ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
「れ、レクチャー……、だと?」
「その通りです。手始めに、ベリーベリーデリシャスなお菓子の作り方から行ってみましょうか!」
アバンはにこやかに笑いながらそう言うと、さっそくワゴンから食材と調理用具を手に取って、作業を始めた。
「まずはこのように、小さめの鍋にバターを入れて火にかけ、ブール・ノワゼット……、焦がしバターのソースを作るところから入ります」
ギーシュがぴくぴくと顔を引きつらせ、次いでその顔が赤くなっていく。
観客たちはざわめきながら顔を見合わせていたが、じきにどっと笑い声が上がる。
「はははは! ギーシュ、なめられてるぞ?」
「教育が必要なのはどっちの方か、そいつにわからせてやれよ!」
「まったくだ。礼儀と状況と、あと現実ってものを、そのバカに教えてやる必要があるよな?」
「……言われるまでもない」
ギーシュは怒りで赤らんだ顔をして、薔薇の造花をアバンに突きつけた。
「この期に及んでふざけたことを! 状況がわかっていないのかね? これは冗談ではない、君は決闘を挑まれているのだ。つまり、命のやり取りをだ!」
「あなたなりには本気のつもりだということは承知してますよ、ギーシュくん」
アバンは話しながら卵をコンコンと割って卵黄と卵白を分離し、卵白の方をボウルに入れると、泡立て器を手に取った。
ギーシュの方をろくに見てもいない。
「ですので、君は決闘と思って、魔法でも刃物でも自由に使って仕掛けてきて構いません。私の方は、レクチャーと思ってやりますンで」
「……ッ!」
ギーシュがぎりぎりと歯ぎしりをする。
「ですが、こちらのほうの魔法についてはまだよく知りませんので、私もあなたからレクチャーを受けるつもりでやろうと思ってます。なんでしたら決闘なんて物騒なことはやめて、お互いにレクチャーし合うという形ではどうですかね?」
観客の間から、どっと笑いが起きた。
彼らの大部分はアバンの言動をバカにして、こいつはいい道化だ、面白い見世物だと、愉快そうにしている。
もっとも、観客のすべてがそうだというわけではない。
シエスタははらはらした様子で、ルイズはもう知らないというような顔で、それでも彼の一挙手一投足を見守り続けていた。
「み、ミス・ヴァリエール。アバン様は一体、何を考えて……」
「しらないわよ。わたしに聞かれても」
キュルケはといえば、ギーシュと同じように歯ぎしりをしている。
「なんなのよ、あの男は~っ! あたしの賭け金を無駄にする気?」
せっかく見込んでベットした相手が、初っ端からふざけてるか勝負を放棄してるとしか思えない態度では、そう言いたくもなろう。
「……」
タバサはそんな彼女の横で、料理を続けるアバンの姿をじっと見た。
どう見ても、楽しそうに料理をしていて、緊張のかけらもないように感じられる。
(……どういうつもり?)
何か狙いがあってあんなことをしているのか、それとも最初から勝とうという気がないのか。
あるいはギーシュの言うように、今の状況がわかっていないのか。
彼はただの愚か者なのか、それとも……。
「……ああ、わかったよ。そうやって決闘をレクチャーとやらにすり替えて、頭を下げずにうやむやに事を済ませようという、卑しい魂胆なわけだ。下衆の浅知恵だ」
ギーシュはやれやれというように首を振ると、据わった目つきでアバンを睨み、薔薇の造花をつきつけた。
「あいにくだが、そんなことで決闘をなかったことにはできんよ。さあ、武器を手にしたまえ。貴族に丸腰の相手を殺させる気かね?」
「もう持ってるじゃないですか?」
アバンはそう言って、手にした泡立て器を軽く掲げてみせる。
「剣のことを言われてるのでしたら、あれは置いてきました。お料理の邪魔になるンで」
ギーシュのこめかみに青筋が浮いた。
「……その料理が終わるまで待ってくれという、姑息な時間稼ぎのつもりかい?」
「いえいえ、そんな。お待たせしては申し訳ないですからね。いつでも、私の隙を見つけ次第、かかってこられていいンですよ?」
そう言いながらろくに視線を上げもせずに卵白に砂糖と巣蜜を加え、鼻歌など歌いながらかき混ぜている姿は、どこからどう見ても隙だらけである。
実際には、ギーシュがどんな未知の魔法を使ってくるかわからないのでちゃんと彼の方にも注意は払っているのだが、そんなことは外から見て容易にわかることではない。
「~~ッ!」
ギーシュはついに、堪忍袋の緒が切れた。
「……よかろう! 再三忠告はした! 無視したのはそちらの勝手だ!」
そう言うと、十歩あまり離れた場所にいるアバンに向けて、薔薇の造花の形をした杖を振るう。
花びらが一枚杖から離れると、たちまち拳ほどのサイズの礫弾に姿を変え、アバンの顔面目掛けて弾丸のように撃ち出された。
周囲で見守っていたシエスタが、ひっと悲鳴を上げる。
ギーシュの得意とするのは、その二つ名の『青銅』が示すとおり、『ワルキューレ』と名付けた青銅のゴーレムを使役することである。
しかし、こんな相手にはそれを使うにも及ばない。
何よりも、ゴーレム任せではなく、自分の手で直接こいつを叩きのめしてやらねば気が済まなかった。
(鼻っ柱をへし折られて、そのふざけた態度を後悔しろッ!)
