異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました   作:たけのこ教徒

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第三話 はじめての登校 後編

 

 

 ショーゴさんの背中が、少しずつ遠ざかっていく。

 いつもの学ラン姿。

 片手を軽く上げて歩いていく後ろ姿は、どこか頼もしかった。

 住宅街の角を曲がり、その姿が見えなくなる。

 その瞬間だった。

 

「……」

 

 胸の奥が、少しだけきゅっと締め付けられる。

 昼にはまた会える。

 同じ学校の中にいる。

 そう分かっているのに。

 さっきまで感じていなかった緊張が、一気に押し寄せてきた。

 

「……緊張してきちゃった」

 

 思わず本音が漏れる。

 

「今さら?」

 

 隣から、トーコさんが優しく笑った。

 

「……はい」

 

 小さく頷く。

 トーコさんは少しだけ身を屈め、わたしと目線を合わせた。

 

「大丈夫よ。今日はね、友達を作ろうとか、頑張ろうとか思わなくていいの」

「え?」

「ちゃんと挨拶できたら、それだけで百点」

 

 その言葉を聞いて、胸の力が少しだけ抜けた。

 

「……はい」

 

 自然と笑みがこぼれる。

 

「そうそう。その笑顔なら大丈夫」

 

 そう言ってトーコさんも笑った。

 その時だった。

 

「そうだ」

 

 トーコさんが足元を見る。

 

「ミィルはお留守番ね」

 

 ミィルの耳がぴくりと動いた。

 そして――しゅん。

 耳が垂れた。

 

「ごめんね」

 

 わたしはしゃがみ込み、ミィルの頭を優しく撫でる。

 

「学校には連れて行けないから」

 

 ミィルは何も言わない。

 外では喋らない約束だから。

 それでも、少しだけ寂しそうに尻尾を揺らした。

 

「帰ったら、学校のお話いっぱいするね」

 

 その言葉に、ミィルは少し元気を取り戻したように尻尾を振る。

 わたしの手へ頬をすり寄せると、一度だけ小さく鳴いた。

 

「行ってくるね」

 

 ミィルは小さく前足を上げる。

 まるで「行ってらっしゃい」と言ってくれているみたいだった。

 トーコさんも微笑む。

 

「ちゃんと待っててくれるって」

「……うん」

 

 もう一度だけ頭を撫でて立ち上がる。

 ミィルは門扉の前でわたしたちを見送っていた。

 何度か振り返るたび、小さな尻尾が左右に揺れている。

 わたしも手を振り返した。

 

     ◇◆◇

 

 住宅街を歩く。

 朝の日差しが暖かい。

 ランドセルを背負った小学生。

 犬の散歩をしている人。

 自転車で駅へ向かう会社員。

 この世界では当たり前の朝の景色。

 まだ見慣れないけれど、不思議と嫌じゃなかった。

 

「あら、灯子さん」

 

 向こうから来たジャージ姿の女性が小走りを止める。

 

「おはようございます」

「おはようございます」

 

 トーコさんが笑顔で返す。

 

「その子が例の?」

「ええ。今日から学校なの」

 

 女性はわたしを見る。

 

「転校初日?」

「……はい」

「頑張ってね」

「ありがとうございます」

 

 頭を下げると、女性は嬉しそうに笑った。

 

「礼儀正しい子ねぇ」

 

 去っていく姿を見送りながら、トーコさんが笑う。

 

「ちゃんと挨拶できたじゃない」

「……はい」

 

 少しだけ嬉しかった。

 その後も、

 

「あら、灯子さん」

「おはようございます」

 

 何人もの人とすれ違う。

 みんな笑顔で声を掛けてくれる。

 そのたびに、

 

「おはようございます」

 

 わたしも少しずつ自然に挨拶ができるようになっていた。

 

     ◇◆◇

 

 歩き続けると、大きな校門が見えてきた。

 その向こうには、同じ制服を着た生徒たちが次々と歩いている。

 友達と笑いながら話す子。

 眠そうにあくびをしている子。

 走って校舎へ向かう子。

 みんな、ごく当たり前のように学校へ入っていく。

 わたしは思わず足を止めた。

 

「……ここが」

「そう」

 

 トーコさんが優しく頷く。

 

「今日からレイチェルちゃんの学校よ」

 

 胸がどきどきする。

 昨日の夜、何度も想像した景色。

 でも、本当に目の前にすると、想像よりずっと大きかった。

 

「行きましょうか」

「……はい」

 

 深呼吸を一つ。

 わたしは校門をくぐった。

 

     ◇◆◇

 

 校舎へ入る。

 廊下には生徒たちの話し声が響いていた。

 靴箱。掲示板。

 窓から差し込む朝日。

 何もかもが初めて見る景色だった。

 トーコさんに案内され、職員室の前まで来る。

 

「ここが職員室よ」

 

 わたしは思わず姿勢を正した。

 

「そんなに固くならなくても大丈夫」

 

 トーコさんが小さく笑う。

 

「失礼します」

 

 扉を開ける。

 中には先生たちがたくさんいた。

 電話が鳴っている。

 コピー機が動いている。

 パソコンへ向かう先生。

 書類を運ぶ先生。

 学校という場所が動き始めている。

 その空気に、思わず背筋が伸びた。

 

「お待ちしていました」

 

 柔らかな声が聞こえる。

 振り向くと、一人の女性教師が立っていた。

 三十代後半くらいだろうか。

 優しそうな笑顔が印象的だった。

 

「レイチェルさんですね」

「は、はい」

 

 慌てて頭を下げる。

 

「よ、よろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくね」

 

 先生は穏やかに笑った。

 

「では、お母様」

 

 先生がトーコさんへ向き直る。

 

「あとはお任せください」

「よろしくお願いします」

 

 トーコさんも一礼する。

 そして、わたしを見る。

 

「じゃあ、行ってらっしゃい」

 

 その一言だけだった。

 だけど、不思議と安心できた。

 

「……はい」

 

 わたしは小さく頷く。

 先生の後ろを歩き始める。

 廊下を進む。

 一歩、また一歩。

 やがて、一つの教室の前で先生が足を止めた。

 中から、楽しそうな話し声が聞こえてくる。

 

「ここが、あなたの教室よ」

 

 わたしは鞄の持ち手をぎゅっと握り直した。

 胸が高鳴る。

 ――今日から始まる。

 わたしの、新しい学校生活が。

 

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