異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました   作:たけのこ教徒

19 / 30
第三話 最初の一歩・前編

 

 

 翌日。朝食を食べ終え、自分の部屋へ戻ったオレは、ベッドの上でスマホを眺めていた。

 画面に表示されているのは、学校から届いた連絡だ。

 

『本日は臨時休校とします』

 

「……マジか」

 

 昨日の夜。

 駅前から少し離れた所で起きた騒ぎ。

 詳しい理由までは書かれていないが、学校周辺でも警察が聞き込みをしているらしい。

 学校側としても、生徒を登校させるのは避けた方がいいと判断したようだ。

 つまり、今日は休み。

 普通なら喜ぶところなんだろうけど。

 

「休みになった原因の一部、オレなんだよな……」

 

 正確にはガルシアなんだけど。

 とはいえ、あの場で一番派手な音を出したのは、間違いなくオレだ。

 昨日。突然、この手に現れた二丁拳銃。

 右手に黒。左手に赤。

 あの発砲音がどこまで響いたのか何て考えたくない。

 ガルシアの奴は結界張ってなかったのかよ。と愚痴りたくなった。

 

「……まあ」

 

 スマホをベッドへ放る。

 

「休みになったもんは仕方ないか」

 

 それなら、今日はちょうどいい。

 昨日、ミィルと話したこと。

 まずは能力を自分の意思で出せるようになる。

 そこから始めるしかない。

 

 ◇◆◇

 

 というわけで。

 午前十時。

 オレの部屋には三人が集まっていた。

 オレ。レイチェル。そしてミィル。

 一応、母さんが部屋へ入ってきても不自然じゃないように、机の上には学校の教科書とノートを広げてある。

 表向きは臨時休校になったから、レイチェルと一緒に勉強している。ということになっていた。

 

「これでいいか?」

 

 オレは数学の教科書を適当なページで開く。

 

「なんだか悪いことしてるみたい……」

 

 レイチェルが少し落ち着かない様子で言った。

 

「別に悪いことしてるわけじゃないだろ」

「でも、トーコさんに隠し事してるから」

「それを言ったら今更だ」

「……そうだけど」

 

 レイチェルが困ったように笑う。

 ミィルは机の上へ飛び乗ると、開かれた教科書を覗き込んだ。

 

「へえ」

「なんだ?」

「こっちの世界の数学って、こういうのを使うのね」

「読めるのか?」

「大体はね」

 

 ミィルが胸を張る。

 

「私を誰だと思ってるの?」

「昨日、自分で何でも知ってると思うなって言ってなかったか?」

「それとこれとは別よ」

「便利な言葉だな」

 

 ミィルがじろりと睨んでくる。

 

「で?」

 

 オレは椅子へ腰掛ける。

 

「何すればいいんだ?」

「昨日も言ったけど」

 

 ミィルが机の上に座り、尻尾を揺らしながら口を開く。

 

「能力は、その人の“想い”が形になったものよ」

「それは聞いた」

「憧れや願い。理想。こうなりたい、こうありたい。そういうものが魔力と結びついて形になる」

「潜在意識の具現化、だったな」

「そう」

 

 説明自体は分かる。

 昨日、散々話した。

 オレの場合は、子供の頃から好きだったアクション映画や特撮。

 二丁拳銃を手に戦う主人公。

 そんなものへの憧れが形になった可能性が高い。

 理屈としては。

 まあ、分からなくもない。

 問題は。

 

「そう言われてもな」

 

 右手を見る。

 

「出し方が分かんねぇ」

 

 昨日から何度か試している。

 風呂の中でも、寝る前にも、朝起きてからも。

 結果。何も出ない。

 

「レイチェルはどうやって出してるんだ?」

「わたし?」

「ああ」

 

 レイチェルは少し考える。

 

「……わたしはね」

 

 胸へそっと手を当てる。

 

「物語の場面を思い浮かべるの」

「場面?」

「うん」

 

 レイチェルは頷いた。

 

「主人公が困っている人を助けるところとか」

「怖くても、一人で前に進むところとか」

「それを思い出して」

 

 右手を前へ出す。

 

「こうなりたい、って思うの」

 

 淡い光が集まる。

 光が細長く伸び、形を作っていく。

 次の瞬間。

 レイチェルの右手には、見覚えのあるレイピアが握られていた。

 

「おお……」

 

 何度か見てるけど。

 改めて目の前で見るとすごいな。

 

「それから」

 

 レイチェルがレイピアを少し持ち上げる。

 

