異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました 作:たけのこ教徒
放課後。
終礼が終わった瞬間、教室の空気が一気に変わった。
部活動へ向かう人。
鞄を持って帰る人。
まだ席に残って話している人。
朝からずっと緊張していたわたしにとっては、ようやく一日が終わったという安心感の方が大きかった。
「つかれた……」
思わず机へ身体を預ける。
今日一日で、何度「はじめて」を経験しただろう。
初めての教室。
初めての授業。
初めての昼休み。
初めてできた友達。
楽しかった。
それは本当。
でも、やっぱり疲れた。
「お疲れー」
前の席からアイさんが振り返る。
「初日どうだった?」
「……楽しかったです」
「でも疲れた?」
「はい」
「だよねー」
アイさんは笑う。
「初日なんてそんなもんだよ」
「私も中学入った日は疲れたなあ」
マイさんが鞄へ教科書をしまいながら言う。
「私はそうでもなかった」
ミイさんは淡々としていた。
「ミイは昔から変わらないよね」
「そうかな?」
「そうだよ」
三人のやり取りを見ながら、わたしも鞄を整える。
教科書。
ノート。
筆箱。
忘れ物がないか確認する。
朝、トーコさんに何度も確認するよう言われたから。
「レイチェル」
アイさんに呼ばれる。
「はい?」
「今日、このまま帰る?」
「そのつもりですけど……」
アイさんの顔を見る。
何か企んでいる。
それくらいは、もう分かるようになってきた。
「その顔は何ですか?」
「え、もう分かる?」
「朝から何回も見たので」
「覚えるの早いなあ」
アイさんは楽しそうに笑う。
「せっかくだしさ」
一度言葉を切り。
「放課後、遊びに行かない?」
「……遊びに?」
「うん」
予想していなかった。
学校へ行く。
授業を受ける。
昼休みに友達と話す。
そこまでは想像していた。
でも、学校が終わった後で友達と寄り道をする。
そんなことまで考えていなかった。
「いいの?」
「もちろん」
「私は大丈夫だよ」
マイさんも頷く。
「私も予定はない」
ミイさんも鞄を持つ。
「でも……」
わたしは少し迷った。
トーコさんに何も言わず帰りが遅くなるのは駄目だ。
「家に連絡しないと」
「じゃあ連絡しよ」
アイさんが当たり前のように言う。
そうだった。
この世界には離れた相手とすぐに話せる道具がある。
わたしも学校へ通うために、少し前からスマートフォンを持たせてもらっていた。
まだ操作には慣れていない。
でも、電話とメッセージくらいなら使える。
トーコさんへメッセージを送る。
『アイさん、マイさん、ミイさんと少し遊んでから帰ってもいいですか?』
文章がおかしくないか、三回確認してから送信。
少しして、返事が来た。
『もちろん。暗くなる前には帰ってきてね。楽しんでおいで』
「……いいって」
「よし!」
アイさんが拳を上げる。
「レイチェル初放課後!」
「何それ」
マイさんが笑う。
「記念日」
「何でも記念日にする」
ミイさんが眼鏡を押し上げため息をひとつ。
「いいじゃん。今日は初めてばっかりなんだから」
アイさんの言葉に。
わたしは少しだけ笑った。
「……うん」
今日は本当に、初めてばかりだ。
◇◆◇
学校を出たわたしたちは、商店街の方へ向かった。
制服姿のまま四人で歩く。
それだけなのに、不思議な気分だった。
ショーゴさんと一緒に歩く時とも。
トーコさんと買い物へ行く時とも違う。
同じ制服を着た同じくらいの年齢の女の子たちと。
他愛もないことを話しながら歩いている。
「今日の国語さー」
アイさんが言う。
「先生、絶対途中から脱線してたよね?」
「いつものこと」
ミイさんが即答する。
「歴史の話始めてたもんね」
マイさんも笑う。
「でも、面白かったです」
わたしが言うと、三人がこちらを見る。
「レイチェル真面目!」
「え?」
「普通、初日からあの先生の脱線を楽しめないよ」
「そうなんですか?」
「そのうち慣れる」
ミイさんが言う。
「慣れたら眠くなる」
「美以も寝るんだ?」
「寝ない」
「じゃあ何で分かるの?」
「愛衣が寝るから」
「ひどっ」
三人が笑う。
