契約戦争─列強国ムーの悲哀─ 作:ヘッショ!
カロッシュ共和国 マイカル東部
日本系工業地区と市街地を結ぶ幹線道路から外れた旧鉱山道路を、三台の車両が北へ向かっていた。
先頭は黒い防弾バン。中央には、アンソックの社章を側面に記した小型貨物車。最後尾を、もう一台の防弾バンが追走している。
道路の両側には、採掘を終えた鉱山施設と荒れた岩肌が広がっていた。
かつて鉱石輸送に使われていた道だったが、新しい鉄道路線が完成してからは交通量が減っている。
道幅は狭い。場所によっては、大型車両二台がすれ違うのも難しい。
その代わり、マイカル中心部の混雑と、外国企業の検問所を避けられる。
アンソックは、武器や警備用資材を移送する際に、この道を使うことがあった。
その事実を、シーン暗殺連隊はすでに把握していた。
「予定より三分遅れている」
旧鉱山施設の管理棟跡。
崩れかけたコンクリート壁の陰で、暗殺連隊のシーン隊長が懐中時計を確認した。
作業着の上から革製の弾帯を巻き、帝国軍特殊部隊用の短銃身自動小銃を携えている。
周囲の隊員も軍服は着ていない。ムー人鉱山労働者の服。
外見だけなら、現地の武装強盗団と区別はつかなかった。
隊員は無駄口を叩かず、割り当てられた射撃位置に身を伏せている。
道路を見下ろす採掘跡には狙撃班。岩陰には自動小銃を持つ襲撃班。道路脇の排水溝には、導線を延ばした地雷が埋められていた。
狙うのは先頭車両の前輪。
バンを完全に吹き飛ばす必要はない。道を塞ぎ、後続車両の進路を奪えばよい。
隊長は双眼鏡を構えた。
遠くから、低いエンジン音が聞こえてくる。
「来た」
曲がりくねった鉱山道路の向こうから、黒い防弾バンが姿を現した。
その後方に貨物車。さらに二台目のバン。
情報どおりの編成だった。
「先頭を止める」
隊長が低く告げる。
「最後尾班は、爆破後に退路を遮断。貨物車は撃つな。回収対象が載っている」
隊員たちが小さく頷く。
先頭車両が地雷の位置へ近づく。
二十メートル。十メートル。五メートル。
隊長は右手を握り込んだ。
起爆手が導線式の発火器を押した。
爆発は、運転手の視界のすぐ下で起きた。
鈍い破裂音とともに、道路の土砂が噴き上がった。
先頭バンの左前輪が、車軸ごと跳ね上がる。
「うおっ──!」
運転手がハンドルへしがみつく。防弾バンは大きく左へ傾き、道路脇の岩壁へ激突した。
車体前部が押し潰され、側面を擦りながら斜めに停止する。エアバッグが開き、車内へ火薬と焦げたゴムの臭いが広がった。
「地雷だ!」
助手席の警備員が叫ぶ。
「全車、襲撃警戒! 道路を離れろ!」
だが、後続車両に逃げ場はなかった。
前方は損傷したバンに塞がれている。道路は狭く、貨物車が方向転換できる空間もない。
最後尾の防弾バンが急停止した直後、その後方で小規模な爆発が起きた。岩と廃材が道路へ崩れ落ち、退路を塞ぐ。
『後方も塞がれた!』
無線に緊迫した声が飛び込む。
「全員、下車するな! 射撃位置を確認――」
先頭車両の班長が指示を出し切る前に、フロントガラスへ銃弾が集中した。
白い亀裂が蜘蛛の巣のように広がる。防弾硝子は貫通を防いだが、衝撃で車内にいた者たちが身をすくめた。
「右上、採掘場跡!」
「狙撃手だ!」
アンソックの警備員がHK-416を手に取る。
側面の銃眼を開き、斜面へ向けようとした。
だが、その瞬間には別方向から銃撃が始まっていた。
左の岩場。右の管理棟跡。後方の廃坑入口。
三方向から統制された短点射が浴びせられる。
「伏せろ!」
貨物車の運転手が座席の下へ身体を沈めた。
側面の薄い鋼板を弾丸が貫き、荷室内の木箱へ突き刺さる。最後尾のバンから、アンソックの警備員二名が飛び出した。
HK-416を構え、車体を遮蔽物にする。
「右側、二名!」
一人が光学照準器を覗き込む。
岩陰から移動する襲撃者を捉え、二発撃った。
先頭を走っていたシーン連隊の隊員が肩を撃ち抜かれ、地面へ倒れる。
「一名命中!」
「敵は自動小銃を持っている!」
アンソック側は即座に応射した。
訓練も装備も、一般的な強盗団とは比較にならない。
