朝。
カーテンの隙間から差し込む太陽光。
目を覚ます奏。
だが元気があまりない。
それもそうだ。
昨日、散々怒られた上に、監察対象にもなってしまったからだ。
就寝前、携帯に監察官から呼び出しのメッセージが入っていた。
奏は朝食を食べ、準備をして警視庁本部へと登庁し、監察官室を訪ねた。
「溝口巡査部長。あなたは、街で見かけた乾弁護士に好意を抱き、尾行を行い、その者の自宅を特定して留守中を狙って不法侵入をし、盗聴器を仕掛けた。間違いないね?」
「間違い。私、彼好き」
監察官は咳払いをする。
「次に、あなたは勤務を終え、保管庫にしまうはずの拳銃を勝手に持ち出し、護身用として携帯していた。重大な規律違反とともに、銃刀法違反でもある」
「私、怖かったです。ストーカー」
「溝口巡査部長、正式な処分が下るまで、自宅謹慎を言い渡す。貸与している警察手帳と手錠を預かる」
「手帳と手錠。私の。大切」
「いいからとっとと置いて消えろ!」
奏は警察手帳と手錠を取り出し、監察官の前に置くと、廊下へと追い出されてしまった。
(私、悪いことしたのかな……。乾さん)
奏は翔一を思い浮かべながら、トボトボと廊下を歩く。
(乾さん、私の弁護人。私、無罪)
トン。
下を向いて歩いていため、曲がり角から出てきた職員に気づかずぶつかってしまった。
50代の男性職員だろうか。
職員は奏を数秒見つめる。
「あ、ごめんなさい」
奏は頭を下げると、恥ずかしそうに職員を避けて歩き出す。
職員は奏の方を振り返ってから、監察官室へと入った。
翔一は弁護士会の除籍手続きをしていた。
「あなたのような方がどうして?」
「検事に復職しようと思いまして」
「そうですか。やはり、捜査官の方が板についてますか?」
「それもあります。それと、もう一つ理由も」
「なんですか?」
「個人的なことなので」
「除籍、承りました」
翔一は事務員にお礼を言うと、弁護士会を出た。
(あの子、どうしてるのかな)
翔一は車を運転しながら、奏のことを考えていた。
(あれ? なんで俺、あの子のことばかり気にしてるんだろう?)
車は東京地検の駐車場に。
建物内に入り、人事へと向かう。
「すいません」
「何でしょうか?」
「検事に復職したいのですが。階級引き継ぎで」
「えっと……」
「ああ、乾です」
「ああ! 乾さんですか! 噂は聞いてます! 確か冤罪率0、検挙率ナンバーワンの!」
「一号検事だった」
「すごいですね! 戻ってくるんですか?」
「はい」
「わかりました。ポストご用意しときます」
「ありがとう」
翔一は車に戻り、奏の家に向かう。
(今頃、謹慎にでもなってるんじゃないかな。それかクビか)
奏の自宅前に車を停める。
インターホンを押す。
奏が扉を開けた。
「乾さん……」
不安そうだった彼女が、安堵の表情を浮かべる。
「監察官になんて言われた?」
「仕事。休み」
(謹慎か)
「一人、いるの。心細い」
「上がってもいい?」
「はい!」
奏は翔一を招き入れた。
「お茶入れますね」
部屋中の壁に貼られた写真は未だに残っていた。
「溝口さん、いつ俺のことを知ったの?」
「二週間くらい前です」
業務説明会より後のことだった。
「その前に会ってるんだよ」
「え?」
「警察署内でね」
疑問符を浮かべて首を傾げる奏。
「乾さん、初めて。会うの、二週間前」
「俺、警察官に採用されたんだけどさ……」
「働ける。一緒に」
「いや、辞退するよ」
「やめちゃう?」
「十ヶ月の研修がネック」
「難しくない、学校」
「検事に戻ろうと思って」
「検事!?」
「そうすればすぐにでも捜査に復帰できるからね」
「よかった」
笑みを浮かべる奏。
と、奏の携帯が鳴る。
画面には警視庁の文字が。
「はい!」
「溝口巡査部長の携帯ですか?」
「はい」
「溝口、至急、監察官室に来い」
疑問符を浮かべる奏。
「わかりました」
電話をしまう。
「どうしたの?」
「監察官、呼ばれました」
「送ってくよ」
「いいんですか!?」
奏は嬉しそうに翔一の運転する車に乗った。
警視庁本部地下駐車場。
「行ってきな」
「はい!」
車から降りると、奏は小走りで監察官室へ向かった。
扉を開けて入る。
「溝口巡査部長、君の処分が決まった」
一瞬の静寂。辺りに緊張が走る。
「本部の捜査一課に異動だ」
「捜査一課。刑事!?」
監察官は不思議に思っていた。
クビにしようとした相手が、なぜか上層部の判断で刑事課への異動になる。
圧力がかかった以上、それに従うのが部下の仕事である。
「ありがとうございます」
奏は嬉しそうに廊下へ出る。
(念願の刑事。乾さんと一緒!)
ご機嫌な奏だった。