異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました 作:たけのこ教徒
アイさんたちと一緒に教室を出る。
廊下は、昼休みになった途端に朝とは違う賑やかさに包まれていた。
お弁当を持って移動する人。
購買へ急ぐ人。
友達同士で笑いながら歩く人。
その間を、わたしたちも中庭へ向かって歩いていく。
「中庭って、結構人気なんだよ」
アイさんが振り返りながら言った。
「天気いい日は特にね」
「その割に食堂ほど混まないし」
マイさんも続ける。
「でも冬は寒い」
ミイさんが眼鏡を直しながら付け加えた。
「今日は大丈夫そうですね」
窓の外を見る。
朝から続いていた青空。
日差しも暖かい。
初めての昼休みを外で過ごすには、ちょうどよさそうだった。
「それよりさ」
アイさんが、わたしの持っている二つの弁当箱を見る。
「本当に片方、獅童先輩のなんだよね?」
「はい」
「トーコさんが、ショーゴさんの分も持って行ってほしいって」
「へぇー」
まただ。
アイさんが、朝と同じ楽しそうな顔になる。
「……何ですか?」
「何でもないよ?」
「その顔は何でもなくないと思います」
「レイチェル、もうアイの扱い分かってきてるね」
マイさんが笑う。
「早い」
ミイさんも小さく頷いた。
「ひどくない?」
「自業自得」
「美以まで!」
三人のやり取りを聞いていると、自然と笑ってしまう。
朝。初めて教室へ入る前。
あんなに緊張していたのが、少し不思議なくらいだった。
◇◆◇
中庭へ出る。
木々の間から春の日差しが差し込んでいた。
いくつか置かれたベンチ。
芝生の上で昼食を取っている生徒たち。
少し離れたところでは、ボールを投げ合っている人たちもいる。
そして。
「おーい」
聞き覚えのある声がした。
顔を向ける。
ショーゴさんが、木陰の近くから片手を上げていた。
その周りには、三人の男の子がいる。
「ショーゴさん」
姿を見つけた瞬間。
朝から胸のどこかに残っていた緊張が、少しだけほどけた。
ほんの数時間しか離れていない。
それなのに、見慣れた顔を見つけただけで、ほっとした。
「来たな」
ショーゴさんがこちらを見る。
それから、後ろにいる三人へ視線を移した。
「その三人が?」
「はい」
わたしは少しだけ身体を横へずらす。
「今日、仲良くなった人たちです」
言ってから、自分で少し驚いた。
仲良くなった人。
まだ今日会ったばかりなのに。
でも、そう言ってもいい気がした。
「愛衣です!」
アイさんがすぐに手を上げる。
「先輩、朝ぶりですね」
「おう」
「ちゃんとフォローしましたよ?」
「まだ午前中だけどな」
「仕事が早いんです」
「自分で言うな」
「舞依です」
マイさんが丁寧に頭を下げる。
「レイチェルとは同じクラスです」
「美以です」
ミイさんも続く。
「授業のことで困っていたら、できる範囲で教えるつもりです」
「ありがとう。助かる」
ショーゴさんが頷いた。
「三人とも、ありがとな」
「いえいえ」
アイさんは嬉しそうだった。
その様子を見ていた三人の男の子のうち、一人がショーゴさんを見る。
「で、正護」
「ん?」
「こっちも紹介しないの?」
「あ」
ショーゴさんが思い出したように言った。
「そういや、ちゃんとしてなかったな」
最初に、少し眠そうな顔をした男の子を指す。
「こいつが草下」
「どうもー」
クサカさんが軽く手を上げる。
「草下です。帰宅部のエースやってます」
「帰宅部の……エース?」
聞いたことのない役職だった。
「何のエースですか?」
思わず尋ねる。
「さあ?」
本人が首を傾げた。
「何で自分で分かってないんだよ」
ショーゴさんが呆れた声を出す。
「一番早く帰るとかじゃない?」
アイさんが言う。
「お、それ採用」
「勝手に設定増やすな」
クサカさんは楽しそうに笑っていた。
次に、背が高く活発そうな男の子。
「こっちが館花」
「館花です」
タチバナさんが人懐っこい笑顔を浮かべる。
「バスケ部やってる」
「昨日、ショーゴさんが助っ人に行っていた部活ですか?」
「ああ、そうそう」
タチバナさんが頷く。
「正護には結構助けてもらってる」
「人数足りない時に呼ばれてるだけだろ」
「それが助かるんだよ」
「便利屋扱いするな」
「でも来てくれるじゃん」
「予定空いてたらな」
