ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
「う~む?」
アバンはデルフリンガーの刀身を錆落としで磨きながら、首をかしげた。
(……まったく落ちないな)
最初は経年で『固定化』の効力が衰えて、錆び始めたのかと思っていた。
だが、ひとまずギーシュに見てもらったところ、これにはちゃんと固定化がかかっているようだと言われた。
そういったことから考えるに……。
「どうもこれは、普通の錆ではなさそうな気がしますが……。あなたには、何か心当たりはありますか?」
「知らん、忘れた。……あ、いや」
デルフリンガーは最初は素っ気なく流そうとしたものの、そこで少し考え込むような様子を見せる。
「……思い出した。俺、自分で自分の姿を錆だらけに変えたんだった。つまらん連中に使われるのに飽き飽きしてたもんだからよ」
「自分の姿を? ははあ……」
そんな能力も持っているのかと、アバンは感心した。
「錆びる以外にも自由に姿を変えられるのなら、便利そうですね。たとえば、自分を傘に見せかけるとか、木製の模造剣だと思わせるとか。そういったこともできるンですか?」
「うーん……」
デルフリンガーは、しばらく考え込んだ。
「……すまんが、忘れた。元の姿に戻る方法も、どうも思い出せねえ。六千年も生きてるもんだからよ、物忘れもすらあな」
「おや、そういうものですか?」
アバンは曖昧に頷きながらも、その説明をやや不自然に感じた。
まあ、六千年も生きたらそうなるのだと言われたら、確認のしようがないのでそうなのかもしれないし、デルフリンガーが何かを隠していたり嘘をついていたりするとも思わないが……。
(……思い出せないのは呪いの一種、ということもあるか?)
試しに破邪力を極大化した
彼自身にもなにかしらの悪影響が出ないとも限らない。
もう少し確かなことがわからないうちは、不用意なことはするべきではないだろう。
「ひとまず、ここまでにしましょう。思い出されたら、ぜひ教えてくださいね」
アバンは錆落としを諦めると、最後にデルフリンガーの刀身に油を塗って、鞘に納めた。
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それから、また何日かの日が過ぎた。
アバンは学院の人々への挨拶回りを済ませ、図書館でハルケギニアに関する知識を深め、時には
その合間には、いろいろと実験や製作などの作業にも精を出していた。
そうこうするうちに、アバンがハルケギニアへ来てから二度目の『虚無の曜日』がやってくる。
この日はいろいろとやる予定のことがあり、アバンはそれに向けて、事前に準備を進めてきていた。
まず、早朝のうちに、タバサと学院の外縁部で落ち合う。
「おはようございます。今朝もしっかりと、訓練をされていたようですね」
アバンはタバサの様子を一目見ただけでにかっと笑ってそう言うと、冷たい飲み物の入った水筒を差し出した。
タバサは礼を言ってそれを受け取る。
彼女はアバンの指示を守り、毎日訓練に精を出しているのだ。
「さて。基礎体力作りにも慣れてきたところで、いよいよ武器の扱いも始めようかと思いますが……」
アバンがそう言うと、タバサは目を輝かせて頷いた。
「こちらがあなたの武器になります。できる限り常に持ち歩いて、重さに慣れるようにするとよいでしょう」
そう言って、タバサに鞘に納められた二本の短剣を差し出す。
一緒に、左右に剣帯のついた女性用のベルトも。
「……これは?」
「私の方で作っておきましたので、よかったらお使いください。懐に入れておく方が使いやすいと思われるようであれば、無理にということはありませんが」
「…………」
タバサは、まじまじとそのベルトを見る。
貴族向けの店で売っていてもおかしくなさそうな、きちんと作られた品のいいデザインの品だった。
この人はこんなものまで、わざわざ用意してくれたのか。
「……ありがとう」
ぺこりと頭を下げてそのベルトを巻くと、もらった短剣を鞘から抜いてみた。
基本的にはこの間あの店で買った短剣のままだったが、きれいに磨いて油を塗るなど手入れがしてあって、新品のようだ。
握りやすくすっぽ抜けにくいように、持ち手の部分などに若干の改修が施されている。
それとは別に、以前にはなかったはずのものが取り付けられていることに、タバサは気が付いた。
(……?)
