異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました 作:たけのこ教徒
第一話 再び現れた追跡者
放課後。
終礼が終わると同時に、教室は一気に騒がしくなった。
部活へ向かう生徒。
鞄を持って帰る生徒。
そのまま席に残って雑談を続ける生徒。
そんな中、オレは鞄へ教科書を放り込みながら口を開いた。
「今日は悪い。バイトあるから助っ人無理だ」
「マジかー」
名古が露骨に肩を落とした。
その反応に思わず苦笑する。
「悪いな。次は助っ人入るからよ」
「他を当たれってことだな」
館花がにやにやしながら言う。
「まあ、人数はギリ足りるからいいけどよ」
「だったら問題ないだろ」
「正護いると楽なんだよ」
「便利屋扱いすんな」
館花は悪びれもせず笑った。
草下も椅子を前後に揺らしながら口を開く。
「でも実際、部員足りない部活多いよな」
「あー」
オレも頷く。
「うちの学校、部活と同好会合わせたらかなりあるからな」
「去年も新しい同好会できてたし」
名古が言う。
「なんだっけ?」
「ボードゲーム研究会と食い倒れ倶楽部」
「あったな」
「食い倒れ倶楽部って、結局何するんだ?」
「食べ歩きじゃないか?」
「活動実績それでいいのかよ」
館花が肩をすくめる。
「入りたい部活がないから、自分で作るって話も聞くしな」
「自由な学校だよな」
「まあ、それが売りらしいし」
オレはそう返しながら席を立った。
すると草下が、思い出したようにこちらを見る。
「そういや正護」
「ん?」
「バイトってどこだっけ」
「駅前の喫茶店」
「チェーン?」
「いや」
首を振る。
「個人経営」
「へー」
草下が意外そうな顔になった。
館花と名古まで同じような顔をしている。
「なんだよ?」
「いや」
草下がオレを上から下まで見る。
「何やってんの?」
「注文取ったり」
「うん」
「配膳したり」
「うん」
「皿洗ったり」
「うん」
「掃除したり」
「うん」
「だいたいそんな感じ」
三人が黙った。
そして。
「似合わねえ」
「どういう意味だ」
「なんかもっと」
草下が考え込む。
「肉体労働って感じ」
「勝手なイメージだろ」
「だって、お前が『いらっしゃいませ』って言ってる姿、想像できねえもん」
「普通に言ってるわ」
「笑顔で?」
「必要ならな」
「嘘だろ」
「何でだよ」
館花と名古も笑っている。
そんなにか?
オレとしては普通に仕事してるつもりなんだが。
「まあいいや」
スマホを取り出す。
ロックを解除し、レイチェルとのトーク画面を開いた。
今日から学校へ通い始めたばかりだ。
昼休みに見た感じでは、愛衣たちとも上手くやっていた。
それでも一応、伝えておいた方がいいだろう。
『今日はバイトだから帰り遅くなる。愛衣たちと帰れ』
送信。
数秒後、すぐに既読がついた。
『わかりました。お仕事頑張って下さい』
「律儀だな……」
思わず少し笑う。
「彼女か?」
館花が即座に反応した。
「違う」
「早かったな否定」
「条件反射かよ」
草下まで笑う。
「母さんの友人の子だって説明しただろ」
「はいはい」
「でも心配なんだろ?」
名古が穏やかに言う。
「学校通い始めたばっかりだし」
否定しようとして、少しだけ考える。
まあ、心配じゃないと言えば嘘になる。
異世界から来たなんて事情を抜きにしても、日本の学校は初めてだ。
「愛衣たちいるから大丈夫だろ」
そう言うと、館花が笑った。
「それ、心配してる奴の言い方だぞ」
「うるせえ」
鞄を肩に掛ける。
「じゃあオレ行くわ」
「おう」
「バイト頑張れよ」
「接客で客泣かすなよ」
「だから何なんだよ、そのイメージ。泣かさねぇよ」
友人たちの笑い声を背に、オレは教室を後にした。
◇◆◇
駅前から少し外れた場所にある、小さな喫茶店。
