異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました   作:たけのこ教徒

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第二話 想いのカタチ

 

 家へ戻った頃には、すっかり夜も深くなっていた。

 玄関を開ける。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」

 

 リビングの方から母さんの声が返ってきた。

 レイチェルも続いて家へ入る。

 

「ただいまです」

 

 ミィルは、いつものように何も喋らずレイチェルの肩に乗っていた。

 靴を脱いでいると、母さんが廊下へ顔を出す。

 

「あら?」

 

 オレ。レイチェル。ミィル。

 その三人を順番に見る。

 

「正護、レイチェルちゃんと一緒だったの?」

「途中で会った」

 

 嘘ではない。

 

「そう」

 

 母さんの目が、少しだけ細くなる。

 たぶん、何かあったことには気づいている。

 特にオレの制服。

 肩の辺りが汚れているし、河川敷を転がったせいで所々に草まで付いていた。

 

「……ずいぶん汚れてるわね」

「ちょっと転んだ」

「そう」

 

 また、それ以上は聞いてこない。

 

「夕飯は?」

「バイト前に軽く食った」

「レイチェルちゃんは?」

「わたしは食べました」

「なら正護、お風呂入っちゃいなさい」

「分かった」

「あ、その前に」

 

 母さんが紙袋へ視線を向ける。

 

「それ何?」

「賄い」

「また貰ったの?」

「ピザ風ホットサンド」

「よかったわね」

「ああ」

 

 母さんからすれば。

 今のオレは、バイト帰りにレイチェルと偶然会って帰ってきただけ……いや。

 多分、そういうことにしてくれているだけだ。

 

「じゃ、風呂入ってくる」

「はいはい。後で制服はそこに掛けておいて」

「わかった」

 

 階段へ向かう。

 途中。レイチェルを見る。

 

「後で部屋来てくれ」

「……はい」

 

 ミィルも小さく頷いた。

 

 ◇◆◇

 

 風呂から上がり。

 部屋着へ着替えてから、自分の部屋へ戻った。

 机の前へ座る。

 右手を見る。何もない。

 左手も、当然何もない。

 

「……」

 

 それでも、まだ覚えている。

 重さ。冷たさ。

 握った感覚。

 引き金を引いた瞬間。

 身体を通り抜けた衝撃。

 それまでゲームや映画でしか知らなかった拳銃。

 しかも二丁。

 右手に黒。左手に赤。

 

「なんだったんだよ、アレ……」

 

 自分の手を開いて、握る。

 何も起きない。もう一度。

 さっきの感覚を思い出してみる。

 

「……出ろ」

 

 出ない。

 

「拳銃」

 

 出ない。

 

「黒と赤」

 

 当然、出ない。

 

「……だよな」

 

 そんな簡単だったら苦労しない。

 コンコン。

 ドアが鳴る。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 レイチェルが入ってくる。

 その足元から、ミィルもとてとてと入ってきた。

 ドアが閉まる。

 数秒。廊下の気配を確認してから。

 

「ふぅ」

 

 ミィルが大きく息を吐いた。

 

「やっと喋れるわ」

「大変だな、お前も」

「誰のせいだと思ってるの?」

「オレじゃないだろ」

 

 ミィルが軽くベッドへ飛び乗る。

 レイチェルはいつものように勉強机の前の椅子へ座った。

 

「で」

 

 オレは机へ置いていた紙袋を開く。

 まだ少し温かい。

 ピザ風ホットサンドを取り出し、一口かじる。

 

「さっきのアレは何なんだ?」

「食べながら聞くの?」

「腹減ったんだよ」

「緊張感ないわね……」

「家まで持って帰ってきたんだから食わせろ」

「誰も取らないわよ」

 

 ミィルの視線がホットサンドに向いている。

 

「……欲しいのか?」

「別に?」

 

 尻尾が揺れている。

 

「欲しいんだな」

「違うわよ」

 

 一口分だけちぎって差し出す。

 ミィルは一瞬迷った後。

 

「仕方ないわね」

 

 と言いながら受け取った。

 ぱくり。

 

「……!」

 

 尻尾が一気に揺れる。

 

「美味いか?」

「……悪くないわね」

「分かりやすいな」

「うるさい」

 

