ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はお断りします
「ははあ、ルイズさんですか。よろしくお願いします」
アバンは朗らかな笑みを浮かべて、目の前の少女に会釈をする。
まだまだ現状は把握しきれていないが、困惑や動揺の気配はまったく見られない。
「……ところで、私をここに呼ばれたのはあなた、ということで合ってますかね?」
ルイズと名乗った少女は、むっつりとした顔で首肯した。
「そうよ。不本意だけど」
そこで、周囲にいる者たちの誰かが口を開く。
「おいおいルイズ! 『サモン・サーヴァント』で、そんな薄汚れた平民を呼び出してどうするんだ?」
それを受けて、どっと笑い声が上がった。
彼らから見たら、アバンは土で薄汚れた格好をしていて無精髭も伸び放題な、貴族からはおよそ見下されている剣などを腰に下げている男。
どこからどう見ても、卑しい平民そのものである。
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
「間違いも何も、いつものことじゃないか」
「さすがは『ゼロ』のルイズだな!」
ルイズが頬を赤らめて弁明するも、言い返されて、笑う声はますます大きくなる。
「……間違い、ですか?」
「悪いが、道を開けてくれないかね」
アバンが怪訝そうに首をかしげながら、どうしたものかと考えていると、人垣の中からそんな声が上がった。
人垣が割れて、他の者たちよりも明らかに年配の男性が歩み出てくる。
大きな木の杖を持ち、装いも他の者たちが着ている揃いの制服のようなものとは少し違っていて真っ黒なローブを着込んでいた。
(年齢は……私よりも十歳以上は上、ですかねえ。二十歳まではいかないと思いますが……)
先ほど推測した通り、周囲の者たちが何らかの組織か学舎のメンバーだとしたら、彼はおそらくその上官か教師にあたる人物なのだろう。
「ミスタ・コルベール!」
周囲の者たちと言い合っていたルイズは、彼に気付くと小走りに駆け寄った。
「あの、もう一度召喚させてください!」
「待ちなさい、ミス・ヴァリエール。まず先に、彼と話をしたい」
彼は腕をぶんぶんと振りながら必死に訴えるルイズをそう言って押し留めると、アバンのほうに向き直った。
それから、軽く会釈をする。
「失礼。私はこのトリステイン魔法学院で教職に就いている、コルベールというものだが」
「ほほう? 魔法学院……ですか」
アバンは目を瞬かせた。
それから、にかっとした笑みを浮かべ、丁重に会釈を返す。
「それはそれは。私も僭越ながら、家庭教師業などをさせていただいております。今はゆえあって休職中ですが、魔法使いの指導もしたことがありますよ」
「……は? 家庭教師? 魔法使いの指導?」
ルイズがきょとんとする。
周囲の生徒らも、それを聞いて顔を見合わせ始めた。
一方、コルベールはさほど動じた様子がない。
「なるほど。あなたのお名前は、何と言われましたかな?」
「ああ、申し遅れました。私はこーゆー者で」
アバンは彼に対しても、先ほどルイズに見せたのと同じ家庭教師業宣伝用の巻物を見せた。
彼はそれを見て、眉根にしわを寄せる。
「……すまないが、まるで見たことのない文字だ」
「そうですか。やはり、お互いにだいぶ遠方のようですねえ」
教師だというからには相応に知識のある人物なのだろうが、その彼が人間社会で広く使われている日用の文字を見たこともないというからには、ここはやはり自分が住んでいた地上とはまるで別の世界である可能性が高い。
(人間が住む、地上とは別の世界があったのか……)
かつて、ギュータの民だったチョコマという女性は、世界の壁を超える移送門の研究をしていた。
もしかしたら、彼女らが移住した世界がここだったりするのかもしれない。
そんなことを考えながら巻物をしまうと、コホンと咳払いをする。
「では、あらためまして、口頭で自己紹介を。私はアバンと申す者でして、職業は先ほど言った通り、家庭教師業などを少々……」
「アバン、だけかね?」
コルベールは探るような目で、彼を見た。
「家名があるのでは? 元であっても構わない。あるならば、教えていただきたいのだが……」
彼は、アバンが貴族の生まれなのではないかと疑っているのだ。
貴族の証であるマントこそつけていないものの、よく見ると薄汚れてはいるが、元々の髪型や身だしなみはかなりきちんとしたもののようだし。
