ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
「ば、バトルのレクチャー……だと?」
取り落とした杖を慌てて拾い直したものの、その直後に自慢のワルキューレを投げ飛ばされ破壊されたギーシュは呆然として、アバンの言葉を繰り返した。
「そうです。いよいよギーシュくんがお待ちかねの、戦いを始めてみましょう」
アバンがそういうのを聞いて、ギーシュは喉の奥で、ひっと呻くような声を漏らした。
それはつまり、彼はまだ、戦っているつもりもなかったということ。
これからが本番なのだ、としたら……。
「さあ。どこからでも、どんな手でも仕掛けてみてください。それに、私なりに対応してみますからね」
そう言いながら、ワゴンを横に退け、三角巾とエプロンを外して、笑顔で進み出る。
その手には泡立て器も何も持っていない。
ギーシュは思わず後ずさりをした。
「おや? どうしたんですか、ギーシュくん。どうぞご遠慮なく」
そう言って小首を傾げるアバンの表情や声音は先ほどまでと特に変わっていないし、別段ギーシュを威圧しようなどという気が彼にあるわけでもないのだが。
なにせ、青銅製のゴーレムを何十メイルも投げ飛ばして打ち壊したような男である。
このまま近づかれて平手の一発でも喰らったら、首が変な角度にねじ曲がって死ぬんじゃないかと、ギーシュが怯えるのも無理はあるまい。
『どうしました? まだゴーレムが一体壊れただけですよ。かかってきなさい』
『もう一度「ブレッド」を撃って。「レビテーション」を仕掛けて、ほら。せっかく杖を拾って立ち上がったんですから、抵抗しましょうね』
『さあ戦いはこれからです。お楽しみはこれからです。ハリー、ハリー! ハリー、ハリー!!』
今の彼には、アバンがそんなことを言いながら怖い笑顔で迫ってくる、
「く、来るなっ!」
ギーシュは悲鳴のような叫びをあげ、必死に杖を振る。
また花びらが舞い、先ほど破壊されたのとは別個体の『ワルキューレ』が姿をあらわした。
今度のものは盾を持っており、ギーシュはそれを自分とアバンとの間に置く。
「ははあ、距離を置いての戦いをご希望ですか?」
アバンはうんうんと頷くと、それ以上近づかずに足を止める。
それから、にかっと笑って指を立てた。
「先ほど私が言った通り、相手と自分との間の射線を遮っていますね。いいことです。ベターな判断ですよ」
しかし、アバンのその悠然とした態度に、ギーシュはなおのこと焦りを増すばかりだった。
この程度ならまだまだ余裕だ、と言われているように感じたのである。
「くっ!」
彼はさらに杖を振るい、花びらをまき散らした。
今度はその手に槍を持ったゴーレムが、さらに五体。
総勢七体の『ワルキューレ』が、彼の武器なのだ。
「おお~っ。こんなに作れるンですか?」
アバンは感心したようにそう言った。
実際、本心である。
マドハンドなども仲間を呼んでこのくらいの数になることはあるが、一度にこれだけ同時に呼び出せるとは。
「いや~、すごいものですねぇ……」
「行け、『ワルキューレ』! そいつを倒すんだ!」
ギーシュの指示を受けて、護衛用の一体を除く、五体のゴーレムたちが一斉に突っ込んでいく。
「ふむ、戦力の逐次投入は愚策です。一度に多勢でかかるのは、まずはいい判断だと言ってよいでしょう」
アバンはそう評しながらも、ひょいひょいと危なげなくワルキューレの攻撃を避け続ける。
五体のワルキューレによる一斉攻撃が、まるでかすりもしない。
「い、いま、後ろからくる攻撃を見もせずにかわさなかったか?」
「あいつ、背中に目でもついてるのかよ!?」
「どんだけすばしっこいんだ!」
周囲の観客たちがざわめく中、タバサはじっと、アバンの足元のあたりを見ていた。
居並ぶ学生たちの中で、彼女一人だけが命がけの実戦を経験している。
それゆえに、ワルキューレの攻撃が彼に命中しない理由についても、ある程度まで理解できていた。
アバンは別に、ことさら速く動いているわけではない。
その気になればそんな動きもできるのかもしれないが、少なくとも今は、ワルキューレと大差ない程度の速さでしか動いていない。