 少しだけ空気が軽くなったところで。

 ミィルが真面目な顔へ戻った。

 

「それで」

「さっきのショーゴの力についてだけど」

「ああ」

「たぶん、間違いないわ」

「何が?」

「あなたの能力よ」

 

 能力。ガルシアも似たような言葉を口にしていた。

 

「その『能力』ってのが、そもそも分かんねぇんだよ」

「そうよね」

 

 ミィルは前足を組むように座る。

 

「簡単に言えば、その人の心の奥にある“想い”が形になったものよ」

「想い?」

「ええ」

 

 ミィルが頷く。

 

「憧れ。願い。理想……こうなりたい。こうありたい。

 そういうものが、その人の魔力と結びついて形になることがあるの」

「潜在意識の具現化……みたいなものか?」

「そう考えてもいいわ」

「潜在意識……」

 

 オレは自分の手を見る。

 右に黒。左に赤の二丁拳銃。

 

「何か心当たりない?」

 

 ミィルに聞かれる。

 

「心当たりって言われてもな」

 

 考える。想い。憧れ。理想。

 そして、二丁拳銃。

 

「あ」

「あるの?」

「まあ……」

 

 思い当たるものなら、ある。

 

「小さい頃から、アクション映画とか特撮が好きだった」

「えいが?」

「それは後で説明する」

「前に見た映像のやつ?」

 

 レイチェルが尋ねる。

 

「そう。それ」

 

 まだ二人には、映画を何本か軽く見せただけだ。

 

「二丁拳銃で戦う主人公とかいたんだよ」

「両手に?」

「ああ」

 

 敵に囲まれても。

 一人で前へ出る。

 撃って、走って。

 飛び込んで、誰かを助ける。

 子供の頃、そんな主人公が単純に格好よかった。

 

「特撮も好きだったし」

「身体鍛え始めた理由の一つも、それだった気がする」

「じゃあ」

 

 レイチェルが少し身を乗り出す。

 

「ショーゴさんは、その人たちみたいになりたかった?」

「子供の頃はな」

 

 今思えば、恥ずかしい話だ。

 

「強くて、優しくて。誰かを助けられて、

 自分がどれだけ危なくても前に出られる。

 そういう奴は、格好いいと思ってた」

 

 言葉にすると、さらに恥ずかしい。

 

「だから二丁拳銃?」

 

 レイチェルが聞く。

 

「……多分な」

「なるほどね」

 

 ミィルが頷く。

 

「かなり分かりやすいわ」

「そういうもんなのか?」

「能力なんて案外そんなものよ」

 

 ミィルは肩をすくめるように前足を広げた。

 

「本人が意識していることもあれば、本人すら忘れている願いが出る場合もある」

「じゃあ」

 

 オレはレイチェルを見る。

 

「レイチェルのレイピアも?」

「……うん」

 

 レイチェルは少し恥ずかしそうに頷いた。

 そして、右手を前へ出す。

 淡い光。数秒後。

 細身のレイピアが、その手の中に現れた。

 

「わたしも、小さい頃に好きだった物語があるの」

「物語?」

「うん」

 

 レイチェルが鞘へ手を添える。

 

「主人公は少し弱気な人なんだけど、仮面をつけると、剣一本で街のいろんな問題へ立ち向かうの。

悪い人を倒すだけじゃなくて、困っている人を助けたり、誰かと誰かの喧嘩を止めたり。子供を捜したり」

 

 少しずつ。

 レイチェルの声が楽しそうになる。

 

「何でもする人だった」

「便利屋だな」

「ショーゴさんみたい」

「何でオレなんだよ」

 

 レイチェルが小さく笑う。

 

「わたし」

 

 レイピアを見る。

 

「その主人公みたいに、怖くても困っている人の前へ立てる人になりたかった。だから」

 

 鞘を優しく撫でる。

 

「これが、わたしの能力」

「なるほどな」

 

 言われてみれば。

 レイチェルらしい。

 計画性のない家出をするくらい行動力はあるくせに。

 妙なところで弱気で。

 でも、いざという時は、自分から前に出る。

 今日もそうだった。

 

