ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
学院長室では、オスマンとコルベールが「遠見の鏡」を使って、アバンとギーシュとの決闘、ないしはレクチャーの一部始終を眺めていた。
少し前、コルベールが学院長室を訪れ、広場で決闘が行われているという報告をしたのだ。
生徒らに邪魔されて止められないので『眠りの鐘』を使いたいという教師がいるが許可を出してよいか、という彼の話を聞いたオスマンは、現地の状況を見て判断すると返事を保留し、遠見の鏡に広場の様子を映し出したのである。
アバンがレクチャーの終了を宣言したあたりで、オスマンがぽつりと呟いた。
「……うむ。あのアバンという青年、ただものではないな」
「そうですね……」
「所詮はドット・クラスの学生とはいえ、メイジを魔法も使わずに、大人が取っ組み合いを挑む幼児をあしらうように負かすとはのう。一流の
「そうだとしたら、控えめに言っても超一流の、というべきですな」
オスマンはそれを聞いて片眉を上げ、いつもの昼行燈な彼とは違う目をしてじっと鏡を見つめているコルベールの方に顔を向ける。
「ラインやトライアングルの優秀な生徒であれば、少しは勝負になると思うかね?」
「いいえ、全く」
コルベールは、考える様子もなく即答した。
「メイジのランクの高低は問題ではないのです。ギーシュがゴーレムを戻らせる一瞬の隙に背後を取った、彼のあの動きが見えましたか。トライアングルであろうとスクウェアであろうと同じことです。戦闘用の高速詠唱の心得もない学生メイジなど、彼が本気で殺しにかかれば呪文を放つ前に斬り捨てられてしまうでしょう。一瞬では詰められないだけの距離を取って呪文を放ったとしても、そんな遠間からでは彼を捉えられますまい」
「では、君が戦ったとしたらどうなるかね。『炎蛇』よ」
オスマンにそう問われたコルベールは、少し顔をしかめてかぶりを振る。
「……わかりかねますな。今回の決闘で見せたものが彼のすべてなら、勝てなくはないでしょう。しかし、それはありえない。彼は間違いなく手の内の十分の一も見せてはいないはず。あんな決闘もどきから真の実力を推し量ることはできないので、確証はもてません」
彼はそう言って鏡面から目を離すと、オスマンの方を向いた。
「ただ。私にはそもそも、彼がメイジ殺しの類だとは思えませんが」
「ほう。その根拠は?」
「青銅製のゴーレムを同一素材の槍で無造作に両断した、彼のあの技巧です。あれほどの腕になるには相当な修練を要したはずで、強い動機なくしてできることではありませんが、なんのためにそこまで? メイジを、すなわち生身の人間を殺すだけなら、ただ懐に潜り込めさえすればいい。あれほどまでの威力は不要でしょう」
「彼の技は人間を相手にするためのものではない、ということか?」
「そうです。彼のあの膂力、あの技巧ならば、彼が斬り捨てたような金属製のゴーレム、あるいはミノタウロスやマンティコア、巨人族のような、本来ならば魔法を用いて戦うべき相手を、武器のみで倒すことも可能でしょう。同じ人間を殺すことではなく、何かより強大な相手と戦うことを想定して磨き上げた武技。そうだと思えます」
「なるほどのう……。つまり、彼はメイジ殺しではなく、
「あくまでも現時点での、ただの推測ですが。もしかしたら、あの御伽噺にある勇者イーヴァルディのような、
コルベールはそう言うと、わずかに微笑みを浮かべた。
「いずれにせよ、彼が危険な人物ではなくてよかったですよ」
「ふむ、確かに。その通りじゃな」
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決闘の後、アバンはルイズからの質問責めにあった。
「あんた、一体何者なの?」
「どういう意図で聞いているのかよくわかりませんが、昨日説明した通りですよ。家庭教師業兼、あなたの使い魔ですが」
「どこの家庭教師が青銅のゴーレムをあんな遠くまで投げ飛ばしたり、殴り倒したりできるのよ。あれは何なの、魔法?」
「いえ、普通に投げたり殴ったりしただけです。鍛えれば、あのくらいはできるようになりますよ?」
「嘘おっしゃい! あんなの、どんな大男にだってできっこないわよ!」
「デキッコナイスと言われましても、実際にできるんだからしょーがありません」
午後の授業に向かうべく一緒に歩きながら、そんなふうなやり取りをする。
