ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
「!?」
アバンははっとして、唐突に聞こえてきた声の方を振り向いた。
誰もいない。
(……確かに、あのあたりから声が……)
声は、店の片隅に乱雑に積み上げられた剣の山の中から聞こえてきたようだった。
同じ声が、同じあたりからまた響く。
「わかったら、さっさと家に帰りな。貴族の気まぐれだか何だか知らねえが、女子供連れで武器屋なぞに来やがってよお。貴族なら剣や銃じゃなく、杖をいじってろってんだ!」
アバンは眉根を寄せた。
もしやこれは、という思いが、頭をかすめる。
「……どなたですか? お姿が見えませんが……」
「おめえの目は節穴か。それともその眼鏡は、曇りガラスのハメ板かなんかか?」
それまではブランドものが壊れたショックで悄然としていた店主が、はっと我に返って怒鳴り声をあげる。
「おいこら、デル公! お客様に失礼なことを言うんじゃねえぞ!」
「失礼だあ? 俺は本当のことを言ってるだけだぜ? おめえとは違って、正直者なんでな!」
そんな両者のやり取りをよそに、困惑していた一行の中から、タバサがすっと進み出た。
彼女は声のする方にとことこと歩いていくと、自分の身の丈よりも大きな杖を軽く振って、短く呪文を唱える。
剣の山の中から、一本の、錆の浮いたボロボロの剣が浮き上がった。
「おいこら、なにしやがる! おきやがれ、貴族の娘っ子!」
声は、その剣から発されているようだ。
タバサが淡々と言った。
「インテリジェンスソード」
「いんてりじぇんす……?」
アバンは、聞き慣れない言葉と、彼女らがさして驚いた様子でもないことに困惑する。
「あんたの故郷の方にはないの? 知性と話す能力を持たせた意思を持つ魔剣よ。まあ、剣の形をしたガーゴイルみたいなものかしらね。ガーゴイルと違って、自分では動けないんだけど」
「ガーゴイル、ですか?」
「それもないのね。自分の意思があって、作り出したメイジの操作なしでも考えて行動できるゴーレムだと思えばいいわ」
「……、なるほど」
ルイズの説明を聞いたアバンは、神妙な顔をして頷いた。
彼の故郷の方でガーゴイルと言ったら、コウモリの翼を生やし、頭に角がある飛行型の悪魔系モンスターの名前なのだが、それはさておいて。
(……この世界のメイジには、暗黒闘気などを宿らせることで生命を吹き込む禁呪法とはまた違う、魔力で一時的あるいは恒久的な疑似生命体を生み出す術が普及しているらしいな)
自分の世界の基準から言うと、そんな禁呪法もどきの技は倫理的にいかがわしくも感じられるが、そのあたりは双方の認識の違いだろう。
使っているのは魔法力で、別に邪悪な力を使った術というわけではないようだし。
(しかし。そうなると、あの『ベルクス』のような存在を、故意に生み出せるということになるのか……?)
そのベルクスの一員であった『魔剣のライゼ』がかつて語ったところによると、彼らは魔界の名工ベルク一族が生み出した武器だという。
アバンは後に、その一族の末裔であるロン・ベルクに出会う機会があり、彼からも話を聞いている。
彼によると、ベルクの一族が魂を込めて作った武器には意思が宿るらしい。
しかし、その意思ある武器にしても、その人格が肥大して自ら言葉を話し宿主の体を奪うベルクスとなるまでに至るのはごく稀な例であり、すべての武器がそこまで明確な個我を有するわけではないそうだ。
通常は特定の誰か専用の武器として生み出されたものが特に強い個我を有するようになり、その使い手を失った悲しみや使い手の無力さへの失望から暴走して、ベルクスとなるのだという。
自分の世界では一握りの魔族の鍛冶師がごく稀に生み出すのと同じような存在が、人間のメイジに作れるとは、つくづく驚異的だというほかない。
(ルイズらも問題視していないようだし、普通に店に並べられているくらいだから、ベルクスのような危険な存在ではないのだろうが……)
そんなふうに考えていると、キュルケも口を挟んだ。
「ふうん、珍しいわねえ。そんな手間のかかる魔剣を作るメイジなんて、今ではめったにいないでしょうに」
「まったくで。一体どこのメイジが最初に考えたんでしょうかねえ、剣をしゃべらせようだなんて。こいつの口の悪さには、こっちも閉口してまして……」
店主はそう言いながらつかつかと歩み寄ると、浮いているデルフリンガーをつかむ。
