異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました 作:たけのこ教徒
校門を抜けたオレは、高等部の昇降口ではなく、そのまま中等部校舎へ向かった。
うちの学校は中高一貫校だ。
高等部と中等部の校舎は別々に建っているが、二階と三階にある渡り廊下で繋がっている。
体育館や食堂、図書館なんかは共用だから、中等部の生徒と顔を合わせる機会も珍しくない。
とはいえ。
高等部の生徒が、朝から中等部校舎の中を歩いていることはほとんどない。
そのせいか、渡り廊下を渡った辺りから、少しずつ周囲の視線が集まっていた。
「おはようございます、獅童先輩!」
向こうから歩いてきた男子生徒が、元気よく頭を下げる。
「おう。おはよう」
「先輩、この前はありがとうございました!」
「何の話だ?」
「陸上部の荷物運び、手伝ってくれたじゃないですか」
「ああ、あれか」
大会前で人手が足りないからと頼まれ、倉庫から器具を運んだことがあった。
正直、言われるまで忘れていた。
「気にすんな。大したことしてない」
「また何かあったらお願いします!」
「機会があったらな」
手を上げて別れる。
その少し先では、今度は女子生徒がこちらへ駆け寄ってきた。
「獅童先輩、おはようございます!」
「おはよう」
「先月は助っ人ありがとうございました。先輩がいてくれなかったら、本当に試合できませんでした」
「人数合わせしただけだろ」
「それが大事なんです!」
確か、バレー部のマネージャーだったか。
先月、急に二人休んで練習試合の人数が足りないと言われ、別の部活からも何人か集めて参加した。
「今度はちゃんと部員だけで試合できるようにしろよ」
「はい! でも、また困ったらお願いします!」
「結局頼むのかよ」
女子生徒は笑いながら、友人のところへ戻っていった。
その後も。
「先輩、おはようございます」
「この前ありがとうございました」
「今度、部活へ来てください」
何度か声を掛けられる。
別に、全員と親しいわけじゃない。
部活の助っ人。
重い荷物の運搬。
先生に頼まれた雑用。
そういうことを引き受けているうちに、顔を覚えられただけだ。
廊下の端で話していた一年生らしい男子二人が、こちらを見て声を潜める。
「あれ、誰?」
「獅童先輩だよ」
「高等部の?」
「結構有名だぞ。いろんな部活に助っ人で入ってる人」
「何部なの?」
「帰宅部らしい」
「へえ、変わってますね」
聞こえてるぞ。
わざわざ訂正するのも面倒なので、そのまま通り過ぎた。
別に有名になりたいわけじゃない。
頼まれた時、たまたま予定が空いていたから手伝った。
それだけだ。バイトとか用事がある時は断っている。
中等部二年の教室が並ぶ階へ着く。
朝のホームルーム前ということもあり、廊下には生徒が多かった。
教室へ入っていく生徒。
廊下に集まって話す生徒。
窓際で宿題を見せ合っている生徒。
高等部と大きく違うわけではない。
ただ、全体的に背が低く、声も少し高い。
レイチェルも今日から、この中へ入ることになる。
昨日の夜。
制服が似合っているかと不安そうに聞いてきた顔を思い出す。
今朝も、忘れ物がないか何度も鞄の中を確認していた。
母さんが一緒だから、職員室までの心配はない。
その先は本人次第だ。
とはいえ、何の助けも用意せず放り込むつもりはなかった。
「あれ?」
少し離れたところから、聞き覚えのある声がした。
「獅童先輩?」
振り向く。
廊下の窓際に、一人の女子生徒が立っていた。
肩まで伸びた明るい色の髪。
ブレザーの前は開けたまま。
シャツの第一ボタンも外し、リボンも少し緩めている。
校則に引っ掛からないぎりぎりのところで制服を着崩している女子生徒。
「よっ、
片手を上げる。
愛衣は友人と話していたらしい。
その二人へ何か伝えると、こちらへ歩いてきた。
「珍しいですね」
「何が?」
「獅童先輩が中等部に来るなんて」
愛衣が不思議そうに首を傾げる。
「食堂や体育館なら分かりますけど、朝から教室の方まで来るの初めて見ました」
「ちょっと頼みがある」
「頼み?」
「ああ」
周囲へ目を向ける。
廊下の真ん中で話していても問題ない内容だが、通行の邪魔になる。
窓際へ少し移動した。
「今日、そっちの学年に転校生が入るだろ?」
「ああ!」
愛衣が手を叩く。
「噂になってましたよ!」
「もう噂になってるのか」
「外国から来た、すっごくかわいい女の子が入るって」
情報が早い。
まだ教室にも入っていないはずなのに。
「名前はレイチェル・ラディーナ」
「へえ、レイチェルちゃん」
愛衣は楽しそうに名前を繰り返した。
その直後。
にやりと口元を緩める。
「もしかして、先輩の彼女ですか?」
愛衣が肘で小突いてくる。
「違う」
考えるより早く答えていた。
「否定早っ」
「事実だからな」
「でも、先輩がわざわざ中等部まで来るくらいの相手なんですよね?」
「母さんの友人の子だ」
レイチェルと相談して決めた、表向きの事情だ。
「家の都合で、しばらくうちに住んでるんだ」
「あ、ホームステイみたいな?」
「まあ、そんな感じだ」
「なるほど」
愛衣の表情から、からかうような色が消える。
こういう切り替えは早い。
「今日からここに通うから、少しフォローしてやってほしい」
「フォロー?」
「日本に来てまだ数週間しか経ってない。日本語は話せるけど、学校のことはほとんど分かってないからな」
授業で使う道具。
体育の着替え。
校舎の場所。
委員会や部活動。
オレが教えられることもある。
けれど、学年も校舎も違う以上、ずっとそばにいることはできない。
「男のオレには相談しにくいこともあるだろ?」
「あー」
愛衣が納得したように頷いた。
「確かに。女子同士じゃないと言いづらいこともありますもんね」
「そういうことだ」
「分かりました!」
愛衣が自分の胸を軽く叩く。
「任せてください!」
「頼もしいな」
「先輩には何度も助けてもらってますからね」
「そんなに何かしたか?」
「去年、文化祭の準備を手伝ってくれたじゃないですか」
「あれは先生に頼まれただけだ」
「あと、体育祭の時に倒れた子を保健室まで運んでくれました」
「それは放っておけないだろ?」
「そういうところですよ」
愛衣が笑う。
何のことだ?
