ゼロの使い魔・ドラゴンクエスト外伝 ~アバンと異世界のメイジたち~ 作:アバン流口殺法はご遠慮ください
「私をご指名……、ですか」
全員の注目に気後れした様子もなく、アバンは小首をかしげて、そう独り言ちる。
頭の中では、これは一体どういうことかと考えていた。
(単純に、メイジでは危険だと考えて剣士を寄越させるよう指定しただけ……とは、思えないが……)
それだけのことなら、別にアバンを名指しで指名する必要はない。
学院の衛兵でも侍従でも、平民なら誰でもいいはずだし、そのほうがより安全だろう。
彼が昨夜、ゴーレムの足や腕を斬ったり、最終的に空裂斬で破壊したりしたことは、術者であるフーケもある程度把握しているはずだ。
(そもそも、フーケは盗賊ではないのか? 既に目的の宝を盗み出したはずなのに、なぜ、人質を取って交渉しようだなどと……)
巷の噂を聞く限りでは、フーケが盗みの後にそのような取引をしているという話はなかった。
なぜ、今回に限ってそのような、リスクの高い蛇足な行為を?
しかも昨夜、学院から逃走した時点では、持ち出したのは確かに『破壊の杖』なる秘宝だけで、人質を連れている様子はなかったのだ。
わざわざ逃走後に危険を冒して戻ってきて、学院に再潜入して秘書を拉致した、とでもいうのか?
ロングビルのほうでフーケを追いかけていって逆に捕まってしまった……というのも、ありえなくはあるまいが、かなり苦しい説明のように思える。
(……彼女がフーケの手引きをした内通者、もしくはフーケ本人であるという可能性もあるか?)
それなら、説明のつくようになる部分も多いが。
だがそれでも、目的の秘宝を盗み出した後でわざわざ人質交渉だなどと言ってアバンを呼び出す理由は、見当もつかない。
まさか、ゴーレムをやられたことでプライドを傷つけられて、決闘を望んでいるなどというわけでもあるまいし……。
考え込んでいるアバンを見て、オスマンは彼が躊躇していると考えたのか、重々しく頷いた。
「フーケはそう言っているが、私としては君に受けることを強要するものではない。むしろ、賊の要求など突っぱねるのが当然というもの。ミス・ロングビルの身は心配じゃが、ここはやつが指定してきた場所に気取られぬよう何人かで張り込んで、ノコノコと出向いてきたフーケを捕らえ、彼女を救出するのが順当であろう」
そう言って咳ばらいをすると、居並ぶ教師たちに目を向ける。
「討伐隊を結成する。我と思う者は、杖を掲げよ」
しかし、彼らは困ったように顔を見合わせるばかりで、誰も杖を掲げようとはしなかった。
「おらんのか? どうした! 世間に悪名高い怪盗を捕らえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!」
そう発破をかけられても、みな、尻込みしている。
考えてみれば、無理もないこと。
フーケ本人が手紙を寄こして指定してきた場所へ出向くということは、ほぼ百パーセント、件の怪盗との戦いとなることを意味する。
いくら教師たちが魔法の腕に自信があると言っても、彼らは戦いの専門家ではないのだ。
数々の貴族の警備を出し抜くほど抜け目がなく、トリステインの治安を預かる魔法衛士たちでさえもゴーレムで蹴散らしたというほどに腕の立つ凶賊を相手にするほどには、自信も勇気もあるはずがなかった。
「……あの。先ほどミスタ・コルベールが言われたように、王室に頼んで魔法衛士を討伐隊として派遣してもらうというわけには……」
「ばかもの! 王室なんぞに知らせても、クソ長い会議の後でようやく兵の派遣が決まった頃には、フーケの指定した期限はとっくに過ぎてしまっておるわ!」
おずおずと提案した教師を、オスマンは目を剥いて怒鳴りつける。
「そもそも、身にかかる火の粉も自分で払えぬようで、何が貴族か! 魔法学院の宝が盗まれた、これは魔法学院の間題じゃ。当然、我らで解決する!」
オスマンはきっぱりと宣言して、順に教師たちを見ていく。
しかし、誰もかれもが、指名されるのを嫌がる生徒のように視線を逸らした。
「いえいえ、無理に募られなくても。私なら、一向に構いませんので」
アバンはそう言いながら、肩をすくめて苦笑する。
「教師の方が不用意に現地に潜まれても、相手は手練れの盗賊ですから見つかってしまうかもしれませんし、それではロングビルさんの身が危ない。ここはご指名通り、私が一人で行きましょう。先ほどは部外者と言われましたが、いちおうは学院の一員ですので」