だが、礫弾が今まさにアバンの顔面にぶち当たろうとしたところで、彼はひょいと首をかしげるようにして回避した。
特にホーミング機能などのついていない弾は、そのまま飛び去って地面にぶち当たる。
「ふん?」
偶然かもしれないが、ろくにこっちを見てもいないようだったのによくかわせたものだと、ギーシュは鼻を鳴らした。
「♪~」
アバンは何事もなかったかのように鼻歌を歌いながら、攪拌を続けている。
「やるな。だが、今のはほんの挨拶代わりさ」
「そうですか。それはまた、ご丁寧にどうも。ヨロシクお願いしますね?」
「……挨拶は済んだ。今度は、小手調べといこうじゃないか」
次こそはそのとぼけたふてぶてしい態度を打ち砕いてやると念じながら、ギーシュはルーンを唱えると、また杖を振った。
花びらが舞い、今度は一発一発は先ほどよりも小さいものの複数の石礫が出現して、アバン目掛けて散弾のように襲い掛かっていく。
これは、首をかしげる程度の小さな動きでは、到底回避しきれまい。
(今度こそ、もらった!)
ギーシュはそう確信し、礫に打たれて血まみれになったアバンの姿を想像した。
しかし。
「ほいっと」
アバンに命中すると思われた次の瞬間、金属が何か堅いものと打ち合うような音が、立て続けに響く。
「……へっ?」
いつの間にか、アバンの手にしている泡立て器の中に、放った石礫がすべて絡めとられている。
彼は泡立て器を軽く振って、石礫をとんとんと手の中に落とした。
「ちょっと不衛生ですねえ~」
そう言いながら石を懐にしまい、泡立て器を濡らしたタオルできれいに拭う。
それから、今度は小麦粉と刻んだアーモンドの粉末を合わせて、ふるいにかけ始めた。
(ばっ……、馬鹿な!?)
呆けていたギーシュははっと我に返ると、目を剥いて困惑する。
何が起きたのか、まるでわからなかった。
「お、おい! なんだ、いま何があった!?」
「何が起きたんだ、お前見えたか?」
「いや……、ギーシュが魔法をしくじったんじゃ?」
「でも、確かに石礫は飛んで行ってたぞ!」
周囲の観客たちはざわざわとして、顔を見合わせている。
一体、何が起こったのだ。
まさか、あの一瞬のうちに手にした泡立て器で、飛襲した石礫をすべて受けて防いだとでもいうのか。
一発一発は小さな石礫とはいえ、当たれば骨にひびが入るくらいの硬度と速度はあったはずだ。
それを、あんな細い金属のフレームを組み合わせただけの、やわな道具で?