チェーン店ではなく、昔からこの辺りにある個人経営の店だ。
ロマンスグレーの店長と、穏やかな奥さんの夫婦でやっている。
常連客が多く、オレも働き始めてから、ずいぶん可愛がってもらっていた。
「正護くん、三番テーブルお願い」
「はい」
出来上がったコーヒーとサンドイッチをトレーへ乗せる。
「お待たせしました」
「ありがとう」
常連のお婆さんへ料理を置き、空いた皿を回収する。
カウンターへ戻れば、今度は洗い物。
それが終わればテーブルを拭く。
学校の連中は似合わないと言っていたが、やることを覚えてしまえば、別に難しくはない。
むしろ、忙しい時に次に何をするべきか考えるのは、嫌いじゃなかった。
そうして仕事を続け、夜も少し遅くなった頃。
客足が落ち着いた。
「正護くん」
カウンターの奥から店長に呼ばれる。
「今日はもう上がっていいよ」
「いいんですか?」
「ああ。あとは常連さんが二組だけだから」
「じゃあ、お言葉に甘えます」
「お疲れ様」
「お疲れ様でした」
バックヤードへ向かおうとすると。
「正護くん、ちょっと待って」
奥さんに呼び止められた。
「はい?」
「これ、持って帰って」
小さな紙袋を差し出される。
受け取った瞬間。中から、焼いたチーズとトマトソースの匂いがした。
「ピザ風ホットサンド?」
「正解」
「いいんですか?」
「余った材料で作っただけだから」
奥さんが笑う。
「正護くん、好きでしょう?」
「好きです」
「知ってる」
紙袋を持ち上げる。
「ありがとうございます」
「家の子にも分けてあげてね」
「はい。ありがとうございます。喜ぶと思います」
「あらあら」
奥さんは笑顔で言う。
「何ですか?」
「何でもないわ」
絶対何かある顔だった。
店長までカウンターの向こうで笑っている。
「じゃあ着替えてきます」
「はいはい」
バックヤードへ入り、エプロンを外す。
詰襟に着替え、荷物を纏める。
スマホを見る。
レイチェルからメッセージが来ていた。
『お仕事お疲れ様です。今日は楽しかったです』
短い文。
でも、今日の学校が本当に楽しかったことは伝わってきた。
朝はあれだけ緊張していたのにな。
『バイト終わった。今から帰る』
送信する。
すぐに既読がつく。
『気をつけて帰って来て下さい』
「はいはい」
誰もいないのに返事をする。
店へ戻り。
「お疲れ様でした。お先に失礼します」
「お疲れ様」
「気をつけて帰るんだよ」
「はい」
◇◆◇
夜風が頬を撫でる。
駅前の明るさから離れるにつれ、人通りが減っていく。
住宅街へ向かう道、街灯の明かり。遠くを走る車の音。
手に下げた紙袋から、まだホットサンドの匂いがする。
ごく普通の帰り道――のはずだった。
「……?」
少し前から、誰かにつけられているような気がしていた。
足を止め、背後を見る。
誰もいない。
駅へ向かう会社員が、遠くに一人。
それだけ。
「気のせいか」
もう一度歩き出す。
それでも、背中へ刺さるような感覚が消えない。
前にも、似たような感覚を味わった。
嫌な記憶が蘇る。
黒い外套。身体を貫いた異様な腕。
意識が遠ざかる感覚。自然と周囲へ意識を向ける。
塀。植え込み。電柱。
異常はない。
そう思った時だった。
前方。街灯の下。
一人の男が立っていた。
長身で黒い外套。
今日は帽子を被っていない。
鋭い目。
顔を見るのは初めてに近い。
それでも、誰なのかは、すぐに分かった。
「……ガルシア」
男の目が、僅かに細くなる。
「私の名をご存じでしたか」
「レイチェルから聞いた」
「なるほど」
ガルシア・ブルグランド。
レイチェルの祖父に仕えている男。
あの日。オレを殺しかけた張本人。
「何の用だ?」
「お嬢様にお会いしたい」
「断る」
即答した。
「まだ居場所すら聞いていませんが」