どちらの短剣にも、柄と刀身の境目のあたりに、少し大きめの宝石がはめ込まれているのだ。
ごく平凡な値段の短剣だったから、こんな装飾はついていなかったはず。
女性に使わせるものだからと思ってこんな飾りをつけてくれたのか……とも考えたが、よく見ると、どうも普通の宝石ではなさそうだった。
両方とも形は同じだが、片方は赤い宝石、もう片方は白い宝石で、どちらも内側からほのかに輝いている。
しげしげと宝石を眺めているタバサに、アバンはにかっと笑って声をかけた。
「どうやらそれが気になっておられるようですが、その説明はまだ今度にしましょう。まずは短剣の扱いに慣れることが先決です」
彼はどこからともなく太めの薪を取り出して、それを手近にあった岩にしっかりと縛り付け、固定した。
「タバサ。その短剣で、この薪を叩き切ってみてください」
唐突にそう言われて、タバサは目を瞬かせる。
それから、手の中にある、全長でも三十サントもない短剣を見た。
「……これで、薪を?」
どう見ても、薪割りの道具には向いていない。
「そうです。斬り方は自由ですが、スパッと一刀両断にしてみてください。モチロン、魔法はナシで、武器だけでです。それを本日の課題としましょう」
タバサはやや戸惑いながらも頷くと、二刀流では力が分散するので、右の一本だけを両手で握るように構える。
しかし、まったくやり遂げられる自信はなかった。
基礎体力作りに離れてきたとはいえ、まだ大して筋力がついたとも思えない。
「……っ!」
それでもぐっと腕に力を籠め、彼女なりに気合を入れて、短剣を振り下ろしてはみたが。
案の定、刃は薪に浅く食い込んだだけで、斬り抜けることなどできやしなかった。
諦めずに何度も角度を変えて斬り付けてみたり、二刀で同時に斬りかかってみたりしたが、浅い切り傷が増えていくだけ。
もちろん、刃を食いこませたうえで上から何度も衝撃を与えるようにすれば割れるだろうが、それではアバンの与えた「一刀両断にする」という課題は満たせない。
アバンはしばらく彼女の試みを観察した後で、一つ頷いて手を叩いた。
「どうやらまだ無理なようですね。よろしい、一旦基礎訓練に戻りましょう」
負けず嫌いなところのあるタバサは、まだやれると食い下がったが、アバンは首を横に振る。
「それ以上無理をしても、筋を傷めるだけです。走り込みをもう少しやってみましょう。今日は、私もお付き合いしますので」
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「おやおや、ちょっとペースが落ちてきていますよ? そろそろ限界ですか?」
「っ、まだ……!」
「その意気です。次でラスト一周にしましょう。オーケー?」
タバサは息を切らせながら頷いた。
内心では、この人は化け物だ、と思いながら。
彼らは揃って学院の外周部を走り回っているのだが、アバンはただ走るだけでなく、負荷を付けている。
それも、尋常な量ではない。
一抱えほどもある大きさの岩をいくつも、縄で体に縛り付けているのだ。
アバンはその状態でタバサをやや先導するようなペースで走り、ろくに疲れた様子も見せない。
修行初日のダイが付けていたのと同程度の負荷なので、彼にとっては大したことのない、余裕のある量だった。
(いつかわたしにも、できるようになるだろうか)
そうなりたいという思いもあれば、とてもできそうにないという思いもある。
「いや~、いい汗をかきましたねぇ~」
走り終えたアバンはそう言って汗をぬぐうと、レモンの輪切りと食塩や砂糖などを独自の配合で加えた特製の、氷入りの冷たい水を入れた水筒を、タバサに差し出した。
座り込んで息を整えようとしていたタバサは、貪るようにそれを飲む。
アバンも自分用の水筒から、少し水分とミネラル分を補給した。
「それでは準備運動を終えたところで、武器戦闘の訓練に移りましょう。今回は短剣の扱いを覚えてもらいますので、魔法や杖の使用はナシです」
「っ……、……わかった」
タバサは務めて息を整えながら、そう言ってこくりと頷く。
このまま大の字になって寝転んでいたいくらいに疲れているが、ようやく武器の扱いを教えてもらえるというのなら、ダウンしているわけにはいかない。
頑張って体を起こした。
足は疲弊しきって今にもふらつきそうだが、腕はまだ動く。
それにしても、手引き書では無理な負荷をかけ過ぎないようにと助言していたのに、急にどうしたのだろうか。
もう体力づくりにも慣れてきたのだから、このくらいはできると判断されているのか。
