ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
「……まさか、あの子が負けるなんてねえ……」
決闘の顛末を見届けたキュルケが、少しぼうっとしたような声でそう呟いた。
それにしても、さっきのあれは何だったのだろうか。
まるでタバサの放った風を、剣で斬ったように見えたが。
「そ、そこまで!」
同じく目を丸くしていたルイズだったが、いちおう立ち会いの身なのを思い出して、そう宣言する。
まさか正面から対決してアバンの側が勝つなんて、思ってもみなかった。
もちろん『ジャベリン』とか『ライトニング』とか、そういった殺傷力の高い攻撃呪文の使用を避けたからで、完全な真剣勝負ではなかったからだとは思うが、それにしても。
「どうでしたかねえ。なにか、あなたの参考になることがあったならいいんですが」
アバンはにこやかにそう言いながら、あらかじめ用意しておいた疲労回復効果のある飴と、冷たい紅茶の入った水筒を差し出した。
タバサはそれを受け取りながら、彼の顔をじっと見上げる。
「あれは何」
「あれ、というと?」
「さっき、わたしの風を切った」
勝負が終わったので二人に近付いてきていたキュルケとルイズも、口々に質問した。
「そうね、あれは何だったのかしら。その剣が、そういう効果のあるマジックアイテムだとか?」
「何か魔法を使ったのよね。その剣が、あんたの杖なの?」
アバンはちょっと首をかしげる。
「いえ。あれはただ単に、手にした武器を素早く振ることで剣圧を発生させ、それで向かってくる風圧に対抗して切り退けただけです。別に魔法でも、マジックアイテムでもありません」
そう説明したものの、彼女らはなかなか納得しなかった。
「魔法も使わずに、剣だけでそんなことができるわけないでしょうが。正直に言いなさいよ」
「そうねえ、あなたの力がすごいのはわかるけど。巨人やミノタウロスだってそんなことはできないでしょうし、ちょっと信じがたいわね」
「……」
タバサはもらった飴玉を食べながら、彼の方をじっと見つめている。
そんな彼女らの反応に、アバンは苦笑いした。
「いやいや、私は正直に言ってますよ? ああいう技は、力だけの問題ではないンですよねぇ……」
「……もう一度、見せてほしい」
紅茶を口に運びながらそう言うタバサに、アバンは快く頷いた。
確かに、武技に関しては素人な少女たちに言葉だけで説明して納得してもらうのは難しそうだし。
実演して見せるのが一番かもしれない。
「そうですねぇ、百聞は一見に如かずとも言いますし。……では、ちょっとお待ちを」
少し考えると剣を外して地面に置き、代わりにそこらに落ちていた木の枝を拾い上げる。
「試しに、これでやってみましょう」
彼はそれを持って、キュルケの方を向いた。
「キュルケさん。あなたは『火』の使い手なンですよね?」
「え? ……ええ、そうだけど」
「それでは、お手数ですが私に向けて、何か簡単な『火』の呪文を飛ばしてみてくださいませんか。『ファイヤーボール』とかを」
本で名前は知っているが実際に見たことはまだない呪文なので、自分にとっても勉強になる。
キュルケはそれを聞いて、ぎょっとしたような顔になった。
ルイズも同じだ。
「えーと、……冗談を言ってるわけじゃないわよね?」
「はい、モチロンです」
「やめときなさいよ。何をする気か知らないけど、風とは違うのよ。失敗したら火傷するわ!」
「火傷じゃ、すまないかもしれないけど」
「そうなったとしても、お恨みはしません。私の言い出したことですからね」
平然とそう言うアバンに、キュルケは目を細めて微笑んだ。
「……面白いわね。やってみようじゃないの」
「ちょ、ちょっと、キュルケ!?」
「下がってなさい、ルイズ」
キュルケは胸の谷間から杖を引き抜いた。
彼女の炎のような赤毛が、まるで熱風になびくようにふわりとざわめく。
短く呪文を唱え、杖を突き出すと、その先端からメロンほどの大きさの火球が生じて、アバンに襲い掛かった。
常人でも致命傷にならない程度には加減しているが、当たれば決して軽くない火傷を負うだろう。
だが、アバンは避ける素振りも見せない。
「ほいっと」
目の前六、七十センチほどの距離に迫ったところで、無造作に、しかし目にも止まらないような速さで木の枝を振り上げ、火球を薙ぐ。