ルイズは俯いて唇を噛んだ後、進み出て杖を掲げた。
「……待って。わたしも行くわ」
シュヴルーズが驚いたような声を上げる。
「ミス・ヴァリエール! あなたは生徒ではありませんか! ここは、教師に任せて……」
「生徒も教師もありません。アバンはわたしの使い魔です。メイジとして、一緒に行くのが当然です」
彼女はきっとした顔で、そう言った。
アバンは、そんなルイズをじっと見つめる。
「……危険ですよ。うまくいくとは限らない」
「なら、なおのことよ。使い魔だけにそんな危険なことをさせて自分は待っているだけなんて、そんなのはメイジでも貴族でもないわ」
ルイズはそう言って、アバンを真っ直ぐに見つめ返した。
「それじゃあ、あたしもいきましょう。ヴァリエールには負けられませんわ」
そんな二人のやり取りを見ていたキュルケは、ふっと笑うと、自分も進み出て杖を掲げる。
「……しかし。手紙の指定では……」
「フーケが寄越すなと言ったのは、教師や兵隊でしょう? もし見つかったら、あなたは一人で来たのに使い魔の身を心配した主人とその学友がこっそりついてきたって、そう言ってやればいいじゃないの」
難色を示すアバンに、キュルケはすらすらとそう答えた。
前々から思っていたがなかなか弁の立つ子だなと、彼は苦笑する。
「そんな理屈が、犯人に通用しますかね?」
「認めるのは癪だけど、向こうからしたらあたしたちは、昨夜は居合わせたのに右往左往してただけで何の害にもならなかったただの学生でしょうし。そんなのが一緒に来たくらいのことでいきなりキレて命綱の人質を殺したりしないわよ、たぶん。最後には戦って取り押さえる予定なんだし、その時は人手があったほうがいいでしょ?」
タバサとギーシュも、彼女らの横に進み出た。
「わたしも行かせてもらう。どうせついていくなら、多い方がいい」
「ま、待ってくれ。足手まといと思われるかもしれないが、僕にも参加させてほしい!」
そんな生徒らの姿を見て、オスマンは優しい笑みを浮かべる。
「よし。では、君たちに頼むとしようか。合わせて五人、一人の賊に対する討伐隊としては十分じゃな」
その言葉に教師らが顔を見合わせ、ざわめく。
シュヴルーズなどは、生徒たちにそんな危険なことを、と反対したが。
「では、代わりに君が行ってくれるかね?」
そう聞かれると、体調がすぐれないとか何とか言って尻込みをする。
まったくもって情けない連中だと、オスマンは溜息を吐いた。
苦虫を嚙み潰したような顔をしているコルベールだけは、フーケの力よりもむしろ、フーケを殺してしまうことのほうを恐れているのだろうが……。
(アバンくんと彼女らがいてくれなければ、最終的には君にお鉢が回ることになっていたじゃろうな)
心の中でそう呟いて、オスマンはコルベールから視線を外す。
「彼女らは昨夜、敵を見ておる。その上、ミス・タバサはまだ若いとはいえ、既にガリア王家よりシュヴァリエの称号を頂いた騎士だと聞いているが」
タバサは特に反応も見せなかったが、周囲は一様に驚いた様子だった。
「……シュヴァリエ、というのは?」
まだそれについては学んでいなかったアバンが、ルイズに尋ねる。
「騎士爵よ。王室から与えられる爵位としては一番下で、領地を受け継いだりすることで世襲のできる他の爵位と違って一代限りのものだけど。それだけに純粋に功績に対して与えられる、実力の証明なのよ」
オスマンは続けて、他の生徒らについても言及していく。
「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアにおいて優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法もかなり強力と聞いている。ミスタ・グラモンも同様に我が国における軍の名門の出、グラモン元帥の子息である。ミス・ヴァリエールは、数々の優秀なメイジを輩出した、かのヴァリエール公爵家の息女である」
キュルケは得意げに髪をかき上げ、ルイズは堂々と、ギーシュは少し緊張気味に胸を張った。
「ミスタ・ジニュアールは、遠方の地より来られた貴族である。その腕前のほどは、学院で広く噂になっておる。この場にも、知らぬ者はおるまい」
「いやー、恐縮です」
アバンはにかっと笑って、周囲に頭を下げる。
こちらに来てすぐの頃にギーシュとした決闘もどきの噂も広まっているが、彼自身が学院内の全員に挨拶をして回ったので、確かにこの場にアバンのことを知らない者はいなかった。