そんな疑問や、もし今任務が入ったらどうしようかという不安が頭をかすめたが、あまり深く考えている余裕はなかった。
「時間もありませんので、よろしければさっそく始めますよ。アー・ユー・レディー?」
アバンはそう言いながら、懐から自分用の短剣を二本取り出した。
ギーシュに頼んで作ってもらった、模擬専用に刃を潰した青銅製のナイフである。
タバサも、もらったばかりの短剣を両手に構えた。
それからしばらく、アバンによる実技指導が続けられた。
杖との併用や一刀への集中で利き手側のナイフだけを使う型、逆手側のナイフだけを使う型、そして二刀流。
順手持ち、逆手持ちそれぞれでの構え、突き、斬り、払いに、受け流し。
タバサ側に打ち込ませることもあれば、実演としてアバン側から打ち込むこともあった。
疲れた体に鞭打つような、激しい応酬が続く。
「よし。基本の部分は一通りやりましたので、今日はここまでにしましょう」
アバンがようやくそう宣言したときにはタバサはもう疲れ果てていて、普段の無表情もどこへやら、ぜいぜいと肩で息をしていた。
短剣を置いて、地面にへたり込む。
そんな彼女の様子を見たアバンは、にっこりと笑って、もう一度薪を岩に括り付けた。
「さあ、もう一度チャレンジしてみましょう。本日の課題ですから」
「…………」
タバサはすぐには返事もできず、恨めしげに薪を見つめる。
もう短剣を持ち上げることでさえ辛いのに、とてもそんな力は残っていない。
しかし、アバンは彼女を重ねて促した。
「疲れておられるレディーに対して申し訳ないですが、これも指導です。騙されたと思ってやってみてください」
「……わかった」
タバサはどうにか、利き手側の短剣を握りしめて立ち上がった。
それを両手で支えるようにして掲げ、薪を斬り付ける――。
薪はほとんど抵抗もなく、すっぱりと切断された。
「……!?」
斬ったタバサ自身が、目を丸くする。
元気が残っていた先ほどでさえできなかったというのに、どうして疲れ果てた今になって。
アバンの方を振り向くと、彼はにやっとした笑みを浮かべていた。
「そう、不思議がることはないですよ。人間というのはムチャクチャに疲れると、自然に一番楽な動作をしようとするものなんです。つまりは、一番自然な動き、ということですね」
ぴっと指を立てて、説明をしていく。
「『渾身の一撃』という言葉があるように、全身に力を込めた状態がフルパワーであるかのように錯覚してしまう人は多いと思いますが、実際にはその時々で必要になる筋肉は限られています。全身に無駄に力を込めてしまうとかえって理想的な一撃の妨げになる。あなたも理屈としてはわかっていたかもしれません。ですが、理論だけではなかなかその無駄に気付きにくいものです」
タバサはそれを聞いて、はっとした顔になった。
「……わたしには、無駄が多かった?」
「そうです。あなたには元より、その短剣で薪を両断できる程度の力はありました。これまでは体の余計な場所に力が入っていたり、動きに無駄が多かったりしたのですが、極端に体力を失ったあなたの体が無意識のうちに最小の力で目標を達成しようとした結果、理想的な斬撃となったわけですね」
アバンは微笑んで頷きながらそう言うと、両断された薪に目を向ける。
「身体から斬撃に無駄な力を抜くことで、剣を振るう動作やタイミングを効率化し、自身の持つ力を最大限に発揮した一撃を放つこと。それがアバン流刀殺法の『地の技』、力の剣・大地斬の極意です」
「大地斬……」
タバサは、噛み締めるようにその名を呟いた。
「……わたしは、それを会得できた?」
アバンはちょっと首をかしげて、それから軽く、首を横に振る。
「完全とは言えませんね。疲れ切っていなくても確実に同様の一撃を繰り出せるよう、今の呼吸を忘れないように練習してコツをつかむ必要があるのはもちろんですが。それができたとしても、現状では会得したというには威力が不十分だと言わざるをえません」
「まだ、威力が足りない?」
「そうです。もちろん使用者によっても、威力は変わってくるのですがね。大地斬とは本来、その名の通りに大地そのものをも斬り裂く剣なのです」
そう言いながら、タバサが割った薪を、いや、それを括り付けてあった岩を指し示す。
「あのくらいのものを斬れれば、ひとまず会得したと言っていいでしょう」
「……岩?」
「はい、岩ですね」
タバサは困惑したように、それを見つめる。
一抱えほどもあろうか。
短剣の長さよりずっと大きい。
そもそも、岩って斬るものだっけ?