そうしながら、アバンは内心、どうもこの世界の人間にはあまりしっかりと体を鍛えている者がいないようだと考えていた。
ルイズは、アバンのような身体能力はどんな人間でも絶対に無理だという認識のようだし。
平民がメイジに勝てないとかいう話からして、先ほど戦ったギーシュに魔法なしで戦って勝てる程度のレベルの戦士でさえ、こちらにはほとんどいないのだろう。
(魔法が重視されているために、武技などは発達しなかったのですかねえ。まあ、そんなに体を鍛える必要がないというのは、平和な証拠でしょうが……)
そんなふうにいろいろと考えながら歩いていると、周囲の生徒たちが視線を向けてくる。
単純な好奇の目もあれば、同じ貴族学生を負かしたのが気に入らないのか、敵意のこもったようなものもある。
畏怖しているようなものもあれば、何やら熱っぽい感情が籠っているようなのもあった。
先ほどの一戦は、なんであれ彼らの印象に強く残りはしたらしい。
「……まあ、私の詳しい来歴をお聞きになりたいということでしたら、午後の授業がすべて終わった後に、食堂へ行く前にでも時間をとってお話ししますが。既にご説明した通りですので、あまり期待はされないで下さいよ?」
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「いやー。今日一日、参考になる授業ばかりでした!」
午後の授業をルイズの横で誰よりも熱心に聞いて充実した時間を過ごしたアバンは、本日最後の授業が終わると満足げにそう言って、ぐっと伸びをした。
生徒らは友人たちと雑談しながら、ぞろぞろと教室から出ていく。
「ディナーはなんですかねえ。よく学び、よく食べるのは大事です。お食事に行きましょうかっ」
「その前に、あんたの話が先でしょ?」
「ああ。そういうお約束でしたね、すみません」
アバンは軽く肩をすくめて苦笑すると、椅子に腰を戻し、口元に手を当てて考え込む。
「はてさて。とはいえ、どこからお話ししたものですかねえ?」
「全部話しなさい。隠し事はなしよ」
「いやいや、別に隠す気はないんですがね。私のこれまでの人生のすべてをお話しするというのは無理がありますから、内容を取捨選択しませんと……」
そう言いながら、首を巡らし、後ろの方の席へ視線を送った。
「あなたもご興味がおありでしたら、そんな遠くで聞き耳を立てなくても、こちらへきて聞いていってください。別に私、知られて困るというようなことはありませんですから、ハイ」
視線の先にいたのは、タバサである。
彼女が親友のキュルケが取り巻きたちと一緒に先に食堂へ行ったのを見送り、教室に居残って本を広げて読んでいるふりをしながらこちらに聞き耳を立てていることに、アバンはとうに気が付いていた。
放課後に自分の来歴についてルイズに話すという約束を知っていたらしいことからすると、ギーシュとの一件の後からずっと、こちらに注意を払っていたようだ。
それがなぜなのかまでは知らないが。
「…………」
しかし、タバサは動かない。
バレていたのが恥ずかしいのか、悔しいのか。
あるいは、興味を持っているということを認めたくないのか。
本に視線を落とし、呼びかけを無視している。
アバンはそんな彼女の様子を見て首をかしげると、にっと笑った。
「そうですか。せっかくですので、先ほど焼いたフィナンシェの残りでもつまんでいただきながらお話を、と思いましたが。よく考えるともうすぐ夕食ですし、間食は控えた方がいいですね。ではこれは、しまい直して」
「もらう」
タバサはそう即答して、こちらにやってきた。
本を開いてそこに視線を落としたまま、だが。
あくまでもお菓子がほしいだけで話に興味を持っていたわけじゃない、という態を保ちたいのかもしれない。
みえっぱりなのか、まけずぎらいなのか、それとも他に何か理由があるのか。
「そうですか。本日中に食べきりたかったので、ありがたいです」
なんにせよ、アバンはにこやかにルイズとタバサの前に紙をしき、取り出したフィナンシェを並べていく。
「お菓子とかはいいから。早く話しなさいよ」
ルイズがそう急かした。
ほんの少し、さっきよりも苛立っているように見える。
聞きたくてうずうずしているのにおあずけを食わされているせいか、それともタバサが一緒に聞くのが何となく気に入らないのか。
タバサは素知らぬ顔で、さっそくもきゅもきゅとフィナンシェを咀嚼している。