「この五名では実力的に不服だという者があるのなら、前に出たまえ」
もちろん、誰も出てくる者はいない。
オスマンはそれを確認すると、アバンら五人のほうに、あらためて向き直る。
「これで決まりじゃ。魔法学院は諸君らを信任する。よろしく頼むぞ」
学生たちは真顔になって直立すると、「杖にかけて!」と同時に唱和して、恭しく一礼した。
「えー……、善処することをお約束いたします」
アバンは真似をするべきかちょっと迷ったものの、結局普通に答えてお辞儀をする。
「では、指定の時刻に間に合うように準備をしたまえ。ミスタ・ジニュアール以外の者はフーケに気付かれぬよう馬車などは使わずにいかねばならん、それも計算に入れておくのじゃぞ」
「それでは手始めに、いくつかお聞きしておきたいことがあるンですが。そのお答え次第でやり方を変える部分もあるかもしれませんし」
「うむ。何かね?」
アバンはコホンと一つ咳払いをしてから、話を続けた。
「まず、少なくとも建前上は交渉の席につくわけですから、相手方の要求してきそうな内容を考えてそれに対する返答をある程度決めておきませんと。ロングビルさんを返す代わりにお金を出せとか、秘宝を買い取れとか言われたら、私は学院の代表として返事をしなくてはならないわけですからね」
「なるほど、もっともなことじゃな」
オスマンは頷くと、厳しい目になる。
「無論、賊などと本当に取引をするつもりはない。金であれ秘宝であれ、渡すつもりはないが、返答は臨機応変にすべきであろう。基本的には自分一人で決められることではないので学院へ持ち帰って要求を伝えるとか、穏当な返事で話を引き延ばし、その隙に他の者が奇襲をかけるなりミス・ロングビルを助け出すなりするのが、まあ妥当なところかな。君は、口には自信があるかね?」
「口ですか? ……まあ、人並みには話せるとは思っていますよ。講習会を開くほどではありませんがね」
アバンは冗談めかしてそう言いながら、頷きを返した。
「もう一つ、お聞きしたいのですが。昨夜、私が賊を追っていたときに、フーケはイオ……爆裂する光球を飛ばす呪文を放ってきました」
それを聞いたオスマンの眉が、ぴくりと動く。
「爆裂する光球、とな」
「ええ。そのご様子ですと、心当たりがあるのですか?」
アバンが事前に確認しておきたかったのは、昨夜の
つまりは、自分の来た世界と関係があるのはどちらなのか、だ。
もし前者なら、フーケは自分と同じ世界から来た者なのかもしれないが、ルイズと同じく何かのきっかけで契約方法を知ってこちらで呪文契約をしただけの現地のメイジだという可能性もあるし、系統魔法でゴーレムを作っていることからしても、おそらくそうなのだろう。
それでも、何か手掛かりになるようなことを聞き出せる可能性はある。
後者なら、『破壊の杖』とやらは自分の世界から何かの理由で流入してきた武器、たとえば『マグマの杖』とかなのかもしれない。
オスマンは重々しく頷いた。
「うむ。それはおそらく、『破壊の杖』を使って放ったものであろう。そうなると、フーケはあの杖を使いこなすことができたということか」
「では、行く前にその『破壊の杖』について詳しい話をお聞きできませんか。外見や能力などについてです。敵が使ってくる可能性がある以上、情報があったほうがいいでしょう」
「詳しい話と言われても、実のところ私も、あまり深く知っているわけではないのだが……」
それでもオスマンは、自分の知っている限りは教えようと言って、情報を提供してくれた。
まず、杖の外見については、シャチを模したような意匠と美しい大きな宝玉が付いた黒白斑の長杖であるということ。
(……そんな外見の杖は、実物はおろか書物の記録でも、見た覚えがないな……)
少なくとも、マグマの杖ではなさそうだ。
「能力についてなのだが……。正直言って、よくわからん。ただ、君の言うような爆発を起こす能力があるらしいことはわかっていた。捨てるわけにもいかんが迂闊に取り扱うと危険なので、長年ケースに収めたまま取り出しを禁止してあったものじゃ」
オスマンはそう言って溜息を吐くと、その経緯について話し始めた。
「あの杖は、私の命の恩人の形見でな……。もっとも、その人物が私を助ける気であったのかどうかはわからん。おそらく違うのかもしれんが、とはいえ、結果的にそうなったことは間違いない」
「持って回ったような言い方ですわね。詳しくお聞きしても?」
キュルケがそう口を挟む。
