契約戦争─列強国ムーの悲哀─   作:ヘッショ!

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第七話『奇襲』

カロッシュ共和国 マイカル東部

 

 日本系工業地区と市街地を結ぶ幹線道路から外れた旧鉱山道路を、三台の車両が北へ向かっていた。

 先頭は黒い防弾バン。中央には、アンソックの社章を側面に記した小型貨物車。最後尾を、もう一台の防弾バンが追走している。

 道路の両側には、採掘を終えた鉱山施設と荒れた岩肌が広がっていた。

 かつて鉱石輸送に使われていた道だったが、新しい鉄道路線が完成してからは交通量が減っている。

 道幅は狭い。場所によっては、大型車両二台がすれ違うのも難しい。

 その代わり、マイカル中心部の混雑と、外国企業の検問所を避けられる。

 アンソックは、武器や警備用資材を移送する際に、この道を使うことがあった。

 その事実を、シーン暗殺連隊はすでに把握していた。

 

「予定より三分遅れている」

 

 旧鉱山施設の管理棟跡。

 崩れかけたコンクリート壁の陰で、暗殺連隊のシーン隊長が懐中時計を確認した。

 作業着の上から革製の弾帯を巻き、帝国軍特殊部隊用の短銃身自動小銃を携えている。

 周囲の隊員も軍服は着ていない。ムー人鉱山労働者の服。

 外見だけなら、現地の武装強盗団と区別はつかなかった。

 隊員は無駄口を叩かず、割り当てられた射撃位置に身を伏せている。

 道路を見下ろす採掘跡には狙撃班。岩陰には自動小銃を持つ襲撃班。道路脇の排水溝には、導線を延ばした地雷が埋められていた。

 

 狙うのは先頭車両の前輪。

 

 バンを完全に吹き飛ばす必要はない。道を塞ぎ、後続車両の進路を奪えばよい。

 隊長は双眼鏡を構えた。

 遠くから、低いエンジン音が聞こえてくる。

 

「来た」

 

 曲がりくねった鉱山道路の向こうから、黒い防弾バンが姿を現した。

 その後方に貨物車。さらに二台目のバン。

 情報どおりの編成だった。

 

「先頭を止める」

 

 隊長が低く告げる。

 

「最後尾班は、爆破後に退路を遮断。貨物車は撃つな。回収対象が載っている」

 

 隊員たちが小さく頷く。

 先頭車両が地雷の位置へ近づく。

 二十メートル。十メートル。五メートル。

 隊長は右手を握り込んだ。

 起爆手が導線式の発火器を押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発は、運転手の視界のすぐ下で起きた。

 鈍い破裂音とともに、道路の土砂が噴き上がった。

 先頭バンの左前輪が、車軸ごと跳ね上がる。

 

「うおっ──!」

 

 運転手がハンドルへしがみつく。防弾バンは大きく左へ傾き、道路脇の岩壁へ激突した。

 車体前部が押し潰され、側面を擦りながら斜めに停止する。エアバッグが開き、車内へ火薬と焦げたゴムの臭いが広がった。

 

「地雷だ!」

 

 助手席の警備員が叫ぶ。

 

「全車、襲撃警戒! 道路を離れろ!」

 

 だが、後続車両に逃げ場はなかった。

 前方は損傷したバンに塞がれている。道路は狭く、貨物車が方向転換できる空間もない。

 

 最後尾の防弾バンが急停止した直後、その後方で小規模な爆発が起きた。岩と廃材が道路へ崩れ落ち、退路を塞ぐ。

 

『後方も塞がれた!』

 

 無線に緊迫した声が飛び込む。

 

「全員、下車するな! 射撃位置を確認――」

 

 先頭車両の班長が指示を出し切る前に、フロントガラスへ銃弾が集中した。

 白い亀裂が蜘蛛の巣のように広がる。防弾硝子は貫通を防いだが、衝撃で車内にいた者たちが身をすくめた。

 

「右上、採掘場跡!」

「狙撃手だ!」

 

 アンソックの警備員がHK-416を手に取る。

 側面の銃眼を開き、斜面へ向けようとした。

 だが、その瞬間には別方向から銃撃が始まっていた。

 左の岩場。右の管理棟跡。後方の廃坑入口。

 三方向から統制された短点射が浴びせられる。

 

「伏せろ!」

 

 貨物車の運転手が座席の下へ身体を沈めた。

 側面の薄い鋼板を弾丸が貫き、荷室内の木箱へ突き刺さる。最後尾のバンから、アンソックの警備員二名が飛び出した。

 HK-416を構え、車体を遮蔽物にする。

 

「右側、二名!」

 

 一人が光学照準器を覗き込む。

 岩陰から移動する襲撃者を捉え、二発撃った。

 先頭を走っていたシーン連隊の隊員が肩を撃ち抜かれ、地面へ倒れる。

 

