ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
アバンがタバサの今後の訓練方針を決めた、その翌朝。
タバサは昨日と同じ、学院の外縁部に来ていた。
その手には大事な杖と一緒に、昨夜アバンからもらったトレーニングメニューの書かれたノートを携えている。
普段の彼女なら、虚無の曜日は「任務」が入ってでもいない限り、寮の自室で日がな一日読書に没頭しているのだが。
毎日トレーニングをすると約束した以上は、今日からはそうはいかない。
昼前にはトリスタニアへ武器を買いに出かける予定になっているので、朝のうちにやっておかなくては。
タバサはノートを開いて、内容を確認していった。
『筋トレ。武器を振る腕だけ鍛えればいいというものではありません。足捌きや体幹など、様々な要素がありますので、全身を鍛えることが肝要です。最初から大きな負荷は厳禁、筋肉を傷めます。物足りなくなってきたら負荷を大きくしていきますが、一気に増やさず少しずつにすること!』
『走り込み。持久力を鍛えましょう。最初は無理のない長さで。少しずつ距離を長くしていきますが、決して無理をし過ぎないこと。こまめな水分補給は必須です。塩漬けのナッツや乾し果物、飴などの塩分・糖分を補給できる軽食を、休憩中に摂取するのが疲れた体にはベターです』
『見守り。運動のし過ぎで倒れるなどの万が一の事態が起きた時に救護してもらえる相手を用意すること。あなたの使い魔のシルフィードさんが適役かと思いますが、人選はお任せします』
『その他。不明点があったり、体に異変を感じたりした場合には、直ちに私にお声がけくださいませ』
図解やデフォルメイラスト、書き込みなどが満載で、何ページにも亘って詳しく書かれている。
作るのには、それなりの時間がかかったに違いない。
「…………」
タバサは心が温かくなったような気がして、ほんの僅かに口元を綻ばせた。
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そろそろ昼前というころになったので、タバサは訓練を切り上げると、待ち合わせ場所の中庭に向かう。
他のメンバーは既に、そこに集まっていた。
「おはようございます。どうやら、さっそく訓練を始められたようですね」
アバンはタバサの姿を見ると、にかっと笑ってそう言った。
彼女もいちおう、訓練後は汗などを拭いて身だしなみを整え直したのだが、彼にはお見通しらしい。
とはいえ、別に隠すことでもないので首肯する。
「初日はきつかったでしょう。まだ慣れていないことですからね」
「大丈夫」
タバサはいつもと変わらぬ無表情でそう答えた。
だが、その呼吸はまだ少し乱れており、動きにも疲労の跡が見える。
「無理のない運動から初めて下さい。翌日に疲労を残すような鍛え方ではいけませんよ、次の日の訓練に差し障りますからね」
スペシャルハードコースでは初日から一抱えほどもある岩をいくつも括り付けての走り込みをさせたりするが、それはダイには最初からそれができるだけの身体能力があったからで、それぞれの生徒に合うやり方というものがある。
アバンはにっこりと笑うと、持参していたバスケットを彼女に差し出した。
「この中には疲労回復効果のある飴や、塩分補給用の塩漬け肉その他の保存性のいい軽食類がたっぷり入ってますので。練習の後にご自由に食べられてください。これから王都までの道中で、試食がてらつまむのもいいですね」
虚勢を張っていても、食い意地には勝てない。
「……ありがとう」
タバサはぽつりと礼を言うと、バスケットの中からベーコンと乾しパンをつまみだし、セットにして食べた。
アバンの差し出してきた水筒に入った、よく冷えた薬草茶も飲んだ。
塩気のある食事も冷たい茶も、疲れた体によく沁みた。
その様子を興味深そうに見ていたキュルケは、にやっと笑ってルイズを小突く。
「よくできた使い魔ねえ。まるで、世話女房みたい」
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どう話が流れたものか赤い顔をしてぎゃあぎゃあ騒ぎだしたルイズと、彼女をからかってその騒ぎを助長するキュルケとを半強制的にシルフィードに乗せて、一行は王都に向けて出発した。