「形もちゃんと思い浮かべてる」

「形?」

「うん」

 

 レイチェルは鞘へ視線を落とす。

 

「わたし、小さい頃から先生にレイピアを習っていたから」

「ああ」

 

 そういえば言ってたな。

 

「重さとか、握った時の感触とか

 長さとか。そういうのも?」

「うん」

 

 なるほど。

 そりゃ強いわけだ。

 能力に目覚める前から、元々レイピアそのものを扱っていたわけだ。

 

「じゃあ」

 

 オレは両手を見る。

 

「オレも昨日の拳銃を思い出せばいいってことか」

「まずは、やってみたら?」

「そうだな」

 

 椅子へ深く腰掛ける。

 目を閉じ思い出す。

 昨日突然、この手の中に現れたもの。

 右手。黒。

 左手。赤。

 飾り気のない形。

 冷たい金属の感触と重さ。

 握った時、不思議なくらい手に馴染んだ。

 引き金へ掛けた指。

 撃った瞬間。

 腕へ伝わった衝撃。

 そして、子供の頃に見ていた映画。

 二丁拳銃を構える主人公。

 敵に囲まれても退かず一人で戦う。

 走る。撃つ。

 誰かを助ける。

 格好いい。

 ただ、それだけだった。

 自分も、いつかあんな風になれたら。

 子供の頃。

 本気でそう思っていた。

 それを思い出す。

 

「……」

 

 右手と左手を意識する。

 昨日の感触を。

 もう一度この手に。

 

「……」

 

 しばらくして。

 

「ショーゴさん?」

 

 レイチェルの声。

 目を開ける。

 両手を見るが、何もない。

 

「……出ねぇ」

「うーん」

 

 ミィルが腕を組む。

 

「イメージそのものは悪くないと思うんだけど」

「じゃあ何が悪いんだ?」

「そこが難しいのよ」

「先生」

「何?」

「役に立たねぇな」

「誰が役に立たないですって?」

「痛い痛い!」

 

 ミィルがオレの腕を前足で叩く。

 

「冗談だって」

「まったく」

 

 ミィルが机へ戻る。

 

「能力は理屈だけで出すものじゃないのよ」

「感情か?」

「そうね」

 

 ミィルが頷く。

 

「ショーゴは今、能力を『出そう』としてる」

「そりゃ出そうとしてるからな」

「でも」

 

 ミィルはオレを見る。

 

「本当は逆なの」

「逆?」

「必要だから出るのよ」

「必要だから……」

 

 その言葉で、昨日を思い出した。

 ガルシア。

 圧倒的だった。

 オレじゃどうにもならなかった。

 それでも、レイチェルがいた。

 自分が守られる側になるのが嫌だった。

 何もできないのが悔しかった。

 だから、力が欲しいと思った。

 その瞬間。二丁拳銃はこの手にあった。

 

「……なるほどな」

 

 昨日は、出そうなんて考えていなかった。

 拳銃を思い浮かべてもいない。

 ただ必要だった。

 

「でもよ」

「何?」

「それじゃ練習できなくないか?」

「……」

「毎回ガルシアに襲ってもらうわけにもいかないだろ」

「それは絶対駄目よ」

 

 ミィルの声が強くなった。

 

「そういや」

 

 昨日から気になっていたことを思い出す。

 

「なんであのタイミングだったんだ?」

「昨日の事?」

「ああ」

 

 オレは腕を組む。

 

「ガルシアに最初に襲われた時は、何も出なかっただろ」

 

 あの時、オレは何もできずに倒された。

 なのに。二度目の戦いで突然能力が目覚めた。

 

「言われてみれば……」

 

 レイチェルも考え込む。

 

「ガルシアの攻撃が原因になった可能性はあるわ」

 

 ミィルが言った。

 

「アイツの攻撃?」

「ええ」

「肉体的、あるいは精神的に強い刺激を受けたことで、能力が目覚めるきっかけになることがあるの」

 

「……そんなのあるのか?」

「あるわ」

 

 ミィルは頷く。

 

「でも、絶対に真似しちゃ駄目」

「しねぇよ」

「最後まで聞きなさい」

「はいはい」

「はいは一回」

「母さんかよ」

 

 ミィルが睨む。

 話が進まないので黙ることにした。

 

「強い刺激を与えて、無理やり能力を目覚めさせようとする方法はあるわ」

「……でも、かなり危険なの」

「本来は自分の中にある力を少しずつ自覚して、時間を掛けて目覚めていくものだから」

「それを無理やり起こすからか?」

「そう」

 

