その日、
インターホンが鳴り、玄関へ歩いて扉を開ける。
「はい」
「警視庁千代田警察署地域課の溝口です」
「はあ。……?」
「聞きたいこと、あります」
何かの事件かと思った翔一は、彼女に協力することにした。
「あなたの名前、教えてください」
「乾 翔一です」
「乾さん、ですね。乾さん、一人、住んでますか?」
(なんだこの理解に苦しむ喋り方は。幼稚園の時のあの子を思い出す。一人暮らしかと聞きたいのかな)
「はい、一人暮らしです」
「一人、いるんですね」
「お巡りさん、警察手帳を見せてもらっていいですか?」
不審に思った翔一は女性警察官にそう訊ねた。
女性警察官は警察手帳を提示した。
「彼女、なしですか?」
(何なんだこの質問は)
「いないよ」
「好きです」
「は?」
「あなた、好きなんです」
「えっと……」
困惑する翔一。
「付き合えますか?」
朝っぱらから訪ねてきて何かと思えば、警察官の格好をした不審者による家庭環境の確認と告白なのかなんなのかよくわからない言葉。困惑しない方が無理ってものである。
「あの、帰ってもらっていいですか」
「いいえ。私、諦めない。ここ、いる」
「不退去罪です」
「ふた……い?」
理解できていなかった。
(少し話してみるか)
元検事としての勘なのか、事情を聞いてみることにした翔一は、彼女を中に招き入れる。
「こんなところでは暑いでしょうから、中で涼んでください」
喜びを浮かべた奏は、「失礼します」と部屋に上がる。
靴を脱ぎ、きちんと揃えて奥へ。
翔一は棚の上のコンセントタップに目をやる。
以前、盗聴電波屋が発見した盗聴器だ。留守中に何者かに侵入され、仕掛けられていたのだ。
「溝口さん、だったね」
「はい。警視庁千代田警察署地域課、溝口です」
「溝口さん、訪ねてきた理由は?」
「乾さん、捜査するため」
「なんの捜査?」
「それは……」
答えられない。
「まあいいや。警察の方に相談したいことがあったから、ちょうどよかった」
「相談? 困ってる?」
奏は心配そうに顔色を窺う。
「実は最近、何者かが留守中を狙って入り込んだみたいで」
「何か盗られた? 赦せない!」
「いや、盗まれたものはないんだけど……」
翔一は棚のコンセントタップを取る。
「それ、何ですか?」
「盗聴器なんだ」
「盗聴器があるんですか? 私、探す。手伝います」
「これ、君が仕掛けたものだよね?」
奏が動揺しながら答える。
「私、入ってない。知らない」
翔一はスマホの動画を奏に見せる。
動画は再生されること数分。
周囲に目を配りながら、ピッキングで鍵を開けて侵入する奏の姿が映っている。
「玄関に設置してある防犯カメラ。ここに映ってるのは君だよね?」
恐怖に慄く奏。
「最近、何者かに尾行されてたんだけど、君じゃないの?」
「ストーカー? 赦せない。捕まえます」
「あんただよ! あんたがストーカーなんだよ!」
奏はびっくりする。
「ごめんなさい。私、悪い子。反省します」
奏は俯きながら言った。
「……今日のところは見逃すけど、こんなことは二度としちゃダメだよ」
「はい。でも、好きなの、変わらない」
(この子、見覚えがあるんだよなあ。確か、警察の業務説明会で行った時。交番へ向かおうとした子に似てる気がする)
奏がゆっくり立ち上がる。
「今日は帰ります。でも、また来ますから」
それが迷惑なのだ。
不満そうな表情で玄関に向かう。
扉を開け、去っていった。
(奏っていうのか。可愛かったな)
奏を思い出して頬を染める。