一人暮らしの奏の家。
郵便受けに手紙が入っている。
奏は手紙を手に部屋に入って読んだ。
『君のことを愛している。僕と結婚してください』
戦慄した奏は、手紙をゴミ箱に叩き込んだ。
奏はスマホを取り出し、電話帳の乾翔一を開く。
(迷惑かな。でも優しい。怖いから)
奏は意を決して翔一に電話した。
「もしもし?」
「助けて」
「あ?」
「怖いです」
「誰?」
「私です」
「それじゃわからない」
「溝口です」
「え……」
翔一は固まる。
(いやいやちょっと待て。何で俺の携帯を知ってるんだ? いや、それよりも)
「助けてって?」
「来て、くれますか?」
「うん、いいけど。住所どこ?」
「ショートメール送ります」
電話が切れ、ショートメールが送られてくる。
ご近所さんだった。
歩いてすぐのところ。
翔一は奏の家へと駆けった。
インターホンを押す。
「はい」
「乾だ。入ってもいい?」
「待ってください」
扉が開き、奏が出てくる。
奏が翔一の胸に顔を埋め、涙を流す。
「中で話そう」
「はい」
翔一は奏と中に入る。
「何があったんだ?」
「メッセージ。怖い」
「メッセージ?」
「これ」
奏がゴミ箱から手紙を取り出す。
「恋文? これは?」
「これ、仕事終わり。入ってるの。毎日」
奏は恐怖で震えていた。
「警察は?」
「相談、した。でも動かない」
その時、インターホンが鳴った。
「見てくる」
奏が玄関へ移動し、扉を開ける。
その先には冴えない男。
「唐沢くん」
「溝口、今日も言いに来た。付き合ってほしい」
「唐沢くんはダメ」
唐沢が男物の靴に気付き。
「そうか。君をたぶらかす不届者がいるのか」
唐沢が強引に押し入り、翔一の前に現れる。
「なんだあんたは?」
「ふん。溝口は誰にも渡さない。彼女は僕だけのものなんだ」
「別に誰のものでもないと思うけど」
「黙れ!」
唐沢が懐からナイフを取り出す。
「おいおい、ちょっと落ち着け」
「うるさい! お前を殺す!」
「物騒だねえ」
奏が拳銃を手に駆け込む。
「唐沢くん、ナイフ下ろす。じゃないと撃つ」
「業務外で拳銃は御法度なんだよおおおお!」
唐沢が振り返ってナイフを振り回す。
奏の指が引き金に伸びる。
「お前の相手は俺だろ?」
「ああ?」
唐沢が振り返った瞬間、翔一の回し蹴りが側頭に炸裂し、壁へと叩きつけられて床に倒れ意識を失った。
翔一はスマホを取り出し、110番通報で警察を呼んだ。
捜査員がやってきて、伸びている唐沢を起こす。
「痛……」
唐沢が警察官を見て絶句する。
「殺人未遂の現行犯ね」
手錠をかけられる。
「連れってって」
警察官がもう一人の警察官に唐沢を引き渡す。
「それで、溝口巡査部長?」
「はい」
「業務外だよね?」
「仕事、終わりました」
「その手に持ってるのは?」
翔一は焦った。
「ピストルです」
正直に答える奏。
「警察官が拳銃を所持できるのは業務中のみ。それ以外の持ち出しは銃刀法違反だと何度言ったら覚えてくれるんだ? 署の拳銃保管記録に記載がないからもしやと思い、何度も注意したはずだが」
「ごめん、なさい」
「謝って済む問題か!?」
「殺される。怖かったんです。防犯のため」
「気持ちはわかる。だからと言って法を犯していいわけではない。溝口は警察官なんだ。市民の模範となるような人が信用を失墜させたら元も子もないだろう?」
警察官が手を差し出す。
「それは俺が預かる」
奏は拳銃を警察官に渡した。
警察官が翔一の方を見る。
「溝口巡査部長はコミニュケーション能力が欠如していて話にならないからあなたの話を聞かせてください」
「わたし、おかしくない。正常」
奏の言葉に眉を顰める警察官。
「いや、俺も状況がわからなくて」
「お名前、伺っても?」
「溝口です」
「お前には聞いてねえよ!」
顔だけ奏に向けて怒鳴る警察官。次の瞬間には頭を抱えていた。
「頭が痛い……」
「お薬、あります。ノーシン、飲んでください」
警察官は呆れた顔で無視し、質問をした。
「俺は乾 翔一。弁護士です」
「べ、弁護士!?」
驚く警察官と目を丸くする奏。
「それで、その乾先生がどうしてここに?」
「ああ、それは……」
先ほどの手紙を見せる。
「溝口さんの話を聞いたんですけど、これが仕事から帰ってくると毎回、郵便受けに入っていたそうなんです。それで、怖いと電話をしてきて。あ、電話」
「?」
「溝口さん、俺の電話番号、どうして知ってるの?」
「捜査。住民記録照会、かけました」
それを聞いた警察官が眉間に青筋を立てた。
「溝口、照会の要件は?」
「私、乾さん好き。だから調べました」
「てんめえ……!」
必死に怒りを抑え込む警察官。
「監察官に報告するからな。覚悟しとけよ」
「私、悪いことしたんでしょうか?」
警察官はついにブチ切れ奏を怒鳴りつける。
「警察が集めた市民情報を私用目的に照会してんじゃねえよ! 個人情報保護法違反だろうが!」
「あの、お巡りさん。俺、別に気にしてません」
「ですが……」
奏が嬉しそうな顔で呟く。
「乾さん、優しい。好き」
翔一は壁中に貼られた自分の写真を見て言った。
「ほんとにストーカーなんだ……」
「溝口いいいい!」
警察官の怒号。
「ひっ!」
怯える奏。
「理性が飛びそうだ……」
警察官は今にも吹っ飛びそうな理性を必死に保ちながら帰っていった。