「おいデル公! これ以上失礼な真似をすると、貴族に頼んでてめえを溶かしちまうからな!」
「へっ、上等じゃねえか。できるもんならやってみやがれ! どうせもう、この世にゃあ飽き飽きしてたところだ!」
アバンが苦笑しながら、仲裁に入った。
「いやいや、ご主人。お怒りはごもっともですが、相手は人格を持つ一個人でしょう? 大した悪事をはたらいたわけでもないのに、溶かすというのは横暴かと思いますよ」
そう言って、その剣に手を伸ばす。
未知の存在ではあるが、店主が無造作につかんでいたので、触れるだけで危険ということはないだろう。
「ええと、デルコーさん、でしたかね?」
「違わ! デルフリンガーさまだ!」
「おっと、それは失礼を。ではデルフリンガーさん、ちょっと拝見させていただきますね」
「おきやがれってんだ! おめえも、気安く――――」
喚き散らしていた剣が、なぜか急に静かになる。
そんな本人や、名前だけは一人前だと皮肉っぽく言う店主をよそに、アバンはデルフリンガーを検分してみた。
長さは一メートル半はある。
尺から言えば大剣の部類だが、比較的薄手の刃をもつ片刃の剣だ。
アバンは、刀身にひどく錆が浮いていることに疑問を抱いた。
(……メイジの作った魔剣に、なぜ錆が浮いている? 『固定化』の効力が、経年で失われたのか?)
かつて、本当に短い期間ではあったが同盟を結んだベルクスの一員『魔弓のヒヒ』は、何年も使い手を持たずに幽閉されていた結果、強度がひどく劣化していた。
それと同じようなものということは、ありうるかもしれない。
「ふーむ……」
刀身をとんとんと指で叩いたりして、剣そのものの作りを調べてみる。
(錆が浮いていることを除けば、しっかりと作られた剣だ)
少なくとも、先ほどのショートソードのような『錬金』で即席に作られた紛い物ではない。
確かな腕の鍛冶師が鋳造したものに違いない。
そんなふうにアバンが考えていると、デルフリンガーがまた話し出した。
しかし、今度は前とは声の調子が違う。
「……なんなんだ、おめえは」
「はい?」
「おでれーたとか見損なってたとかそういうレベルの話じゃねえ、バケモノか。とても人間とは思えねえぞ。実は人の姿に化けた韻竜とかじゃねえのか?」
最後の部分の言葉を聞いたタバサが、ぴくりと反応する。
誰も気付きはしなかったが。
「インリュウ? ……さあ、よく知らないので何とも言えませんが。おそらく違うかと思いますよ」
アバンは首をかしげて、人と竜の二つの命を持つという、古い言い伝えにある竜王の一族のようなものだろうか、などと考えた。
それから、少し厳しい表情になる。
「その物言いからすると、あなたには手にした相手の何かを読み取るような能力がある、ということですか?」
「能力? 知らん、忘れたが、とにかく握った相手の力くれえは感じ取れらあ。なんなんだ、おめえの中にある、その噴き上がるような眩しい生命力は。ただ単に、並外れて強いってだけじゃねえな……」
デルフリンガーは、神妙そうに言った。
「……『使い手』じゃあねえようだが、こんな達人は六千年生きてきて初めてかもしれねえ。よし、俺を買え」
そう言われても、アバンはすぐには答えない。
ややあって、質問を投げかけた。
「……あなたは、強い使い手を求めているのですか? より強い者に自分を振るわせることで最強の武器になる、といったような願望のために?」
「あん? 願望……?」
デルフリンガーは、しばらく黙りこくる。
考え込んでいるようだった。
「……別に、そんなもんはねえな。前はあったような、誰かを待ってたような気もするが、忘れたよ。なにせ六千年も生きてきて、その間ずっとつまらん使い手しかいやしなかったし、この世にゃもう飽き飽きしてんだ」
「ほう、六千年も……」
「ああ。そういう意味じゃあ、面白そうな、強い使い手がいいってのは確かだけどよ。別に最強になりてえとか、そんな望みはねえやな。そもそも戦うのは俺じゃねえ、俺はただの道具に過ぎねえ。誰かを守るためにでも、何かを勝ち取るためにでも、とにかく熱く心を奮い立たせてその心の震えで俺を振ってくれる使い手なら、それで上等だよ」
それを聞いて、アバンは少し驚いたように目を見開き。
次いで、その顔に優しげな微笑みを浮かべた。
「……なるほど、そのとおりでしょうね。あなたには、武器としての矜持があるようだ。立派だと思いますよ」
