契約戦争─列強国ムーの悲哀─ 作:ヘッショ!
ムー連邦。
第二文明圏の東部に広大な国土を持つ、世界有数の機械文明国家である。
正式には複数の共和国、自治管区、特別行政区からなる連邦国家であり、連邦全体の元首としては大統領が置かれている。
第二文明圏では、長らく最も近代化された国家であった。
蒸気機関を動力とする鉄道が国土を貫き、港湾には鋼鉄製の大型船舶が並ぶ。都市では自動車が走り、工場の煙突が空を覆い、大学では機械工学や航空力学の研究が行われている。
神聖ミリシアル帝国の魔導技術には及ばずとも、純粋な機械文明という分野では、ムーには揺るぎない自負があった。
少なくとも、日本やグラ・バルカスが現れるまでは。
日本との国交樹立は、ムーにとって新たな時代の到来だった。
ムーの技術者たちが長年かけても到達できなかった精密加工技術、高性能な工作機械、電子機器、合成素材、高効率な発電設備。
それらが、日本との貿易によって一挙に流れ込んだ。
日本企業が建設した工場では、それまで熟練工が手作業で調整していた部品が、工作機械によって寸分違わず量産された。鉄道車両の故障率は下がり、航空機の性能は向上し、軍の通信網も飛躍的に近代化された。
ムー連邦軍には、日本から輸出された小銃、防弾装備、無線機が配備された。
日本としては、転移の影響で外貨が不足しており、それを補うために旧式装備を更新ついでに売り払っている状況だった。
すると退役した日本の戦車や車両が供与され、首都では、日本式の装備を身につけた精鋭兵が閲兵式を行うようになる。
ムーの新聞は、それを国家発展の象徴として称賛した。
日本の技術と、ムーの工業力。
『両国が手を結べば、やがて神聖ミリシアル帝国にも並ぶことができるだろう』
そう語る政治家もいた。
だが、日本の進出を黙って見ているグラ・バルカス帝国ではなかった。
帝国企業は、日本企業より安い建設費と短い工期を提示した。
一つの精密工場を時間をかけて建てる日本に対し、グラ・バルカスは同じ期間で三つの工場を建設した。
日本企業が技術者を選抜し、長期間の教育を施す一方、グラ・バルカス企業は数万人の労働者を一度に雇い入れた。
品質では日本。数量ではグラ・バルカス。
ムー政府は、両国を競わせればよいと考えた。
日本に高性能な設備を作らせ、グラ・バルカスに安価な工場を建てさせる。片方が条件を渋れば、もう片方との契約を示して譲歩を引き出す。
当初、その政策は成功しているように見えた。
外国資本は競うようにムーへ流れ込み、各共和国では大規模な開発計画が進んだ。
経済都市マイカルは、その象徴だった。
沖合には大型船舶が入港できる埠頭が築かれ、郊外には製鉄所、造船所、車両工場、石油精製施設、航空機部品工場が立ち並んだ。
鉄道貨物駅には、昼夜を問わず鉱石や機械部品を積んだ列車が出入りしている。
だが、工場の門に掲げられている看板は、ムー語だけではなかった。
ある区画には日本語が並び、別の区画にはグラ・バルカス帝国の文字が掲げられていた。
使用される工具も、電圧も、部品規格も違う。
日本系工業区で製造された部品は、グラ・バルカス系工場では使えない。
グラ・バルカス系鉄道の貨車は、日本規格で整備された区間へ入る際に台車を交換しなければならなかった。
工場はムーの土地に建っていて、働いている者の多くもムー人。だが、生産計画を決めるのは外国の本社だった。
もし日本の景気が悪化すれば、日本系工場の発注が減る事になる。
もしグラ・バルカス帝国が軍需生産を増やせば、マイカルの工場も民生品の生産を止め、帝国向け部品の製造へ切り替える事になる。
以前、そのリスクを鑑みてムー政府が国内向けの製品を増やすよう求めたが、契約を理由に拒否された。
ムーの工場でありながら、ムーの都合では動かせなかったのだ。
さらに深刻なのは、技術者の流出だった。
日本企業は高い給与と優れた研究設備を用意し、ムー各地から優秀な技術者を集めた。
グラ・バルカス企業も、大規模工場の管理職として経験豊富な技師を引き抜いた。
その結果、ムーの国営企業や古い民間工場には、若手と退職間近の技術者しか残らなくなった。
統計上の工業生産量は増えていて、輸出額も雇用者数も伸びている。
だがムー自身が生み出せるものは、年を追うごとに少なくなっていた。