いや、それはまあ、彼ならできるのかもしれないが……。
「……模範を」
「はい?」
「手本を見せてほしい」
「ああ、なるほど。もっともです」
アバンは頷くと、青銅製の短剣を件の岩に向けて構える。
それを無造作に振り下ろすと、一抱えほどの大きさの岩が、まるでバターでも切るようにたやすく、真っ二つに斬り裂かれた。
「……っ」
タバサが息を呑む。
アバンは続けて、今度は両手に短剣を握り、交差させるように振るった。
岩はいくつもの断片に割られて、バラバラと地面に散乱する。
「はい、こんな感じですね。参考になればいいンですが」
「……本当に、わたしにもできる?」
タバサは正直にそう尋ねた。
アバンと自分では性別も体格も違うし、訓練してあんな離れ業ができるようになるものなのか。
「無論、人によって適性の差というものはあります。あなたはまだ体が成長途上だろうと思いますし、私と同程度の大地斬が使えるようになるかまでは、今の時点ではわかりません」
アバンも正直にそう答えた。
それから、ですが、と言って付け加える。
「私の古い仲間に、レイラという名の女性がいます。彼女は武器戦闘者としては非力でしたが、スピードに優れたタイプでした。短剣の二刀流で、相手が鉄製の鎧であっても力と速度の合わせ技で斬り裂いていましたよ。なにも私とまったく同じスタイルである必要はないので、適正によっては今後、そういった方面に伸ばしていってもいいでしょう」
今は基礎体力作りに重点を置いて身体能力を伸ばしていくことが肝要ですというアバンの言葉に、タバサは目を輝かせて頷いた。
とにかくも今日、初めて明確な成果を実感できたのだ。
この先にも希望が持てそうなことを教えてもらえたし。
「まあ、今日の残りはゆっくりと休まれることです。疲労の回復には十分な栄養と休養を摂るに越したことはありません。その前に、筋肉などを傷めているかもしれないので、念のため治療をしておきますね」
アバンはそう言うと、タバサの肩の上あたりにそっと手をかざして、
温かな白い光がタバサの体に押し当てるように、掌から放たれる。
タバサは、少し驚いたように目を見開いた。
「……これは……」
「私の故郷の方で使われている治療の呪文で、『ホイミ』というものです。肉体の負傷や消耗した体力などを回復させることができます」
その言葉通り、タバサは快い感覚と共に、体力が戻ってくるのを感じた。
体のあちこちに感じていた疲弊からくる鈍痛も、和らいでいく。
「特に痛い場所などはありますか?」
タバサは反射的に、大丈夫、と言おうとしたが。
口をつぐみ、少し躊躇った後で、左足に痛みがあると伝えた。
アバンがそのあたりに手を動かして、追加でホイミを唱えると、痛みはすうっと引いていく。
「他には?」
タバサは首を横に振った。
「もう大丈夫。……ありがとう」
「いえいえ。指導者として当然のアフターケアですよ」
アバンはにっこりと笑うと、ついでに温くなりかけていた水筒の水を軽い
「少し食べて、ゆっくり休んでください。では、次はルイズのところに行きますンで」
そう言って別れを告げ、去っていくアバンの背と自分と似た水色の髪を、タバサはどこか熱っぽい目で、じっと見送った。
彼の姿が見えなくなると、ぽつりと呟く。
「……憧れる」