「家には連れていかねぇよ」
「……」
「家族がいる」
ガルシアはオレをしばらく見つめた。
やがて。
「先日の件については謝罪します」
「……は?」
予想外の言葉だった。
ガルシアが僅かに頭を下げる。
「貴殿からお嬢様とカーバンクルの気配を感じ、敵対者である可能性を考えました」
「だから腹を貫いたのかよ」
「尋問するつもりでした」
「十分物騒だろ」
「この世界の人間の身体強度を見誤りました」
「見誤ったで済ますなよ」
「非は認めます」
淡々としている。
本当に悪いとは思っているらしい。
でも、それで全部終わり。という空気でもない。
「しかし」
やっぱり来た。
「それと任務は別問題です」
「……意味分かんねぇな」
「私はお嬢様を連れ帰るため、この世界へ参りました」
「本人は帰らないって言ってるぞ」
「お嬢様はまだお若い」
ガルシアの声は変わらない。
「ご自身の立場と、今回の行動が及ぼす影響を十分理解されておりません」
「だから無理やり連れて帰る?」
「必要であれば」
短い答え。
オレは紙袋を持つ手へ力を込める。
「そういうのを、本人が嫌だって言ってんだろ」
「これは我々の世界の問題です」
ガルシアの目が鋭くなる。
「貴殿が介入する必要はありません」
「もう介入してんだよ」
「……」
「お前に腹貫かれた時点で、とっくに関係者だろ」
沈黙。ガルシアは何かを測るようにオレを見る。
ゆっくり周囲を見た。
「ここで話を続けるべきではありませんね」
確かに。
家々が並ぶ住宅街だ。
こんなところで、またあの力を使われたら困る。
「人が来ない場所なら知ってる」
「案内を」
「ただし」
オレはガルシアを睨む。
「家には近づくな」
「承知しました」
本当に聞き分けがいいんだか悪いんだか分からない。
オレは家とは逆方向へ歩き出した。
◇◆◇
連れてきたのは、住宅街から少し離れた河川敷だった。
夜になれば人はほとんどいない。
街灯も少なく、少し離れた道路を車が通る程度。
オレはガルシアから距離を取って立つ。
「ここならいいだろ」
「十分です」
「それで?」
「お嬢様へ連絡を」
「断る」
「……」
「呼んだら、そのまま連れて帰るつもりだろ」
「そのために来ています」
「なら呼ぶわけないだろ」
ガルシアが小さく息を吐いた。
「貴殿は、話が通じる方だと思っていましたが」
「それはこっちの台詞だ」
ガルシアが一歩近づく。
オレは一歩下がる。
「強制するつもりか?」
「必要であれば」
「またそれかよ」
ガルシアの周囲で。
僅かに空気が揺れた。
魔力。
レイチェルたちから聞いた今なら分かる。
「貴殿を傷つけるつもりはありません」
「前回も似たようなこと考えてただろ」
「今回は加減を誤りません」
「安心できる要素一つもねぇな」
黒い光が、ガルシアの右腕へ集まる。
来る。
身体が自然に身構えた。
その時。
「ショーゴさんから離れて!」
声が響いた。
「……!」
振り返る。
河川敷へ続く階段を。
セーラー服姿のレイチェルが駆け下りてくる。
肩にはミィル。
「レイチェル!?」
「間に合った!」
ミィルが叫ぶ。
ガルシアの視線が、オレからレイチェルへ移る。
その瞬間。
雰囲気が変わった。
「……お嬢様」
ガルシアが静かに片膝をつく。
「お迎えに参りました」
レイチェルの足が止まる。
息を整えながら、ガルシアを見る。
「帰りません」
「お祖父様のご命令です」
「それでもです」
「お嬢様」
「わたしは」
レイチェルの声が少し震えた。
それでも、目は逸らさない。
「わたしは、お祖父様の命令だけで生きているわけではありません」
ガルシアの眉が僅かに動く。
「今は帰りません」
「……そうですか」
ガルシアが立ち上がる。
「残念です」
嫌な予感がした。
ガルシアがレイチェルへ近づく。
オレはその間へ入った。
