異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました   作:たけのこ教徒

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第三話 最初の一歩・後半

 

 

 映画を見終えテレビを消すと、部屋の中が急に静かになった。

 さっきまで響いていた銃声も、派手な音楽も、主人公が走り回る足音も、全部消えている。

 

「……すごかった」

 

 レイチェルはまだ少し興奮しているようだった。

 ベッドの前に座ったまま、さっきまで映像が流れていたテレビを見つめている。

 

「そんなに気に入ったか?」

「うん」

 

 即答だった。

 

「最初は、どうやって人があの中にいるのか不思議だったけど」

「そこからだったな」

「でも、途中からお話の方が気になって」

 

 レイチェルは楽しそうに笑う。

 

「主人公が二つの銃を使って戦うところ、すごかった」

「昔のオレも同じこと思ってたよ」

「だから、ショーゴさんも二つなのかな?」

「……かもな」

 

 右手と左手を交互に見る。

 映画を見ている間、昨日の感覚が何度も蘇っていた。

 右手に黒。左手に赤。

 冷たい金属の重さ。

 握った時の感触。

 引き金へ掛けた指。

 あの時より、ずっと鮮明に思い出せる。

 ミィルはというと、ベッドの上で前足を組み、妙に澄ました顔をしていた。

 

「まあ」

 

 一度咳払いする。

 

「悪くなかったわ」

「めちゃくちゃ楽しんでただろ」

「そんなことないわよ」

「銃撃戦始まった瞬間、テレビの前まで行ってたじゃん」

「よく見えなかっただけ」

「オレより前にいたぞ」

「細かい男ね」

 

 ぷいっと顔を逸らす。

 尻尾は、まだ少し揺れていた。

 

「……休憩するか」

 

 時計を見ると、昼が近い。

 午前中ずっと能力を出そうとして。

 その後。

 映画を一本。

 集中し続けたせいか。

 なんだかんだで疲れている。

 

「賛成」

 

 ミィルが即答した。

 

「お前、映画見てただけだろ」

「映画を見るのにも体力は必要なの」

「初めて聞いたぞ」

「今決めたの」

「おい」

 

 レイチェルがくすくす笑う。

 

「わたし、お茶持ってくるね」

「じゃあオレ、何か食うもの持ってくる」

「クッキー」

 

 ミィルの耳がぴんと立った。

 

「何で決めてんだよ」

「昨日、棚にあったでしょう?」

「見てたのか」

「偶然よ」

「絶対嘘だろ」

「細かいこと気にしない」

 

 仕方ない。

 オレは部屋を出た。

 

     ◇◆◇

 

 少しして。

 

 机の上には、急須。三人分の飲み物。

 それから、皿に盛られたクッキー。

 ミィルの視線は、完全にクッキーへ固定されていた。

 

「食っていいぞ」

「言われなくても」

「いや、言われる前に手伸ばすなよ」

 

 ミィルはすでに一枚取っていた。

 ぱくり。

 

「……」

「うまいか?」

「普通ね」

 

 尻尾が揺れている。

 

「普通ねぇ」

「何よ」

「別に」

 

 オレも一枚取る。

 サクッ、と軽い音。甘い。

 少しだけ口の中が乾く。

 お茶を飲む。

 そこで。

 

「そういえば」

 

 ふと。気になったことを思い出した。

 レイチェルとミィルがこちらを見る。

 

「どうしたの?」

「ガルシアってさ」

「?」

「今どこで何してるんだ?」

「「あ……」」

 

 二人の声が重なった。

 そのまま、顔を見合わせる。

 

「昨日、ゲートの状態を確認しに行くって言ってただろ?」

「……そうだった」

 

 レイチェルが小さく呟いた。

 ミィルも、珍しく気まずそうに目を逸らす。

 

「ショーゴの能力のことで頭がいっぱいだったわ」

「お前ら……」

 

 思わず苦笑する。

 

「追ってきた本人のこと忘れてたのかよ」

「し、仕方ないでしょ!」

 

 ミィルの尻尾が、ぶわっと膨らむ。

 

「本当に色々ありすぎたのよ!」

「分かるけどさ」

 

 もう一枚クッキーを取る。

 

「任務で追ってきて」

「知らない世界に飛ばされて」

「ゲートもどうなってるか分からなくて」

「その上」

 

 レイチェルを見る。

 

「追ってた相手には存在忘れられてるって」

「うっ……」

 

 レイチェルが申し訳なさそうに肩を縮めた。

 

「ショーゴさん」

「ん?」

「それ以上は言わないであげてください……」

「なんでお前がそんな顔してんだよ」

「だって、ちょっと可哀想になってきて」

「確かに」

 

 ミィルも、一瞬だけ考え込む。

 

「……いや」

 

 すぐに首を振った。

 

「あの男に同情する必要はないわ」

「切り替え早いな」

「昔から散々説教されたんだから」

「そんな苦手なのか?」

「苦手よ」

 

 即答だった。

 

「何されたんだ?」

「昔」

 

 ミィルは遠い目をした。

 