そうではなく、体重移動や足捌き、体捌き、そういった技量において、接近戦などほとんどド素人なギーシュが操るただの傀儡でしかないワルキューレとは比較にならないほどに卓越しているのだ。
よく見るとアバンは、一歩踏み出すと同時に軸足を回転させて攻撃を搔い潜り、ワルキューレの死角から死角へすり抜けるように移動している。
ワルキューレが狙ったときにはもうそこにおらず、向きを変えて捉え直そうとしても、一向につかまらない。
しまいにはワルキューレ同士が衝突し、もつれあってしまう有様で、アバンはまったく手を出してもいないのにあちこち傷だらけになっている。
背後からの攻撃でさえ見もせずに避けていることについては、よくわからない。
自分のような『風』のメイジは周囲の空気の動きに敏感で、それである程度回りの様子を把握できたりするが、彼もそういった鋭敏な感覚を持っているのだろうか。
いずれにせよ、確かなことは……。
(……ものすごい達人)
ギーシュなど相手にならないのは当然としても、トライアングルの自分が戦って、はたして勝てるだろうか。
彼女がそんなことを考えていたところで、傍にいたキュルケが呟いた。
「なんでまた、さっさと勝たないのかしらね?」
先ほど見せたあの、ワルキューレを『風』の塔まで投げ飛ばす尋常でない芸当。
純粋な力によるものか、それとも何かの魔法を使っていたのか。
いずれにせよ、あんなことができてワルキューレの動きも完全に見切っているのであれば、今すぐにでも勝てるだろうに。
(……もしかして、勝つ気がないとか?)
できることなら、そういうのはやめてほしいものである。
せっかくの勝ち金がふいになるから。
勝ち金のためにギーシュには死んでもらいたい、とまでは言わないが、とりあえずボコり倒されてもらいたい。
まあ、それは、戦っている本人が決めることだが……。
「別にあんなのぼこぼこにしたところで、誰も文句言わないでしょうに」
そうこうするうちに、アバンが動いた。
幾度めかにワルキューレ同士がもつれ合ったところで、囲みにできた隙をするりと抜けて距離を取る。
それから、コホンと咳払いをして、ぴっと指を立てた。
「集団での攻撃はよろしい。しかし、個々の動きが単調すぎますね。連携も取れていません。同時に複数体を個別に制御するのが難しいのかもしれませんが、おそらく、術者である君自身に心得がないことが大きいでしょう」
そう、講評を加えていく。
「ぐうぅ……」
ギーシュは、悔しげに歯ぎしりをした。
「術者といえどもある程度体を鍛え、戦士の戦い方を知ることは必要です。戦士と戦うときに、敵がどんな動きをするのか、どんなことをしてくるのか、まるで見当がつかないというのでは話になりません。君のように自分でも武器戦闘をするゴーレムを操るのなら、なおさらのことです」
「知った風なことを! このくらいのことで、勝った気になるなよ!」
そう叫んで、呪文を唱える。
次は何が起こるのかと身構えていたアバンは、自分の足元の地面から触手のような土の手が生えて、絡みついてくるのに気付いた。
「ほほう?」
アバンは特に避けようとする素振りはなく、足に絡みついてくる土の触手を観察している。
(よし、決まった!)
首尾よく『アース・ハンド』の呪文がアバンの足を捉えたのを見て、ギーシュが会心の笑みを浮かべる。
彼とて、ただ闇雲にゴーレムに攻撃させていただけではなく、一向に捉えられないアバンに対抗する策は考えていたのだ。
確かにアバンは、超人的な身のこなしで五体がかりのゴーレムの攻撃も難なくすり抜けている。
ならば、その足を魔法で止めてしまえばいい、というわけだ。
「かかったな! その様でもまだ、訳知り顔の講釈を続ける気かい?」
「うーん、捕まりましたねえ……」
このような呪文も自分のいた世界にはないな、と、アバンは感心した。
とはいえ、つかんだ敵の足を握り潰すほどの力はないようだ。
(なるほど、
そんなふうに分析していると、ギーシュがワルキューレを集合させ、一斉突撃の構えを取らせた。
五体が壁のように並び、正面から同時に殺到する。
到底、その場を一歩も動かずにかわしきれるものではない。
例の馬鹿力で一体を破壊したとしても、その隙に残る四体が串刺しにする。
(ズタズタになって後悔しろッ!)