火球は真っ二つに両断され、火勢と勢いを大きく減じながらアバンの体をそれて後逸すると、地面にふらふらと落ちるように着弾して消滅した。
その様子を目の当たりにしたルイズ、キュルケが目を丸くする。
タバサも少し目を輝かせながら、食い入るように見つめていた。
「ご覧のように落ちていた木の枝でもできるので、武器の問題ではないわけです。マジックアイテムとかメイジの杖とかでもありません。主として技術の問題ですね」
「……そうみたいね。本当に魔法やマジックアイテムじゃないんだってことは、わかったわ」
キュルケが頷いて、アバンの方を探るように見る。
「それで、あなたは何者なのかしら? あたしの『火』を、ただの枝一本で防ぐだなんて!」
「何者かと言われましても、アバンですとしか言いようがありませんが……。今は勇者の家庭教師、兼、ルイズの使い魔をやっている者ですね」
アバンはそう解説しながらも、ちょっと反応が大げさすぎるのではないかと思った。
どっかのデカいワニ獣人なら息だけでも吹き消せそうな程度の火球を木の枝で迎撃したくらいのことで、過剰に驚かれても困るのだが。
別にアバン流の『海』の技を修めた者でなくても、あの程度は少し気の利いた剣士なら武器で打ち払って防げるだろうに。
どうやらこの世界では、魔法は大きく発展しているものの、武術のほうは本当にさっぱりらしい。
「『勇者の』家庭教師って?」
キュルケが聞きとがめる。
アバンはにかっとした笑みを浮かべると、眼鏡をかけ直した。
レンズが光を反射して、キラッと輝く。
「そう、正義を守り悪を砕く平和の使徒! 勇者、戦士、魔法使い、僧侶、賢者……。様々な職業を志す若者たちを一人前に育て上げ、世に送り出すことこそ私の使命なのです!」
「は、はあ?」
キュルケは、突然そんなことを言い出したアバンにぽかんとしている。
「……また、そんなことを言って……」
ルイズは呆れたようにそう呟いたものの、その言葉には今や、それが大言壮語だとは断定できないという響きがあった。
確かにこいつは、よくわからないところも多いけどすごい。
もしかしたら、まんざら大げさなことを言っているわけでもないのかもしれない、とも思えてくる。
風竜や火竜ほどではないにしても強いし、変わり者ではあるけれど、多芸で有能だし……。
そんなふうに考えを巡らせているルイズをよそに、タバサはアバンと向かい合う。
少し目を伏せて考えてから、口を開いた。
「……さっきの技」
「はい?」
「あなたは、あれは技術の問題だと言った」
「ええ。そうですが……」
「なら、わたしにも覚えられるはず」
そう言って、アバンの顔を見上げる。
相変わらずの無表情だが、その目は少しきらきらしているように見えた。
「おや。入学をご希望ですか?」
「できるのなら、訓練をお願いしたい。あの技に限らず、いろいろ」
アバンは朗らかな笑みを浮かべて、頷いた。
「もちろん! やる気のある若者はいつでも大歓迎です。ただ、私は系統魔法についてはまだ全く詳しくないので、そう言った方面の指導は、今のところ難しいかと思いますが」
「魔法は勉強も訓練も自分でできる。あなたには、戦い方を教わりたい」
タバサの戦闘技術は主として最初に自分を助けてくれたある狩人から教わったものと、あとは本を参考にしての独学、そして実戦を通して得たもの。
専門的な戦闘技能者から指導を受けた経験はない。
そのうえ、現在では資産も後ろ盾も乏しく、そのような指導を頼むこともままならない身である。
彼のような達人から教えてもらえる機会は、非常に貴重なものだ。
「なるほど……」
アバンは少し考えて、ルイズの方を見る。
「お聞きの通りです。しばらく、タバサさんのご指導をお引き受けしてもよろしいですかね? 無論、使い魔としてのお仕事には、差し障りのないようにいたしますンで……」
そう言って頭を下げると、タバサも彼の横に進み出て、それに倣った。
「わたしからも、お願いする」
ルイズは困ったような顔になる。
「えっと、……それは、まあ。約束した仕事さえちゃんとしてくれるなら、わたしが禁止するようなことじゃないけど……」
いい淀んで、アバンの方を見た。