このやり取りも、きっと何度もしているのだろう。
二人とも慣れている。
「で」
最後に、眼鏡を掛けた穏やかな雰囲気の男の子へ手を向ける。
「こっちが名古」
「名古です」
ナゴさんが小さく笑う。
「野球部に入ってます。よろしく」
「よろしくお願いします」
わたしも頭を下げる。
「そんなに固くならなくていいぞ」
タチバナさんが言った。
「そうそう」
クサカさんも頷く。
「正護の知り合いなら大歓迎」
「誰目線だよ」
ショーゴさんがすぐに突っ込む。
みんなが笑う。
わたしも、少し遅れて笑った。
朝まで知らなかった人たち。
でも、ショーゴさんの友達だと思うだけで、少し安心できた。
「とりあえず座ろうぜ」
タチバナさんの一言で。
みんなで木陰の芝生へ移動する。
クサカさんたちは、食堂ではなく購買で昼食を買ってきたらしい。
クサカさんは焼きそばパンと牛乳。
タチバナさんは大きな唐揚げ弁当。
ナゴさんはサンドイッチとコーヒー。
「名古、またコーヒー?」
ショーゴさんが言う。
「好きだからね」
「昼からよく飲めるな」
「正護もお茶飲んでるじゃん」
「それとは違うだろ」
「何が?」
「知らん」
わたしは手にしていた弁当を一つ、ショーゴさんへ差し出す。
「はい、ショーゴさん」
「ん?」
「トーコさんからです」
ショーゴさんが受け取る。
「サンキュー」
「母さん、今日弁当作ってたのか」
「はい。わたしの分と一緒に」
「朝言ってくれればよかったのに」
「驚かせようと思ったみたいです」
「母さんらしいな……」
苦笑しながら弁当箱を開ける。
中身は。
白米。卵焼き。唐揚げ。
焼き鮭。ほうれん草のおひたし。
プチトマト。
わたしのお弁当と同じだった。
「うまそう」
クサカさんが覗き込む。
「一個くれ」
「嫌だ」
「即答かよ」
「自分のパン食えよ」
「ケチ」
みんながまた笑う。
わたしも弁当の蓋を開ける。
「いただきます」
手を合わせる。
アイさんたちも、それぞれ持ってきた弁当を広げた。
アイさんは色鮮やかな三段の小さなお弁当。
マイさんはおにぎりとおかずが綺麗に詰められている。
ミイさんのお弁当は、とても整っていて。
野菜の色まできれいに分けられていた。
「ミイのお弁当、今日もすごい」
アイさんが覗き込む。
「母さんが作っただけ」
「でも毎回綺麗なんだよね」
「アイのも派手」
「褒めてる?」
「一応」
「一応って何?」
そうして、九人で昼食が始まった。
◇◆◇
「で」
ナゴさんがサンドイッチを一口食べた後、わたしを見る。
「初日、どうだった?」
「え?」
「学校」
「ああ……」
少しだけ考える。
朝の教室。
たくさんの質問。
授業。アイさんたち。
全部。まだ半日しか経っていないのに、たくさんのことがあった。
「楽しかったです」
自然に答えた。
マイさんが嬉しそうに笑う。
「よかった」
「私たちのおかげですね」
アイさんが胸を張る。
「自分で言う?」
ミイさんが言う。
「でも、助けてもらいました」
わたしが言うと、アイさんが少しだけ驚いた顔をした。
「教室で質問がいっぱい来た時も」
「授業でも」
「皆さんがいてくれたので」
「……おお」
アイさんが嬉しそうに笑う。
「レイチェル、いい子!」
「急に抱きつかない」
マイさんが止める。
「まだ抱きついてないじゃん」
「抱きつこうとしてた」
「なんで分かったの?」
「顔」
ミイさんが即答する。
「みんな私の扱い雑じゃない?」
朝から、何度も見たやり取り。
いつの間にか。
わたしもその輪の中にいる。
「そういや」
タチバナさんが唐揚げを食べながらショーゴさんを見る。
「最近、正護が帰るの早かった理由って」
一度わたしを見る。
「レイチェルちゃんが家にいたからか」
「まあな」
ショーゴさんは否定しなかった。
「やっぱり」
クサカさんが大きく頷く。
「めっちゃ納得した」
「何がだよ」
「最近、ラーメン誘っても断るだろ」
「早く家に帰りたい時くらいある」
「前は普通に来てたじゃん」
「毎回じゃねぇよ」
ナゴさんがコーヒーを飲みながら、小さく笑う。
「保護者してるねぇ」
「誰が保護者だ」
ショーゴさんが即座に返した。
「してるじゃん」
クサカさん。
「してるな」
タチバナさん。
「してると思う」
ナゴさん。
三人から同時に言われ。
ショーゴさんは嫌そうな顔になる。