工作機械が故障すれば、日本から技術者を呼ぶしかなく、生産ラインが止まれば、グラ・バルカスから部品を取り寄せるしかない。
軍の小銃を増産しようとしても、照準器は日本製、弾薬はグラ・バルカス製だった。
両国との関係が同時に悪化すれば、ムーの工業は数か月で停止する。
それでも政治家たちは、外国投資による経済成長を成果として掲げ続けた。
「なんですか、これは……?」
ムーの首都、オタハイトの連邦軍技術廠の庁舎にて。
連邦軍の主席技術士官を務めるマイラス・ルクレールは、手に持った書類の内容に、深い失望を抱いていた。
「見ての通りだ。マリン戦闘機の後継機開発計画は、日本製のT-4B練習機に置き換わった」
「……見ればわかりますよそんなこと。何故そうなったのか、と言う意味で聞いたんです」
マイラスは眼前の技術廠幹部にそう問いかけた。
中止されたのは、彼が肝入りで掲げていたマリン戦闘機の後継機計画だ。もはや陳腐化が否めないマリン戦闘機を後継機に置き換え、性能を向上させることを目的としている。
ただ、この開発計画の真髄は性能面だけではない。もっと根幹的に大事な部分を維持するために必要な事だった。
「性能面において、T-4Bを上回る要素がマリン後継機計画には一つとして見当たらなかったことが原因だ」
幹部は続ける。
「今更T-4Bどころかグラ・バルカスのアンタレスにすら劣るような戦闘機を配備したところで、国防の問題は解決できない……という話だよ
「それらは理解した上で計画を進めていました」
「なら、予算は打ち切られる」
「納得できません! これは、ムーの国産機であることが重要なはずでした!」
マイラスは幹部の机を叩き、必死に、そしてせがむ様に、なんとかして説得しようと言葉を続けた。
「たとえ性能に劣る機体でも国産機を配備する! それにより技術者が育成され産業が維持されるんです! それをみすみす外国産の機体に頼れば、技術は潰えてしまいます!」
「……予算が降りない」
「国や軍を近代化させるには、必要なプロセスなんです!」
「君の言う近代化は、日本とグラ・バルカスによって成し遂げられたのだよ」
「どこがですか!」
マイラスは怒りを露わにし、両手を広げてみせた。
「銃は日本製、弾はグラ・バルカス製、戦車は日本製、装甲車はグラ・バルカス、挙げ句の果てには航空機までもですか? これのどこに国産品があるんですか!?」
「ムーの国産品は性能が足りず、単価も高い」
「外国産に頼る方がリスクが高いのですよ!?」
「分かっている! だが議会が予算を下さないのだよ!」
幹部はどうしようもない現実を目の当たりにしたかの様に、声を荒げるしかなかった。
その気迫と言葉に、マイラスは歯軋りをして、そのまま口を閉ざした。そんな理由、分かりきっていたからだ。納得していないのは自分だけだった。
「この国は民主主義国家だ。議会が金を出さないと言ったら、連邦軍に出来ることは何もない。この決定を覆すことは当分無理だ」
「……予算は」
「?」
「予算は、どれだけ減らされたんですか?」
マイラスからの疑問に、幹部はすぐには答えられなかった。
「額面上は減っていない」
その言葉に、苦いものが口に湧き出てくる。それを抑え込み、なんとかして彼に説明するしかなかった。
「だが実際のところ、日本からの小銃や装具の購入に振り分け直されている。新装備だと日本製の無人機アセットや戦車もある。これらは戦闘機の開発予算並みに高い」
「だから開発計画を削ったんですか?」
「議会としては予算を増やすことは容易でない以上、すでに進んでいるものを削るしか無かったんだ」
幹部としても、マイラスの意見には賛同し続けた立場であるがゆえに本人も納得していない。
目の前の若く、優秀な人間に対してこの様な掻い摘んだ言葉を言わなければならないのが、残念だった。
だが、現実の予算は打ち切られている。これを覆すことは容易ではない。なまじ政治家の都合で足並みが揃わないのが、ムーの様な民主主義国家の弱点であった。
「……ムーは」
マイラスは、窓の外をふと眺めながら呟く。
「ムーは、いつからこうなってしまったのでしょうか?」
その問いに、幹部は答えることはできなかった。部屋に沈黙が流れ、時計の針が午後を指し、斜陽が差し込み始める。