契約戦争─列強国ムーの悲哀─   作:ヘッショ!

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第五話『武装強化』

1642年6月7日

日本国 首都東京都

 

 総理大臣官邸の地下に設けられた危機管理会議室では、オタハイトで発生した武力衝突事件に関する臨時閣僚会議が開かれていた。

 大型モニターには、事件現場を撮影した映像が停止したまま表示されている。

 日本国内では、すでに各報道機関がこの映像を繰り返し放送していた。

 何が原因で、どちらが先に撃ったのか。

 メディアによって意見は分かれていた。

 だが政府にとって、より切迫した問題は別にあった。

 

「ムー国内の日本企業から、警備体制の強化を求める要望が相次いでおります」

 

 経済産業大臣が、机上の資料をめくりながら説明した。

 

「オタハイトだけではありません。マイカル含む沿岸工業地帯、鉱山輸送路でも、日本企業の車両や倉庫に対する襲撃が増加しています」

 

 武田総理は、資料から目を上げなかった。

 

「襲撃の主体は?」

「現時点では断定できません。失業者による強盗、現地犯罪組織、反日活動家、競合企業が雇った工作員。複数の可能性があります」

「グラ・バルカス企業の関与は」

「証拠はありません」

 

 経済産業大臣は一度そう答えた後、言葉を付け加えた。

 

「ですが、無関係だと考える企業関係者はほとんどいないでしょう」

 

 会議室の空気が重くなる。

 グラ・バルカス企業側も、日本側と同じ主張をしているだろう。

 日本企業の工作員が帝国系工場を襲撃している、と。

 根拠のない疑惑が疑惑を呼び、相手が何かを始める前に備えなければならないという論理が広がっていた。

 

「現地企業からの要望は、具体的には何だ」

 

 武田が尋ねる。

 

「警備員の重武装化です」

 

 経済産業大臣は明確に答えた。

 

「現在、日系警備会社の携行武器は、原則として拳銃と短機関銃に限定されています。しかし、グラ・バルカス系企業の警備部門では、自動小銃や軽機関銃の配備が始まっているとの報告があります。車列警護に装甲車を使用している事例も確認されました」

「民間警備員へ小銃を持たせるつもりか」

 

 外務大臣が険しい表情を向けた。

 

「ムーは日本の占領地ではありません。日本企業が外国領内で部隊規模の武装を始めれば、国際的には私兵の派遣と受け取られます」

「企業と邦人の安全を守れなければ、取引そのものが継続できません」

 

 経済産業大臣も引かなかった。

 

「ムー連邦政府は、オタハイト事件の責任者を一人も逮捕できていない。日本企業の支部が武装集団に包囲されても、警察は見ているだけでした」

「だからといって、我々まで同じことをすればどうなる。日本企業とグラ・バルカス企業が、それぞれ自動小銃で工場を守るようになれば、ムーの都市に外国軍の駐屯地が並ぶことになる」

「何もせず邦人に死者が出た場合、外務省は責任を取れるのですか」

「武器を増やして死者が増えた場合、経済産業省こそ責任を取れるのか?」

「今すでに銃撃が起きているんです」

「だからこそ、銃を増やすことに慎重であるべきだと言っている!」

 

 声がぶつかり、武田は片手を上げた。

 

「防衛省の見解を聞こう」

 

 防衛大臣が手元の資料を閉じた。

 

「ムー連邦法と現地の企業保安規則を確認しました。結論から申し上げれば、一定の条件下で自動火器を配備することは、法的には可能です」

 

 外務大臣が眉を寄せる。

 

「可能なのか」

「ムー政府が指定した重要産業施設、軍需関連工場、国際貨物輸送路については、許可を受けた民間警備会社が軍用火器を保有できます」

「それはムー国内の警備会社を想定した制度ではないのか」

「条文上、企業の国籍による制限はありません。現地法人として登録し、共和国政府または連邦産業保安局の認可を受ければ適用できます」

「抜け穴ではないか」

「法的には認められた制度です」

 

 防衛大臣は淡々と答えた。

 

「日本から直接武器を輸送する場合には輸出管理上の手続きが必要ですが、輸出用火器を現地法人へ販売することはできます。第三国製火器を日本企業が購入し、ムーへ移送する方法もあります」

「防衛省は賛成なのか」

「条件付きで賛成です」

 

 防衛大臣はモニターへ目を向けた。

 

「現地の脅威は、すでに通常の施設警備で対応できる段階を越えつつあります。拳銃だけの警備員に、短機関銃や自動小銃を持つ襲撃者から貨物列車や技術者を守れというのは現実的ではありません」

