契約戦争─列強国ムーの悲哀─ 作:ヘッショ!
その翌日
グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ カルスライン本社ビル
グラ・バルカス帝国の工業力の大部分を担うカルスライン社の敷地は、ひときわ広大だった。
製鉄所、工作機械工場、車両組立工場、弾薬工場、鉄道貨物駅など。それらが高い煉瓦塀と有刺鉄線によって囲まれ、一つの都市のように連なっている。
正門では、カルスライン社と契約する警備会社の要員が、入構する労働者の身分証を確認していた。
彼らの腰には拳銃があり、詰所の壁には短機関銃が並べられている。監視塔に立つ警備員は、帝国軍の制式小銃を民間向けに改めた半自動小銃を肩にしていた。
少なくとも、ムーの一般警察よりは重武装であゆ。それでも、日本企業の警備会社と比べれば見劣りする。
その事実を、カルスライン社の代表取締役のエルチルゴは認めたくなかった。
「これは?」
「先日の貨物列車襲撃に使われた武器の薬莢です」
会議室にはサンプルとして回収された5.56mmの薬莢が置かれている。
また、遠距離から銃撃戦を撮影した写真も幾つかあった。
画質は悪い。遠方から撮影されたうえ、列車周辺には砂埃が舞い、人物の表情までは判別できない。
しかし何が起きたのかは十分に分かった。
貨物列車を襲おうとした強盗団は、日本系警備会社の警備車両から撃ち返された。
ある者は倒れ、ある者は武器を捨て、残った者は森へ逃げ込んだ。
単なる火力だけではなかった。装備、訓練、指揮、通信など、すべてが違っているという報告書が付いていた。
「こいつは……」
エルチルゴの目が、ある一枚の写真で止まった。
黒い防弾装備。銃器には小型の光学照準器。短い銃身と、複雑な形状の銃床。
帝国の技術者から見れば、理解できないほど異質な小銃だった。
「これが例の日本製自動小銃か」
「はい。正確には、日本企業が国外から調達したものと思われます」
技術担当重役が答えた。
「製造国などどうでもいい。日本側がムーへ持ち込んだのなら、日本側の兵器だ」
エルチルゴは不機嫌そうに言い捨てる。
「性能は」
「現在確認できている限りでは、帝国軍の短機関銃より射程が長く、半自動小銃より連射能力に優れます。小型でありながら、小銃弾を使用しているようです」
「帝国で作れるのか」
技術担当重役は答えに詰まった。
会議室の空気が変わる。
「率直に申し上げます」
重役は慎重に言葉を選んだ。
「外形だけを模倣することは可能です。しかし、同等の性能を得ることは難しいでしょう」
「なぜだ」
「部品の加工精度です。報告書を書いた諜報員の推測にすぎませんが、あれほど小型な銃に連射性能を求めるのは、内部機構には相当に高い精度が求められます。材料についても、金属製ではないことがわかっています」
技術者が別の写真を机へ並べた。
アンソックの警備員を、マイカル市内で遠距離から撮影したものだった。
「機関部の上に取り付けられている装置は照準器と思われます。従来の照門と照星を合わせる方式ではありません。暗所用の照明器具や、距離測定装置らしきものを装着した例もあります」
「玩具をいくら付けたところで、銃は銃だろう」
警備部門の責任者が吐き捨てた。
技術者は彼を見た。
「では、カルスライン社の警備隊が同じ状況で強盗団を撃退できたと思いますか」
「我々の警備員も訓練を受けている」
「半自動小銃で、です」
「一発ずつ狙って撃てばよい」
「その間に向こうは数発を正確に撃てます」
「短機関銃なら連射できる」
「射程が違います」
警備責任者の顔が赤くなる。
エルチルゴが指で机を叩いた。
「やめろ」
