルは(やはり俺の目に狂いはなかったな)と、自身の弟子の健気な覚悟に、暗闇の中で密かに優しく笑みを浮かべたのだった。
トリコは小松の言葉をじっくりと噛み締めると、ニカッと頼もしく笑って、夜空を見上げながら語りかけた。
「いい夢じゃねぇか、小松。……うまいモンを食うと体に力がみなぎってくる。何かを食べる……料理するってのは、命をいただくということ。『いただきます』とは、そういうことだ」
トリコの放った、美食屋としての深く重い言葉に、小松は吃驚して胸を打たれたような顔になる。二人の隣で聞いていたリゼルも、弟のトリコがそれほど立派な漢に成長したことが誇らしく、静かに深く深く頷くのだった。小松は感動で目を潤ませながら、ずっと気になっていた質問を二人に投げかけた。
「あの……トリコさん、リゼルさん。……お二人の『夢』は、一体何ですか?」
リゼルが静かに焚き火の薪をくべながら、どこまでも低く、温かい声で答えた。
「俺の夢か。……俺の夢はな、不器用な弟たちの成長を、すぐ特等席でじっくりと見守ることだ」
リゼルはそこまで言うと、隣で目を丸くしている小松へと、視線を向けた。
「そして……小松。お前が俺の弟子になった今、その『見守るべき大切な存在』の中に、お前もバッチリと入っているぞ」
「え……っ、リゼル、さん……っ」
自分の大好きなレジェンドが、自分を本当の家族のように、夢の一部として優しく包み込んでくれた。
小松はまた顔を真っ赤にしながら、今度は恐怖ではなく、溢れそうになる嬉し涙を必死に堪えながら、お師匠の温かい優しさに何度も何度も深く頷くのだった――。
すると、いつもは豪快なトリコも、大切な兄からそんな風に温かい言葉をかけられたのが、なんだか無性に気恥ずかしくなってしまったらしい。
トリコは照れたようにフイッと上を向き、大きな指先でゴシゴシと鼻の頭をこすった。
(ったく、兄貴は相変わらずそういう恥ずかしいことをサラッと言うよな……)
トリコはちょっと考えるような振りをしながら、照れ隠しをするように再び夜空の星々へと顔を向け、それから、自身の大きな夢を静かに語り始めた。
「俺の夢はな……人生のフルコースメニューを作る事だ」
「人生のフルコースメニュー……?」
「あぁ」
満天の星空の下、トリコの脳裏には、まだ見ぬ至高のテーブルや椅子、お皿、そしてフォークとナイフが並ぶ光景が鮮やかに広がっていく。
「オードブルから始まって、スープ、魚、肉料理、サラダ、デザート、ドリンク……。その内の一つは、さっきバチッと決まったんだがな」
お皿の上がキラキラと光っているかのような幻影。そして、3人の頭上には、夜空に輝く無数の星々が美しく瞬いていた。
「俺のメニューは、今はまだ空白だらけだ。だが、いつか必ず完成させる。世界には、誰も知らない美味いモンがまだまだたくさんあるからな。俺はその美味いモン――その様々な『命』に出会いたいんだ」
「トリコさんのフルコース……!」
小松はゴクリと生唾を呑み、姿勢を正してトリコとリゼルの方を真っ直ぐに向いた。
トリコは気恥ずかしそうに、夜空に顔を向けたまま鼻をこすっている。
リゼルはそんな健気な小松の姿を、静かに優しい目で見つめていた。
小松は意を決したように、声を一段と大ききくした
「トリコさん! リゼルさん! ……またこういう機会があったら、次も――僕、お二人に付いて行ってもいいですか!?」
トリコは夜空を見上げたまま
「勝手にしろ」
リゼルも料理の師匠としてフッと愛おしそうに笑うと、小松の柔らかな髪を優しく撫で回した。
「え……?」
小松が目を丸くした瞬間、トリコが振り返って声を重ねる。
「思い立ったが吉日――」
「――その日以降は、全て凶日、ですよね!」
トリコは真顔だったが、すぐにフッと笑い、小松に向けて正面から最高の笑顔を咲かせた。
「小松、兄貴! じゃんじゃん焼いてくれ!」
「はい、トリコさん!」
小松は満面の笑顔で答え、さっそく肉を焼き始める。その横で、リゼルは「やれやれ、さっき命を頂くとか格好いいことを言った直後にこれか」と言いたげに困ったような顔をしていたが、その美しい口元は、ほんのちょっとだけ幸せそうに上に上がっていた。
「最高だな小松! 美味さの加速が止まらねぇ!」
「はい……うますぎます……っ!」
「もっとだ、じゃんじゃん焼け!」
「はい! トリコさん、僕に任せてください!」
食べる専門のトリコを前に、リゼルはやれやれと首を振りながらも、楽しそうに弟子の小松の手伝いをして肉を焼いてやるのだった。
そうして、しばらくお腹いっぱい貪り食ったあと。トリコが満足そうに両手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
その声を合図に、小松はハッと我に返って大焦りした。
目の前には、綺麗に骨だけになったガララワニの残骸。
そう、小松は食べる楽しさに夢中になるあまり、最初にリゼルが「依頼分はちゃんと残してストックしてあるぞ」と言ってくれたあの会話を、完全に頭から忘れてしまっていたのだ。
「あ、あれ……!? ぜ、全部食べたらダメですよトリコさん!!」
トリコは急に真剣な、恐ろしいほどの強面になり、腕を組んで言い放つ。
「食い物は残さず食べる……それが俺のルールだ!」
「そんなぁぁぁーーーっ!!」
小松は絶望のあまり涙目になる。
さっきまでの至福のだらしない顔はどこへやら、トリコは「はぁー、もう腹いっぱい……」と、幸せそうに横になってお腹をさすり始めた。
「これは全部食べたらダメですって……あぁ……上の人になんて言い訳したらいいんですか……!?」
「伝えてやればいいだろう。……すげー美味しかったってな」
「勘弁してくださいよぉ!! 最高のコックになるどころか、僕、これで料理長クビですよ〜〜〜っ!?」
「ホンット美味かった〜! ……でも、俺のフルコースの『肉料理』に入れるには、もう一歩かな」
「って、最後はダメ出しですか!?」
小松が頭を抱えて泣きべそをかいていると、その横で、リゼルがやれやれと困った顔をして声をかけた。
「小松。……お前、完全に忘れてるだろ。最初に俺が、依頼分のお肉は別枠で完璧に確保したって言ったことを」
「はっ……!!」
小松は動きを止め、涙をボロボロと溢れさせながらリゼルを見上げた。
「リゼルさぁーーーーーーんっ!!! ありがとうございます!! あぁぁ、よかったぁ……これでクビにならずに済みます……っ!!」
師匠の完璧すぎるサポートのおかげで救われ、小松は涙を拭うと、バロン諸島で、今度こそ心からの最高の笑顔を咲かせるのだった――。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございました!これで記念すべき『バロン諸島編は無事に最後まで完結となりました!
これからも自分のペースで楽しんで更新していくので、よろしくお願いします!