「だから小銃を持たせると?」

「襲撃を受けてから自衛隊を派遣するよりは、現地警備員に適切な装備を与える方が、はるかに介入の程度は低いです」

「自衛隊を派遣しない代わりに、企業軍を作ることになるのでは?」

「企業軍にしないための制限を設ければよいのてす」

 

 防衛大臣は指を折った。

 

「配備数の上限。施設外での携行制限。使用記録の提出。重機関銃、迫撃砲、爆発物の禁止。警備員への射撃教育と交戦規定の設定。政府監査官の派遣」

「その監査官を、誰が守るんだ……」

 

 外務大臣の問いに、防衛大臣は答えなかった。

 とりあえず今の言葉を整理しつつ、武田は椅子へ深く腰を預け、疑問を呈した。

 

「ムー政府へ警備強化を要請する方法はないのか」

「すでに要請しています」

 

 外務大臣が答えた。

 

「しかし連邦政府と各構成国政府の間で、権限を巡る争いが起きています。連邦政府は共和国警察の責任だと主張し、構成国側は外国企業の誘致を決めた連邦政府にも責任があると反論しています」

「要するに、誰も責任を取らない」

「そういうことになります」

 

 武田は小さく息を吐いた。

 

「情報省はどう見ている」

 

 会議卓の端に座っていた情報担当大臣が、ゆっくりと資料を開いた。

 情報省。

 日本が異世界へ転移した後、対外情報収集、外国勢力の工作活動、異世界諸国に関する戦略分析を一元化するために新設された官庁である。

 従来、外務省、防衛省、公安、内閣官房に分散していた機能の一部を引き継ぎ、国外における人的情報活動も担当していた。

 その存在は大きな注目を呼んだが、具体的な活動内容の多くは今でも公には明らかにされていない。

 

「確定情報ではありません」

 

 情報担当大臣は、最初にそう断った。

 

「そのうえで申し上げます。グラ・バルカス系企業に所属する工作要員が、ムー国内で活動を活発化させている可能性があります」

 

 外務大臣が顔を上げた。

 

「根拠は」

「帝国系企業の警備部門へ、短期間で多数の退役軍人が採用されています。また、企業の資金口座から、実体の確認できない複数の現地警備会社へ送金が行われています」

「企業警備の強化ではないのか」

「それだけなら説明できます。しかし、一部の要員は工場警備とは無関係の地域へ派遣されています」

 

 情報担当大臣は地図を表示させた。

 ムー連邦の主要都市と鉄道網。その各所に、小さな赤い印が付けられている。

 

「マイカルの港湾労働組合。オタハイトの新聞社。ランガ共和国の鉱山都市。ムー連邦軍の補給施設周辺。日本企業と契約している下請け会社でも、帝国系の人物による接触が確認されています」

「諜報活動だと?」

「可能性は高いと見ています」

「確証はないのでしょう?」

 

 外務大臣が念を押す。

 

「ええ。現時点では未確定情報です」

「未確定情報を根拠に、日本企業へ小銃を持たせるのか?」

「未確定だから無視する、という判断も危険です」

 

 情報担当大臣は表情を変えなかった。

 

「グラ・バルカス側がすでに企業を隠れ蓑として工作組織を展開している場合、日本側だけが通常の民間警備にとどまれば、現地の情報網と輸送網を短期間で失います」

「相手が武装するかもしれないから、こちらも武装する。相手が工作しているかもしれないから、こちらも非合法活動に備える。その論理の先に何があるか分かっているのか」

「分かっていますとも」

 

 情報担当大臣は答えた。

 

「だからこそ、相手がすでに始めている可能性を無視することもできません」

 

 外務大臣は武田へ向き直った。

 

「総理。これは単なる警備強化ではありません。ムー国内における日本の行動原則を変える決定です」

「邦人と企業を危険にさらすわけにもいかないぞ」

「それは承知しています。少なくともムー政府との協議を先に行うべきです。日本企業が自動小銃を配備した後で通告すれば、ムーの主権を無視したと受け取られます」

「協議している間に襲撃が起きたらどうする?」

 

 経済産業大臣が問う。

 

「その時は緊急退避を進めるべきだ」

「撤退すれば、グラ・バルカス企業が市場を独占します。工作機械、通信、軍需、自動車、鉄道。ムーへの投資を放棄すれば、日本は第二文明圏における経済的足場を失うぞ」

「市場のために民間人へ戦争をさせるのか」

「日本人を守るためです」

「その二つを都合よく混同しないでくれ」

 