ギーシュは勝利を確信した。
しかし、アバンは動じない。
「ふむふむ。後衛が呪文で足止めして前衛が攻撃するのはセオリーの一つですし、いい連携だと思います」
そう言いながら、まだ距離があるうちに懐から件の石礫を取り出し、居並ぶワルキューレのうちで右から二体目のものに向けて投げつけた。
ギーシュは、そんなものは苦し紛れの悪あがきだと思った。
いくら馬鹿力だろうが、人間の腕ならともかく、青銅のゴーレムにそんなものが通じるはずがない。
が、しかし。
「……えっ?」
アバンの放った石礫が弾丸のように飛翔し、腰部のあたりに食い込んだと思った瞬間、そのワルキューレはボロボロと崩れて土に還ってしまった。
ギーシュが唖然とする。
(ふむ。暗黒闘気などは用いていないとはいえ、やはり魔力の『核』となる部位への攻撃は有効か)
アバンは『空』の技の極意である心眼を用いてワルキューレに疑似生命を与える核となっている個所を見抜き、そこに少しばかり闘気を込めた礫を撃ち込んでやったのである。
ごく小さな傷が空いただけで全体が崩壊してしまったのはそのためだ。
(……な、なにかわからんが。大勢に変化はないッ!)
ギーシュは戸惑いながらも、そのまま残るワルキューレに突撃を敢行させた。
依然として、アバンは足を封じられたままだ。
拘束から逃れる時間を与えず、一気に押し潰してしまえばいい。
彼に礫を撃ち込んだだけでワルキューレを破壊できるほどの力があるにしても、一度に全員は破壊できまい。
突撃したうちの一体がやられようと、三体も残っていれば、動けぬ相手を串刺しにするのには十分だ。
「いい連携ではありますが、詰めが甘いですねぇ」
アバンはそう評して、軽く溜息を吐いた。
(最初に突っ込んでくるのは……こいつか)
ワルキューレは一か所に集合して向かってきているとはいえ、互いにぶつかり合わないために間隔はやや開けてあり、タイミングも微妙にずれている。
アバンは最初に突っ込んでくるワルキューレを確認すると、軽く身をひねってそいつの突き出している槍を避けると同時に横から手で大きく押しのけるようにして、突撃の軌道を変えさせた。
その結果、少し遅れて突っ込んできた別の二体のワルキューレにぶつかるような形となり、三体がもつれあって地面に倒れる。
直後に到達した四体目のワルキューレはどうにか巻き込まれるのを避け、槍を突き出してきた。
しかし、一体だけではどうにもならない。
「連携のタイミングが雑です。敵が集団で突っ込んできたら焦って慌てふためく素人相手ならともかく、ある程度落ち着いて対応できる心得のある者には通じないでしょうね」
そう評しながら、そのワルキューレの槍の穂先が自分に届くより先に横から柄をつかんで突撃を止めた。
パワーならアバンの方が遥かに勝るため、押しても引いてもビクともしない。
アバンはつかんだ槍をそのままねじるようにして、ワルキューレの腕から奪い取ってしまう。
「ああっ!?」
うろたえるギーシュをよそに、そのままくるんと回して振り下ろすように一閃。
目の前のワルキューレを粘土のように縦真っ二つに両断した。
切り裂かれたワルキューレは、ぐしゃりと音を立てて崩れ落ちる。
「武器を持たせたのも、イマイチな判断ですねえ。このように、相手に奪われてしまうリスクがありますから」
アバンはそう言いながら、奪い取った槍をひゅひゅっと振るって自分の両足を絡めとっている触手を切り裂き、拘束から逃れた。
「持たせた方が多少は攻撃力が上がるでしょうが、そもそも拳自体が最初から金属なのですから。君自身に武器の扱いの心得がないのであれば、そこまで大きな差は出ないでしょう」
そう言いながら、もつれあって倒れ、どうにか起き上がろうとしているワルキューレの一体の首を一閃し、頭部を切断して破壊する。
慌てて立ち上がったもう一体も、武器を構える暇もなく胴を横薙ぎに両断され、動かなくなる。
残るワルキューレは、ギーシュの前にいる盾持ちも含めても、あと二体。
「も、戻れっ! 僕をガードしろ!」
ギーシュは悲鳴のような声を上げて、最後の一体を呼び戻した。
ワルキューレはさっと飛び退いて、主の元へ戻る。
あのバケモノ相手に一体で突っ込ませても、無駄に破壊されるだけなのは目に見えている。