 ミィルが真面目な顔になる。

 

「身体にも負担が掛かるし、何が起きるか分からない」

「じゃあ」

 

 オレは腹へ手を当てた。

 以前。ガルシアに攻撃された場所。

 傷なんて残っていない。

 それでも、あの感覚は忘れていない。

 

「オレの場合、ガルシアにやられたことでスイッチが入った」

「そして昨日」

 

 レイチェルが続ける。

 

「必要になったから、能力が出た?」

「現時点では、その考えが一番自然ね」

 

 ミィルが頷いた。

 

「なるほど」

 

 目覚めた理由は、なんとなく分かった。

 それでも、結局。

 

「出し方は分かんねぇな」

「そこは練習するしかないわ」

「結局それかよ」

 

 ◇◆◇

 

 それから、何度試したか分からない。

 目を閉じ、イメージする。

 右手に黒。左手に赤。

 昨日の感触。

 出ない。

 もう一度。

 出ない。

 もう一度。

 

「……出ろ」

 

 出ない。

 

「拳銃」

 

 出ない。

 

「頼むから出てくれ」

 

 出ない。

 

「頼む」

 

 出ない。

 

「……」

 

 レイチェルが心配そうにこちらを見る。

 

「ショーゴさん」

「ん?」

「少し休んだ方がいいんじゃない?」

「まだいける」

「でも……」

「大丈夫だって」

 

 もう一度、両手を前へ出し集中。

 右手にあった黒。

 左手にあった赤。

 形、重さ、感触。

 

「……」

 

 何も起きない。

 

「だああああ!」

 

 ベッドへ倒れ込んだ。

 

「出ねぇ!」

「だから休めって言ったでしょう」

「分かってるけどよ……」

 

 仰向けになり天井へ手を伸ばす。

 

「昨日は勝手に出たくせに」

 

 握って開く。

 何もない。

 

「能力に目覚めたばかりなんて、そんなものよ」

「そうなのか?」

「そうよ」

 

 ミィルが答える。

 

「最初から自由自在に扱える人なんて滅多にいないわ」

「……うん」

 

 レイチェルも頷く。

 

「わたしも最初は、レイピアの輪郭を出すだけで数日掛かったから」

「マジか?」

「うん」

「じゃあ、形にできるまで結構掛かった?」

「……」

 

 レイチェルが少し考える。

 

「わたしは、その数日後には」

「レイチェルの場合は参考にならないわよ」

 

 ミィルが遮った。

 

「え?」

「あなたは早すぎたの」

「……そうなの?」

「普通なら数週間掛かってもおかしくないもの」

「でも先生が……」

 

 レイチェルの顔が少し曇る。

 

「できるまで寝ちゃ駄目って」

「……」

「……」

 

 オレとミィルが黙る。

 

「あと、できなかったら最初からやり直しって」

「……」

「何回も泣いたよ?」

「……レイチェル」

 

 ミィルが気まずそうに目を逸らす。

 

「それは先生の方がおかしいわ」

「え?」

 

 レイチェルの顔が固まった。

 

「普通じゃないの?」

「普通じゃないわ」

「……」

「……」

「……わたし、普通だと思ってた」

 

 スパルタな先生だな。何か、可哀想になってきた。

 

「まあ」

 

 オレは身体を起こす。

 

「結果的に使えるようになったなら……」

「ショーゴさん」

「悪い。何でもない」

 

 レイチェルの目が悲しかった。

 

「じゃあオレはどのくらい掛かるんだ?」

「それこそ人によるわ」

 

 ミィルが答える。

 

「一日かもしれない」

「一週間かもしれない」

「一ヶ月かもしれない」

「一年とか?」

「可能性はあるわね」

「嫌だなぁ」

「焦ったって仕方ないわよ」

 

 ミィルは前足を広げる。

 

「何かもっと、イメージしやすいものがあればいいんだけど」

「イメージしやすいもの?」

「ええ」

「昨日の感覚だけじゃなくて」

「ショーゴが能力の元になった“憧れ”を、もっとはっきり思い出せるもの」

「憧れ……」

 

 アクション映画。特撮。

 二丁拳銃の主人公。

 

「……あ」

 

 あるじゃん。

 

「どうしたの?」

 

 レイチェルが首を傾げる。

 

「イメージしやすいもの」

 

 ベッドから立ち上がる。

 

「あった」

「何?」

 