わたしも釣られて笑った。
自分でも驚くくらい。
商店街へ入ると。
「まずこれ!」
アイさんが立ち止まった。
小さなお店。
店先から、甘くて香ばしい匂いがする。
「大判焼き!」
「おおばんやき……」
以前。
トーコさんと買い物に来た時、一度だけ食べた。
温かくて、中に甘いあんこが入ったお菓子。
「レイチェル食べたことある?」
「あります」
「何味?」
「あんこです」
「じゃあ今日はカスタードにしよ!」
「なんでアイが決めるの」
マイさんが笑う。
「でもカスタード美味しいよ?」
「じゃあ……それにします」
四人で一つずつ買う。
紙に包まれた大判焼きを受け取る。
まだ熱い。
「熱いから気をつけてね」
「はい」
少し息を吹きかける。
ぱくり。
外側は柔らかく。
中から、甘いクリームが出てくる。
「……おいしい」
思わず口に出た。
「でしょ?」
アイさんが笑顔で言う。
「私はクリームチーズが好き」
マイさんが言い、美以さんも、
「私は王道のあんこ」
そう言う。わたしも、あんこが好き。
温かい大判焼きを食べながら、商店街を歩く。
学校帰りに友達とお菓子を買う。
それだけ。本当に、それだけなのに。
胸の奥が、じんわりと温かかった。
向こうの世界にいた頃。
お城の外へ出る時は、いつも誰かが一緒だった。
護衛。使用人。大人。
同じ年頃の子と目的もなく寄り道をして。
お菓子を食べながら歩く。
そんな経験は、ほとんどなかった。
「レイチェル?」
「え?」
マイさんがこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「……何でもないです」
「おいしくなかった?」
「違います……」
わたしは大判焼きを見て。
少しだけ笑う。
「こういうの、いいなって思って」
「こういうの?」
「学校の帰りに、みんなで何か食べたり」
「それ普通じゃない?」
アイさんが言う。
「……うん」
たぶん。
この世界では、普通なのだろう。
「わたしには、初めてだから」
三人が一瞬だけ黙った。
でも、すぐにアイさんが笑う。
「じゃあ、これからいっぱいやればいいじゃん」
「……え?」
「今日が初めてなら、次は二回目」
「その次は三回目」
マイさんが続ける。
「気づいたら普通になるよ」
ミイさんも静かに言った。
普通になる。
その言葉がなぜか、すごく嬉しかった。
「……うん」
わたしは頷いた。
◇◆◇
次に向かったのはゲームセンターだった。
自動ドアが開いた瞬間。
耳へ飛び込んでくる電子音。
音楽。
機械の光。
何度見ても、すごい場所だと思う。
「何やる?」
アイさんが店内を見回す。
「クレーン?」
「今日はレイチェルいるし」
「これとかどう?」
マイさんが指差した先。
床に大きな台がある。
その前には画面。
音楽に合わせて足元の印を踏むゲームらしい。
「これ、何ですか?」
「ダンスゲーム」
アイさんがにやりと笑う。
「やってみようよ」
「えっ?」
「大丈夫大丈夫!」
「わたし、踊れません」
「私も踊ってないから」
「それ自慢すること?」
ミイさんが言う。
「雰囲気だよ雰囲気!」
あれよあれよという間に。
わたしとアイさんが台の上へ立つことになった。
「ここに矢印出るから」
アイさんが画面を指差す。
「同じ方向のところ踏むの」
「これを?」
「そう!」
「難しそう……」
「最初は簡単なのにするから」
音楽が始まる。
画面に印が流れてくる。
「右!」
「え?」
「左!」
「あっ」
「後ろ!」
「どっち!?」
全然追いつかない。
足が絡まりそうになる。
「レイチェル逆!」
「分かりません!」
「そこそこ!」
「そこってどこですか!?」
アイさんは笑いながら踏んでいる。
わたしは必死だ。
途中、完全に踏む方向を間違え。
「きゃっ」
バランスを崩しかける。
「危ない!」
アイさんが腕を掴んでくれた。
「だ、大丈夫?」
「はい……」
画面では、どんどん印が通り過ぎていく。
結果。
散々だった。
「疲れた……」
台を降り、近くの椅子へ座る。
「でも楽しかったでしょ?」
「……はい」
悔しいけど、すごく楽しかった。
「次、舞依!」
「私はいいよ」
「逃げるな!」