残りが盾持ち一体だけになってしまったら、もう勝ち目はない。
(……い、生き残りの二体を連携させて。なんとかして奴を……)
必死に考えていたギーシュは、はっとして顔を上げた。
いつの間にか、アバンの姿が消えている。
「ど、どこだ!? どこに行った!」
「はいはい。私のことでしたら、こちらにおりますよ?」
いきなり自分の背後から声がして、ギーシュは慌てて振り向いた。
数メートルほど離れたところにアバンが立って、こちらににっとした笑みを向けている。
先ほどギーシュがワルキューレを呼び戻した際に、アバンは飛び退くゴーレムより速く大回りに周囲を移動し、彼の後ろに回り込んだのだ。
「わ、ワルキューレ!」
ギーシュは後ずさってアバンから離れながら、盾持ちの個体に自分を守らせ、槍持ちをアバンに向かわせるよう指示を出した。
だが、槍を持ったワルキューレはその指示に従う代わりに、ばきんと四つに割れて崩れ落ちる。
アバンはギーシュの背後に回り込んだ際に、ついでにそいつを斬り捨てていた。
「……な、な……!?」
ギーシュは愕然として、後ずさる足がもつれ、その場に転ぶようにへたり込んでしまう。
アバンの方は、特に変わりのないのんびりとした態度のままだ。
「おや。疲れたのなら、休憩しますか? その間に次の攻め手を考えておかれるのもいいですね。私もレクチャーの内容をもっと詰めて……」
「ま、待ってくれ!」
「……はい?」
「参った、降参する。僕の負けだ。負けを認める。ワルキューレはもう残ってない、この一体だけだ。これ以上は戦えない!」
その宣言に、周囲の観客たちがどよめいた。
キュルケは会心の笑みを浮かべた。
しかし、アバンはギーシュのその降伏宣言に対して、首をかしげた。
「えーと。それはつまり、『死ぬ覚悟ができた』と。そういうことでいいンですか?」
「……え?」
「さっき、あなたは言ってましたよ。『これは決闘だ、命のやり取りだ』と。つまり、負けを認めるということは殺されるのを受け入れるということになるかと思いますが?」
ギーシュの顔が凍り付き、みるみる青ざめていく。
彼は、この決闘をレクチャーとしか考えていないと言い、試合中に料理をするなど遊び半分としか思えなかった目の前の男なら、降参すればあっさり認めてくれるだろうと高をくくっていたのだ。
「き、君はさっき、レクチャーだと思ってやると言ったじゃないか!?」
「はい。しかし、あなたは『決闘をレクチャーとやらにすり替えるな』『なかったことにはできない』とゆーふうに言っていたと記憶しています。あなたが自分なりに真剣に言っていることはわかりましたので、私もそれを尊重しませんと」
アバンはそう言って、ぴっと指を立てる。
その顔からは笑みが消えて、軽いしかめ面になっていた。
「いけませんねぇ、ギーシュくん。自分を貴族だと自負する者は、己の言動に責任を持たなくてはいけません」
そう言って、すっと前に進み出る。
ギーシュは喉の奥で、ひっと悲鳴を上げた。
「く、来るなあっ!」
必死に杖を振る。
生き残りのワルキューレが盾を前に掲げたまま、アバンに突進していった。
もはや、体ごと食らいつかせることで彼を数秒でも足止めさせ、その隙に観客の輪の中に逃げ込むしかない。
だがもちろん、そんな苦し紛れが通用するはずもなかった。
「……ふーっ」
向かってくるワルキューレを見てひとつ深呼吸をするように溜息を吐いたアバンは、ぐっと拳を握り込み、突き出された盾を真正面から殴りつける。
彼の拳は青銅製の盾を打ち砕いて殴り抜き、そのままワルキューレの顔面に叩き込まれた。
ワルキューレの体は砕けながら吹っ飛び、背後で情けなく這いずるようにして逃げ出そうとしていた主人の目の前に落下する。
「ひぃっ!?」
「潔くないですよ、ギーシュくん」
そう言いながらとことこと彼の元に歩み寄るアバンは、そういえば昔、親友のロカがヨミカインの遺跡でこんなふうにバーサーカーの盾を殴り抜いたことがあったなあ、などと、懐かしく思い出していた。
アバンはギーシュの前に回り込むと、屈み込んで、涙と鼻水まみれになった彼の顔を覗き込む。