「下がれ」
「これは我々の世界の問題です」
「本人が嫌だって言ってるだろ」
「貴殿には関係ありません」
「だから!」
一歩も退かない。
「もう関係あるんだよ!」
ガルシアの目が細くなる。
「退いてください」
「断る」
「ショーゴさん」
後ろからレイチェルの声。
「大丈夫だ」
「でも」
「前みたいにはならねぇよ」
何の根拠もない。
でも、ここでレイチェルの後ろへ隠れる気はなかった。
「ミィル!」
「分かってるわ!」
ミィルがレイチェルの肩から飛び上がる。
宙に浮かび。
額の宝石が淡く輝いた。
薄い膜のような光が、河川敷の周囲へ広がっていく。
「簡易結界を張るわ! これで人は近づきにくくなるし、多少の音なら誤魔化せる!」
「ありがとうミィル!」
同時にレイチェルが右手を前へ出す。
淡い光が集まり。
一本の細身の剣へ形を変えた。
レイピア。
「ショーゴさん、下がって」
「嫌だ」
「え?」
「オレもやる」
「でも、ショーゴさんには――」
言い切る前に、ガルシアが動いた。
「――ッ!」
速い。
前回と同じ。
いや、分かっていても追えない。
黒い魔力が腕を覆う。
オレへ向けて振り抜かれた。
「ショーゴさん!」
レイチェルが割って入る。
レイピアと黒い腕がぶつかる。
甲高い音。
衝撃で地面の草が大きく揺れた。
「くっ……!」
レイチェルが押される。
ガルシアはほとんど姿勢を崩していない。
「お嬢様。お退きください」
「嫌です!」
レイチェルが剣を弾く。
踏み込む。
速い。
オレが今まで見てきた、どんなスポーツとも違う。
レイピアの切っ先が何度も閃く。
ガルシアは、その全てを黒い腕で受け流す。
「……」
思わず目を見開く。
知ってはいた。
異世界から来た。
剣も使えるし、魔法もある。
でも、実際に目の前で戦うレイチェルを見ると。
本当に。住んでいた世界が違うのだと実感させられた。
「ショーゴ! ぼーっとしない!」
ミィルの声で我に返る。
「分かってる!」
とはいえ、何をすればいい。
武器もない。魔法も使えない。
身体能力には多少の自信がある。
でも、あの二人の間へ素手で入れば、邪魔になるだけだ。
「レイチェル!」
「はい!」
レイチェルが大きく後ろへ跳ぶ。
ガルシアの魔力が地面を叩いた。
土が抉れる。
あれをまともに食らえば。
今度こそ。
「ショーゴさん、離れて!」
レイチェルが叫ぶ。
まただ。また。
守られている。
前回。オレは何もできなかった。
倒れて、レイチェルに助けてもらった。
今も、オレを守るために。
レイチェルがガルシアの前へ立っている。
それが嫌なわけじゃない。
守られることが格好悪いとも思わない。
でも、オレだって。
守りたい。
母さんや父さんを。
レイチェルを。
ミィルを。
自分で助けた以上、途中で全部任せるなんて、したくない。
強くなりたい。
勝って自慢したいわけじゃない。
誰かより上に立ちたいわけでもない。
ただ、今度は。
オレも、こいつらを守れる側に立ちたい。
その瞬間だった。
「……?」
心臓が。
どくん、と大きく脈打った。
身体の奥。
今まで意識したことのない場所が熱くなる。
熱い。
でも、苦しくない。
むしろ。何かが身体中を駆け巡っていく。
「なんだ……これ」
指先が熱い。
両腕へ何かが集まっていく。
ガルシアが動く。
レイチェルへ。
黒い魔力が振り下ろされる。
「レイチェル!」
反射的に。
オレは両腕を前へ向けた。
瞬間。
轟音が響いた。
「――――ッ!?」
空気が震える。
ガルシアの黒い魔力が。
途中で弾け飛んだ。
ガルシア自身も数歩後ろへ押し戻される。
「……何?」
レイチェルが目を見開く。
「は?」
オレ自身。
何が起きたのか分からない。
両腕に、鈍い痺れが残っている。
視線を落とす。
「……なんだよ、これ」