シエスタやルイズも呆気に取られていて、他の観客たちと概ね同じような様子だった。
「すごい……」
本も開かずに、食い入るようにこの決闘もどきの様子を見つめていたタバサは、相変わらずの無表情だが、口が半開きになっている。
ぽつりと漏らした呟きも含めて、彼女的にはすごく驚いているのだろう。
そんな彼女の隣で、キュルケは内心、賭け金が無駄にならずに済みそうだと安堵し、いくら儲かるかしらなどと考えだす。
「なーんだ、ぜんぜん余裕そうじゃないの! あたしは最初から、あのお兄さんはやると思ってたのよね!」
「ギーシュ死んだ。間違いない」
「……ま、まさかとは思うが……、それが君の杖なのかい?」
ギーシュは悩んだ末に、アバンは事前の自分の予想に反して魔法の使い手で、それを使って攻撃を防いだのではないかと考えた。
「はい? 杖?」
しかし、当のアバンはきょとんとした顔をする。
急にそんなことを聞かれても、何の話だかよくわからなかったのだ。
「……もしかして、この泡立て器のことですか? これは、つい先ほど厨房のほうで、料理長のマルトーさんからお借りしたものですよ。魔法の杖じゃあありません」
そう答えたアバンは、ふと気が付いたように付け加える。
「しかし。マルトーさんも言っておいででしたが、各種の食材を料理に仕立てていくこともまた一種の『錬金』のようなもので、ある種の魔法ですからねえ。その意味では確かに、泡立て器に限らず調理器具というものは、人の英知が生み出した魔法の杖でしょう」
指を立ててそう言うと、にかっと笑った。
「いやいや、いい気付きです。なかなかのセンスですねえ、ギーシュくん」
「……は、はは……」
ギーシュは、ひきつった笑みを浮かべた。
なにがなんだかわからないが、もしかしてヤバい相手に喧嘩を売ったのでは……、という思いが、ちらりと頭をかすめる。
だが、彼はそれを強引に振り払った。
(なにを弱気になることがある。どうあれ、やつはただ単に、二度ばかりうまくかわしたってだけのことじゃないか。防戦一方だ)
それに、自分はまだ、本来の武器を出していないのだから。
自分にそう言い聞かせることで、どうにか調子を取り戻す。
「なかなかやるな。よかろう、小手調べも終わりだ。そろそろ、本気を出させてもらうよ!」
ギーシュはそう宣言して、もう一度杖を振った。
またしても花びらが舞い……。
今度は、そこから甲冑を着た女戦士のような形をした人形があらわれる。
身長はアバンと大差ない程度だが硬い金属製のようで、淡い陽光を受けてきらきらときらめいている。
「おぉ~っ……?」
アバンは料理を続けながらも、感嘆したような声を漏らした。
(あれは、さまよう鎧のような人造の生命体か? 暗黒闘気を使っているわけではないようだが……)
そういった生命創造の魔法は、アバンのいた世界では禁呪法扱いになるであろうものだ。
あまりに手軽に作っているところを見ると、禁呪法生命体のように術者が生きている限り恒久的に存在し続けるものではなく一時的な疑似生命体のようなものなのかもしれないが、なんにせよ驚異的である。
ギーシュのようなまだ未熟な腕前なのであろう学生のメイジでも、こんな魔法を使うことができるとは。
(彼の腕前のほどはともかくとしても。この世界の魔法は、やはりすごいものですねぇ……)
そんな彼の反応を見て、ギーシュは「ふふふ、さすがに僕自慢の『ワルキューレ』には顔色を変えざるをえないようだな!」と考え、得意げに微笑んだ。
「お遊びはここまでだ。言い忘れていたな。僕の二つ名は『青銅』、青銅のギーシュだ。よって、ここからは青銅のゴーレムである『ワルキューレ』が、君のお相手をする!」
「お相手、ですか」
しかし、アバンは既に視線をワゴンの方に戻し、卵白に振るった粉を加えてかき混ぜていた。
ギーシュの顔から笑みが消える。
「そちらのレディーがダンスのお相手をお望みなのでしたら、あいにくと今は手が塞がってますンで。それに私、妻帯者ですから。ギーシュくんがお相手をしてあげたほうがいいんじゃないですかねぇ?」
ギーシュのこめかみが、ぴくぴくと震える。
「それか、周りにも素敵な男の子が大勢いらっしゃるので、彼らのほうに……」
「おふざけもここまでだッ!」
彼がアバンの言葉を途中で遮ると同時に、女戦士の形をしたゴーレムが猛然とアバンに向かって突進する。
ゴーレムは勢いを止めずに、そのまま右の拳を彼のみぞおちへ叩き込もうとした。
がぎぃぃん、と、金属音が響く。
肉を殴った音ではない。
「……なっ!?」
見れば、アバンは左手で手元にあった鍋ぶたをかかげてそれを受け止めながら、右手の泡立て器でボウルの中身をかき混ぜ続けていた。
「~♪」
そのうえ、何事もなかったかのように、鼻歌など歌っている。
「こっ……、こいつっ!」
ギーシュは躍起になって、ワルキューレに攻撃を命じ続けた。
ワルキューレは狙う場所や殴り込む角度を変えながら、再三再四、左右の拳を振り回す。
アバンはそれを、鍋ぶたで防ぎ続ける。
それでもギーシュは、そう長くはもたない、時間の問題だと思っていた。
「そんなもので、いつまで耐えられると思うのかね!?」
ちゃんとした盾ですらない鍋ぶたなどで、ワルキューレの拳を延々防ぎ続けられるはずがない。
パワーは平均的な体格の成人男性と比較しても見劣りしないし、しかもその拳は青銅でできている。
言うなれば、金属製の鈍器を全力で叩き付けているようなものだ。
そんなものを受け続けていたら、鍋ぶたも腕も、いつまでももつはずがない。
しかし……。
アバンは平然と片腕でゴーレムの攻撃を受け続け、まるきりその影響を受けていないかのように、もう片方の手で料理を作り続けた。
「……よし。こんなものでしょう」
しばらくして、すべての材料を加えて十分に混ぜ合わたところで、アバンはにかっとした笑みを浮かべる。
腕が疲弊した様子はまったくなく、鍋ぶたも壊れるどころか傷ついたりへこんだりしている様子さえない。
(いっ……、一体、どうなっているんだ!?)
