初恋の検事   作:桂ヒナギク

5 / 7
5.間違われた被害者

 波が帰った後の喫茶店前。

 翔一と奏も家に戻ろうとすると、喫茶店から大音量の悲鳴が聞こえた。

「?」

 翔一と奏は喫茶店に入った。

 男が一人、苦しそうな顔で倒れている。

 動揺する奏。

 警察官人生で殺人事件に遭遇することなど全くの初めてのことだった。

「溝口さん、捜査一課でしょ」

 ハッとした表情。

「そうでした!」

 翔一が遺体を調べる。

 口元からアーモンド臭。青酸系の毒物か。

「死んでる?」

「ああ。毒を飲んで亡くなったみたいだ」

 三課が一課に引き継ぎ、警視庁本部の井之頭警部がやってくる。

「おお、乾くんじゃないか!」

「井之頭警部、お久しぶりです」

 奏が被害者のものと思われる所持品から、『やしたにみわたせ』と書かれたメモ帳を見つけた。

「やしたにみわたせ?」

「?」

 翔一が振り返る。

「なんか見つけたか?」

「メモ帳、なんか書いてある、ありました」

 翔一が奏からメモ帳を受け取る。

「やしたにみわたせ?」

「意味、どういう?」

「なんだろうね。何かの暗号かな」

 その時。

「警部! トイレの内側のノブから毒物反応が出ました!」

 鑑識が叫んだ。

「なに?」

 井之頭警部がトイレに歩いていく。

 そこは男性トイレだった。

 翔一は現場を見渡す。

 容疑者は被害者の後ろの席に座っている男と向かい側の女性が二人。

「失礼ですがお名前は?」

「名前、聞く」

 と、翔一の後に奏が続く。

(さかい) 照之(てるゆき)と申します」

 男が答えた。

佐伯(さえき) 和子(かずこ)です」

 女性が名乗る。

「被害者の男性に見覚えはありますか?」

「被害者、知ってるはず」

(うるせえなこいつ……)

 と、思いつつ、翔一は二人の回答を待つ。

「いいえ、知りません」

「私も」

 だが奏が。

「嘘、吐いてます! 言い逃れです!」

 男性が眉間に青筋を立てる。

「何なんだ君は!?」

「警視庁捜査一課、溝口です」

 その言葉に井之頭警部が反応する。

「君か、新任の溝口くんというのは」

「溝口です! よろしくです!」

「まあ、挨拶は後でするとして」

 井之頭警部は被害者の所持品を確認する。

 持ち物は免許証、財布、タバコにライター、そして先ほどのメモ帳。

横田(よこた) (あきら)、三十五歳か」

 井之頭警部はメモ帳を見る。

「そして、『やしたにみわたせ』と書かれた謎のメモ帳か」

「警部、被害者の交友関係を調べましたが、そちらにいる二人とは面識はないようです」

 と、捜査員が井之頭警部に報告した。

「犯人、私、誰、わからない」

 と、奏がパニックに陥る。

「堺さんに佐伯さん、お二人は被害者が亡くなる前、トイレには立ってますか?」

「はい。私が後で、そちらの男性が先でした」

(もしかして!)

 奏は閃いたのか、佐伯に向かって言う。

「あなたです」

「何がです?」

「犯人」

「はあ!? 私が犯人ですって!? 失礼しちゃうわ!」

「でも、後です、トイレ」

「私が二人目ってだけで犯人なの!? だったら証拠を提示してよね!」

 翔一が奏の肩に手を置く。

「溝口さん、まずは証拠を探そうね」

「証拠、トイレの順番、あります」

(状況的には彼女にも犯行は可能だ。しかし……)

「佐伯さん、逮捕です!」

(容疑者と言えばもう一人……)

 翔一には心当たりがあった。

「溝口さん、もう一人容疑者がいるでしょ」

「堺さんですか? 逮捕します!」

「違うよ。もう一人いたじゃないか」

「もう一人?」

 奏は考え込み、思い出した。

「さっきの泥棒さん」

「そうだ」

 翔一は井之頭警部に言う。

「警部、先ほどこの店でひったくり犯を逮捕したのですが、その方を呼べますか?」

「泥棒、呼びます!」

 井之頭警部が目配せをし、捜査員が先ほどのひったくり犯を連れ戻してきた。

「今度は何だよ? 事件は俺が犯人で解決だろう?」

「事件起きました。新たに。殺しです」

「え、殺し? 疑われてるの?」

「あなた、この人殺しました」

 奏が遺体をひったくり犯に示した。

「知らない。こんなやつ知らねえよ」

「失礼ですが、お名前は?」

 翔一が訊ねる。

吉田(よしだ) 慶太郎(けいたろう)

 と、ひったくり犯。

「吉田さん、前科は?」

 捜査員が答える。

「彼は窃盗の繰り返しで複数回服役してる連続窃盗グループの一人です」

(窃盗グループ、謎のメモ帳。……そうか。あれは仲間のことだったのか。と言うことは)