二人が口を閉ざす。
「技術的に劣っているかどうかを議論しているのではない。現実として、日本側が我々より強力な武器を持ち始めた。それが問題だ」
エルチルゴは停止した映像を睨んだ。
帝国が世界へ進出して以来、グラ・バルカス人は自国の工業力に絶対的な自信を持っていた。
剣や魔法に依存する異世界諸国を相手に、帝国の科学技術は圧倒的だった。
しかし日本は違う。
日本の兵器は、帝国の技術者が理解できない構造を持っている。
航空機は帝国機よりはるかに速く飛び、軍艦は視界の外から攻撃し、小銃ですら帝国の半自動小銃より小型で、軽く、連射が利く。
その日本製兵器が、正規軍ではなく民間警備会社へ配備され始めている。
今は貨物列車を守るだけだ。
だが明日、日本企業が工場周辺の道路を封鎖したら。来月、日本系警備会社が装甲車を持ち込んだら。
カルスライン社の警備員が対抗できなければ、マイカルにおける力関係は一気に崩れる。
「帝国本国へ、自動小銃の供与を要請しては」
警備責任者が提案した。
「帝国軍にも、全自動射撃が可能な小銃は存在します。特殊部隊や一部の空挺部隊が使用しているはずです」
「一般警備員へ供与されると思うか」
エルチルゴは冷たく返した。
「帝国軍ですら配備数が限られている兵器だ。本国は民間企業の倉庫を守るために、最新装備を渡しはしない」
「しかし、日本側が──」
「正規の手続きでは到底間に合わない」
エルチルゴの言葉に、重役たちが顔を見合わせた。
「こうなれば、日本側が使用している小銃を入手するしかあるまい」
技術担当重役が目を見開いた。
「購入するのですか」
「日本企業が売ると思うか」
「では、闇市場から?」
「完全な状態でなければ意味がない。銃だけでも不十分だ。弾薬、弾倉、照準器、整備器具、可能なら取扱資料も必要だ」
「それはつまり……」
「奪う」
エルチルゴは平然と言った。
「アンソックの輸送部隊を襲うのですか」
「我が社の警備員にやらせれば、カルスラインの関与が露見する。ムー人の強盗を雇っても、先日のように返り討ちに遭うだけだ」
エルチルゴは椅子から立ち上がった。
「専門家を使う」
数日後。
帝都ラグナ 高級官僚宿舎
帝王府にほど近い高級官僚用宿舎の一室で、エルチルゴは一人の男と向かい合っていた。
帝王府副長官のオルダイカという男だ。
帝王府内の予算、人事、各省庁との調整を担う高官であり、表舞台へ出ることは少ないものの、帝国政府内部に広い人脈を持つ人物だった。
卓上には高級酒と軽食が並んでいる。
窓の外には帝都の夜景が広がり、遠くを蒸気機関車の汽笛が通り過ぎていった。
「カルスライン社が、ムーで苦戦しているとは聞いている」
オルダイカはグラスを傾けた。
「だが、帝王府が民間企業同士の争いへ介入するのは難しい」
「介入をお願いしているわけではありません」
エルチルゴは笑顔を崩さなかった。
「帝国の安全保障に関わる問題をご報告しているのです」
「日本企業の警備員が、少しばかり性能のよい銃を持った。それが帝国の安全保障か」
「少しばかり、ではありません」
エルチルゴは写真を差し出した。
HK-416やP90などの高性能小銃。それに乗せられた光学照準器と照明装置。彼らが持つプレートキャリアと無線機。
「これらはすべて、正規軍ではなく民間警備会社の装備です。日本が民間へ供給できる程度の兵器に、我が帝国の警備隊は技術的に対抗できません」
「誇張ではないのか」
「帝国軍の技術部門へ確認していただいても構いません」
オルダイカは写真を手に取った。
しばらく眺めた後、卓上へ戻す。
「仮に脅威だとして、何を求める」
「シーン暗殺連隊の一部を、ムーへ派遣していただきたい」