「おいおい。剣なんかをおだてても、何も出ねえぞ?」
デルフリンガーは嬉しそうに、かたかたと震える。
「で、買ってくれるかね?」
「それについては、少々お待ちを」
アバンはコホンと咳ばらいをすると、店主のほうに向き直った。
「ご主人。先ほど、こちらのデルフリンガーさんをもう溶かしてしまおうと言っておられましたね?」
「うん? ……ああ。言いやしたが……」
店主はぎこちなく頷いた。
自業自得とはいえ、つい先ほどはブランドものをあっけなく折られてしまったので、一目置いているというか、いささか苦手意識をもつようになっているのだ。
「メイジの方に依頼して溶かしてもらうのにも、お金がかかるでしょう。せめてもの埋め合わせとして、私の方で引き取りますよ」
「へ? 引き取るって、……ロハでですかい?」
「処分費が浮くでしょう。その分のお代を支払ったものと思っていただければ。いかがですか?」
そう言われて、店主は顔をしかめた。
確かに、目の前で廃棄処分にすると言った品物であるし、実際うるさくて商売の邪魔になっている上に、今後もおよそ売れる見込みのなさそうな錆び剣である。
ただで持って行ってもらってもまあ、構わないと言えば構わないだろう。
しかし、曲がりなりにも売り物だし、さっきブランドものが一本台無しになったばかりで返品しても全額返ってくるかはわからない上に手数もかかるという、損害を被ったばかりである。
ちょっとでも金を回収したい。
「……いやいや。確かにそのとおりではあるんですがね。溶かした後の金属は再利用できるもんですし、廃棄する予定でも売り物は売り物なんで。こっちは商売ですから、立場の上から言っても、まったくの無料というわけにはいきませんや」
「もっともなことです」
アバンは特にこだわった様子もなく、朗らかに笑う。
「では、セット割引という形にしませんか? 先ほどの銃とそれを使うための火薬や弾の一式に、こちらのデルフリンガーさんをセットで。それと……」
話しながら、先ほど店内の剣を調べた際に寄り分けておいた、比較的品質がいい方の武器の中から、三十センチ足らずほどの長さのナイフ状の武器を二本、持ってくる。
どうやらセットで作られたものらしく、どちらも形状や長さが同じだった。
メイジの手による作ではないようで固定化がかけられていないことが難点だが、作り自体はいい。
ある程度激しい実戦にも耐えうるだけの強度と、『聖なるナイフ』と同じくらいの攻撃力を備えた品である。
両手に短刀を持つ二刀流は、かつての仲間・レイラが、本気で戦うときのスタイルで用いていたもの。
彼女はタバサと同じように、戦士としてはスピードに優れたタイプだった。
アバンはこれでいいかタバサに確認を取り、彼女が任せると言って頷いたのを確認する。
「では、本来の目的である彼女のための武器として、こちらのナイフも二本。それで、おいくらになりますか?」
「ははあ。そういうことでしたら、ええと……」
店主は頭の中で、どの程度の値をつけるか考える。
他の貴族の小娘どもはいざ知らず、こいつはどうにも手強い客のようだ。
(……あんまり吹っ掛けて、ご破算になってもつまらねえしな……)
自棄酒は苦い。
ここは確実に先ほどの損害の埋め合わせをして、その金で今夜、うまい酒を飲めるようにするに限る。
「……そうですな。まず、単品で一番高いのは、そちらのマスケット銃の本体で。エキュー金貨で百、新金貨なら百五十ってとこです」
「平民なら、そのお金で何か月も王都で宿暮らしができるじゃないの」
ルイズが眉をひそめて、そう口を挟んだ。
「お言葉ですが、若奥さま。平民にとって武器というのは、自分の命を預けるもんです。生きるか死ぬかを分ける武器の値段が数か月分の生活費程度で済むなら、安いものでさ」
店主は手を振って彼女の異議を受け流すと、話を続ける。
「あとは、当面の使用のために、五十回分程度の弾と火薬のセット。それを銃に込めるための道具一式。デル公とそっちのナイフ二本。収めるためのケースや鞘。それに、銃用と武器用それぞれの、手入れのためのキット一式もお付けせねばならんですな」
いろいろと付随する道具を買わせて、利益を水増しする算段らしい。
とはいえ、確かにあったほうがよさそうなものばかりなので、アバンも頷いて受け入れた。
弾や火薬くらいなら、材料さえあれば自作できなくもないだろうが、作るのにはそれなりに手間もかかるし。
