ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はお断りします
「ふうー……」
大部屋に飛び込んだその男は、疲れたように息を吐いた。
年の頃はかなり若い……、おそらく、二十代の後半か、三十代に差し掛かったばかりといったところだろうか。
全体的な雰囲気としては知的で品のいい印象を与えるが、しかしその格好は、ずいぶんと薄汚れていた。
丈夫で動きやすそうな服は、あちこち土に塗れて傷んでいる。
元々は時間をかけてセットしたのであろう、やや珍妙な外向きにカールのかかった青い髪もかなり乱れてしまっているし、顔には無精ひげも生えていた。
本来はかなり身なりに気を遣う人物と見えるが、今はその余裕もないらしい。
「……息つく暇もなさそうですかね」
彼は大きく息を吐いてそう独り言ちると、顔にかけた黒縁の眼鏡をかけ直し、手にした剣を構え直した。
直後に奥の暗がりの中から、何体ものモンスターが姿をあらわす。
つい今しがた、回避のしようもない入り組んだ狭い通路で恐ろしいトラップに襲われ、辛くも切り抜けてここに転がり込んだばかりなのだが、この『破邪の洞窟』はあいかわらず挑戦者に手心を加えてはくれないようだ。
以前にもここまで潜っているから生息するモンスターや罠についてはある程度は把握しているが、やはり深層部の探索は甘いものではない。
(デビルロードが三体に、キースドラゴンが一体か)
いずれも、現在の地上ではまず見かけることのない強力なモンスターたちだ。
以前から古代の文献でその名前と姿を知ってはいたものの、実際に遭遇したのはこの洞窟に来てからだった。
もっとも、迷宮深層部に踏み込んでからは、既に嫌になるほど何度も出会っているが。
「シャアアァァァッ!」
まず、動きの俊敏なデビルロードたちが、集団で突っ込んできた。
このまま間合いを詰められれば、頭数と手数で押されて苦戦することになるだろう。
「大地斬!」
先頭で向かってきた一体に向かって、大きく剣を振り下ろす。
「ガッ!?」
強烈な斬撃がそのデビルロードを吹き飛ばし、さらに地面にまで食い込んだ。
床に、数十メートルにも及ぶ亀裂が走るほどの威力。
その衝撃で、後続のデビルロードたちまでが押し退けられ、怯む。
「ゴアアァァァッ!!」
後方から巨体のキースドラゴンが、大きく口を開いて燃え盛る火炎のブレスを吐き出した。
男はそれを避けようともせず、素早く剣を構え直す。
「海波斬!」
目にもとまらぬ斬撃と共に高速の剣圧が放たれ、眼前に迫りくる炎を切り裂いて、逆にそれを放ったキースドラゴンに襲い掛かった。
「グアァァアァッ!?」
先ほどまで炎を吐いていた口をざっくりと切り裂かれて、同じ口から今度は苦痛の悲鳴が迸る。
男はその隙を見逃さずに、追撃を放った。
「
突き出した左拳から放たれた熱線が大きく開かれたままの口に飛び込み、喉奥で炸裂する。
鋼のごとき外皮を持つ巨竜もこれにはたまらず、ぐるんと白目を剝くと地響きを立てて崩れ落ちた。
その光景を見た生き残りのデビルロードたちは、敵わぬと悟って逃げ散っていく。
「やれやれ」
ようやく静寂が訪れた大部屋の中で、その男、アバン=デ=ジニュアール三世は、ふうっと溜息を吐いた。
彼はかつて、世界を席巻した魔王ハドラーを仲間たちと共に討伐し、勇者と称えられた男だった。
栄達などは望んでいなかったため、魔王討伐後は各地を巡って平和が保たれていることを確認しながら、次代を担う勇者の卵たちを育てる、「勇者の家庭教師」業を続けていたのだが……。
十数年の時を経て復活したハドラーと再戦し、そして彼の上にいるという大魔王バーンの存在を聞いたことで、今のままでは次なる地上の危機を救うための力にはなれないことを痛感した。
それゆえ、心身ともに鍛え直して自分だけの新たな力を得ることを目的として、以前にも潜った経験のあるこの破邪の洞窟の更なる深みへと挑戦することにしたのだ。
正確に数えてはいなかったが、おそらくその際に地下百五十階ほどまでは到達している。
さらに深層を目指そうとしていたところで、迷宮上層の方で何者かが