「嫌だって」
「美以!」
「見る側がいい」
「みんな逃げる!」
結局。
その後も何回か遊んだ。
わたしも、二回目には少しだけ画面を見られるようになった。
三回目。
簡単な曲なら。
アイさんについていけるところも増えた。
「上達早くない!?」
「剣の稽古で足運びは練習してたので」
言った後。
「……あ」
三人を見る。
「剣?」
アイさんが首を傾げる。
「えっと……」
まずい。
「昔、習い事で」
「あー、フェンシングとか?」
「そ、そんな感じです!」
少し違うけど、今はそれでいい。
「かっこいい!」
「今度見たい!」
「機会があれば……」
危なかった。
ミィルがいたら、絶対後で怒られていただろう。
◇◆◇
「最後にプリクラ撮ろ!」
アイさんが言った。
「ぷりくら?」
「写真だよ。四人で撮ろう」
学校へ来る前、家の前でトーコさんに撮ってもらった写真を思い出す。
ショーゴさんと二人。
どちらも表情が固くて。
ケンジさんに「証明写真か」と言われた。
「撮りたい」
今回は。
少しだけ、ちゃんと笑える気がした。
四人で機械の中へ入る。
狭い。明るい。
画面から声が流れる。
『もっと近づいてー!』
「ほらレイチェル、こっち!」
「はい!」
アイさんに肩を引かれる。
マイさんも隣へ寄る。
ミイさんは端で小さくピースをしている。
『笑ってー!』
カシャ。
一枚目。
「レイチェルちょっと固い!」
「難しいです!」
「次もっと笑って!」
二枚目。
カシャ。
今度は少し笑えた。
三枚目。
アイさんが突然変な顔をする。
「ふふっ」
思わず吹き出した瞬間。
カシャ。
「今のいい!」
「アイ、顔ひどい」
「えっ」
「見る?」
「……うわ」
みんなで笑う。
撮影が終わり、出来上がった写真を見る。
一枚目は。
少し緊張したわたし。
二枚目は。
四人で普通に笑っている。
三枚目。
アイさんの変な顔を見て。
わたしが声を上げて笑っている。
「これ好き」
マイさんが三枚目を指差す。
「私も」
ミイさんも頷く。
「私の顔ひどいんだけど!」
「でも一番自然」
「……確かに」
わたしも言う。
アイさんは不満そうだったけれど。
最後には、
「まあ、いっか」
と笑った。
分けてもらった写真を。
わたしは大切に財布の中へ入れた。
今日、できたばかりの友達との。
初めての写真。
◇◆◇
外へ出ると、空は夕方の色になっていた。
「そろそろ帰らないと」
トーコさんとの約束。
暗くなる前には帰る。
「じゃあ、今日はここまでだね」
マイさんが言う。
「また遊ぼう!」
アイさん。
「次は本屋でもいい」
ミイさん。
「……はい」
頷く。
でも、少しだけ迷って。
「……ううん」
「ん?」
アイさんが首を傾げる。
「また、遊ぼう」
今度は、敬語を使わずに言った。
一瞬。三人がきょとんとする。
それから。
「もちろん!」
アイさんが笑う。
「またね、レイチェル」
マイさん。
「明日も学校で」
ミイさん。
「うん」
三人と途中で別れる。
わたしは一人になった。
夕暮れの住宅街を歩く。
鞄の中には、学校の教科書。ノート。空になったお弁当箱。
そして、財布の中には四人で撮った小さな写真。
朝。この道を歩いた時、わたしはずっと緊張していた。
友達ができるだろうか。
授業についていけるだろうか。
ちゃんと話せるだろうか。
そんなことばかり考えていた。
でも、今は違う。
明日、学校へ行くのが楽しみだった。
明日になれば、またアイさんたちに会える。
ショーゴさんにも学校で会える。
こんな日が、わたしにとって当たり前になっていくのだろうか。
放課後に寄り道して、お菓子を食べて、ゲームで遊んで、写真を撮る。
きっと、この世界の誰かにとっては、何でもない一日。珍しくもない日常。
それでも、わたしにとっては、ずっと憧れていた外の世界の一日だった。
「……楽しかったな」
誰もいない道で、小さく呟く。
胸の奥が、温かい。
帰ればトーコさんがいて、ケンジさんがいて。
ショーゴさんがいて、ミィルがいる。
今日のことをいっぱい話したい。
わたしは少しだけ歩く速度を上げた。
手に入れたばかりの何でもない日常を。
忘れないように。
大切に抱えるようにして。