 再び言葉が鋭くなる。

 武田は黙ったまま、モニターに映るムーの地図を見ていた。

 日本がこの世界へ転移して以来、ムーは最も重要な協力国の一つだった。機械文明を理解し、日本製品を受け入れられる市場。

 

 日本と第二文明圏をつなぐ物流拠点でもある。

 

 そしてグラ・バルカス帝国に対する緩衝地帯でもある。

 

 ここから日本企業が撤退すれば、経済的損失だけでは済まない。ムー全体がグラ・バルカスの影響下へ傾く可能性がある。

 だが警備員を重武装化すれば、日本企業は工場を守る存在から、地域の治安へ介入する武装勢力へ近づく。

 

「防衛大臣」

「はい」

「武器の種類と運用範囲を限定できるか」

「可能です」

「経済産業大臣」

「はい」

「企業側へ、武装はあくまで人員と施設、輸送物資の防護に限定すると徹底させろ。工場周辺の巡回や、現地市民への身分確認は禁止する」

「承知しました」

「外務大臣」

「……はい」

「ムー政府へ事前通告する。許可を求めるのではなく、既存の法制度に基づく警備強化として説明しろ。ただし、共同監視制度の設置を提案する」

「総理、それでは事実上──」

「分かっている」

 

 武田は言葉を遮った。

 

「だが日本企業の社員へ、相手が撃ってこないことを祈れなどと、私は言えない」

 

 外務大臣はしばらく黙っていた。

 

「この決定は、グラ・バルカス側の重武装化を正当化します」

「すでに向こうは始めている可能性がある」

「まだ可能性です」

「その可能性に備えためだ」

 

 武田は会議室を見回した。

 

「日本企業の警備部門に対し、自動火器の配備を認める。ただし現地法、日本の輸出管理、政府が定める交戦規則を厳守させる。防衛省と情報省は、訓練と監査を非公開で支援する」

 

 その言葉を聞き、情報担当大臣が静かに頷いた。

 外務大臣だけは、最後まで表情を崩さなかった。

 

「……記録に残してください」

 

 彼は議事録担当者へ告げた。

 

「私は、外交上の重大な危険があると指摘した。そのうえで、内閣の決定には従います」

 

 武田は頷いた。

 こうして日本政府は、自国企業を守るための措置として、ムーにおける民間警備会社の重武装化を容認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数週間後

カロッシュ共和国 経済都市マイカル郊外

 

 日本企業が集中する西部工業地区では、灰色を基調とした警備服を着た男たちが、新たな装備の受領を進めていた。

 

 日系警備会社「アンソック」。

 正式名称は、アジア・ニューワールド・セキュリティ・オーガニゼーションだ。

 

 主に日本企業の海外施設警備、技術者護衛、危機管理、輸送警備を請け負う警備会社である。

 転移前は単なる国内警備の会社だったが、転移後に多発した文明圏外国での山賊の襲撃に対抗するべく、今では銃の携帯を許可されている。

 構成員も訓練を受けた元自衛官、元警察官などが増えて来ていた。

 かつて彼らが携行していた武器は拳銃が中心であり、警備車両には必要に応じて短機関銃が保管されていただけだった。

 

 しかし現在、貨物列車を警備する彼らの手元には黒い自動火器が携帯されていた。

 

 陸上自衛隊の特殊部隊での採用例があるHK-416を持つ隊員がほとんどだ。

 これらは短銃身型を中心に、光学照準器、照明装置、垂直グリップが装着されている。

 

 車内警備や施設内部での戦闘を想定した要員には、P90などが配備されている。

 これは転移前に自衛隊がMP-7との比較検証のために輸入したものを、警備用にライセンス生産したものだった。

 P90は小型で取り回しがよく、防弾装備を着用した相手への対処能力も高い優秀な装備だった。

 

 マイカル東部貨物駅を出発した貨物列車は、全長500メートルを超えている。

 先頭にはムー製の大型ディーゼル機関車が牽引し、その背後に日本企業の精密工作機械、電子部品、医療機器、車両用部品を積んだ有蓋貨車が連なっている。

 列車の前後には、アンソックの警備要員を乗せた専用車両が連結されていた。

 窓には薄い防弾板が取り付けられ、側面には銃眼が設けられている。

 以前は拳銃と散弾銃が数丁あるだけだった。

 今では、各警備員の足元にHK-416が置かれ、車内警備担当者はP90を胸元に吊っている。

 

「総員警戒を怠るな。この辺りから警戒区域だ」

 

 先頭警備車両で、班長が通信機を片手に班員に警鐘を鳴らす。

 

「昨日、線路脇で不審なトラックが確認されている。鉄道警察は密輸業者だと言っているが、念のため速度を落とさず通過する」

「グラ・バルカス系ですか」

 