銃声の方向を特定し、互いに射界を分担する。
P90を持った警備員が貨物車の反対側へ移動し、接近しようとした襲撃班へ連射を浴びせた。
だが相手もまた、強盗ではなかった。
「敵は最後尾へ展開」
シーン連隊の観測手が報告する。
「射手三。車体右側」
『第二班、抑えろ。第三班は左から回れ』
襲撃側の射撃が、アンソックの射撃位置へ集中した。
無秩序に弾をばら撒くのではない。
一人が車体から顔を出せば、二つ以上の方向から射撃が飛んでくる。
アンソックの警備員が照準器を覗こうとした瞬間、車体の縁へ弾丸が連続して当たった。
「頭を上げられない!」
「発煙筒を使え!」
白煙が道路へ広がる。
アンソック側は視界を遮断し、その間に射撃位置を変えようとした。
しかし、風は煙を道路沿いに押し流した。
高所に陣取るシーン連隊の狙撃班からは、煙の端を移動する影が見える。
一発の銃声。アンソックの警備員が肩から倒れた。
「負傷者!」
「引き込め!」
隣の警備員がプレートキャリアをつかみ、バンの陰へ引きずる。
その動きを狙い、別の方向から弾丸が飛ぶ。
防弾板へ何発も命中し、車体が激しく鳴った。
「敵は配置を把握している」
先頭車両の班長が無線へ叫んだ。
「偶発的な強盗じゃない! 訓練された部隊だ!」
『警察への通報は?』
「妨害されている! 外部回線が通じない!」
無線には激しい雑音が混じっていた。
短距離の車内通信は可能だが、マイカルの管制室へ接続できない。
シーン連隊は、襲撃地点周辺へ簡易的な妨害装置を置いていた。
「貨物を守れ!」
班長は叫んだ。
「道路外へ突破する。後方車両を動かせ!」
『後輪を撃たれました!』
「走行できるか!」
『無理です!』
最後尾のバンは、銃撃によってタイヤを破壊されていた。
防弾車体そのものは耐えている。だが動けなければ、包囲された陣地にすぎない。
襲撃開始から三分。
シーン暗殺連隊は、アンソック側の火力と配置をほぼ把握していた。
「先頭車両に三。貨物車に二。最後尾に四」
観測手が告げる。
「日本側、少なくとも二名負傷」
「第一班は先頭を押さえ続けろ」
隊長は道路を見下ろしながら指示した。
「第二班、後方車両へ接近。手榴弾は使うな。車内の装備を壊す」
「了解」
「第三班は貨物車の運転席を確保」
シーン連隊の隊員たちが動き始める。
二人一組。一方が射撃し、もう一方が前進する。
岩から岩へ。廃車から排水溝へ。
アンソック側が反撃すれば、別方向の射手が銃口を押さえる。
短い自動小銃を持つ彼らは、帝国の一般兵とは異なっていた。
全自動射撃が可能だからといって、長い連射は行わない。
二、三発ずつ。相手の頭を上げさせず、動きを止めるために撃つ。
装備だけでなく、その扱い方も日本系警備員と似ていた。
「左、接近!」
アンソックの警備員が叫び、P90を向ける。
銃口を向けた先に、一瞬だけ影が現れた。
岩肌に弾痕が走る。だがそれは囮だった。
反対側の排水溝から、別の隊員が姿を現す。
狙いを定め、短く撃つ。
P90を持った警備員が胸を撃たれ、バンの側面へ倒れ込んだ。
「一名排除」
「前進」
シーン連隊は距離を詰める。
アンソック側の射撃は、次第に散発的になっていった。
弾薬が尽きたわけではない。
射手が撃つたびに位置を特定され、集中射撃を受けるため、容易に反撃できなくなっていた。
「班長!」
最後尾車両の警備員が叫ぶ。
「後方に取りつかれます!」
「貨物車まで後退しろ!」
「負傷者を運べません!」
「武器を持って動ける者だけ先に──」
爆発音が響いた。
最後尾バンの後部扉へ、小型の爆薬が取り付けられていた。
蝶番部分が破壊され、扉が車内へ倒れ込む。
アンソックの警備員が反射的に銃口を向けた。
扉の外から閃光弾が投げ込まれる。
白い光。耳を打つ破裂音。
「入れ!」
シーン連隊の隊員が一斉に突入した。
狭い車内では、長い銃身を振り回す余裕がない。
先頭の隊員が短銃身自動小銃を構え、床へ伏せた警備員のHK-416を蹴り飛ばす。
別の警備員が拳銃を抜こうとする。