「一名命中!」

「敵は自動小銃を持っている!」

 

 アンソック側は即座に応射した。

 訓練も装備も、一般的な強盗団とは比較にならない。

 銃声の方向を特定し、互いに射界を分担する。

 P90を持った警備員が貨物車の反対側へ移動し、接近しようとした襲撃班へ連射を浴びせた。

 だが相手もまた、強盗ではなかった。

 

「敵は最後尾へ展開」

 

 シーン連隊の観測手が報告する。

 

「射手三。車体右側」

『第二班、抑えろ。第三班は左から回れ』

 

 襲撃側の射撃が、アンソックの射撃位置へ集中した。

 無秩序に弾をばら撒くのではない。

 一人が車体から顔を出せば、二つ以上の方向から射撃が飛んでくる。

 アンソックの警備員が照準器を覗こうとした瞬間、車体の縁へ弾丸が連続して当たった。

 

「頭を上げられない!」

「発煙筒を使え!」

 

 白煙が道路へ広がる。

 アンソック側は視界を遮断し、その間に射撃位置を変えようとした。

 しかし、風は煙を道路沿いに押し流した。

 高所に陣取るシーン連隊の狙撃班からは、煙の端を移動する影が見える。

 一発の銃声。アンソックの警備員が肩から倒れた。

 

「負傷者!」

「引き込め!」

 

 隣の警備員がプレートキャリアをつかみ、バンの陰へ引きずる。

 その動きを狙い、別の方向から弾丸が飛ぶ。

 防弾板へ何発も命中し、車体が激しく鳴った。

 

「敵は配置を把握している」

 

 先頭車両の班長が無線へ叫んだ。

 

「偶発的な強盗じゃない! 訓練された部隊だ!」

『警察への通報は?』

「妨害されている! 外部回線が通じない!」

 

 無線には激しい雑音が混じっていた。

 短距離の車内通信は可能だが、マイカルの管制室へ接続できない。

 シーン連隊は、襲撃地点周辺へ簡易的な妨害装置を置いていた。

 

「貨物を守れ!」

 

 班長は叫んだ。

 

「道路外へ突破する。後方車両を動かせ!」

『後輪を撃たれました!』

「走行できるか!」

『無理です!』

 

 最後尾のバンは、銃撃によってタイヤを破壊されていた。

 防弾車体そのものは耐えている。だが動けなければ、包囲された陣地にすぎない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲撃開始から三分。

 シーン暗殺連隊は、アンソック側の火力と配置をほぼ把握していた。

 

「先頭車両に三。貨物車に二。最後尾に四」

 

 観測手が告げる。

 

「日本側、少なくとも二名負傷」

「第一班は先頭を押さえ続けろ」

 

 隊長は道路を見下ろしながら指示した。

 

「第二班、後方車両へ接近。手榴弾は使うな。車内の装備を壊す」

「了解」

「第三班は貨物車の運転席を確保」

 

 シーン連隊の隊員たちが動き始める。

 二人一組。一方が射撃し、もう一方が前進する。

 岩から岩へ。廃車から排水溝へ。

 アンソック側が反撃すれば、別方向の射手が銃口を押さえる。

 短い自動小銃を持つ彼らは、帝国の一般兵とは異なっていた。

 全自動射撃が可能だからといって、長い連射は行わない。

 二、三発ずつ。相手の頭を上げさせず、動きを止めるために撃つ。

 装備だけでなく、その扱い方も日本系警備員と似ていた。

 

「左、接近!」

 

 アンソックの警備員が叫び、P90を向ける。

 銃口を向けた先に、一瞬だけ影が現れた。

 岩肌に弾痕が走る。だがそれは囮だった。

 反対側の排水溝から、別の隊員が姿を現す。

 狙いを定め、短く撃つ。

 P90を持った警備員が胸を撃たれ、バンの側面へ倒れ込んだ。

 

「一名排除」

「前進」

 

 シーン連隊は距離を詰める。

 アンソック側の射撃は、次第に散発的になっていった。

 弾薬が尽きたわけではない。

 射手が撃つたびに位置を特定され、集中射撃を受けるため、容易に反撃できなくなっていた。

 

「班長!」

 

 最後尾車両の警備員が叫ぶ。

 

「後方に取りつかれます!」

「貨物車まで後退しろ!」

「負傷者を運べません!」

「武器を持って動ける者だけ先に──」

 

 爆発音が響いた。

 最後尾バンの後部扉へ、小型の爆薬が取り付けられていた。

 蝶番部分が破壊され、扉が車内へ倒れ込む。

 アンソックの警備員が反射的に銃口を向けた。

 扉の外から閃光弾が投げ込まれる。

 白い光。耳を打つ破裂音。

 

「入れ!」

 