 若い警備員が尋ねるが、班長は断定を避けた。

 

「決めつけるな。強盗かもしれないし、ただの故障車かもしれない」

「最近は何でも帝国の仕業だと言われていますからね……」

「そうだ。逆に日本側の工作だと言う連中もいる」

 

 班長は窓の外へ目を向けた。

 貨物列車はマイカルの市街地を離れ、倉庫と工場の点在する郊外へ入っている。

 線路の両側には、手入れされていない空き地と低い雑木林が広がっていた。

 遠方には工場の煙突が並び、その一部には日本企業の旗が、一部にはグラ・バルカス企業の旗が翻っている。

 ムーの国旗は、そのどちらにも掲げられていた。

 だが、どの旗がこの土地で最も力を持っているのかは、場所ごとに違っていた。

 

「前方、障害物!」

 

 機関車から無線が飛び込んだ。

 班長が窓へ身を寄せる。

 線路上に、古い貨物自動車が横向きに止められていた。

 荷台には廃材が積まれ、線路を完全に塞いでいる。

 

「非常制動!」

 

 車輪が甲高い音を立てた。

 長大な列車が振動し、警備員たちは手すりにつかまる。

 

「全員、配置につけ! まだ撃つなよ!」

 

 警備員たちがHK-416を手に取り、窓の下へ姿勢を低くする。

 列車が完全に停止する前に、雑木林から人影が飛び出した。

 数は十数名。顔を布で覆い、作業着や古い軍服を身につけている。

 手には拳銃、散弾銃、短機関銃を携帯している。

 

「荷台を開けろ!」

 

 強盗団だった。

 先頭の男が叫びながら短機関銃を撃つ。

 弾丸が機関車の側面と警備車両へ当たり、金属音を響かせ、それが正当防衛の引き金を引いた。

 

「発砲確認!」

「応射を許可する!」

 

 班長が叫ぶ。

 

「射界を確認しろ! 短点射!」

 

 警備車両の銃眼からHK-416が火を噴いた。

 乾いた連射音が連続する。

 強盗団の短機関銃とは、射程も命中精度もまるで違った。線路脇で銃を構えていた男が倒れ、その隣の者が慌てて地面へ伏せる。

 

「右、トラック後方!」

 

 別の警備員が光学照準器越しに狙いを定めた。

 二発。トラックの陰から発砲していた男の武器が弾かれ、腕を押さえた。

 後方警備車両からも、P90を持った要員が射撃を開始した。貨車へ接近しようとしていた二人が身を翻し、雑木林へ逃げ込む。

 

「追うな! 線路周辺だけを制圧しろ!」

 

 班長の命令が飛ぶ。

 強盗団は、貨物列車の警備員が拳銃と散弾銃程度しか持っていないと考えていた。

 これまで襲ったムー企業の列車と同じく、数人が空へ向けて短機関銃を撃ち、運転士を脅し、貨車を開けさせる。

 抵抗されても、弾をばら撒けば逃げる。

 そのはずだった。

 

 しかし列車から返ってきたのは、訓練された射手による正確な自動小銃射撃だった。

 強盗団が撃った弾の多くは、警備車両や貨車へ無秩序に火花を散らすだけで、逆にアンソック側の弾丸は、発砲している者と武器を持って接近する者へ集中した。

 わずか数十秒で、攻撃側の勢いは失われた。

 

「くそっ、止めだ止め!」

「退くぞ!」

 

 誰かが叫ぶ。

 生き残った強盗たちが、武器を捨てて雑木林へ逃げ始める。

 

「射撃停止!」

 

 班長が命じた。

 

「逃走者を撃つな! 周囲を警戒!」

 

 銃声が止んだ。

 残ったのは、機関車のアイドリング音と、負傷者の呻き声だけだった。

 線路脇には、短機関銃や拳銃が散乱している。強盗団の数名が死亡し、それ以上が負傷していた。

 アンソック側では、防弾板を貫通しなかった弾丸の破片で一人が軽傷を負っただけだった。

 

「ムー鉄道警察へ通報。救急も要請しろ」

 

 班長は銃口を下げずに指示した。

 

「機関車班は障害物を確認。爆発物の可能性がある。安易に近づくな」

「了解」

 

 しばらくして、遠くからムー連邦警察のサイレンが聞こえ始めた。

 アンソックの警備員たちは、手順どおり武器の安全を確認し、発射した弾数を記録する準備を始める。

 襲撃は阻止され、貨物は一つも奪われなかった。

 日本人にも死者は出なかった。

 政府が期待した通りの成果だった。

 

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