部屋の空気が止まった。
オルダイカの目が細くなる。
「今、何と言った」
「シーン暗殺連隊です」
「貴様、自分が何を要求しているのか分かっているのか」
「もちろんです」
シーン暗殺連隊。
帝国軍の公式編制表には、その名称は存在しない。
破壊工作、要人暗殺、諜報員の回収、敵後方への潜入、反乱組織への指導。
通常の軍事作戦では扱えない任務を遂行する特殊部隊だった。
隊員は帝国軍の中でも限られた者から選抜され、短銃身の自動小銃、消音拳銃、爆薬、偽造身分証など、一般部隊には供給されない装備を持つ。
存在を知る者さえ、帝国内ではごく一部に限られていた。
「シーン連隊は企業の警備員ではない」
「警備をさせるつもりはありません」
「では何をさせる」
「日本製自動小銃の取得です」
エルチルゴは答えた。
「日本企業の部隊を襲撃し、装備を奪う。可能であれば、武器庫や整備施設へ侵入して複数丁を確保する。回収した兵器は本国へ送り、帝国の技術者に解析させます」
「日本側と交戦しろと言うのか」
「日本軍ではありません。民間警備会社です」
「日本政府がその説明を受け入れると思うか」
「我が社も、帝国政府も関与しません」
エルチルゴは当然のように言った。
「現地の犯罪組織による襲撃に見せかけます。ムーでは武装強盗など珍しくない。アンソックの貨物列車も、すでに一度襲われています」
「一度目は失敗した」
「だから専門家が必要なのです」
オルダイカはグラスを置いた。
「日本人に捕まれば、帝国との関係が露見する」
「シーン連隊ほどの部隊なら、そのような失敗はしないでしょう」
「絶対ではないぞ」
「何もしなければ、日本企業だけが高度な自動小銃を持ち、我々の工場と輸送路を支配することになります」
「大げさだ」
「では、日本側が次に軽機関銃を配備したらどうします」
エルチルゴは身を乗り出した。
「装甲車を持ち込んだら。ムー政府から正式に鉄道警備権を取得し、日本系工業区へ独自の検問所を置いたら。帝国人労働者や我々の輸送車両が、日本の警備員から身分証の提示を求められる日が来ても、大げさだとおっしゃいますか」
オルダイカは答えなかった。
「これはカルスライン一社の問題ではありません」
エルチルゴは続ける。
「日本は、我が帝国より優れた兵器を持っています。しかも、それをムーへ持ち込み始めた。今のうちに技術を入手しなければ、帝国は永久に後れを取ります」
「銃を数丁奪ったところで、日本の工業力が手に入るわけではない」
「それでも構造は分かる。材料も、部品の形状も、作動方式も調べられる。模倣できなくとも、対策は作れます」
エルチルゴは鞄を卓上へ置いた。
留め金を外し、蓋を開く。
内部には帝国紙幣ではなく、金塊と宝石、複数の無記名債券が収められていた。
オルダイカの視線が、ほんの一瞬だけ鞄へ落ちる。
「これは何だ」
「カルスライン社から、帝国の安全保障に尽力される方々への政治献金です」
「ほう? 政治献金を、私個人の宿舎へ持ってくるのか」
「正式な手続きでは間に合いませんので」
「賄賂だな、それは」
「言葉は重要ではありません」
エルチルゴは微笑んだ。
「重要なのは、帝国が日本の技術を入手できるかどうかです」
オルダイカはしばらく鞄を見つめていた。
やがて立ち上がり、窓辺へ歩く。
「シーン連隊を国外へ動かすには、軍情報局と帝王府警護局、少なくとも二つの記録を操作する必要がある」
「カルスライン社は必要な協力を惜しみません」
「輸送は」
「我が社の貨物船を使えます。隊員は機械技師、警備顧問、現場監督として入国させる。武器も工場警備用の貨物に混ぜます」
「現地での指揮は誰が取る」