「その能力ってのは」

 

 オレはミィルを見る。

 

「みんな武器になるのか?」

「いいえ」

 

 即答。

 

「武器になる人もいる」

「身体そのものを強化する人もいる」

「何かを作る力になる人もいるし」

「特殊な魔法として現れる人もいる」

「本当に人それぞれよ」

「全部把握してるわけじゃないのか?」

「無理よ」

 

 ミィルが呆れたような顔になる。

 

「人の願いや想いなんて、一体何種類あると思ってるの」

「そりゃそうか」

「でも……」

 

 疑問が一つ残る。

 

「何でオレが使える?」

 

 部屋が少し静かになった。

 

「レイチェルたちの世界じゃ、魔力があるのが普通なんだよな?」

「はい」

「こっちじゃ魔法なんてない」

「少なくとも、オレは今まで見たことがない。

 創作の中にしかないものだと思ってた」

 

「……そうなのよね」

 

 ミィルも難しい顔になる。

 

「そこは、私にも分からないわ」

「分からない?」

「ええ」

「ショーゴに魔力がある理由そのものが分からない」

「今日初めて?」

「少なくとも」

 

 ミィルがオレを見る。

 

「私が最初にあなたを見た時は、普通の人間にしか見えなかった」

「でも、本当に何もなかったのか。

 眠っていただけなのか。そこまでは分からない」

「じゃあ、ガルシアに襲われたのが原因か?」

「……可能性はあるわね」

「ガルシアに?」

 

 レイチェルがミィルを見る。

 

「肉体的にも精神的にも」

 

 ミィルが説明する。

 

「非常に強い刺激を受けると、能力が目覚めるきっかけになる場合があるの。ただし」

 

 声が少し強くなる。

 

「それを利用して無理やり能力を目覚めさせようとするのは、ものすごく危険よ」

「下手をすれば?」

「能力どころじゃないわ。

 身体や精神そのものを壊しかねない」

「……怖いことさらっと言うなよ」

「だから普通はしないの」

 

 ミィルがため息をつく。

 

「本来なら、自分の中にある力を自覚して、

 少しずつ慣らしていくものよ」

「オレの場合は」

 

 あの日を思い出す。

 黒い腕。身体の中から力を抜かれた感覚。

 

「ガルシアにエナジーを抜かれたことで、何かのスイッチが入った?」

「現時点では、その考えが一番自然ね」

「で。今日、レイチェルを守りたいと思った時に発現した」

「そう」

 

 ミィルが頷く。

 

「能力は“想い”に影響される。なら」

「あなたが強くそう願った瞬間に、形になったとしても不思議じゃない」

「守りたい……か」

 

 少し恥ずかしい。

 でも、否定もできない。

 あの時。確かに思った。

 今度は自分も、守れる側に立ちたいと。

 

「で」

 

 オレはもう一つ気になっていたことを聞く。

 

「黒と赤」

「うん?」

「二つ、何か違った」

 

 戦闘を思い返す。

 

「右の黒で撃った時は、普通にガルシアの魔法を弾いた」

「でも」

「左の赤で撃った時」

 

 障壁。

 あれに弾が当たった瞬間。

 明らかに違った。

 

「魔法が崩れた」

「私も見たわ」

 

 ミィルが頷く。

 

「黒い方は」

「物理的な衝撃が強い?」

「多分」

「赤は魔力そのものへ干渉しているように見えた」

「魔力に?」

「まだ仮説よ」

 

 ミィルがすぐに付け加える。

 

「一度戦っただけ。しかもショーゴ自身が能力を理解していない。

 だから断定はできないわ」

「でも」

 

 レイチェルがレイピアを消す。

 

「ガルシアの障壁が崩れたのは、本当だよ」

「……だよな」

 

 もし、赤い拳銃が魔法へ強いなら。

 ガルシアを相手にした時。

 かなり大きな意味を持つかもしれない。

 問題は。

 

「もう一回出せって言われても無理なんだけどな」

「やってみた?」

「ああ」

 

 右手を出す。

 

「出ろ」

 

 何も起きない。

 

「……」

 

 左手。

 

「拳銃」

 

 何も起きない。

 

