俺の上司、多分ソシャゲ主人公な模様 作:とろろこんぶ
『攻撃目標を補足。特殊行動班、【
ややくぐもった声音と同時、円筒形をした数本の物体がただ一点に向けて構えられる。
その投錨地は異形の怪物、十数種類の生物の特徴を考えなしに出力したようなソレ。火力支援部隊による制圧射撃を物ともせず、集る小蠅共を払わんとするキメラ型の【虚構種】へと。
火力支援班は文字通りの生き餌だ。【虚構種】という存在にとって従来の火器は脅威にならない。
彼らの指揮官が拙速を望み、効果のある攻撃を外してしまえば。或いは攻勢の機を逸し、怪物の腕が間近に迫れば、彼らは無惨な物体に成り果てる。
されど彼らは揺るがなかった。結束し乗り越えてきた数々の戦闘が、機関銃の弾丸に怯まぬ存在への恐怖を鈍化させていた。
『撃て』
姿の見えない“司令官”が何処かで腕を振り下ろす。円筒形をした数本の物体から奇妙な光沢の錨が放たれ、それを繋ぐ鈍色の鎖は絡まり合うことなく宙を飛ぶ。
今まさに部隊を切り裂きかけた腕へ一本が突き刺さるのを皮切りに、錨は次々と【虚構種】へ突き刺さった。グ、ともギャ、とも付かぬ呻めきと共にタール染みた粘性の液体が溢れる。
同時。
怪物が喉を引き絞った。
『っ【咆哮】だ!警戒し……』
ゴオオ、と空気が揺れる。意識が揺らぐ、気が遠のく。世界そのものが軋んでいる。
強烈な低気圧の最中に放り込まれたような感覚に包まれたとき、彼らは既に【咆哮】の最中にあった。
空間一帯が非現実的な感覚に包まれ、計測器がエラー音を鳴らす。『虚構侵食度』……即ち空間が現実からどれほど乖離しているか示す数値は、50%という異常値を検出していた。
怪物に突き刺さった【
『モノ!』
「現着した!」
『白』が戦場を駆け抜ける。常人に捉えられたのはそれだけだった。
【咆哮】から立ち返った時彼らが目の当たりにしたのは、時代錯誤のレイピアに深々と貫かれた【虚構種】と、まだ少年の頃の風貌を残す葦毛色の青年だった。
数年前の出来事である。
「俺の勘は案外当たる。次は違う関係で会うことになりそうだと言っただろう?やはりそうなった」
冴えない男がそう言った。妙に特徴的な連中が多い界隈で、地味ながらも清潔感はある顔立ち。軍帽を被った目元は影が濃く、敢えて没個性を主張するような容姿である。
……何でこれまで気づかなかった?モノ・ケラウノスに降った天啓は、人生観を根底から揺るがされるほどの衝撃を齎した。
「な……んとでも言えよ軍人さん。臨時だろうと軍に雇われた身なんだ、挑発されたってアンタを殴ったりしない。ああいや、もう『アンタ』なんて口は効けないな。一応上司になるんだし」
が、口は勝手に受け答えをしていた。ぼんやり考え事に耽る時間の使い方など贅沢もいい所。今世のモノが生まれ育ったのは、【虚構種】が蔓延るゴルゴー警戒区域の中だ。
化け物の根城に住む連中など、訳アリかならず者かの二択である。かつての彼は前者であり、弱く脆い存在だった。不遜な言葉遣いも睨み上げる仕草も生きるために培ったもの。いつ何時も斜に構えるべし。
しっかし出会った当初はこの男とて、不躾なクソガキへ不快げな反応を見せていた筈なのだが……いつの間にやら慣れきって「やれやれ仕方がないな」という顔をするようになった。
価値観の合わぬ相手に寛容になり、その上生来持つ「誰かを放って置けない性質」が顕著になった。『個性豊かなキャラクターを受け入れる素養』が生まれていた。
「階級も無い民間人に作法なんざ求めんさ、好きなように呼べば良い。今まで通り呼び捨てでも構わんぞ」
「アンタ昇進してここのトップになるんだろ?それじゃ示しが付かない。でもまあ確かに、俺に軍の階級なんざ良く分からないから……」