「厨房からお菓子を一つつまみ食いしたことがあったの」

「うん」

「ガルシアに見つかったわ」

「うん」

「反省文を書かされたわ」

「反省文?」

「原稿用紙十枚」

「多いな!」

 

 想像以上だった。

 

「しかも……」

 

 ミィルの声が暗くなる。

 

「誤字脱字が一つでもあれば最初から」

「……マジかよ」

「三回目でようやく解放されたわ」

「つまり」

 

 頭の中で計算する。

 

「数十枚近く書いたのか?」

「思い出させないで!」

「悪い」

「だから苦手なの」

 

 ミィルが心底嫌そうにため息をつく。

 ガルシア。

 敵としてしか見ていなかったけど。

 昔からレイチェルやミィルを知っているなら、こういう話もあるのか。

 

「でも」

 

 ミィルの表情が真面目なものへ戻る。

 

「ガルシアがゲートを調べるなら、私たちより先に何か分かる可能性はあるわ」

「じゃあ」

 

 オレはお茶を一口。

 

「次に会ったら聞くか」

「簡単に言うわね」

「昨日は話できただろ」

「戦いながらね」

「……それもそうだな」

 

 昨日のことを思い出す。

 

 話し合い。

 戦闘中に能力覚醒。

 よく考えなくても、普通じゃない。

 

「でも」

 

 オレは続ける。

 

「戦わずに話せるなら、その方がいいだろ」

「ええ」

 

 ミィルも頷く。

 

「私もそう思う」

「ガルシアが何か分かったなら」

 

 レイチェルも言う。

 

「わたしたちも知りたい」

「ただし」

 

 ミィルの声が少し低くなる。

 

「次も話し合いだけで済む保証はないわ」

「やっぱり」

 

 オレはレイチェルを見る。

 

「連れて帰るつもりだからか?」

「……うん」

 

 レイチェルが静かに頷いた。

 

「昨日退いたのも」

「わたしを諦めたからじゃないと思う」

「ゲートを優先しただけ」

「そうね」

 

 ミィルが続ける。

 

「ガルシアは、レイチェルのお祖父様から受けた命令を途中で放棄するような人じゃない」

「任務が続いている限り」

「レイチェルを連れ戻そうとするでしょうね」

「……堅物だな」

「筋金入りよ」

「反省文数十枚だもんな」

「その話はもういい!」

 

 ミィルが投げてきたクッキーを受け取る。

 

「食べ物投げんなよ」

「ショーゴが悪いの!」

 

 レイチェルが苦笑していた。

 

「でも」

 

 オレはクッキーを皿へ戻す。

 

「次にガルシアと会って」

「また昨日みたいになったら」

 

 二人を見る。

 

「今のオレらで勝てるのか?」

「無理ね」

「……難しいと思います」

 

 即答。

 

「お前らさぁ」

 

 分かってたけど、もう少し言い方ないのか。

 

「事実だもの」

 

 ミィルは真顔だった。

 

「ガルシアは剣も魔法も」

「それに戦闘経験も」

「私たちとは桁が違うわ」

「昨日だって」

 

 レイチェルが続ける。

 

「ショーゴさんと二人で戦って」

「やっと少し攻撃が届いたくらいだった」

「だよな」

 

 ガルシア。

 本気だったのかどうかすら。

 正直、分からない。

 昨日。こっちはかなり必死だった。

 向こうは、最後まで冷静だった。

 

「でも」

 

 ミィルがオレの両手を見る。

 

「昨日、ショーゴの赤い銃がガルシアの障壁を崩した」

「……うん」

 

 レイチェルも頷く。

 

「ガルシアも、ショーゴさんの力を警戒してた」

「つまり?」

 

 聞く。ミィルは少し考えた。

 

「勝てるとは言わないわ」

「うん」

「でも」

 

 一度言葉を区切る。

 

「今まで私たちになかった対抗手段になる可能性はある」

「対抗手段ねぇ」

 

 右手を見る。何もない。

 左手。当然。何もない。

 

「まず出せるようにならないと話にならないけどな」

「そういうこと」

「プレッシャーかけてから落とすなよ」

「現実を教えてあげただけ」

「ありがとよ」

 

 ため息。

 それでも、昨日確かに。

 一発だけ、ガルシアの魔法を崩した。

 前回。

 オレは何もできなかった。

 ただ倒れて、助けてもらった。

 昨日も勝ったわけじゃない。

 ガルシアが自分から退いただけ。

 でも、ゼロではなくなった。

 それだけでも、オレにとっては大きい。

 

「まあ」

 

 右手を開く。

 

「腹を貫かれた借りもあるしな」

「ショーゴさん」

「それに」

 

 左手も開く。

 

「能力に目覚めるきっかけを作ってくれた礼もある」

「……それ」

 

 レイチェルが少し困った顔になる。

 

「絶対、お礼をする人の顔じゃないよ」

「気のせいだ」

「無理だけはしないでね?」

「分かってる」

「本当に?」

「本当に」

 

 答えると、レイチェルはようやく少しだけ安心したように笑った。

 その顔を見て、オレもクッキーを一枚口へ放り込む。

 

「さて」

 

 ミィルが前足をぱん、と叩いた。

 