いつの間にか。
両手には二丁の拳銃が握られていた。
右手に黒。左手に赤。
余計な装飾のない、シンプルな形。
冷たい。重い。
実物なんて触ったこともない。
なのに、手に馴染む。
構え方も、狙い方も。
引き金へ指を掛ける感覚も。
なぜか、知っている。
「ショーゴさん、それ……」
レイチェルが呆然とする。
「オレにも分かんねぇ」
ガルシアだけは、銃ではなく。
オレ自身を見ていた。
「……能力の発現」
低く呟く。
「能力?」
聞き返す暇はなかった。
ガルシアが腕を振る。
三つの魔力の塊が飛んでくる。
頭の中で。
避ける。
そう考えるより早く、右手が動いた。
引き金を引く。
乾いた轟音。
一つ。
弾ける。
「っ!」
左手。
もう一発。
赤い光が走る。
今度は、魔力の塊が触れた瞬間。
溶けるように崩れた。
「……?」
違う。
二つの銃。
何かが違う。
でも、今は考えている場合じゃない。
「レイチェル!」
「はい!」
言葉だけで、レイチェルが動いた。
ガルシアへ踏み込む。
オレも銃を構える。
レイチェルの剣。
ガルシアの魔力。
その隙間を狙う。
一発。
ガルシアが避ける。
二発目。
黒い障壁で防がれる。
左の赤。撃つ。
赤い弾が障壁へ当たった瞬間。
「……!」
ガルシアの表情が、初めて大きく変わった。
障壁に穴が開いた。
「今!」
レイチェルが踏み込む。
レイピアの切っ先が、ガルシアの外套を浅く裂いた。
ガルシアが後退する。
「当たった!」
「油断しないで!」
ミィルが叫ぶ。
分かってる。
まだ、こっちは一度も勝ってない。
それどころか。
ガルシアは本気ですらないかもしれない。
「興味深い」
ガルシアが裂けた外套へ一度だけ視線を落とす。
「この世界にも、発現者が存在するとは」
「何の話だ?」
「今説明する必要はありません」
「こっちは聞きたいんだけどな!」
撃つ。
ガルシアが横へ動く。
速い。狙った場所にはもういない。
「左!」
レイチェルの声。
反射的に身体を向ける。
そこにガルシア。
撃つ。かわされる。
すぐに黒い腕が伸びる。
「くっ!」
避けきれない。
肩を掠め、衝撃で身体が回る。
「ショーゴさん!」
「平気だ!」
足を踏ん張る。
次。ガルシアが目の前。
腕が迫る。右手の銃を横へ向け。
至近距離で引き金を引く。
轟音。
ガルシアが腕を交差して防ぐ。
それでも、身体が僅かに後ろへ押される。
「……」
強い。
オレの攻撃が弱いんじゃない。
たぶん。コイツが異常に強い。
レイチェルが横から攻める。
ガルシアは剣をかわす。
蹴りを放つ。レイチェルがレイピアの柄で受けるが、吹き飛ばされる。
「レイチェル!」
地面を転がり。
すぐに立ち上がる。
「大丈夫!」
嘘じゃなさそうだ。
でも、余裕もない。
こっち二人でやって。
やっとガルシアに少し攻撃が届く。
経験が違いすぎる。
突然。両手が重くなった。
「っ……」
違う。重いんじゃない。
身体から力が抜けていく。
視界が僅かに揺れる。
「ショーゴ!」
ミィルが気づいた。
「無理に使いすぎないで! 今のあなたじゃ長く維持できない!」
「先に言え!」
「私だって今分かったのよ!」
銃の輪郭が僅かに揺れる。
まずい。
ここで消えたら。
その時。ガルシアが突然、攻撃を止めた。
「……?」
レイチェルも構えたまま動きを止める。
ガルシアは、オレ。レイチェル。ミィルを順番に見た。
「本日は、ここまでにいたしましょう」
「は?」
「待って!」
レイチェルが一歩出る。
「逃げるの?」
「いいえ」
ガルシアは淡々と答えた。
「本来の目的を優先するだけです」
「本来の?」
「ゲートの状況を、まだ完全には確認できておりません」
レイチェルとミィルの表情が変わる。
「ゲート……」
「この世界へ到着した際、私もかなり離れた場所へ投げ出されました」