 翔一はメモ帳を吉田に見せる。

「やしたにみわたせ?」

「これ、宮下に渡せって意味じゃないですか?」

「え?」

「あなたは複数人で活動する窃盗犯グループだ。仲間に宮下って方がいるはずです」

「う……。まあ、いるよ。宮下(みやした) 一生(かずお)ってやつがな」

 その時、一人の男性が入ってきた。

「よっしー? 何だこの騒ぎは?」

「わりー、ヘマして捕まっちまった。ついでに殺しの容疑も」

「はあ!?」

 翔一は訊ねる。

「あなたが宮下さんですか?」

「そうですけど。何? よっしー疑われてるの?」

「よっしー?」

「吉田だからよっしー」

「なるほど。宮下さん、彼に見覚えは?」

 宮下は遺体を確認する。

「知らないなあ。会ったこともない」

「宮下さん、嘘です! あなたです!」

 と、奏が宮下に詰め寄る。

「俺が殺したとでも言うのか?」

「はい」

「待ってくれ。俺は今日ここに来たのは今が初めてだ。アリバイがある」

 翔一が訊く。

「宮下さん、ここに来た目的は、吉田さんがひったくったショルダーバッグや他の盗品をあなたが受け取るためですね?」

「そうだよ」

「吉田さん、指示役がいますよね?」

「いるわけねえだろ」

「異議あり!」

 翔一は先ほどのメモ帳を突きつける。

「やしたにみわたせ? 何だこれ?」

「これは盗品をあなたに渡すために吉田さんが持っていたはずの指示書です。『やしたにみわたせ』は『宮下に渡せ』を入れ替えたアナグラムなんですよ。そこから考えうるに、少なくとももう一人、指示役がいます。そうでなければ、この指示書の辻褄が合いません」

「ちっ!」

 宮下が舌打ちをする。

 その側で、何を言っているかは理解はできていないが、奏は翔一を憧れの眼差しで見ていた。

(なんかかっこいい)

 宮下は観念して答えた。

「ああ、そうだよ。柴沢って指示役がな」

 しかし指示書が被害者の所持品に入っていた理由がわからない。

「吉田さん、この指示書はあなたが持っていたんですよね?」

「いや、俺持ってるよ」

 吉田がポケットを(まさぐ)る。

「あれ? どこ行った?」

「吉田さん、恐らくですが、先ほどの騒ぎで落とされたと思います」

「返してくれ」

「もう必要ないでしょう?」

「まあな」

 奏が口を開く。

「犯人いない。横田さん、自殺」

 翔一はふと思い、堺と佐伯に訊ねる。

「あなた方は泥棒に入られたことはありますか?」

「私はないわ」

 と、佐伯は答える。

 だが堺だけは黙っていた。

「隠してます、堺さん、犯人隠避です」

 翔一は大きなため息を吐いて、自分の推理を始める。

「被害者は青酸系の毒部を飲んで亡くなりました。トイレのノブに付着していたということは、恐らくそこを触った時に指先へ付着」

 翔一は横田のテーブルを見る。そこにはサンドウィッチが置いてある。

「テーブルにはサンドウィッチが置いてあり、それを手づかみで食べたために、体の中に毒物が入り込み、不幸にも亡くなってしまった」

 事件時、トイレから出てきた横田がテーブルに座り、店が用意したサンドウィッチを食べる。

「わかりました!」

 奏が叫ぶ。

「犯人はサンドウィッチを作った店員さんです!」

(溝口さん、それは違うよ……)

 翔一は呆れた様子でそう思いながら話を続ける。

「そして被害者の横田さんを殺害したその犯人は——」

 一瞬の静寂。

「犯人はあなただ!」

 と、翔一は堺に向かって人差し指を突きつけた。

「え? 俺が? なんで? 証拠は?」

「証拠。これから見つけます!」

 と、奏が言う。

「ないのかよ。それじゃあ意味がないな。俺を犯人と疑うなら証拠を見せてくれ」

「証拠ならあなたのテーブルに今も置いてあるじゃないですか」

「え?」

「それですよ。トイレのノブに毒物を仕掛ける際に使ったそのくしゃくしゃになったおしぼりです。調べれば毒物が検出されるはずですよ」

 鑑識がおしぼりを調べる。

 堺が使っていたおしぼりから青酸化合物が検出され、念のために調べた佐伯のものからは一切反応がなかった。

 崩れる堺。

「ああ、そうだよ。だけど、横田さんを殺したかったわけじゃない」

「わかってます。本当はあちらにいる吉田さんを殺害したかったんですよね?」

 吉田が自分を指差す。

「堺さん、話してくれますか?」

 堺は話す。

 彼は以前、複数の窃盗犯に留守を狙われ、高級な腕時計や趣味で集めていた非売品のフィギュアなどファンの間で高値で取引されているものを盗まれていた。

 怒り狂った堺は探偵を使って、その窃盗の実行犯である吉田と宮下の二人と指示役を特定した。

 吉田の持っていた指示書は堺が作ったもので、波が吉田を取り押さえた際に吉田が落とした指示書を拾い、咄嗟に横田の所持品に隠したのだと言う。

 そしてさらに宮下をも殺害するために事前に彼を指示役のフリをして呼び出していたのである。

「あとはあなたの推理通りですよ」

「ちなみに、依頼した探偵というのは?」

「乾という高校生名探偵ですよ。女性のね」

 その言葉に奏が反応した。

「波ちゃん、共犯、いけないこと」

 だが捜査員は全員それを無視して堺を警察署まで同行させるのであった。

「いやー、流石は乾くんだ。今回も名推理だよ」

 と、井之頭警部が翔一を褒める。

 事件が解決し、捜査員は吉田と宮下を連れて帰って行った。

(警察の方が溝口さんにブチ切れる理由がわかった気がする)

 翔一は最後にそう思うのであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。