「休憩終わり」

「もうか?」

「ガルシアに借りを返すんでしょう?」

「……自分で言ったけど、早速後悔してきた」

「ほら、立つ!」

「はいはい」

「はいは一回!」

「なんでお前まで母さんみたいになってんだよ」

 

     ◇◆◇

 

 もう一度。部屋の中央へ立つ。

 右手。左手。力を抜く。

 

「さっきより」

 

 レイチェルが言う。

 

「映画を見た後だから、思い浮かべやすいんじゃない?」

「多分な」

 

 目を閉じる。

 さっき映画の中で見た主人公。

 白い長衣。二丁拳銃。

 敵の前へ立つ姿。

 子供の頃。何度も見たし、何度も真似した。

 玩具の銃を両手に持って。

 鏡の前で構えた。

 今思えば、馬鹿みたいな話だ。

 でも、あの頃は本気だった。

 あんな風になりたい。

 格好よく。強く。

 誰かを助けられる人間に。

 その気持ちを思い出す。

 

 そして、昨日。実際に握った二丁。

 右手に黒。左手に赤。

 形。重さ。冷たさ。握った時の感触。引き金。反動。

 全部。思い出す。

 もう一度、この手に。

 

「……」

 

 身体の奥へ意識を向ける。

 昨日。

 胸の奥で脈打ったもの。

 あの熱。

 ほんの少しでもいい。

 

「……来い」

 

 右手。何もない。

 左手。何もない。

 でも--

 

「……?」

 

 指先が僅かに温かい。

 

「ショーゴ」

 

 ミィルの声。

 

「そのまま」

「分かってる」

 

 集中する。

 右に黒。左に赤。

 それだけを考える。

 すると、右手の周囲で空気が揺れた。

 

「!」

 

 レイチェルが息を呑む。

 黒い淡い光。

 指先から掌へ、少しずつ集まっていく。

 

「出てる……?」

「集中!」

 

 ミィルの声。

 左手。

 今度は赤い光。

 

「……っ」

 

 頭の中で二丁の拳銃を強く思い浮かべる。

 光が伸び形になる。

 銃身。握る部分。引き金。

 ほんの一瞬。

 そこに昨日と同じ二丁拳銃の輪郭が浮かんだ。

 

「……!」

 

 けれど、次の瞬間。

 霧が晴れるように消えた。

 

「……」

 

 右手。何もない。

 左手。何もない。

 部屋が静かになる。

 

「ショーゴさん」

 

 レイチェルが呟く。

 

「……うん」

「今」

「見えた」

 

 ミィルも頷く。

 

「私にも」

 

 オレは、しばらく自分の両手を見つめた。

 ほんの一瞬。

 触れることすらできなかった。

 昨日みたいに完全な形でもない。

 それでも。

 

「……出た」

 

 思わず笑う。

 

「ちょっとだけだけど」

「ええ」

 

 ミィルも、少しだけ嬉しそうだった。

 

「十分よ」

「昨日は、必要に迫られて勝手に出た」

「でも今は違う」

 

 レイチェルが言う。

 

「ショーゴさんが、自分で出した」

「……ああ」

 

 そうだ。

 昨日とは違う。

 今度は、誰かに襲われたからじゃない。

 追い詰められたからでもない。

 自分で、出そうと思った。

 そして、ほんの一瞬でも。応えてくれた。

 

「もう一回」

 

 オレは両手を前へ出す。

 

「え?」

「ショーゴ、休憩したばかりでしょう?」

「だからいける」

「そういう問題じゃ」

「もう一回だけだ」

 

 目を閉じる。

 右に黒。左に赤。

 さっきよりも。

 少しだけ、分かる気がする。

 光。熱。

 身体の奥から、両腕へ流れてくるもの。

 

「……」

 

 今度は、右手に黒い光。左手に赤い光。

 さっきより薄い。

 輪郭もぼんやりしている。

 それでも。確かに、二丁の銃の形が浮かぶ。

 数秒。

 そして、消えた。

 

「はぁ……」

 

 息を吐く。

 

「やっぱ難しいな」

 

 ほんの数秒。

 それだけなのに、少し疲れた。

 

「焦らないで」

 

 レイチェルが言う。

 

「最初は、そんなものだから」

「そうよ」

 

 ミィルも頷く。

 

「今日はこれ以上やりすぎない方がいいわ」

「でも」

「駄目」

「まだ何も言ってないだろ」

「顔に書いてある」

「そんなに?」

「ものすごく」

 

 レイチェルまで頷いた。

 

「……分かったよ」

 

 両腕を下ろす。

 ベッドへ腰を下ろす。

 手を見るが、何もない。

 でも、さっき。

 確かに。オレ自身の意思で、二丁拳銃を呼び出した。

 ほんの一瞬だった。

 まだ、まともに握ることさえできない。

 戦うなんて、もっと先だ。

 それでも、昨日とは違う。

 一歩。ほんの小さな一歩だけど。

 確かに、前へ進んだ。

 

「……よし」

 

 小さく呟く。

 まずは、この二丁を自分の意思で、いつでも呼び出せるようになること。

 そこからだ。

 

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