ガルシアが続ける。
「お嬢様がご無事であることは確認できた」
「そして」
鋭い視線がオレへ向く。
「貴殿についても、改めて確認する必要がありそうです」
「オレ?」
「その力」
ガルシアの目が。
オレの両手にある二丁拳銃へ向く。
「現時点では、未知数です」
「だったら今ここで確かめるか?」
強がって銃を構える。
正直。腕がかなり重い。
ガルシアはそれも見抜いているようだった。
「必要ありません」
そして、レイチェルを見る。
「お嬢様」
「……何ですか?」
「次にお会いする時までに」
一度。言葉を切る。
「お考え直しください」
「答えは変わりません」
「それでもです」
ガルシアが背を向ける。
「待ちなさい、ガルシア!」
ミィルが叫ぶ。
「帰る方法はどうするの!」
その問いに、ガルシアの足が一瞬だけ止まった。
「それを確認するためにも、私はゲートへ向かいます」
「……!」
それだけ答え。
ガルシアは夜の闇へ歩いていく。
追おうとしたレイチェルの前へ。
ミィルが浮かんだ。
「待って」
「でも!」
「今追っても勝てないわ」
「……」
「それに」
ミィルがオレを見る。
「ショーゴが限界よ」
「オレはまだ――」
言おうとした瞬間。
ふっ、と右手が軽くなった。
「ん?」
黒い拳銃の輪郭が揺れる。
光の粒へ変わり、指の間から零れるように崩れていく。
続いて、左手の赤い拳銃も。
「待て」
握り直そうとする。
でも、掴めない。
二丁の拳銃は。
夜風へ溶けるように消えていった。
「……消えた」
もう、両手には何もない。
なのに、掌には。
さっきまで握っていた冷たさと重さが残っているような気がする。
「ショーゴさん」
レイチェルが恐る恐る聞いてきた。
「それ……何だったの?」
「知らねぇよ」
本当に、何も分からない。
オレは空になった両手を見る。
「たぶん、拳銃だ」
「けんじゅう?」
レイチェルが首を傾げる。
「聞いたことないわ」
ミィルも同じだった。
「お前らの世界にはないのか?」
「少なくとも、私は知らないわ」
「わたしも」
「そうかよ……」
そこから説明する必要まであるらしい。
ただ、今は。
ミィルがオレの前へ浮かんだ。
さっきまでより、ずっと真剣な顔。
「ショーゴ」
「なんだ?」
「今の力」
一度、言葉を切る。
「たぶん、あなたの能力よ」
「……オレの?」
「詳しいことは」
ミィルがガルシアの消えた方向を見る。
「家へ帰ってから話しましょう」
聞きたいことは山ほどある。
能力って何だ?
何でオレに?
あの二丁は何だった?
どうして使い方を知っていた?
ガルシアが言っていた『発現者』って何だ?
それでも、今ここで立ち話を続ける内容じゃないことくらいは分かる。
「……分かった」
紙袋を見る。
幸い、ホットサンドは無事だった。
「よかった……」
「そこなの?」
レイチェルが呆れたような顔をする。
「好物なんだよ」
「今、かなり大変なことが起きたわよ?」
ミィルまで言ってくる。
「それとこれとは別だ」
紙袋を持ち直す。
帰ろう。
そう思って歩き出した時。
もう一度だけ、自分の両手を見る。
もちろん。拳銃はない。
でも、確かにあった。
あの重さ。冷たさ。発砲した時の反動。
全部。はっきり覚えている。
前回。オレはガルシアに何もできなかった。
ただ倒されて、レイチェルに助けられた。
今日も、勝ったわけじゃない。
ガルシアが自分から退いただけだ。
それでも、一発だけ。
確かに。アイツの攻撃を止めた。
「……能力、か」
小さく呟く。
隣を歩くレイチェル。
その肩へ戻ったミィル。
少し前まで、オレにとって異世界も。魔法も。
そんなものは、創作の中にしかなかった。
今は。自分自身まで。
そっち側へ足を踏み入れている。
今日。また一つ。
オレの日常は、大きく変わった。