「
「誰だ?」
「私の友達です。同じクラスなんですよ」
愛衣が、さっきまで話していた二人の方を見る。
一人はブレザーを校則通りきちんと着た、穏やかそうな女子生徒。
もう一人はセーラー服姿で、眼鏡を掛けている。
二人とも、こちらへ小さく会釈した。
「舞依は面倒見がいいし、美以は勉強できるから」
「じゃあ、その二人にも頼む」
「了解です!」
愛衣はなぜか敬礼した。
「なんで敬礼なんだよ」
「気分です」
「そうかよ」
「レイチェルちゃん、何組ですか?」
「そこまでは聞いてないな」
「たぶん私たちのクラスですよ。今日転校生が来るって先生が言ってたので」
「ちょうどよかったな」
「任せてください。質問攻めで困ってたら助けます」
「お前も質問する側だろ」
「否定はしません」
愛衣が悪びれずに笑う。
「でも、ちゃんと加減しますよ」
「本当か?」
「信用してくださいって」
少し不安になった。
それでも、誰とも話せず一人でいるよりはいいだろう。
愛衣は少し派手で調子のいいところもあるが、困っている相手を放っておけない性格だ。
舞依と美以という二人も、見た感じ悪い相手ではなさそうだった。
「じゃあ、頼んだぞ」
「はい!」
「何かあったら連絡してくれ」
「私、先輩の連絡先知りません」
「そういやそうだったな」
スマホを取り出し、連絡先を交換する。
愛衣は登録を終えると、画面をこちらへ見せた。
表示名は『便利な獅童先輩』になっている。
「おい」
「冗談ですって」
笑いながら、すぐに『獅童先輩』へ直した。
「じゃあ、オレは戻る」
「はい。レイチェルちゃんのことは任せてください」
「ああ」
「先輩」
背を向けたところで呼び止められる。
「ん?」
「本当に彼女じゃないんですよね?」
「違うって言ってるだろ」
「はーい」
絶対に信じていない返事だった。
これ以上話していても、からかわれるだけだ。
片手を上げて愛衣たちと別れ、中等部校舎を後にする。
渡り廊下へ出る。
窓から差し込む朝日が、床へ長く伸びていた。
高等部校舎へ戻る途中。
下にある中庭を見下ろす。
まだレイチェルたちの姿はない。
母さんと職員室へ向かっている頃だろうか。
「まあ、大丈夫か」
愛衣たちが同じクラスなら、完全に一人になることはない。
それでも、昨日まで家の中にいたレイチェルが、学校でどんな顔をして過ごすのか。
少しだけ気になった。
◇◆◇
自分の教室へ戻る頃には、ホームルーム開始まで十分を切っていた。
「おーす」
扉を開け、片手を上げる。
「おはよう」
「おーす」
すでに来ていたクラスメイトから、ちらほらと返事が返る。
自分の席へ向かい、鞄を机の横へ掛ける。
「朝からどこ行ってたんだ?」
隣の席にいた草下が聞いてきた。
「中等部」
「お前が?」
「ああ」
「何しに?」
「ちょっと後輩に頼み事」
「ふーん」
草下は気になっているようだったが、それ以上は聞いてこなかった。
オレは椅子へ座る。
何気なく窓の外へ視線を向けた。
教室の窓からは、中庭が見える。
朝の中庭を、何人かの生徒や教師が歩いている。
その中に、見覚えのある銀灰色の髪を見つけた。
「あ」
思わず声が漏れる。
セーラー服姿のレイチェルだった。
隣には母さん。
少し前を、担任らしい女性教師が歩いている。
職員室での挨拶を終え、中等部の教室へ向かっているのだろう。
レイチェルは鞄の持ち手を両手で握り、緊張した様子で歩いていた。
昨日まで家の中にいた。
朝食を一緒に食べ。
母さんの料理を手伝い。
ミィルと客間で話していた。
それが今日は、制服を着て、他の生徒たちと同じ学校の中を歩いている。
妙に不思議な光景だった。
「なあ、正護」
草下の声で我に返る。
「どうした?」
「最近、帰るの早くないか?」
「まあ、ちょっとな」
「部活の助っ人終わった後も、すぐ帰るし」
「家に用事があってな」
「そうか」
草下はオレの顔を少しだけ見た。
「何かあったら言えよ?」
一瞬、返事に迷う。
異世界から来た少女と喋るカーバンクルを家で預かっている。
追ってきた男に襲われた。
そんな話を、今すぐするわけにはいかない。
それでも、草下が本気で心配してくれていることは伝わった。
オレは少しだけ笑う。
「おう。サンキュー」
予鈴が鳴る。
廊下にいた生徒たちが、急いで教室へ入ってくる。
担任が来る前に、もう一度だけ窓の外を見た。
レイチェルたちは、もう中庭からいなくなっていた。
今頃、教室の前に立っているのかもしれない。
「……頑張れよ」
誰にも聞こえない声で呟く。
その直後。
本鈴が鳴り、担任が教室へ入ってきた。