二発。拳銃を握った腕と胸へ弾丸が命中し、座席へ崩れ落ちた。
「後方車両、確保」
隊員が無線へ告げた。
『武器庫を確認しろ』
バン後部の固定棚には、輸送用ケースが積まれていた。
黒い樹脂製ケースは弾薬箱。そのほかの貨物には予備弾倉。照準器。整備用工具。
隊員が留め金を外す。
中には、油紙に包まれたHK-416が並んでいた。
「当たりだ」
隊員の口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「新品六。弾倉多数。照準器もある」
『回収準備』
後方車両を奪われたことで、アンソック側の抵抗は急速に崩れた。
「後ろを取られた!」
先頭車両の班長が、損傷したバンの陰から貨物車を見た。
煙の向こうに、人影が動いている。
自分たちの車両から取り出したHK-416を、襲撃者が確認していた。
「装備を持ち出している!」
「射撃できません、味方が近すぎます!」
最後尾で拘束された警備員が、路上へ伏せさせられている。
撃てば仲間に当たる。班長は歯を食いしばった。
相手の目的は貨物ではない。
金でも、電子部品でも、車両でもない。
最初から武器を狙っていた。
「全員、貨物車を放棄」
班長は無線で告げた。
「東側斜面へ退避する。負傷者を優先しろ」
『武器は?』
「携行できる分だけだ。残りは破壊する」
班長がバン内部に残る武器箱へ手を伸ばした。
その瞬間、フロントガラスの亀裂を抜けて弾丸が飛び込んだ。
肩をかすめ、背後の座席へ突き刺さる。
「破壊工作を警戒している!」
「時間がない!」
班長は負傷者の腕を肩へ回した。
「退くぞ!」
アンソックの生存者たちは、発煙筒の煙を利用して道路から斜面へ移動した。
シーン連隊は深追いしなかった。彼らの任務は警備員の全滅ではない。
日本製自動小銃と関連装備の確保である。
「アンソック警備員が退却している」
狙撃手が報告する。
「追うか」
「放置しろ」
隊長は命じた。
「時間を稼げればよい」
完全な隠蔽を考えるなら、生存者は残さない方がよかった。
しかし山中へ逃げた武装要員を追えば、作戦時間が延びる。ムー警察やアンソックの増援が到着する危険も高まる。何より、生存者がいても、自分たちの正体までは分からない。
現場に残すのは、ムー国内の闇市場で入手できる衣服と装備だけ。
隊員たちは帝国軍の階級章も、カルスライン社の証明書も持っていなかった。
「回収状況」
「後方車両から小銃六丁。先頭車両から三丁。携行品を含め、合計十二丁」
「もう一つは?」
「P90が四丁。弾薬と弾倉もあります」
「照準器」
「小銃用九。暗視照準器らしきものが一つ。整備器具と交換部品も確認」
「書類は」
「輸送目録、警備手順書、武器管理記録」
隊長は頷いた。
「すべて持ち出せ。貨物車は必要ない」
カルスライン社が用意した二台の偽装貨物車が、旧鉱山施設の裏から道路へ出てきた。奪った武器箱が次々と積み込まれる。
シーン連隊はアンソックの車両内を手早く捜索した。
無線機。防弾板の材質見本。医療用品。警備員の携帯端末。訓練用資料。
日本側にとっては一般的な警備装備でも、帝国の技術者には価値がある。
隊長は、一本の小銃を手に取った。
重量を確かめ、ボルトを引く。
帝国軍の小銃とは異なる、軽く滑らかな作動音がした。
「これが日本側の銃か」
隣にいた隊員が尋ねる。
「そうらしい」
「軽いですね」
「軽いだけではない」
隊長は光学照準器を覗いた。
照門と照星を合わせる必要がないタイプだ。小さな光点を標的に重ねればよい。
「帝国の技術者が喜ぶ」
「同じものを作れますかね」
「それを考えるのは我々ではない」
隊長は安全装置を戻し、小銃をケースへ収めた。
「撤収する」
襲撃開始から十一分。
シーン暗殺連隊は、負傷者一名を連れて現場を離れた。
道路には損傷した防弾バンと、銃撃を受けた貨物車が残された。
アンソック側の死者は五名、重傷者三名。
軽傷者を含めれば、護衛班の半数以上が戦闘不能となっていた。
シーン連隊側にも負傷者は出たが、死者はいなかった。
奇襲は成功した。