突然の召喚にも慌てず、貴族を目の前にしても物怖じしない、それでいて権威を無視する粗野な態度というわけでもない落ち着いた振る舞いをしている。
それに、眼鏡をかけている。
眼鏡は精度の高いレンズを必要とする高級品で、そこらの平民にはまず手が出ない品だ。
諸々考えると、生徒らは早計に薄汚れた平民だと決めつけたようだが、コルベールには彼がただの平民だとは思えなかった。
もっとも、さらによく観察していれば、眼鏡については平ガラスが入っているだけの伊達だということに気付いただろうが。
「フルネームを名乗れ、ということですか? これは失礼を。アバン=デ=ジニュアール三世、と申します」
それを聞いて、周囲にいる生徒らがざわざわし始める。
ルイズが口をはさんだ。
「え? 家名があるってことは、まさかあんた、貴族だったの!?」
「貴族と言いますか、まあ……学者の家系の生まれですが」
自分の名声などまるで知られていないであろうこの地では特段隠しておく理由もないので、アバンは正直にそう答えた。
「……貴族だって。本当かよ?」
「どうせ嘘に決まってるさ。あんな薄汚れた格好なんだぜ? マントもないしよ!」
「でも、そう言われると平民にしては品があるような気もするわね! ちょっとくたびれてるけど……」
「剣なんかぶら下げてるんだから、貴族くずれの傭兵メイジかなんかだろ?」
「そもそもホラ話じゃなけりゃ、だけどな!」
周囲でひそひそと、そんな会話が交わされる。
コルベールはやはり、と得心がいった様子で頷いた。
聞かれるまで家名を伏せて自分の名だけを名乗っていたあたり、おそらく没落した貴族家の出なのだろうと推測する。
貴族なら、初対面の相手にどちらか片方だけ名乗るなら、普通は家名のほうだ。
実際、アバンの家は祖父のジニュアール1世の時代に彼のあまりの天才性のために気味悪がられ、世間から距離を置くようになったので、長年に渡って不遇だったことは確かである。
没落したといっても間違いではないだろう。
もっとも、今の彼は強国カールの女王フローラと結婚して国王(王配)となった身なので、没落どころか大出世しているが。
「なるほど。私はジャン・コルベールです」
自分もあらためて名乗り直すと、軽く居住まいを正して、前よりも少し丁重に会釈をする。
「さて。あなたは、お分かりの通り、『サモン・サーヴァント』による使い魔召喚の儀で、こちらへ呼ばれたわけですが」
「……へっ? 使い魔?」
コルベールは、文字も通じない文化圏の出にせよ、アバンの落ち着きようを見る限りでは当然理解しているものとみて話し始めたが、もちろんアバンにとっては初耳である。
(まさか、そんなことで呼ばれたとゆーんですか? この子が、ただ使い魔を呼び出そうとして儀式か何かをやっただけで、世界の壁を越えて破邪の洞窟の奥にまで転移門をつなげたと?)
そういえば、復活したハドラーをのことを、「大魔王の使い魔に成り下がった男」だと揶揄してやったことがあったが。
まさか自分自身が、人の使い魔にされそうな立場になろうとは。
そんなことを考えていたら、横からはっとしたルイズが、また口をはさんできた。
「そ、そうだ! ミスタ・コルベール、召喚をやり直させてください!」
「それは、私が許可できるようなことではないよ。春の使い魔召喚は神聖な儀式だ。『使い魔』はメイジのパートナーとなる存在で、気に入らなかったからといって変更するなどということは許されない。そのことは知っているだろう?」
「で、でも。彼が貴族か平民か知りませんが、人間を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」
「確かに私の知る限りでも、古今東西人を使い魔にした例はないが。春の使い魔召喚の儀式は、あらゆるルールに優先するものだ。とはいえ……」
コルベールはアバンのほうに顔を戻して、困ったように首を傾げた。
「そのご様子ですと、もしや、使い魔になるということをご承知ではなかったのですかな?」
アバンは苦笑して、申し訳なさそうに頭を搔きながら首肯する。
「はあ。どなたかに呼ばれたらしいということはわかっていましたが。正直に申しまして、そういったご用件とはつゆ知らず……」
コルベールはわずかに笑みを浮かべて、頷きを返した。