「まあ、待ちたまえ。順を追って話そう。もう三十年ばかり前のことになるが、森を散策していた私はワイバーンに襲われた。そこを救ってくれたのが、あの『破壊の杖』の持ち主だったのだ」
危ないところで、横合いから不意に飛んできた光の球がワイバーンの胸にぶつかり、炸裂した。
ワイバーンは爆発によって胸を抉られ、崩れ落ちた。
オスマンは茫然として、次いではっとして光球の飛来した方に目を向けると、そこには『破壊の杖』を手にしたメイジらしき人物が立っていたのだという。
「全身を白と黒の二色斑のローブで包んでいて、顔も見えなかった。不審な人物に思えたが、どうあれ恩人じゃ。私は助かったと礼を言った。だが、向こうはどうやら、その時初めて私の存在に気が付いたようだった」
つまり、そのメイジは遠目にワイバーンの巨体を捉え、自分の身に危険が及ぶ前にと思ったのか、あるいは単に的にしてやろうとでも思ったのか、そいつに向かって魔法を放ったらしい。
その足元にオスマンがいて今まさに襲われようとしていたのは、ただの偶然だったようだ。
「そのメイジは無言で、私の方に杖を向けた。攻撃しようとしておるようにも見えたが、実際に何をするつもりだったのかはわからん。問い質す暇もなかったのでな」
その時、倒れたワイバーンが憤怒の咆哮を上げながら起き上がった。
まだ、完全に死んではいなかったのだ。
フードの人物は痛みに猛り狂って飛び掛かってくるワイバーンに杖を向け直すと、もう一発光球を放って、今度こそ爆殺した。
だが、ワイバーンはほぼ同時に尾を振るって、そのメイジを弾き飛ばしていた。
相討ちだった。
「私は慌てて彼……後で分かったが、男であった……に駆け寄って、急いで助け起こした。しかし、彼は腕と脇腹を深く抉られており、傷口は尾針の毒によって紫色に腫れ上がっていた。しかも、私と会う前にもなにかと戦っていたのか、他にも傷や火傷の跡があって、そちらも決して浅くなかった」
話しながら、オスマンは遠い目になった。
「助け起こした時、彼は悪態かうわ言のようなことを二言三言、呟いたようだった。確か、『ちくしょうめ、腕と腹が。この体はもうだめだ』とか、『やっと小マシなのを手に入れたと思ったのに、貧弱なメイジめ』とか。私に対しては、『こんなジジイじゃどうしようもない』とか言ったかな。フードの中にのっぺりした黒い顔と、やけに大きい白一色の目が見えたような気がしてぞっとしたが、後で見たらそんな顔ではなかったので、陰になっていたことで錯覚しただけだったかもしれん」
いずれにせよ、彼はそこでごふっと血の塊を吐き出し、体から力が抜けた。
オスマンは慌てて彼の体を担ぎ、学院へ連れ帰って看護した。
しかし、傷は致命傷で、既に手遅れの状態だったという。
医務室でフードを脱がせると、その下から出てきたのは虚ろな、しかしどこにでもいるような顔をした、壮年の男性だった。
彼は一言も話さず、こちらからの呼びかけにも何の反応も示さずに、そのまま亡くなったらしい。
「結果的にそうなっただけにもせよ、彼はまぎれもなく私の恩人じゃ。手厚く葬り、彼のもっていた杖を、一緒に埋葬してやろうとしたのだが……」
オスマンの指示を受けて若い助手がその杖を持ち上げた時に、悲劇的な事件が起きた。
突然、ワイバーンを吹き飛ばしたのと同じような爆発が起きて、その助手の体が吹き飛ばされたのだ。
「どうやらあの爆発はメイジの力によるものではなく、杖の機能であったらしい。私は咄嗟に『念力』で彼の体を杖から引き離したが、彼は既にこと切れていた」
それで杖が貴重、かつ危険なものであることが判明したため、墓に無防備に埋めておくというわけにはいかなくなった。
「死んだ助手はあの杖を手にしたときに、特に何もしたような様子はなかった。何がきっかけで爆発が起きるのかわからん以上、迂闊に手を触れるのは危険じゃ。私は手を触れぬように留意しながらケースに入れ、『破壊の杖』と名付けて、恩人の形見、兼持ち出し禁止の秘宝として、宝物庫に収めた。いつか調べてみようと思っていたが、今日までそのままじゃ」
周囲の者たちは、みな興味深く、オスマンの語る昔話に聞き入っていた。
「実際のところ、私が知っておるのはそれだけなのだ。あまり参考になりそうもない話で、すまんが」
「いいえ、とんでもない。今の話は、きっとお役に立てさせていただきますよ」
アバンは朗らかにそう言って感謝を示し、頭を下げる。
内心では、眉間にしわを寄せて考え込んでいた。
(……『この体はもうだめだ』か。まさかとは思うが……)
念のため、その可能性も考慮に入れて、準備をしておくべきか――。