さすがに幼生とはいえ風竜なだけあって、速い。
しかも道筋や地形の制約を受けないので、最短距離で目的地に向かうことができる。
魔法学院から王都までは馬で二時間ほどの距離らしいが、これなら一時間と経たずに到着することだろう。
「いつ見ても、あなたのシルフィードは惚れ惚れするわねぇ……」
キュルケは親友の使い魔の背で、地上から数百メイルも上空の涼しい風を受けて、快さそうに溜息を吐いた。
「サラマンダーより、ずっと速い!」
……無論、当たり前のことである。
地上を四足で這うサラマンダーと、空を翔ける風竜とでは、速さは比較になどなるわけがない。
そんなことはキュルケも当然わかっているが、なぜか言いたくなったんだから仕方がないのだ。
「快適ですねぇ~」
眼下の景色などを物珍しげに眺めながら、アバンは独り言ちる。
このように長距離をドラゴンに乗って飛ぶような経験は、彼もまだなかった。
ドラゴンそのものになって飛んだ経験ならあるが。
「……あなたは、どんな武器がいいと思う?」
タバサがアバンの方を見て、そう尋ねてきた。
「今の段階では、何とも言いかねます。実際にどんな武器があるかを見て、あなたの体に合うかや、あなた自身の希望を考慮して決めていくことになるでしょう。実物を見る前から『こういうものにしよう』と決めてかかるのは危険です。自分の命を預けるものなのですから、慎重に選びましょう」
「わかった」
そう言ってこくりと頷くと、彼女は本に視線を落とす。
「……ああ。そういえば、なんですが」
アバンはそこで、ふと思い出したように、ルイズに話を振った。
「王都には、持ち込んだ品に『固定化』という呪文をかけてもらえるようなサービスを提供しているところはあるのですかね?」
急にそんなことを聞かれた彼女は、きょとんとする。
「そりゃあ、あるわよ。貴族くずれのメイジが営業してるお店とかでね」
物質を酸化や腐敗をはじめとするあらゆる化学反応から保護し、そのままの姿を永遠に保たせ続ける『固定化』の魔法は有益であり、かつ土系統の初歩の呪文で大抵のメイジが使えるので、それを提供する商売をしている者も当然いる。
日常的に使う刃物とか、金属製の家具なんかを錆びないようにできるので、魔法を使えない平民にとっては便利な店だ。
とはいえ、店売りされているその手の品は、安物でない限り普通は最初から固定化がかかっているので、そんなに頻繁に利用されているわけでもなく、メイジの商売としてはごく細々としたものだが。
「いやぁ、便利なものですねぇ……」
アバンはうんうんと頷いて、しきりに感心する。
魔法によるサービスがそんなにも社会に浸透していて日常的に利用できるとは、実際すごいものだ。
彼の故郷の方では、魔法によるサービスといったらせいぜい非常時に教会などで受けられる
「なんでまた、急にそんなことを聞くのよ。なにか固定化をかけたいものでもあるの?」
「ええ、まあ。念のため、手持ちの武器などにかけておいていただこうかと……」
初日のシュヴルーズの授業、および図書館で読んだ魔法書からこの呪文の存在を知ったアバンは、そうなると、こちらでメイジとの戦闘になった場合には、武器を錆びさせられたり分解されたりする危険があると考えた。
まあ、今の手持ちの武器はかなり特殊で優れたものなので、そう簡単に分解されたりはしないとは思うのだが。
そうはいっても自分たちの世界においては未知の魔法であるから、それを想定して鍛えられているわけではないので、万が一ということもありうる。
念のためかけておくにこしたことはないと考え、ひとまず『土』のメイジであるギーシュに事情を伝えて、対価は払うので固定化を施してもらえないかと頼んでみたのだが。
『そこまで心配は要らないと思うよ。黄金の「錬金」がスクウェア・クラスのメイジにしかできないように、素材によって変成させやすいものとさせにくいものとがある。武器に使われるような鋼鉄とかはかなり変化させにくいんだ。この僕が青銅製のゴーレムを使っているのも、それが理由さ』
逆に言えば、戦闘中に相手の武器を分解できるようなメイジはかなりの腕利きで、まず間違いなくギーシュより上のクラスのメイジだろう。
そういった相手による錬金は、ギーシュのようなより力の劣るメイジの固定化では防ぐことができない。
