異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました   作:たけのこ教徒

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第一章 雨の日に拾った少女
第一話 雨の日の帰り道


 

 朝から降っていた雨は、放課後になっても止む気配がなかった。

 教室の窓を叩く雨粒を見ながら、オレは鞄へ教科書を詰めた。

「正護、今日どうする?」

 

 後ろの席から館花が声を掛けてくる。

 

「何が?」

「部活。バスケ部から、また助っ人頼まれてたろ」

「ああ。今日はなしになった。体育館が使えないってさ」

「じゃあラーメン行こうぜ。駅前に新しい店できたらしいぞ」

「雨の中?」

「雨の日に食うラーメンもうまいだろ」

「それ、晴れの日でも言うだろ」

 

 隣で草下が笑う。

 名古はもう帰る準備を終え、いつものように文庫本を読んでいた。

 

「名古も行くだろ?」

 

 館花に聞かれ、名古は本から顔を上げた。

 

「今日は新刊の発売日だから本屋に寄る」

「相変わらずだな」

「そういう館花は、相変わらず食べることしか考えてない」

「失礼な。バスケのことも考えてる」

「半分はラーメンだろ」

 

 いつもの会話だった。

 特別なことは何もない。

 オレは鞄を肩へ掛ける。

 

「悪い。今日はまっすぐ帰る」

「なんだよ、正護まで」

「濡れたくないからな」

「傘あるだろ」

「それでもだよ」

 

 教室を出て、階段を下りる。

 昇降口では、帰宅する生徒たちが傘を広げていた。

 靴を履き替え、傘立てへ向かう。

 オレの傘は、少しだけ目立つ。

 黒い柄に、赤い小さな印を付けているからだ。

 似た傘を間違えないように、母さんが付けた。

 けれど。

 

「……ないな」

 

 端から端まで探しても見つからなかった。

 場所を間違えたかと思い、別のクラスの傘立ても確認する。

 やっぱりない。

 

「どうした、正護?」

 後から来た草下が聞いた。

「傘、誰かに持っていかれたっぽい」

「マジか。盗まれた?」

「間違えただけかもしれないな。まあ、明日戻ってくるかもしれないし、大丈夫だ」

「いいのかよ」

「そういうこともあるだろ?」

 

 草下は納得していない顔をした。

 けれど、ないものは仕方がない。

 オレは詰襟を脱ぎ、頭からかぶった。

 

「じゃあな」

「待て待て。オレの傘入れよ」

「方向違うだろ?」

「途中まででもいいだろ?」

「走りゃいいから大丈夫だ。じゃあな」

 

 オレはそのまま外へ出た。

 雨は思ったより強い。

 校門を出た時点で、ズボンの裾が濡れ始めた。

 詰襟を頭にかぶっているせいで、視界も狭い。

 仕方なく走る。

 家までは、歩いて二十分ほど。

 走れば十分くらいだ。

 住宅街へ入ると、雨音以外はほとんど聞こえなくなった。

 人通りも少ない。

 車が通るたび、道路脇の水が跳ねる。

 

「最悪だな……」

 

 別に傘を持っていった誰かへ怒っているわけではない。

 単純に、服が重い。

 家に着いたらすぐ風呂へ入ろう。

 母さんに制服を濡らしたと言えば、たぶん小言を言われる。

 そんなことを考えながら角を曲がった時だった。

 道路脇に、何かが見えた。

 最初は、大きな布の塊かと思った。

 けれど、布の間から銀色の髪が広がっている。

 

「……人?」

 

 足を止めた。

 道路と民家の塀の間。

 そこに、女の子が倒れていた。

 年はオレより下に見える。

 中学生くらいだろうか。

 銀色がかった灰色の髪は、腰よりも長い。

 見たことのない服を着ている。

 コートのようでもあり、ドレスのようでもあった。

 その隣には、灰色の動物が倒れている。

 キツネに似ているが、耳が妙に長い。

 それに、額には宝石みたいなのがあった。

 

「おい」

 

 女の子の近くへしゃがむ。

 

「大丈夫か?」

 

 返事はない。

 肩に触れようとして、手を止める。

 怪我をしている可能性がある。

 下手に動かさない方がいいかもしれない。

 顔色は悪い。

 呼吸はしている。

 額へ手を当てると、少し冷たかった。

 雨に打たれ続けていたせいだろう。

 隣の動物も、動いていない。

 けれど、腹が小さく上下している。

 

「どうする……」

 

 スマホを取り出す。

 普通なら救急車だ。

 それが一番いい。

 ただ、見たことのない服を着た少女と、見たことのない動物。

 どう説明すればいい。

 いや、説明なんて必要ないか。

 倒れていたと言えばいい。

 けれど、このままここで救急車を待っていても、雨に濡れ続ける。

 近くに雨宿りできそうな場所はない。

 オレはスマホの画面を見たまま迷った。

 救急車を呼ぶ。

 それでいいはずだ。

 なのに、なぜか指が動かなかった。

 もし、この子が普通の事情で倒れているんじゃなかったら。

 服装も、動物も、どう見ても普通ではない。

 警察を呼ばれ、長い間事情を聞かれるかもしれない。

 オレが何かしたと思われる可能性もある。

 

「……母さんに聞くか」

 

 連絡先から母さんを選ぶ。

 三回目の呼び出し音で繋がった。

 

『もしもし、正護?』

「母さん。今、家?」

『家にいるけど。どうしたの? 雨、すごいでしょう?』

「ちょっと聞きたいんだけど」

『何?』

「道で女の子が倒れてる」

 

 電話の向こうが一瞬静かになった。

 

『意識は?』

「ない。息はしてる。たぶん中学生くらい。あと、変な動物も一緒に倒れてる」

『変な動物?』

「ぬいぐるみっつーか、キツネみたいな?よくわからん」

『怪我はしてる?』

「見た感じ血は出てない。ただ、雨で冷えてる」

『場所は?』

 

 現在地を伝える。

 家から、それほど離れていない。

 母さんは少し考えてから言った。

 

『連れて帰ってきなさい』

「え?」

『そのまま雨の中には置いておけないでしょう?』

「いや、でも」

『正護一人で運べそう?』

「女の子は背負えると思う。動物も大きくないから大丈夫だ」

『なら、連れてきて。こっちで毛布とお湯を用意しておくから』

「救急車は?」

『必要なら家から呼べばいいわ。とにかく、今は身体を冷やさないようにしてあげて』

 

 迷いのない声だった。

 

「分かった」

『気をつけて帰ってきなさい』

 

 電話が切られる。

 オレは少女を見下ろした。

 

「連れて帰るって、簡単に言うよな……」

 

 けれど、他に方法も思いつかない。

 学ランを少女へかける。

 身体をできるだけ揺らさないように起こし、背中へ乗せた。

 軽い。驚くくらい軽かった。

 片腕で少女の脚を支え、もう一方の腕で灰色の動物を抱える。

 

「落ちるなよ」

 

 返事はない。

 雨の中、オレは名前も知らない少女を背負って家へ向かった。

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