初恋の検事   作:桂ヒナギク

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6.初恋

 21年前。

 ある幼稚園の自由時間。

 園児の奏が砂場で三人のクラスメイトの男の子にいじめられている。

「やーいやーい、知恵遅れー」

 奏は涙を流して大泣きしている。

 そこに、同学年の別クラスの高上という男の子が現れ割って入ってきた。

「おい、おめえら! 複数人で一人の女の子をいじめて恥ずかしくねえのかよ!?」

「ちっ。高上か。行こうぜ」

 三人の男の子は白けたのかその場を後にする。

「大丈夫か?」

 高上が奏に声をかける。

「ありがとう」

「俺、高上(たかがみ) 翔一(しょういち)。君は?」

「溝口 奏」

「君、いつもいじめられてるの?」

「うん。あの子たち、私のことバカだって」

「そっか。もしまた何か遭ったら、桜組の俺のところに来な。あいつらのこと懲らしめてやるよ」

「たーくん、私、守る?」

「もちろんだよ。たーくん?」

「高上だからたーくん」

「じゃあ俺も奏って呼ぶね」

「うん」

 と、奏は昔の思い出に浸っていた。

(たーくんに会いたいなあ……)

 捜査一課に異動する前のことだ。

 警視庁千代田警察署地域課地下鉄桜田門交番のパソコンで警視庁のデータベースにアクセスし、市民情報にログインして高上翔一を検索する。

 が、情報が一件も存在しない。

 都内に高上翔一に該当する人物はいなかったのだ。

(幼稚園)

 奏はゆっくりと立ち上がり、交番を出ようとする。

「溝口、どこ行くんだ?」

「パトロールです」

「何か見たら必ず連絡しろ。お前一人で行動するなよ」

 奏が交番を出て行った後、勤務員は彼女のパソコンを確認する。

 市民情報へのアクセス痕跡が残っている。

(あいつ……)

 勤務員は察した。

 しかし呼び戻して説教垂れるのも時間の無駄なのはわかっていた。

 彼女には理解力がないからだ。

 奏は都内の日吉高校を卒業している。

 日吉高校は知的障害を抱えた少年少女が通う養護学校である。

 奏は父親の背中に憧れ、警察官を目指した。

 国家公務員試験一般職を受験した後、資格を得て警察庁警察官の巡査部長として採用されている。

 しかし、筆記試験は壊滅的で成績は最下位。それでもなぜか合格しており、警察庁の面接も受けるが、そこでも不採用のはずだったが、上からの圧力で採用に変更されていた。

 せめてもの救いは、体で覚える自動車の運転技術など技能的なものにはセンスがあることだ。

 警察官という肩書きがある以上、免許証は必須資格で、奏は教習所に通って技能に合格し、筆記試験を受けるも最下位で、それにも関わらず免許証の交付がされている。上からの圧力なのであろう。二陸特無線技師の資格も、柔道初段の筆記試験もそうだった。

 つまり、親の七光りということだけで、今の職に就けているのである。

「まだあったんだ」

 奏は通っていた幼稚園の前に来ていた。

 幼稚園に入り、職員室に向かう。

 奏に気づいた教諭が驚いた様子で訊ねる。

「警察の方が何かご用ですか?」

「高上 翔一さんの住所」

「うちにそのような職員はいませんが」

「違います。21年前の園児名簿です」

「21年前? 少々お待ちください」

 教諭が名簿を探した。

「ありました。こちらです」

 見つけた古い名簿を持ってくる。

 奏は名簿を開き、高上 翔一を探す。

 桜組。一人だけ該当。住所も載っている。

「ありがとうございます」

 住所をメモした奏は、その場所へ向かってみる。

 しかしそこには何もなく、ただの空き地となっていた。

(そうだ!)

 奏は近所の不動産屋を訪問した。

「すみません。この住所、可能な範囲で教えてください」

 奏が不動産屋に住所を見せる。

「警察の方がこの場所に何か?」

「いえ、それはお答えできません」

「ちょっと待ってくださいね」

 不動産屋がパソコンを操作する。

「えっと、何を話せばいいですか?」

「名義人」

「名義人は乾 悠介様となっております」

「高上じゃないんですか?」

「高上……」

 不動産屋は検索し直す。

「ああ、そうですね。過去に高上(たかがみ) 悠介(ゆうすけ)様という方が所有してました」

「固定資産税の納付書は?」

「うーんっと……足立区になってますね」

「高上と乾の関係は?」

「20年前に名義変更となってますね」

(名義変更? 誰かに譲渡?)

「ありがとうございます」

 奏は不動産屋を出る。

(足立区……)

 奏は電車で足立区役所へ向かう。

 

 

 足立区役所市民課。

「すみません、この住所で高上 翔一に該当する方の連絡先ってわかりますか?」

 奏はメモの住所を見せる。

 窓口の女性は住民票を確認するが。

「ちょっとわからないですね」

「そうですか……」

 奏は落胆。

「あ……ですが、千代田区に転居されてますね」

「千代田区ですね!?」

「はい」

「ありがとうございます」

 奏は千代田区役所の市民課に急いだ。

「すみません、高上 翔一という方を探しています。任意で情報を聞かせてもらえますか?」

 この住所に住んでいた方です、とメモを見せる。

「少々お待ちください」

 職員が住民票を調べる。

「どう言ったことをお答えすればよろしいですか?」

「連絡先です」

「03-598-362になってます」

(見つけた。私の初恋)

 奏は教わった電話番号をスマホの電話帳に記録する。

「ありがとうございます」

 奏は区役所を出る。

 その時、乾 翔一が奏とすれ違いざまに区役所に入った。

「あ……」

 奏は彼を見て、一目惚れをしてしまう。

(イケメン)

 奏は翔一を追いかけた。

 翔一が向かったのは、子育て支援課である。

「どうされました?」

「あの、妹の子育て給付金が振り込まれてないんです」

「え!? 本当ですか!?」

 職員は驚いて目を丸くした。

「失礼ですがあなたと妹さんのお名前を教えてもらえますか?」

「乾 翔一です。妹は波です」

「調べますので少々お待ちください」

 職員が振込明細を確認する。

 明細には記録されておらず、代わりに失敗のエラーが登録されていた。

「申し訳ございません。システムのエラーで振込ができていませんでした。来週までには必ず振り込ます」

「わかりました」

 翔一はその場を後にする。

(エラーか……)

 物陰に隠れていた奏は翔一を尾行した。

 翔一は追跡に気づいたが、警察官の制服だったためか、特に撒くこともせず、そのまま帰宅した。

 奏は翔一が入った家の表札を見る。

(乾……)

 ふと辺りを見渡すと、夕焼け空になっていた。

「あ、そろそろ戻らないと」

 奏は交番へと戻った。

「ずいぶんと長いパトロールだったな」

 勤務員が眉を顰めた。

「すみません」

 奏はデスクに座ると、パソコンで市民情報にアクセスした。

 乾翔一で検索すると、該当人物が千代田区に一人。先ほど特定した住所だった。

 携帯の電話番号も載っている。

(あの人の携帯……)

 奏は翔一の携帯の番号をスマホに登録してしまう。

 これが、後の翔一へのストーカー行為の始まりであった。

 

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