『だから、僕の固定化をあなたの武器にかけても、ほとんど意味がないと思うよ。自然に錆びるのを防ぐくらいはできるけどね』
そう教えられたので、アバンはギーシュに感謝して、その場を辞した。
「……と、いうことがありましてね」
彼の話を聞いたルイズは、呆れたような顔をする。
「あんた、腕が立つのに、固定化もかけられてないような安物を使ってるの?」
「決してなまくらなどではないんですがねえ。私の故郷にはそもそも、その固定化に相当するような魔法がないンですよ」
「ふぅん……」
ルイズは、やや胡散臭そうに、アバンの腰にある剣を見た。
「話は分かったけど、そういうことならたぶん、王都で頼んでもギーシュに頼むのと大差ないと思うわよ。市井で平民にサービスの提供をしてるメイジなんて、大した腕じゃないことがほとんどなんだから」
「おや、そうですか。そうなると、学院でシュヴルーズさんかどなたかにお願いしてみるしかないですかねえ」
そこに、キュルケが口を挟む。
「それよりも、剣を買い換えた方がいいんじゃないの? 名のある錬金魔術師が作ったのを買えば、スクウェア・クラスの固定化がかかった剣が手に入るわよ」
なまくらじゃないなどと言っても、固定化もないような田舎で作られたものではたかが知れているだろうし。
平民が使うような武器のことには詳しくないが、高価な武器ならそれを製作したメイジ自身が、仕上げの段階で固定化をかけているはずだ。
「タバサがお世話になってることだし。剣の一本ぐらい、あたしが買ってあげましょうか?」
彼女がそう申し出るのを聞いて、タバサが顔を上げる。
「買うのなら、……わたしもいくらか出す」
彼に借りがある以上、本当は全額出すと言いたかったのだが、手持ちにあまり余裕がないからそうもいかないのだった。
剣などの平民用の武器は、物にもよるが概してかなり高価だということを、彼女は知っている。
「二人とも、出しゃばらないでよ。アバンは私の使い魔なんだから、必要なものは主人が買い与えるに決まってるでしょうが」
ルイズがむすっとしてそう言った。
アバンは困ったように笑って、頭を掻く。
「いやいや……、皆さんのお申し出は大変にありがたいのですが、この剣は大事なものなので。新しい武器を買うかはお店を見てみなくてはわかりませんが、完全に手放そうという気はないんですよ」
実はこの剣は、愛弟子であるポップの父、ジャンクが作ってくれたものなのだ。
大魔王との戦いが終わった後、長い間息子を借りていたお詫びをと挨拶に立ち寄った際に逆に感謝されて、礼として激戦の中で失った剣の代わりをぜひ作らせてもらいたいと言われ、いただいたものである。
彼は今でこそランカークス村の武器屋の店主だが、かつてはベンガーナ王宮随一の鍛冶師だったこともある男であり、その腕前は魔界の名工ロン・ベルクも一世一代の傑作であろう「ダイの剣」を作る際の助手を務めさせたというほどに確かなものなのだ。
そのロン・ベルクとも十数年前のベルクスの話や何かで盛り上がり、戦いで手を痛めてなければ俺があんたの剣を作ってやりたいんだが、こないだとった弟子も剣づくりはまだまだこれからだしな、と残念がられたりした。
「まあ、この剣は材質も特殊なので。固定化をかけなくても、たぶんそう簡単に分解されたりはしないとは思うンですがねぇ……」
ロン・ベルクは自分が武器を打てない代わりに、友人のジャンクに武器づくりの材料として貴重な魔界の金属を提供してくれたのである。
したがって、アバンが今持っている剣は、「地上で最高峰の鍛冶師が魔界の金属を使ってアバンの手に合うよう特注で作ってくれた剣」であり、代わりなどあるものではない。
「とはいえ、私の故郷の方では未知の魔法ですので、万が一ということもありますし。万が一にも、そんなことで失いたくはないものなので。十分に腕の立つ方に固定化をかけていただくまでは、『錬金』を使われそうな相手に対しては抜かないことにするのがよさそうですかね」
そうなるとやはり、そういう場合に使うための別の武器は必要かもしれない。
キュルケの言うように、腕のいいメイジが固定化をかけたものを探して買うのが望ましいか。
アバンがそんなことを考えている間に、そろそろ、トリスタニアの王都が見えてきた。