 部屋の隅の棚へ向かう。

 そこには、今まで買い集めてきた映画のディスクが並んでいる。

 

「というか」

 

 一枚取り出す。

 

「最初からこれ見ればよかったんだ」

「それ、何?」

 

 レイチェルが近づいてくる。

 ミィルも机から飛び降り、こちらへやって来た。

 

「映画」

「えいが」

 

 レイチェルが復唱する。

 

「昨日も少し話してたやつ?」

「ああ」

 

 ケースを見せる。

 二人とも不思議そうな顔。

 

「……本?」

「違う」

「絵?」

「それも違う」

「じゃあ何?」

「あー……何て言えばいいか」

 

 説明が難しいな。

 二人の世界には演劇はある。

 でも、映画みたいに映像を保存する文化はないらしい。

 

「演劇あるだろ?」

「うん」

「それを映像として記録して」

 

 ケースからディスクを取り出す。

 

「これに保存したもの……って言えば分かるか?」

「……保存?」

「そう」

 

 レイチェルがディスクを見る。

 裏返す。

 光に当てる。

 

「ここに?」

「ここに」

「人が?」

「いや、人そのものじゃない」

「演劇が?」

「まあ、そんな感じだな」

「……?」

 

 完全には伝わっていない。

 

「見せた方が早いな」

 

 ディスクを受け取る。

 

「これを機械に入れれば」

「演劇が見られるの?」

「見られる」

「何度でも?」

「何度でも」

「役者さんは?」

「何もしない」

「疲れないの?」

「疲れない」

「すごい……」

 

 レイチェルが目を輝かせる。

 

「何度でも同じ演劇が見られるの?」

「ああ」

「途中で止められる?」

「止められる」

「戻せる?」

「戻せる」

「すごい!」

「食いつくなぁ」

 

 ミィルもディスクへ顔を近づけている。

 

「便利なものね」

「あっちにはないのか?」

「少なくとも、こんな技術はないわ」

「こっちじゃ割と普通だけどな」

 

 テレビをつける。

 プレーヤーへディスクを入れる。

 

「で」

 

 レイチェルがケースを見る。

 

「どんなお話なの?」

「アクションもの」

「アクション?」

「戦う映画」

「ああ」

 

 納得したように頷く。

 

「ショーゴさんが好きな?」

「昔からな」

 

 選んだのは、子供の頃から何度も何度も見た作品だった。

 主人公は全身を白い服で包んだ男。

 長いコート。

 両手には二丁の拳銃。

 たった一人で。

 大勢の敵へ立ち向かっていく。

 今思えば、オレの能力が二丁拳銃になった理由。

 その一つは、間違いなく。

 これだと思う。

 

「じゃあ」

 

 リモコンを手に取る。

 

「見てみるか?」

「うん!」

 

 レイチェルがベッドの前へ座る。

 ミィルもその隣。

 オレは椅子へ座った。再生。

 

 ◇◆◇

 

 最初は、二人とも画面そのものに驚いていた。

 

「動いてる……」

「テレビは何度も見てるだろ」

「でも」

 

 レイチェルは画面を指差す。

 

「これは物語なんでしょ?」

「ああ」

「舞台じゃないのに」

「映画だからな」

「外で撮ってるの?」

「そういう場面もある」

「建物も本物?」

「セットの時もある」

「この人たちは?」

「役者」

「じゃあ本当に戦ってないの?」

「戦ってない」

「すごい……」

 

 質問が止まらない。

 

「レイチェル」

 

「なに?」

「映画に集中しろ」

「あ、ごめんなさい」

 

 静かになった。

 五秒。

 

「ショーゴさん」

「なんだ?」

「あの人、本当に撃たれてない?」

「撃たれてない」

「よかった……」

 

 また静かになる。

 十秒。

 

「ショーゴさん」

「今度はなんだ?」

「あれどうやって撮ってるの?」

「知らん」

「知らないの?」

「オレは映画監督じゃないからな」

「そっか……」

 

 ミィルは喋らない。

 ただ、画面へ釘付けだった。

 時折。耳がぴくぴく動く。

 派手な爆発が起きると身体が跳ねる。

 銃撃戦になると、前のめりになる。

 

「お前も結構楽しんでるな」

「別に?」

「尻尾」

「……」

 

 ぶんぶん。

 

「動いてるぞ」

「これは違うの」

「何が?」

「集中してるだけよ」

「そういうことにしとく」

 