「カルスライン社の保安部門が、標的に関する情報を提供します。作戦そのものは連隊側へ一任します」
「標的は日本の武器庫か」
「第一候補です」
エルチルゴは一枚の地図を広げた。
マイカル東部工業地区。
日本企業の倉庫、社員寮、貨物駅、アンソックの警備拠点が記されている。
「ただし警備拠点への直接侵入は危険です。最初は小規模な輸送班を狙う方がよいでしょう。補給車両、警備員の交代班、武器整備のための輸送などです」
「警備員は殺すのか」
「必要なら」
「日本人の死体が出る」
「ムー人の強盗団が抵抗され、撃ち合いになった。それだけの事件です」
オルダイカは振り返った。
「お前は随分と簡単に言う」
「ムーでは、すでに外国企業の警備員同士が撃ち合っています。誰も全体を把握していません。今なら、事件を一つ増やしても埋もれます」
その言葉は事実だった。
オタハイト銃撃事件以降、ムー国内では襲撃、放火、誘拐、貨物盗難が相次いでいる。
誰が命令したのか、どの企業が関与したのか、どの国の工作員が背後にいるのか。
ムー当局は、そのほとんどを解明できていなかった。
「いいだろう。検討しよう」
オルダイカはようやく答えた。
「検討、ですか」
「シーン連隊は私の私兵ではない。すぐに動かせるものではない」
「しかし、動かすことはできる?」
「条件が整えばな」
オルダイカは鞄へ視線を向けた。
「これは置いていけ」
「もちろんです」
「勘違いするな。受け取ると決めたわけではない。中身を確認するだけだ」
「承知しております」
エルチルゴは深く頭を下げた。
その顔には、すでに取引が成立した者の笑みが浮かんでいた。
二週間後
グラ・バルカス帝国西部の民間港
とある港町から、一隻のカルスライン社貨物船が出港した。
積荷目録には、工作機械部品、工場用工具、警備設備、交換用車両部品と記載されている。
しかし船倉の一角には、一般船員の立ち入りを禁じられた区画があった。
その内部で、二十名余りの男たちが装備を点検していた。
彼らは軍服を着ていなかった。作業着や、背広を羽織り、警備会社の制服を装っている。外見だけなら、工場へ派遣される技術者と変わらない。
だが彼らの手には切り詰められた自動小銃が携帯されていた。
隊長格の男が、机上に置かれた写真を見下ろしていた。写真に写るのは、黒い小銃を持った日系警備員。
その隣には、武器の各部を拡大した不鮮明な写真が並んでいる。
「目標は銃か」
一人が尋ねた。
「銃だけではない」
隊長は答えた。
「弾薬、弾倉、照準器、整備器具。可能なら使用者も確保する」
「捕虜を取るのか」
「構造を知る者がいれば、技術者より価値がある」
「日本人を生かして連れ出せると思うか」
「状況次第だ。無理なら装備だけでいい」
隊長は写真を重ね、封筒へ戻した。
「我々はカルスライン社の依頼で動くのではない」
隊員たちが彼を見る。
「帝国の命令でもない」
「では、誰の命令です」
「誰の命令でもないのさ」
隊長は淡々と言った。
「任務に失敗しても、帝国は我々を知らない。カルスラインも知らない。捕まれば、ムーへ流れた傭兵か犯罪者として処理される」
「いつものことですね」
一人が笑う。
「そうだ」
隊長は船倉の壁に掛けられた地図へ向き直った。
マイカルの日本系工業区。そこに設けられた警備拠点。そして武器輸送に使われる可能性のある道路。
「最初の目標は巡回班だ。警備の薄い区間で車両を止める」
「皆殺しにしますか」
「必要な人数だけだ」
「銃を奪えば、日本側は我々の存在に気づきますよ?」
「強盗に見せかける」
「先日の強盗団とは動きが違いすぎます」
隊長は口元だけで笑った。
「だから生存者を残さない」
船は汽笛を鳴らし、帝国の港を離れていった。