「そうでしたか。まあ、よく考えてみれば無理もありませんな。まさか人間の身で使い魔として呼ばれたなどとは思わないのが普通でしょう」
別に責められたわけではないが、ルイズが顔を赤くして俯く。
周囲から、またくすくすと笑い声が漏れた。
コルベールはそんな彼女とアバンとを交互に見る。
「さて。召喚の儀式は神聖で絶対のものですが、状況が非常に特殊であることなども考えると、構わず契約しろとは言えませんな。ミス・ヴァリエール、彼と一緒に学院長室へ来なさい。オールド・オスマンに事情を報告して、対応を決めることにしよう」
彼はそう言うと、周囲の生徒らのほうに向き直った。
「聞いたかもしれないが、私は用事ができた。君たちは先に教室に戻って、次の時間まで自習しているように」
おそらく大半の生徒は指示を守らずに、召喚したばかりの使い魔と遊んでいたりするだろうが、それならそれで構わない。
使い魔との絆を深めておくのも、メイジとして大事なことだ。
生徒らは嬉しそうに歓声を上げると、各々杖を取り出してアバンには聞き覚えのない呪文を唱え、宙に浮いた。
そのまま、遠方にある城のような石造りの建物の方へ向かって飛んでいく。
「ルイズ、お前は歩いてくるんだろ?」
「『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないもんな!」
「それか、せっかく召喚した使い魔に抱えて飛んでもらったらどうだ? 本当にそいつがメイジだったら、だけどな!」
何人かがルイズにそんな意地の悪い捨て台詞を投げかけて、笑いながら去っていった。
コルベールもまた、杖を掲げて呪文を唱え、宙に浮く。
「私は先に行って、学院長に話を通しておこう。ミス・ヴァリエールは、彼を学院長室まで案内しなさい」
そう言うと、アバンに会釈して、彼もまた飛び去って行った。
アバンは彼らの後姿を、ほへーっとした顔で見つめる。
「おおー……。
魔法使いなら空を飛ぶような呪文が使えてもなんら不思議ではないが、全員が飛べるとは。
この世界の魔法使いはそれだけ優秀なのか、あるいはこの世界の飛行呪文は
「……彼らの言っていたことからすると、あの呪文は『フライ』というのですかね?」
「そうよ」
ルイズはむっつりした顔でそう答えると、着いてきなさいといって歩き出す。
アバンは、さっきの生徒の言葉からして彼女はあの飛行呪文が使えないらしいと察していたので、飛ばないのかなどと聞いたりはせずに大人しくついていった。
彼らの言っていた通り、自分が彼女を抱えて運んでもいいのだが、どうも日常的にからかわれている子と見えるし、それでは逆にプライドが傷ついてしまうかもしれない。
「そんなことも知らないあたり、貴族なんていっても相当な田舎者で、どうせ魔法も使えないんでしょ」
「うーん。田舎者かどうかは知りませんが、『ここの皆さんが使うような魔法』は、おそらく私には使えないかと思いますねえ……」
ルイズは、ふんと鼻を鳴らした。
学舎の家系だとかいう話だが、要するにメイジでもないのに金で貴族の称号を買ったゲルマニアの成り上がり者どもと同じ、名ばかりの貴族ということだろう。
彼女は民を守って戦う責務を果たす力もないのに貴族を名乗る、そんな成り上がり者どもが嫌いだった。
まあ、彼は剣などを腰に下げているから、多少の武芸の心得くらいはあるのかもしれないが、そんな平民の牙でなにほどのことができるものか。
「没落した家系か何か知らないけど、そんな薄汚れた身なりだし、食い詰め者でしょ」
「ああ、これはレディーにお見苦しいところを。いえ、食べるに困ってるというわけではないんですがね。これは最近、洞窟に籠っていたからでして……」
「洞窟? そんなところに住んでるの?」
「いえ、住んでるというわけではないですが、ちょっと探しているものがありまして……」
聞けば聞くほど、ろくな暮らしをしていないらしい。
ルイズは溜息を吐いた。
ただの犬や猫でもいいから、もっと普通でまともな使い魔がほしかった。
「……はあ。とにかく、あんたの話は学院長のところで聞くから。早く行くわよ!」
「あ、ちょっと待ってください」
「なによ?」
「このあたりに、水場はありませんかね」
「なに、水が飲みたいの?」
「いえ、あなたに言われて思い出したのですが。学院長という方のところへ行く前に、なるべく身だしなみを整えなくてはと思いまして……」