「これは失礼を。では、夕食の時間もありますし、手早くお話ししましょう。家庭教師という職業に至るまでの、私の来歴に関しまして、もう少し補足する形で」
アバンはコホンと咳ばらいをすると、話を始めた。
学者の家系に生まれ、子供時代から有能な執事の指導や独学によって、剣や魔法の腕を磨いていたこと。
十代前半の頃に、森でさる高貴な身分の女性を助け、彼女の推薦によって母国カールの騎士団に加わったこと。
その数年後に王城を襲撃してきた魔族と対峙し、彼を打ち倒せるだけの力を求めて、友人と共に武者修行の旅に出たこと……。
「魔族というのは?」
タバサが挟んだ疑問に、アバンは人間に似た姿だがより強い魔力や肉体を持つ強大な異種族で、普段は人間とは異なる領域に住んでいるが、時折人間の領域に魔物を率いた侵略を行ってくる者がいる、と説明した。
「つまり、エルフや吸血鬼みたいな強い亜人の一種ってこと? 魔物っていうのは幻獣とか低級な亜人とかのことかしら。マンティコアとか、コボルドやオーク鬼とか?」
「私はまだこちらの生態系や生物の呼び名について詳しくないので、なんとも言えませんが。そうなのかもしれませんね」
ちなみに、アバンのいた世界においては
しかし、この世界でも同じ名前が同じ種族を指すとは限らないだろう。
アバンはさらに、その旅では多くの出会いと機会に恵まれ、最終的にそれらの人々の多大な協力の下で件の魔族をひとまずは撃退できた、ということを話した。
「それが、今から十数年ほど前のことになりますか。そういった経験から得たものを伝えて次代を担う若者を育成することで、微力ながら後世に貢献できればと思いまして、今では勇者の家庭教師業をやっております」
そう言って、話を締めくくる。
「私にある程度戦いの心得がある理由は、概ねそんなところですかね。家庭教師と言っても、もちろんお勉強なども教えますが、武芸や魔法の鍛錬といった面にも重点を置いているわけです」
「それだけのことで、青銅でできたゴーレムを叩きのめしたり、ドットとはいえメイジに勝ったりできるほど強くなる、っていうの?」
ルイズは明らかに半信半疑で、胡散臭いものを見るような目をしている。
「信じられないのでしたら、あなたも少し鍛えてみますか? 私が無理のない練習メニューを組みますよ。まずはイージーコースから、ですかね」
「結構よ。わたしは立派なメイジになりたいんであって、馬鹿力の戦士になりたいわけじゃないわ」
「それは視野の狭い意見というものですよ、ルイズ」
アバンはぴっと指を立てて、諭すように言った。
「私は何も、あなたを怪力の戦士に育てようというわけじゃありません。明らかにそれはあなたに向いていませんから。そうではなく、魔法使いと言えどもある程度の体力は必要なのです」
「メイジなら、まず第一に魔法ができなきゃ話にならないでしょ。体力づくりなんて魔法ができてからの話だわ」
「いえいえ。重い剣を振ることが体に負担になるように、魔法も使えば体に反動、負荷がかかります。普通の魔法使いでは扱うことが難しい、体力を要する魔法というものも、少なくとも私の故郷には存在します。厳しい訓練に耐えることで、体だけでなく精神力も鍛えられ、結果的に魔法の威力も向上します」
すらすらと言葉を連ねていく。
「よって、双方の訓練は並行して進められるべきものです。片方を後回しにしようとすると、結果的にもう片方も伸び悩んでしまい、いつまで経っても先に進めない、ということにもなりかねません」
「……むむ……」
ルイズは渋い顔になって少し考えたが、結局、首を横に振る。
「あんたの言うことは分かったけど、わたしは学院の授業を受けてるわけだから、そんな訓練の時間はとれないと思うわ。学院の授業でも、少しは運動の単元も組まれてるし。それに、わたしは乗馬も好きだから、ぜんぜん体を鍛えてないってわけじゃないのよ」
「そうですか……、残念ですねぇ」
アバンは苦笑しつつも頷いた。
まあ、本人が乗り気でないのなら、強要するわけにもいかないだろう。
その時、じっと話を聞いていたタバサが、ぽつりと呟いた。
「……レクチャーを」
「はい?」
アバンが彼女の方を見ると、彼女もアバンの目をじっと見つめ返す。
「わたしも、レクチャーを希望したい」
「おや。体験をご希望ですか?」
タバサは頷いた。
予想外の話の流れに、ルイズが目を丸くする。
「あなたの訓練を受けるかどうかを、それから判断したい」