「……でも。そんなに何でも引き受けちゃって、あんたは本当にいいの? 前に言ってたけど、お弟子さんを探すとか、帰る方法を見つけるとか、他にもやることがたくさんあるんじゃないの?」
「おや、私の心配をしてくれるんですか? あなたは本当に優しい子ですね」
「そ、そんなんじゃないけどっ。……使い魔の希望を大事にするのは、メイジとして当たり前のことでしょ!」
ルイズは軽く頬を赤らめながら、言い訳がましくそう答える。
「……あなたにかける迷惑の埋め合わせに、授業料を払う」
そんなやり取りの様子をじっと見ていたタバサが、口を開いた。
「ふさわしいと思う額を、言ってほしい」
お金で埋め合わせられることなのかはわからないが、他に自分ができることもあるまい。
正直、持ち合わせは乏しいので、彼ほどの達人に時間を割いてもらう見返りとして妥当な額が払えるかはわからないが。
先の戦いぶり、そして今の技を見た後では、たとえ借金をしてでも指導は受けたい。
そんな彼女に、アバンはにっこりと笑いかけた。
「ありがとうございます。ですが、お金については心配しなくても大丈夫です。私は元より、家出してきた無一文の子とかでも指導はしてきましたンで」
そう言って、指をぴっと立てる。
「それよりも、あなたは博識な方とお見受けしますし。私はこのあたりのことに不慣れなンで、わからないことがあれば質問しますから、その都度答えたり教えたりしていただくということでどうでしょうか? つまり、お互いに教え合うという形ですね」
そう言われて、タバサは少し戸惑った。
「……そんなことで、いいの?」
「そんなこと『で』いいのではありません、そんなこと『が』いいんじゃないですか」
アバンは、ちっちっと指を振る。
「信頼できる相談役がいるというのは、大変にありがたいことですよ? お金には代えられません」
「……ルイズもいるはず」
「もちろんです。ルイズは信頼できる人です。しかし、ルイズとあなたとでは得意分野も違うでしょうし、一人でなく複数の人に意見を伺える方が、より一層いいに決まっています」
そう言って、ねえ? というように、ルイズの方を見た。
彼女は気恥ずかしそうに視線を逸らす。
タバサはそんな様子を、じっと見つめていたが。
「……わかった。あなたがいいのなら、それでお願いしたい」
ややあってそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
アバンはにかっと笑って、頭を下げ返す。
「いいンですか、ありがとうございます。それでは、今後ともヨロシクお願いしますね?」
「感謝する」
「それは、お互い様ですよ」
そう言って、事の成り行きを眺めていたルイズとキュルケの方にも顔を向け、にっと笑みを浮かべた。
「もし、あなたたちも受けたいのでしたら、私は何名でも歓迎しますが」
キュルケは苦笑して、首を横に振った。
「興味はあるけど。さっきみたいなのを見せられた後じゃあ、正直言ってあたしはあなたの訓練についていけそうな気がしないわね」
「大丈夫です、無理のないコースを組みますので。幼児でもできるベリーイージーコースというのも、ご用意しておりますよ?」
別に、ヒュンケルやマァムのような子に限らず。
「うーん……」
キュルケはちょっと悩んだが。
タバサと違って、彼女には今のところそんなに強くなりたいという願望はない。
強いに越したことはないが、毎日辛い訓練に精を出して体を鍛えてまで、というほどではないのだ。
「……とりあえず、タバサの訓練の様子を見て、それから考えてみるわ」
「そうですか。ぜひ、前向きにご検討ください。ルイズは?」
ルイズも少し迷ったものの、理由は前に言った通りなので、とりあえず見合わせると答えた。
もし、キュルケが訓練すると言っていたなら、彼女への対抗心もあって自分も受けると言い出したかもしれないが。
「ふむ。まあ、慎重に検討されるのもいいと思います」
アバンはそう言って頷くと、タバサの方に向き直った。
「では、今夜はこのあたりで。あなたの訓練の方針は、そうですね、明日の放課後にお話ししましょう。それまでには考えておきますので」
「お願いする」
タバサはそう言って丁重に頭を下げると、学院へ戻るため、シルフィードを呼んだ。
そうして、アバンのハルケギニア滞在三日目は過ぎていった。