 シーン連隊の隊員が一斉に突入した。

 狭い車内では、長い銃身を振り回す余裕がない。

 先頭の隊員が短銃身自動小銃を構え、床へ伏せた警備員のHK-416を蹴り飛ばす。

 別の警備員が拳銃を抜こうとする。

 二発。拳銃を握った腕と胸へ弾丸が命中し、座席へ崩れ落ちた。

 

「後方車両、確保」

 

 隊員が無線へ告げた。

 

『武器庫を確認しろ』

 

 バン後部の固定棚には、輸送用ケースが積まれていた。

 黒い樹脂製ケースは弾薬箱。そのほかの貨物には予備弾倉。照準器。整備用工具。

 隊員が留め金を外す。

 中には、油紙に包まれたHK-416が並んでいた。

 

「当たりだ」

 

 隊員の口元に、薄い笑みが浮かぶ。

 

「新品六。弾倉多数。照準器もある」

『回収準備』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後方車両を奪われたことで、アンソック側の抵抗は急速に崩れた。

 

「後ろを取られた!」

 

 先頭車両の班長が、損傷したバンの陰から貨物車を見た。

 煙の向こうに、人影が動いている。

 自分たちの車両から取り出したHK-416を、襲撃者が確認していた。

 

「装備を持ち出している!」

「射撃できません、味方が近すぎます!」

 

 最後尾で拘束された警備員が、路上へ伏せさせられている。

 撃てば仲間に当たる。班長は歯を食いしばった。

 相手の目的は貨物ではない。

 金でも、電子部品でも、車両でもない。

 最初から武器を狙っていた。

 

「全員、貨物車を放棄」

 

 班長は無線で告げた。

 

「東側斜面へ退避する。負傷者を優先しろ」

『武器は?』

「携行できる分だけだ。残りは破壊する」

 

 班長がバン内部に残る武器箱へ手を伸ばした。

 その瞬間、フロントガラスの亀裂を抜けて弾丸が飛び込んだ。

 肩をかすめ、背後の座席へ突き刺さる。

 

「破壊工作を警戒している!」

「時間がない!」

 

 班長は負傷者の腕を肩へ回した。

 

「退くぞ!」

 

 アンソックの生存者たちは、発煙筒の煙を利用して道路から斜面へ移動した。

 シーン連隊は深追いしなかった。彼らの任務は警備員の全滅ではない。

 日本製自動小銃と関連装備の確保である。

 

「アンソック警備員が退却している」

 

 狙撃手が報告する。

 

「追うか」

「放置しろ」

 

 隊長は命じた。

 

「時間を稼げればよい」

 

 完全な隠蔽を考えるなら、生存者は残さない方がよかった。

 しかし山中へ逃げた武装要員を追えば、作戦時間が延びる。ムー警察やアンソックの増援が到着する危険も高まる。何より、生存者がいても、自分たちの正体までは分からない。

 現場に残すのは、ムー国内の闇市場で入手できる衣服と装備だけ。

 隊員たちは帝国軍の階級章も、カルスライン社の証明書も持っていなかった。

 

「回収状況」

「後方車両から小銃六丁。先頭車両から三丁。携行品を含め、合計十二丁」

「もう一つは?」

「P90が四丁。弾薬と弾倉もあります」

「照準器」

「小銃用九。暗視照準器らしきものが一つ。整備器具と交換部品も確認」

「書類は」

「輸送目録、警備手順書、武器管理記録」

 

 隊長は頷いた。

 

「すべて持ち出せ。貨物車は必要ない」

 

 カルスライン社が用意した二台の偽装貨物車が、旧鉱山施設の裏から道路へ出てきた。奪った武器箱が次々と積み込まれる。

 シーン連隊はアンソックの車両内を手早く捜索した。

 無線機。防弾板の材質見本。医療用品。警備員の携帯端末。訓練用資料。

 日本側にとっては一般的な警備装備でも、帝国の技術者には価値がある。

 隊長は、一本の小銃を手に取った。

 重量を確かめ、ボルトを引く。

 帝国軍の小銃とは異なる、軽く滑らかな作動音がした。

 

「これが日本側の銃か」

 

 隣にいた隊員が尋ねる。

 

「そうらしい」

「軽いですね」

「軽いだけではない」

 

 隊長は光学照準器を覗いた。

 照門と照星を合わせる必要がないタイプだ。小さな光点を標的に重ねればよい。

 

「帝国の技術者が喜ぶ」

「同じものを作れますかね」

「それを考えるのは我々ではない」

 

 隊長は安全装置を戻し、小銃をケースへ収めた。

 

「撤収する」

 

 襲撃開始から十一分。

 シーン暗殺連隊は、負傷者一名を連れて現場を離れた。

 道路には損傷した防弾バンと、銃撃を受けた貨物車が残された。

 アンソック側の死者は五名、重傷者三名。

 軽傷者を含めれば、護衛班の半数以上が戦闘不能となっていた。

 シーン連隊側にも負傷者は出たが、死者はいなかった。

 

 奇襲は成功した。

 

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