 物語が進む。

 白い長衣を翻し。

 主人公が走る。

 右手、左手の二丁の拳銃。

 敵の攻撃をかわしながら次々に撃つ。

 飛び込む。転がる。

 立ち上がる。また撃つ。

 

「……すごい」

 

 レイチェルが小さく呟いた。

 

「二つ同時に使ってる」

「ああ」

「難しくないの?」

「現実にやったら難しいだろうな」

「ショーゴさんは?」

「オレ?」

「昨日」

 

 レイチェルがオレを見る。

 

「二つ持ってたよね」

「……そうだな」

 

 画面を見る。

 主人公が二丁拳銃を構えている。

 その姿。

 構え方。手。銃口。指。

 昨日。自分が構えた時。

 なぜか迷わなかった。

 初めてだったはずなのに、どう構えるのか。どう狙うのか。どう撃つのかを知っていた。

 

「……やっぱり」

「?」

「なんでもない」

 

 映画へ視線を戻す。

 昔は、ただ格好いいと思っていた。それだけだった。

 でも。

 今見ると、妙な感覚がする。

 昨日。

 自分の手にあった二丁拳銃と。

 画面の中の主人公が持つものは。

 もちろん同じじゃない。

 形も違う。色も違う。

 それなのに。

 胸の奥で、何かが繋がっている気がした。

 あの頃。

 自分もこんな風になれたら。そう思った。

 忘れていた。

 子供の頃の単純な憧れ。その感覚を。

 少しずつ。思い出していく。

 

     ◇◆◇

 

 やがて、エンドロールが流れ始めた。

 

「……終わった」

 

 レイチェルが呟く。

 

「どうだった?」

 

 聞いてみる。

 

「すごかった!」

 

 即答だった。

 

「街も!服も!

 戦うところも!

 あと、あの爆発!

 本当に爆発してない?」

 

「そこ気にするなぁ」

「だってすごかったから」

 

 興奮が収まらないらしい。

 

「あと」

「まだあるのか?」

「途中のあそこ!」

「あそこじゃ分からん」

「主人公が一人で建物に入って――」

「ああ、あそこか」

「それで――」

 

 そこから、しばらくレイチェルの感想が続いた。

 初めての映画はかなり気に入ったらしい。

 ミィルはというと。

 

「まあ」

 

 前足を組み、妙に偉そうな顔をしている。

 

「悪くなかったわ」

「お前もめちゃくちゃ楽しんでただろ」

「そんなことないわよ」

「途中から画面の前まで行ってたじゃねぇか」

「よく見えなかっただけよ」

「オレより前にいたぞ」

「細かい男ね」

「尻尾もずっと振ってたし」

「……」

 

 尻尾が止まる。

 

「レイチェル」

「うん?」

「ショーゴがいじめる」

「ショーゴさん」

「なんでオレが悪いんだよ」

 

 レイチェルがくすくす笑う。

 オレもつられて笑った。

 

「さて」

 

 テレビを消す。

 急に部屋が静かになった。

 

「もう昼近いな」

 

 時計を見る。

 一本映画を見れば、そりゃ時間も経つ。

 

「少し休憩するか」

「そうね」

 

 ミィルが即答する。

 

「私も賛成」

「お前ずっと映画見てただけだろ」

「映画を見るのにも体力を使うのよ」

「初めて聞いたぞ」

「今、私が決めたの」

「おい」

「わたし、お茶持ってくるね」

 

 レイチェルが立ち上がる。

 

「じゃあオレも何か持ってくるわ」

「お菓子?」

 

 ミィルの耳がぴんと立った。

 

「反応早ぇな」

「別に?」

「尻尾」

 

 ぶんぶん。

 

「……」

「クッキーあったはずだから、それでいいか?」

「仕方ないわね」

「お前のために持ってくるんじゃねぇよ」

 

 そう言いながら、オレはもう一度だけ。

 自分の両手を見る。

 映画を見ている間。

 ずっと、昨日の感触を思い出していた。

 右手。黒。

 左手。赤。

 さっきまでより、ずっと鮮明に。

 あの形を思い浮かべられる。

 まだ、出せる気はしない。

 でも、何となく。

 本当に何となくだけど。

 さっきまでとは違う気がした。

 

「……次はいけるかもな」

 

 小さく呟く。

 

「ショーゴさん?」

「なんでもない」

 

 まずは休憩。

 それから、もう一度だ。

 昨日。勝手に現れたあの二丁を今度は。

 自分の意思で、この手に呼び出してみせる。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。