警視庁地下駐車場の車の中。
「どうだった?」
「刑事になりました」
「はあ!?」
奏の言葉に素っ頓狂な声を上げる翔一。
(そんなバカな!? あれだけやらかして一切のお咎めなしかよ!)
「まあいいや。配属はどこなの?」
「警視庁本部捜査一課」
(ここじゃねえかああああ!)
「乾さん、行っていいですか?」
「どこに?」
「お家」
翔一は車を出す。
(なんでこんな子が警察官に採用されたんだ。まさか上に何かあるのか?)
「溝口さん」
「はい」
「お父さんは何の仕事してるの?」
走る車の中で翔一は疑問に思ってることを訊ねた。
「お父さん、警察官。とても偉い人」
(嫌な予感がする)
「もしかしてだけど、警視総監の
「純平。お父さんの名前」
(なんてこったああああ!)
翔一の脳裏に衝撃が走った。
そこから先のことは覚えていない。
気がつくと、翔一は自宅の駐車スペースに車を停めていた。
翔一は奏を家に招き入れる。
と、インターホンが鳴った。
「あ?」
靴を脱ごうとしていた翔一は振り返り様に玄関の扉を開けた。
そこには、高校生くらいの端正な顔立ちをした女の子がいた。
「波じゃないか」
「どうした?」
「家出。しばらく厄介になるから」
「いやいやいやいや。何も言わずに出てきたのか? 親父が心配するだろう?」
「いいのよ、あんなバカ父」
「今度は何があった」
「お父さん、私が調理実習で使おうとしまっておいた豚肉、お腹空いたからって調理して食べちゃったのよ。あの人あるもの全部食べちゃうから。使うから食べるなって釘を刺したのに、全く聞いてないんだから!」
波はそう言って、靴を脱ぎ捨てて奥へと歩いていく。
そして。
「お姉ちゃん誰?」
奏と初対面だ。
「初めまして。私、溝口 奏。よろしくね」
「乾 波。よろしく」
「乾さんの娘?」
「妹だよ。腹違いの。お姉ちゃんはお兄ちゃんのお友達かなんか?」
「妹さん? 私、彼女」
(勝手に付き合わされてるし)
と、内心突っ込む翔一である。
「波、親父に電話するからな!」
「ふん。好きにすれば? 私は帰らないけど」
(やれやれ……)
翔一は呆れた様子で携帯を取り出す。
電話帳から乾悠介を開く。
「もしもし!?」
「おう、翔一か。どうした?」
「どうしたじゃねえよ! てめえが波の調理実習の豚肉食っちまったせいで怒って家出してきたぞ!」
奏が翔一の顔を覗き込む。
「乾さん、怒ってる?」
「豚肉なんてまた買えばいいだろ。とりあえず、後で迎えにいくから預かっててくれ」
一方的に電話が切られる。
「全く、もう……」
その時、玄関の外から女性の悲鳴が飛び込んできた。
ただ事ではないと思った波が、靴を履いて飛び出していく。
「波ちゃん、危険!」
奏が追いかける。
「二人とも待て!」
翔一も追いかける。
道路を挟んだ家の向かい側で、女性がオドオドしている。
「どうしました?」
波が訊ねる。
女性は前を指差しながら言う。
「ひったくりに遭ったの。黒い自転車。帽子を被った男だったわ」
「あっちね!」
波は女性の指差した方角へ走った。
「波ちゃん、危ないわよ!」
奏が追いかける。
「ちょちょちょ! だから待てって……」
翔一が二人に向かって手を伸ばす。
「奥さん、お名前聞かせてもらっていいですか?」
「
「被害に遭われた時の状況を話してもらえますか?」
足立が徒歩出勤をしようと歩いていると、後ろから黒い自転車で帽子を被った男が走ってきて、ショルダーバッグを持ってかれたということだった。
「中には何が入ってましたか?」
「お財布とスマホ。それから仕事の書類が」
「わかりました。連絡先、教えてもらっていいですか?」
「あー、失礼ですが、あなたは?」
「ああ。私、こういうものです」
名刺を渡す。
「東京地検の検事さん?」
「はい」
「とう言うことは、裁判を起こす方ですよね?」
「それと捜査もしますね」
「あ、えっと」
翔一は足立の自宅の固定電話の番号を控えた。
「あと、携帯の方も教えてもらえますか? 電源が入ってれば通信記録で場所がわかりますので」
「080-926-3314です」