このままではとんだ醜態だ。
お前のゴーレムはどれだけ非力なんだと、他の生徒から笑いものになるに違いない。
ギーシュはなんとかしなくてはと焦りながら、必死に考えを巡らせる。
(! そうだ、この手があった!)
うまい具合にひらめいて、フッと笑みを浮かべた。
「まずは誉めよう。まったく大したものだ。しかし、これではどうかな?」
そう言うと、彼はアバンに杖を向け、『レビテーション』を唱える。
「おわっ?」
混ぜたボウルの中身を金属の型に流し込んでいる最中だったアバンの体が、突然ふわっと宙に浮いた。
飛来する石礫なら手にした得物で防げても、彼の体に直接遠隔作用する魔法ではそうはいかない。
「やはりね。所詮はメイジならぬ者の悲しさだ」
初めて自分の仕掛けが功を奏したことで、ギーシュは会心の笑みを浮かべる。
「そんな状態では、これまでのように踏ん張りも利くまい。覚悟したまえ!」
地面から浮いた不安定な体勢のアバンに、ワルキューレが満を持して、再び殴り掛かった。
しかし、アバンは黙って懐に手を入れると、何かを取り出す。
次の瞬間、ばちんという衝撃が、ギーシュの腕に走った。
「痛っ!?」
アバンはさっき不衛生かつ調理の邪魔になるので懐にしまっておいた、ギーシュ自身が撃ちだした石礫を、指で弾いて飛ばしたのだ。
礫は狙い過たず彼の腕を撃ち、突然の予想していなかった痛みに、ギーシュは思わず杖を取り落とした。
「おっとと」
同時に、アバンにかかっていた『レビテーション』の効果が消え、彼はすとんと地面に着地する。
アバンは手にしていたボウルを調理台に置くと、直後に殴り掛かってきたワルキューレの拳を上体を逸らすようにしてかわし、その腕を捕らえた。
「料理の仕上げがありますンで、そろそろお引き取りくださいねえ?」
そんな断りを入れると、ワルキューレ自身の殴り掛かってきた勢いを利用してそのまま思い切り投げ飛ばす。
グオッと風を切る音がして、ワルキューレの体が勢いよく宙に舞った。
青銅製のゴーレムは斜め上方にものすごい速さで投げ出され、はるか遠くにぶっ飛んで『風』の塔の外壁に叩き付けられ、バラバラに砕ける。
あたりが、しいんと静まり返った。
アバンはそんな周囲の反応には構わず、料理を再開する。
「メイジとゴーレムとの連携はいいンですが、不用意に相手を浮かべてはいけませんねえ~。自分が浮かぶ場合も同様です。相手と自分との間の射線を遮るものがなくなってしまうと、飛び道具の脅威に晒されますから」
そんなことを言いながら金型に生地を流し入れ、それをオーブンに入れて火にかけた。
「はいっ。これで、後は焼きあがるまで待つだけです!」
アバンはそこで、ようやく顔をギーシュの方に向けると、にかっと笑った。
「それでは、できるまで時間もかかりますンで。その間に男の子の大好きな、バトルのレクチャーを少しばかりやってみましょうかっ」