「な?」

「本当に何も出ないわね」

「ちょっと残念そうに言うな」

「まあ」

 

 ミィルがベッドの上で姿勢を正す。

 

「覚醒したばかりなら当然よ」

「レイチェルも最初から自由に出せたわけじゃない」

「そうなのか?」

「……うん」

 

 レイチェルが少し恥ずかしそうに笑う。

 

「最初は輪郭だけだった」

「剣の形にするまで何日?」

「何日だったかな?」

「数日よ」

 

 ミィルが答える。

 

「普通は数週間掛かる人だって珍しくないわ」

「レイチェルはかなり早かった方」

「先生が厳しかったから……」

 

 レイチェルの表情が少し曇る。

 

「毎日、何回もやらされて」

「泣きながら練習してたものね」

「……それ言わなくていいよ」

「そうだったのか」

「忘れてください」

「無理だな」

「ショーゴさん」

 

 少しむくれた。

 

「冗談だよ」

 

 でも、自分だけができないわけではない。

 それは少し安心した。

 

「じゃあ」

 

 ベッドへ背中から倒れる。

 

「当面は、あの二丁を自由に出せるようにするのが最初の課題か」

「そうね」

 

 ミィルが頷く。

 

「それから形状の維持と性質の確認。

 どのくらい使えるか。どれだけ魔力を消費するか

 調べることは山ほどあるわ」

「うへぇ」

 

 思わず嫌な声が出る。

 

「学校とバイトと部活の助っ人だけでもそこそこ忙しいんだけど」

「命が掛かってるのよ?」

「分かってるって」

 

 次にガルシアが来た時。

 今日みたいに、向こうから退いてくれる保証はない。

 むしろ。オレの能力。レイチェル。ゲート。

 ガルシア側も、次はもっと準備してくるかもしれない。

 

「……やるしかないか」

 

 天井を見る。

 少し前まで、オレの毎日は。

 学校へ行って。頼まれれば部活を手伝って。

 バイトに行って。帰って寝る。

 それだけだった。

 そこに、銀灰色の髪をした少女が現れ。

 喋るカーバンクルが加わり。異世界の追跡者に狙われ。

 今度は。自分まで、よく分からない力に目覚めた。

 

「……本当に、どうなってんだよ」

 

 思わず笑う。

 

「後悔してる?」

 

 レイチェルが小さく尋ねてきた。

 

「何を?」

「わたしたちを助けたこと」

「またそれか」

 

 身体を起こす。

 

「前にも言っただろ」

 

 レイチェルを見る。

 

「後悔してない」

「……」

「面倒だとは思ってる」

「そこは言うんですね」

 

 レイチェルが少し困ったように。

 でも、安心したように笑った。

 

「それに」

 

 自分の右手を見る。

 何もない手。あの黒い拳銃を握っていた手。

 

「ちょっとだけ」

「?」

「ワクワクしてる自分もいる」

「ショーゴさん……」

「男の子ってそういうもんだろ?」

「ひとまとめにしない方がいいと思うわ」

 

 ミィルが冷静に突っ込む。

 

「うるせえ」

「でも」

 

 ミィルが小さく笑う。

 

「そのくらいでいいかもしれないわね。

 能力は想いに応えるものだから、難しく考えすぎるより、自分の力を知りたいと思う方が、きっかけにはなるかもしれないわ」

「そういうもんか」

「たぶん」

「たぶんかよ」

「何でも私が知ってると思わないで」

「さっきまで先生みたいだったのに」

「先生みたいじゃなくて、実際レイチェルの先生だったの!」

「え?」

 

 ミィルが胸を張る。

 

「魔法も歴史も算術も、私が教えてたんだから」

「……それはすごいな」

「もっと称えなさい」

「はいはい」

「軽い!」

 

 ミィルが抗議する。

 その姿に、レイチェルが笑う。

 オレも釣られて笑った。

 今日はガルシアとは決着がつかなかった。

 ゲートがどうなっているかも分からない。

 オレの能力も、まだ知らない事ばかりだ。

 それでも、やるべきことは少しずつ見えてきた。

 まずは、あの二丁拳銃をもう一度。

 自分の意思で、この手に握ること。

 そこからだ。

 

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