一から自作しようとするよりも、参考にする既製品があったほうがありがたい。
「……端数は、きれいに切り落としまして。全部込みでエキュー金貨で三百、新金貨なら四百五十におまけしときやしょう。それでどうです?」
「二人家族が一年間王都で生活して、おつりがくるくらいの額よ?」
「先ほども言ったとおり、武器は高価なもんです。質のいい大剣なら、一本だけでもそのくらいにはなりますぜ。これでも、格安に勉強させていただいておるつもりなんですがね」
そう答える店主に、キュルケが肩をすくめて、皮肉っぽく鼻で笑った。
「そうみたいね。確か、さっきの不良品の仕入れ値でさえ、同じ三百エキューなんだったかしら?」
「うぐっ……」
店主は先ほどの失態を引き合いに出されて、苦々しげな顔になる。
「……と、とにかく! これは精一杯勉強した額なんで。これ以上の値引きには応じられませんぜ。足が出ちまうもんでね」
「新金貨で百しか持ってきてないんだけど……」
ルイズが渋い顔になる。
アバンの主人として自分が全額払うのが当然と思っていたルイズにとっては、全額どころか自分が最多額を払うことすら不可能というこの状況は、当然面白いものではない。
「……五十くらいなら。建て替えておいてもらえれば、残りは後で払う」
タバサも、ほんの微かながら、困ったように顔をしかめた。
教授を受ける身としては自分が使う分はもちろん、アバンの分も礼としてこの場で全額払いたいのは山々だが、無い袖は振れないのだ。
後ろ盾のない身は辛い。
「貧乏ねえ。公爵家の名が泣くわよ。小切手くらい、持ってきてないのかしら?」
キュルケはルイズの方を見て、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「そんなの、持ってるわけないでしょうが。わたしはまだ学生よ」
ルイズは不機嫌そうに言い返した。
ヴァリエール家はトリステインでも有数の大貴族家だが、厳しい両親には娘に放蕩生活をさせるようなつもりはないのだ。
小遣いの額は、貴族として恥ずかしくないだけの生活が送れる程度に留められている。
もちろん、小切手などを切って手元にない金を浪費するのはもってのほかで、支払いは現金のみである。
「あたしは持ってるけど」
キュルケは胸元から小切手帳を取り出すと、手持ちのペンでさらさらと書いていった。
「さっきも言ったとおり、払ってあげるわ。別に恩を着せるつもりなんてないから、気にしなくていいわよ?」
ルイズが、うぐぐぐ、と悔しげに唸る。
「誰が、ツェルプストーに恵んでもらったりするもんですか。今日は借りにしておくけど、後でちゃんと払うわよ!」
「ああ、いやいや……」
アバンが困ったような顔をして、割って入った。
「ご申し出はありがたいのですが、一番関係のないキュルケさんにそこまでしていただいては。私が何とかできるかもしれませんし」
「え? あんたが?」
ルイズが困惑する。
「……あんたは、メイジも系統魔法も知らないほど遠くから来たんでしょ。こっちのお金なんて持ってるの?」
「いえ。こっちのお金は持ってませんね」
破邪の洞窟内で宝箱を開けると、ゴールドが出てくることもよくある。
たまに銭投げしたりとかで使えなくもないので、一応回収していて、結構手持ちはある。
こちらの貨幣とは違うが、貴金属としての値で換金することはできるはずだ。
とはいえ、今のところはまだ換金していないし、こんな店でいきなり異国の貨幣を出しても疑われて、取引してもらえるとは思えない。
「しかし、武器なら持っています。貨幣制度が違っても、価値は認められるはずです」
アバンはぴっと指を立てて、店主に向き直った。
「物は相談なのですが。私の持っているある武器と、そちらの一式とを交換していただけませんかね。私の見立てでは、先ほど折った剣よりはいい武器で、おそらくより価値のあるものだろうと思っていますよ?」
「ほお……?」
店主が胡散臭そうな、しかし、興味ありげな顔になる。
「普通は物々交換なんてやっちゃいねえんだが……、あんたは目利きのようだし、興味はある。受けるかどうかはともかくとして、一度見せてもらおうじゃねえか」
そう言って、アバンの腰の剣に目を落とした。
「そいつのことかい?」
「いえ。これは大事なものですので、お渡しできません。こちらのスペシャルなアイテムです」
アバンはにかっと笑うと、懐に手を入れる。
全員の注目が集まった。