そして弟子たちと再会し、彼らと共に大魔王バーンとの決戦に臨んだのである。
最終的に次代の勇者となった弟子の一人、竜の騎士ダイがバーンを討ち取り、世界に平和が戻った。
しかし、その戦いの最後に、彼は地上と愛する人々を守るために己の身を犠牲にし、現在は行方知れずになってしまっている。
生きていることはわかっている。
彼を唯一の使用者として作られた専用の剣の宝玉の輝きが消えていないからだ。
だが、数週間、数か月の時が流れても、彼は帰ってこなかった。
様々な手を尽くして調べた限りでは、どうも、彼がいるのは地上世界のどこかではないらしかった。
となると、いずこかの異世界ということになる。
天界か、それとも魔界か。
あるいは、それ以外のどこか、知られざる未知の世界なのか。
彼がどこかでなにか、帰ろうにも帰れないような状況に置かれているのだとしたら、誰かが迎えに行かなくてはならないだろう。
弟子たちはみな、既に彼を探し出そうと動き出している。
師として仲間として、また彼に命を救われた地上の生き物の一人として、自分もできる限りのことをしなくてはなるまい。
そう決意したアバンは、先日結ばれたフローラにその旨を伝え、了承を得たうえで、再びこの破邪の洞窟に挑むことにしたのだった。
(潜れるだけ潜ってみて、手掛かりが見つかるといいんですが……)
この破邪の洞窟はどこまでも深く深く続いていて、その最深部を確かめた者はまだいないが、一説によれば最奥は地上の遥か下に広がる世界である魔界とつながっているとも言われている。
また、先にこの破邪の洞窟で習得した
他にもまだ、その亜種や上位にあたるような呪文が、さらなる深みに眠っているかもしれない。
ダイの発見につながるような何かが得られるという確証はないが、調べておかなくてはならない場所だろう。
「……見通しのいい大部屋ですし、ここらで少し休憩を入れますかね」
一秒を惜しんで先を急ぎたいのは山々だが、疲れ果てて倒れてしまったのでは元も子もない。
アバンは鞘の先で、地面に十メートル四方ほどのサイズの光の五芒星を描いた。
それからぐっと拳を握って精神を集中させると、呪文を唱える。
「邪なる威力よ……退け!
五芒星の魔法円が清浄な輝きを放ち、円内の範囲から洞窟に立ち込める邪気を払い除けた。
この結界は外部からの邪悪な力、モンスターなどの侵入も阻むため、円内では安全に休息をとることができる。
もっとも、この洞窟のフロアの中にはあまり長期間滞在し続けていると床が抜けて下に落とされたりするようなものもあるので、この簡易結界だけで済むのはあくまでも短時間の休息の場合だけだ。
睡眠などのまとまった時間の休みが必要な場合には、これに加えて抜ける心配のない足場の確保なども必要になってくる。
「さて、と」
アバンは床に座って一息つくと、給水して軽く食事を摂りながら、荷物の中身を確認していった。
もう既に前回の記録に迫る、地下百五十階近くにまで到達している。
とうの昔に地上から迷宮に持ち込んだ道具や食料だけでは間に合わなくなっており、手持ちの物資の残りを常に把握し、現地調達で補給していかなくてはならなくなっているのだ。
この洞窟の深層部を探索するには、そうするしかない。
「この分なら、あと何階層かは持ちますかねえ」
とはいえ、潜れば潜るほど迷宮は複雑さを増し、罠もますます強力になっていく。
モンスターも数こそそう多くはないが、強力なものばかりだ。
以前にも来た階層であっても前回自分が潜った時に知ったことだけがすべてとも限らないわけだし、あと少しで未踏の領域にも踏み込むことになろう。
(はてさて。この洞窟は、一体どこまで続いているものなのやら)
地下二百五十六階か、千二十四階か、あるいはもっとか。
しばしの休息を終えた彼は、ふうっと大きく深呼吸をして息を吐いて立ち上がった。
その時。
「……っ」
いつの間にかマホカトールの円内に、銀色の浮かぶ鏡のようなものが出現していることに気付いて、アバンは目を見開いた。
咄嗟に飛び退いて、距離を取る。
(これは……、いつの間に?)