明け透けな言葉に苦笑する男。対して、モノはある種の諦念でもってその呼称を口にした。
「“司令官”、とかどうだ?」
「また他人行儀な呼び方をする……」
こいつソシャゲ主人公じゃん……。
ソシャゲの世界に転生した、と言ってもそれに気付いたのは案外最近のことである。
この世界はハードな難易度設定をしており、転生したばかりの頃のモノは生き延びることに必死で、明日の飯のため七転八倒する日々を送っていたからだ。
生まれ落ちてから十六年、“司令官”と出会って早数年。かつての記憶は随分遠のき、意識したって思い出せない程度にまで薄れている。
タイトルはなんだったか……前世の人生は年々薄れて、今ではそれすら思い出せない。キャラクターは架空の生物をモチーフにした少女たちで、彼女らが【幻想種】と呼ばれていたことは確か。
なお今のモノは男社会の駐屯地に身を置き、幻想の美少女どころか現実の益荒男どもと仕事をしている訳だが。
警戒区域から無事撤退し、戻った駐屯地に変わりはない。訪ねた司令室はいつも雑多だ。
この部屋の主人は少々ずぼらな性格をしており、忙しさを理由に整理整頓を後回しにしている。しかしそれを詰める敏腕秘書の姿はなく、片隅のソファには見知らぬ美少女の姿があった。
人形のような容姿である。長い黒髪はリアリティがないほど艶やかで、睫毛に縁取られた眼は赤。肌は病的な白色をしており、生まれてこの方日光を浴びたことがないのではとすら思わされる。
スーツが基調のクラシカルな装いが可憐だが、味気ない執務室には不似合いだ。何より情報過多な
見えない…‥これは非現実……俺には何も見えていない……。
一先ず見なかった素振りで少女の前を通り過ぎ、バツの悪い顔をする冴えない男の前に立つ。執務机を挟んで相対、警戒区域哨戒隊による報告書を眼前に突きつければ、“司令官”がスッと目を逸らした。
「“司令官”」
「ああ、うん……警戒区域の巡回ご苦労。私の判断ミスでお前には負担をかけた」
「それは構わない。そんなことより秘書は何処だ」
「彼女にはちょっとした野暮用を頼んでいてだな……。それより怪我は無いか?先程哨戒隊の負傷者に関しては報告を受けたが、お前は……」
「あんな
口調が思わず荒くなると同時、反射的に
モノの長所は足が速いことである。短所は手が早いこと。前者は小学校でモテる可能性を生んだだろうが、モノは小学校に通ったことがない。なお、今発揮されたのは後者の方。
力強く踏みつけた地面が靴底の形に歪んでいる。鉄板入りの軍靴から履き替えていて良かった。履き替えていなければ床を踏み抜いていただろうし、秘書の説教は御免である。
「外出もしてないってのに何処から拾って来やがった?さっさと言え、絶対面倒なことになってるだろ」
「……それ、私がお聞かせいただいて良い会話?そもそも上官に対してその態度は如何なものかしら」
背後から鈴を転がすような声がする。強い語気ながら不快さは感じ取れず、それだけで人を惹きつける声音。振り向けば美しい眼差しがジロリとこちらを睨め付けていた。
軍の規律を案じて注意したというより、もっと個人的な感情による敵愾心が感じられる。つまりこの少女は“司令官”を案じていて、彼に迫る柄の悪いガキに警戒している訳で。
そう気づけばゾッとするような美貌に睨まれようと、半笑いで受け流せる。
「お生憎だがお聞かせしてるんですよ、お客さん。うちの上司はすぐアンタみたいな
鼻で笑ったモノに対し、少女が柳眉を釣り上げる。内心でモノは舌を打った。
やりやがったな“司令官”。コイツまたヒロインを拾って来やがった……。