彼は別にそんな恐ろしげな顔をしてはいなかったが、その顔のまま犬の餌にするとか言い出すのではないかと、ギーシュは生きた心地もしなかった。
「君のゴーレムの攻撃は、途中からは明らかに私を殺そうとしていました。殺す気で攻撃した以上は逆に殺される覚悟も当然あるのでしょう?」
「たっ、助け――!」
「……君のような子供に、命のやり取りはまだ早い」
アバンは一つ溜息を吐くと、今にも貴族のプライドを投げ捨ててガタガタ震えて失禁しながら命乞いをしそうな有様のギーシュの頭をポンと叩いた。
「そんな子供を、私が殺すわけないじゃないですか」
そう言って、にかっとした笑顔を見せる。
「は、はっ……」
ギーシュは、安堵すると同時に体中の力が抜けて、へなへなと崩れ落ちた。
「安易に命のやり取りなどと言ってはいけません。命を懸けるに値する場というのは、もっと他にあるでしょう。よくお考えなさい」
そう言い聞かせて、彼の頭をぽんぽんと撫でてやる。
それから、さっきのワゴンのところへ戻って、オーブンの中の様子を確かめた。
「ふむ。ちょうどいい感じですね」
いい具合に焼けて甘い香りを漂わせている菓子を金型から取り出し、二つに分けるとそれぞれを丁寧に包んでラッピングする。
それらと余ったぶんの菓子を持って、まだへたり込んだままのギーシュのもとへ戻った。
「だいぶ魔法力も使ったことですし、疲れたでしょう。これでも食べて、元気をお出しなさい」
そう言って、余りの菓子を差し出す。
「こ、これは?」
「フィナンシェというものです。大変スイートでデリシャスな焼き菓子で、紅茶やコーヒーによく合いますよ」
そう言いながら、お茶の入った水筒も差し出してやった。
ギーシュはそれを受け取って、戸惑いながらも一口かじってみる。
「う、うまい」
アバンは満足げな笑みを浮かべると、さっきラッピングした包みを彼の前に置く。
それから、ひそひそ話をするような声の調子になって。
「……この中には、そのフィナンシェの詰め合わせが入ってます。お詫びの印にこれを持って、さっきのお二人、ケティさんとモンモランシーさんに謝りに行くといいでしょう」
ギーシュははっとして、その包みを見た。
それから、アバンの顔を。
彼はぴっと指を立てて、諭すように言い聞かせる。
「いいですか。その時には、決して言い訳がましいことを口にしてはいけません。一緒に遠出に行っただけだとかそーゆーことです。ただ頭を下げて、自分が悪かったということです。申し開きは見苦しいですし、女性の怒りの火に油を注ぐことになるだけですからね」
「わ、わかった」
「それから、もしあのお二人のどちらかが、君にとってのいわゆる『本命』なのでしたら、その旨を明らかにしておくことです。どちらにも。隠したままお二人と同時に付き合おうとするのは、不実と言わざるを得ません。正直にお話しして、そのうえでうまくいかないようでしたら、私もお口添えをしてみましょう」
それだけ言うと、アバンは立ち上がった。
それから周囲の観客たちに向けて、にかっとした笑みを見せる。
「皆さん、お集まりいただいて恐縮です。本日のレクチャーは、ここまでにいたしましょう」
観客たちはざわつき、顔を見合わせ、そして徐々に、悲鳴や歓声が上がり始めた。
「ギーシュが負けたぞ!」
「……いや。レクチャーとか言ってたし。レクチャーに勝ち負けはないんじゃ……」
「あたしの勝ちを踏み倒す気ね? さっきギーシュが、自分で参った、降参だって言ってたでしょうに!」
「ちくしょう、今月の小遣いが! ギーシュのクソ野郎!」
「胴元、勝ち金を。五倍以上にはなるはず」
そんな周囲の喧騒の中、アバンはぐっと伸びをすると、駆け寄ってくるルイズやシエスタに困ったように笑って謝ったり、彼女らに叩かれたりしがみつかれたりしながら、ワゴンを押して中庭から立ち去ろうとする。
「ま、待ってくれ」
ようやく立ち上がったギーシュが、そんなアバンを呼び止めた。
「はい。なにかまだ、アドバイスが必要ですかね?」
「いや……。君は、いや、あなたは、一体何者なんだ?」
アバンはにかっと笑って、名刺を差し出す。
「はい。私はアバンと申すもので、勇者の家庭教師業と、昨日からはルイズの使い魔もやっております。今後ともヨロシクお願いしますね」