気配や物音などは一切なかったはずだ。
ほのかな光を放っているが、それはマホカトールの魔法陣が放つ光にまぎれて気付かなかったのだろう。
アバンは警戒しながらも、それを観察してみた。
鏡面は高さニメートル、幅一メートルほどの楕円形をしていて、厚みはほとんどない。
(……見た感じからすると、転移門の一種のように思えるが……)
遠く離れた二つの地点をつなぐ、『旅の扉』と似ているようだ。
いずれにせよ、マホカトールの円内に何の抵抗もなく出現している時点で、邪悪な力によるものではないはず。
破邪呪文や光の闘気を使いこなすアバン自身も、この鏡面から邪気を感じ取ることはできなかった。
「……踏み込め、ということですかねえ」
得体も知れず危険ではあろうが、邪気の類は感じられないのだし。
異界へ到達する方法を求めている以上、明らかに転移門のように見えるものを無視するわけにはいかない。
踏み込んで、その先を確かめてみる以外にないだろう。
アバンは深呼吸をし直すと、意を決して、その鏡面の中に踏み込んでいった――。
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空間転移の際の、ぐにゃりと周囲が歪むような感覚が終息する。
急に視界が明るくなり、空気の匂いが変わった。
地下深いダンジョンの湿ったそれではなく、太陽の日差しを浴びたさわやかなものに。
「……ここは……?」
アバンは首を巡らせて、周囲の様子を確認した。
抜けるような青空、豊かな草原。
周囲には、少し遠巻きにこちらを見てざわついている、大勢の見慣れない服装をした人間らしき者たちの姿があった。
そして、目の前には一人の小柄な少女がいて、困惑したような様子でこちらを見上げている。
桃色がかったブロンドの髪に、透き通るような白い肌。
吊り上がり気味の目に、鳶色の瞳。
彼女もまた周囲の者たちと同じ服装をして、手には短い棒状のものを握っていた。
(……彼女だけでなく、この場にいるほぼ全員が同じような服を着て、同じようなマントを羽織っている。ある種の組織か学舎の制服のようなものか? 杖を手にしているところからすると、魔法使い……?)
そんなふうにアバンが分析していると、目の前の少女から声をかけられる。
「あ、あんた、……誰?」
とりあえず、害意はなさそうだ。
アバンは、コホンと一つ咳払いをして、居住まいを正した。
「これは申し遅れました。むさくるしい格好ですみません。私は、こーゆー者でございます」
そう言って、懐から取り出した巻物を広げて見せる。
その中には、『勇者の育成ならおまかせ!』『この道15年のベテラン、アバン=デ=ジニュアール3世』などといった、家庭教師としての宣伝文句が書かれているのだ。
目の前の少女はしかし、それを覗き込むと、怪訝そうに眉をひそめた。
「……なにこれ。どこの文字? ぜんぜん読めないわ」
「おや、そうですか」
アバンはまた一つ得た新しい情報を心に留めて、巻物をしまい込む。
「では、とりあえず。私はアバンという者です。カールというところからまいりました」
「聞いたこともないわね。どこにある町?」
「ギルドメインの西方です」
「それも知らないわ。トリステインの地名じゃないわね?」
「私も、そのトリステインというのは聞いたことがないですねえ」
「トリステインを知らない? あんた、一体どこの田舎者なのよ……」
呆れたように言う目の前の少女に、アバンは苦笑した。
「はは。どうやら、お互いに地名も知らないほど遠くの地に来たようですね。ところで、あなたのお名前は?」
「ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ、覚えておきなさい」