「ありがとうございます」
翔一は携帯を取り出すと、110番通報をする。
「事件ですか? 事故ですか?」
「ひったくり事件です。被害者は足立 夏菜子、25歳。千代田区の住宅街」
「わかりました。至急、勤務員を向かわせます。それと、あなたのこともお伺いします」
「東京地検の検事、乾 翔一です。被害者の携帯の通信エリアの現在地を特定願います。番号は080-926-3314」
「えっと、8-926?」
「3314です」
「わかりました。勤務員に伝えます」
電話が切れる。
パトカーはすぐに到着した。
捜査三課の盗犯刑事が降りてくる。
「三課の真部です。検事さんでいらっしゃいますか」
「はい。被害者はこちらです」
翔一が示した足立を刑事が見る。
「警視庁千代田警察署捜査三課の真部です」
刑事と足立のやり取りが進む中、別の刑事が翔一に電波の発信エリアを報告する。
「すぐそこだな」
翔一は奏が向かった方角を見る。
(あそこを曲がった先か)
翔一は歩き出した。
交差点を曲がった先に、喫茶店が建っている。
その前に黒い自転車が置いてある。
同行した刑事が防犯登録番号を照会するが盗難車両だった。
翔一は喫茶店に入店した。
奏と波もいる。
客は全部で四人。一人は女性だが、男性客は三人とも帽子を持参していた。
容疑者は三人か。
「それで、俺たちの中に泥棒がいるってか?」
容疑者の一人が、波に向かって訊ねる。
奏が翔一に気付き、心配そうな顔つきで声をかける。
「乾さん、波ちゃんが」
「ああ。大丈夫だよ」
「でも……」
「いいから見てなって」
奏は波を心配しながら見つめる。
「はい。そしてその犯人は……」
波は容疑者たちを見回し、ズボンの裾がボロボロになっている男の前に移動する。
「あなたですね?」
「どうして俺なんだ? 盗んだものなんて持ってねえよ」
「確かに、所持品検査では見つかりませんでした。しかし、黒い自転車で帽子を被ったひったくり犯の男性の特徴はあなた以外に考えられません」
「証拠はあるのか?」
「証拠はあなたのそのボロボロのズボンです。そのダメージは自転車を漕ぐ際に裾がフレームに引っかかってできたものです。その傷は自転車に日頃から乗っていない限りできないんですよ」
「くっ!」
犯人は店を飛び出した。
「待ちなさい!」
追いかける波。
犯人は開き直って波に向かって殴りかかる。
「波ちゃん!」
奏は焦った。
しかし、波は迫る拳を避け、手首を掴み、もう片方の手で襟元を持って背負い投げをした。
「凄い……!」
奏はびっくりして目を丸くした。
犯人は地面に背中を叩きつけられて痛みに悶絶している。
警察官が犯人に手錠をかけ、署に連行していった。
「波ちゃん、何者?」
奏は波に聞いた。
「乾 波。探偵さ」
「探偵……!」
波は女子高校生探偵だった。
小学校の時に行方不明になった母を探すために探偵となったのだ。
「検事!」
「はい?」
刑事に呼ばれた翔一は振り返った。
「店の植え込みにバッグが!」
確認するとショルダーバッグだった。
「被害者のものか確認してください」
「わかりました」
刑事はショルダーバッグを持って被害者の元へ向かった。
入れ替わりに無精髭の男が現れる。
「おい、波!」
「げっ!」
男の姿を見た波は逃げ出す。
「波ちゃん、男、不審者!」
奏が男を押さえようとする。
「いつまで不貞腐れてるんだ? 豚肉なんてまた買えばいいだろ?」
「うっせえなバカ!」
その会話に奏は首を傾げる。
「あの人は俺と波の父親だよ」
翔一の言葉に奏は疑問符を浮かべる。
「二人のお父さん?」
「ああ。いつものことだから大丈夫だよ」
「でも……」
無精髭の男は乾 悠介。翔一と波の実父だ。
「父さんが悪かったって」
「ふん! 謝っても同じこと繰り返すじゃんバカ親父!」
「しょうがないだろ、腹が減るんだから」
「しょうがなくない! 人のもを食べるのは泥棒と同じだから!」
「とにかく、帰るぞ」
悠介はそう言って、車の方へ歩いていく。
「お兄ちゃん、私やっぱり帰る。押しかけてごめん」
波は悠介の車に乗り込むと、家へと帰っていくのだった。