「なんで全員そっちなんだよ」
「だって」
アイさんまで参加する。
「朝もわざわざ中等部まで来て、私にレイチェルのこと頼んでいったじゃないですか」
「おい」
「あ」
アイさんが口元を押さえる。
「言っちゃ駄目でした?」
「別に駄目じゃねぇけど」
わたしはショーゴさんを見る。
「やっぱり、朝わざわざ来てくれたんですね」
「昨日言っただろ」
「でも」
わざわざ。
自分の教室とは別の校舎へ行って。
アイさんたちへ頼んでくれた。
「ありがとうございます」
「だから別にいいって」
ショーゴさんは少しだけ視線を逸らした。
それを見たアイさんが。
また、楽しそうな顔をしている。
「何だよ?」
「何でもないですよー」
「絶対何かあるだろ」
「ないですって」
マイさんが苦笑している。
ミイさんは静かにお弁当を食べていた。
「まあでも」
タチバナさんが言う。
「正護がいるなら安心だな」
「何が?」
「レイチェルちゃん?」
「お前まで保護者扱いすんな」
「いや、そうじゃなくて」
タチバナさんは笑う。
「正護って、困ってる奴放っとかないし」
「そうだね」
ナゴさんも頷く。
「何かあった時は、ちゃんと動くから」
「……」
ショーゴさんは少し困ったような顔をした。
「お前ら、今日どうしたんだ」
「何が?」
「妙に褒めるじゃん」
「たまにはいいだろ」
「気持ち悪い」
「ひでぇ」
また笑いが起きる。
わたしは、その会話を聞きながら、ショーゴさんを見る。
あの雨の日。
何も知らないわたしを助けてくれた。
事情を話した後も、追い出さなかった。
今日も、わたしが困らないように。
先に動いてくれていた。
だから、みんながショーゴさんをいい人だと言うのが。
少しだけ、自分のことを褒められたように嬉しかった。
「レイチェル?」
マイさんに呼ばれ、我に返る。
「どうしたの?」
「……何でもないです」
慌てて卵焼きを口へ運ぶ。
「それ、絶対なんかある顔だよ」
アイさんが身を乗り出す。
「ありません」
「ほんと?」
「本当です」
「顔赤くない?」
「暑いだけです」
たぶん。日差しのせいだ。
そういうことにしておく。
◇◆◇
昼休みは、思っていたより早く過ぎていった。
授業の話。部活の話。好きな食べ物。学校行事。
ショーゴさんたちが中等部だった頃の話。
聞いているだけでも面白かった。
「レイチェルは部活どうするの?」
クサカさんに聞かれる。
「まだ決めていません」
「うちの学校、部活多いからな」
タチバナさんが言う。
「見学して決めればいいんじゃない?」
ナゴさんも続く。
「入りたいのなかったら同好会作ってもいいし」
「自分で作れるんですか?」
「条件あるけどね」
「すごい……」
学校という場所は。
思っていたより、ずっと自由なのかもしれない。
「レイチェル、一緒に部活見て回ろうよ」
アイさんが言う。
「いいんですか?」
「もちろん」
「私も付き合うよ」
マイさんも笑う。
「私は部活に入ってないから放課後なら空いてる」
ミイさんも頷いた。
「……ありがとう」
今日何度目か分からない。
でも、何度言っても足りない気がした。
その時。昼休み終了五分前の予鈴が鳴った。
「あ」
アイさんが立ち上がる。
「戻らないと!」
「片づけてから」
ミイさんが冷静に言う。
「あ、そうだった」
みんなで弁当やごみを片づける。
わたしも空になった弁当箱を包み直した。
「じゃあ、またな」
ショーゴさんが言う。
「はい」
「午後も頑張れよ」
「ショーゴさんも」
「オレは普通に授業だけどな」
「それでもです」
ショーゴさんが少し笑う。
「じゃあ、また家で」
「はい。また後で」
朝。
家の前でも交わした言葉。
でも、今度は少しだけ。
自然に言えた気がした。
「レイチェル、行こ!」
アイさんに呼ばれる。
「うん」
わたしは三人の後を追う。
途中。一度だけ振り返った。
ショーゴさんたちは、まだ中庭にいる。
タチバナさんに何か言われ。
ショーゴさんが呆れたように返している。
朝までは、学校という場所が、知らない世界みたいに思えた。
でも、今は違う。
ショーゴさんがいて、アイさん。マイさん。ミイさんがいる。
そして、新しく知り合ったクサカさん、タチバナさん、ナゴさんもいる。
ほんの半日。それだけなのに。
ここにも、少しだけ。
わたしの居場所ができたような気がした。