異世界から来た少女を拾ったら追跡者に狙われました 作:たけのこ教徒
あれから数週間が過ぎた。
学校生活にも少しずつ慣れ、レイチェルも今では愛衣たちと笑って話している姿を見かけるようになった。
最初の頃みたいに、何をするにも遠慮している感じはもうない。
昼休みになれば愛衣たちと一緒に中庭へ来るし、放課後にそのまま遊びに行くこともある。
オレの方は相変わらずだ。
学校が終われば、バイトか部活の助っ人。
そして、バイトも助っ人もない日や休日になると。
オレたち三人は、学校近くの裏山へ来ていた。
能力の訓練のためだ。
周囲は木々に囲まれていて、人通りもほとんどない。
とはいえ、銃を撃てば話は別だ。
乾いた発砲音なんて響かせれば、いくら人の来ない場所でも騒ぎになる。
だからこそ。
今。オレたちの周囲には、ミィルが張った半透明の結界が広がっていた。
薄い光の膜が、木々の間を大きく囲んでいる。
「そういやさ」
オレは右手の黒い拳銃を下ろしながら口を開いた。
「この結界って便利だよな」
「便利でしょ?」
少し離れた岩の上に座っていたミィルが、得意そうに胸を張った。
「結界の中なら、どれだけ撃っても外にはほとんど影響しないわ」
「音も?」
「外にはかなり小さく聞こえる程度ね」
「壊した木も?」
「結界を張った時から中にあったものなら、解除する時にある程度元の状態へ戻せるわ」
「ある程度?」
「何でも完全に元通りにできるわけじゃないの」
ミィルが前足を一本立てる。
「人間の怪我を治したり、外から持ち込んだものを復元したりはできないわよ」
「なるほど」
「あと、人払いの効果もあるから、普通の人なら無意識にこの辺りを避けるようになるわ」
「やっぱ便利すぎるだろ」
思わず笑う。
昨日までオレが弾を撃ち込んでいた木も。
訓練が終わり、ミィルが結界を解けば。
翌日には、ほとんど分からない程度まで元へ戻っていた。
魔法って、本当に反則だ。
「そういえば」
ふと、前から気になっていたことを思い出した。
「だったら、ガルシアと戦った時も最初から使えばよかったんじゃないか?」
「あの時?」
「ああ」
ミィルはすぐに首を横へ振った。
「無理よ」
「なんで?」
「この結界、移動しながらは張れないもの」
「……ああ」
「こうやって」
ミィルが周囲を見る。
「ある程度範囲を決めて、立ち止まって集中する時間がいるの」
「どれくらいだ?」
「この大きさなら、短くても数十秒」
「長いな」
「でしょう?」
あの日。ガルシアを前にして、そんな時間があったとは思えない。
「立ち止まって結界なんて張ってたら」
ミィルが続ける。
「多分、ショーゴが攻撃される方が早かったわ」
「……確かにな」
考えたくもない。
「だから、結界は便利だけど万能じゃないの」
「よく分かった」
「分かったなら」
ミィルが小さな前足をパンパンと叩く。
「結界の話はおしまい」
「はいはい」
「ショーゴは訓練再開!」
「はいは一回!」
「……」
「……」
「自分で言っておいてなんだけど、母さんみたいになってきたな、お前」
「余計なこと言ってないで構える!」
「分かったよ」
苦笑しながら両腕を上げる。
右手に黒。左手に赤。
今ではこうして意識すれば、かなり安定して呼び出せるようになった。
最初は、光の輪郭を一瞬出すだけで精一杯だった。
少し集中が途切れれば、すぐに消える。
形になっても数秒。
それが今では数分程度なら、維持できる。
「……ショーゴさん」
少し離れた場所からレイチェルが声を掛けてくる。
「がんばって」
「おう」
オレは軽く笑う。
「ありがとな」
「ここ数日でかなり上達してるわね」
ミィルも頷く。
「……うん」
レイチェルも嬉しそうに笑った。
「すごい」
「へへっ」
思わず照れ笑いする。
「そうか?」
その瞬間だった。
右手の拳銃が。
ふっ、と僅かに薄くなる。
「あぶねっ!?」
慌てて集中する。
黒い銃身の輪郭が、すぐに元へ戻った。
「……気が緩むとすぐそれね」
ミィルが呆れたようにため息をつく。
「褒められただけで崩れない!」
「しょうがないだろ」
「維持!」
「お、おう!」
気を引き締める。
「レイチェル、頼む!」
「うん!」
レイチェルが地面に置いてあった枝を拾う。
でも、今やっている訓練は最初から、こんなものだったわけじゃない。
◇◆◇
能力の訓練を始めたばかりの頃。
やっていたのはレイチェルが一本の枝を放り投げ、それを撃つ。
ただそれだけだった。
「いくよ?」
「おう」
「えいっ」
ぽい。
ゆっくり弧を描く枝。
狙い引き金をひく。
パンッ!
弾は、遥か横を通り過ぎた。
「……」
「……」
「……」
枝が地面へ落ちる。
「今のは」
「外れね」
「言わなくても分かってる」
一発目。外れ。
二発目。外れ。
三発目。今度は枝の少し横を通りすぎる。
「惜しい!」
「惜しいだけだろ」
十本投げてもらい。
最初に当たったのは、九本目だった。
「当たった!」
「おお!」
「喜ぶの早い!」
ミィルからすぐに声が飛ぶ。
「十本中一本よ!」
「最初なんだからいいだろ!」
「次は二本!」
「容赦ないな!」
そんなところから始まった。
一週間ほど経つ頃には。
一本なら、かなり安定して撃てるようになった。
次に、二本同時だったり三本。
枝だけではなく、小石。
大きさも変える。
投げる高さも速さも。
少しずつ難しくなっていった。
そして、今では。
◇◆◇
「まずは黒!」
「了解!」
レイチェルが枝を三本。
少し時間をずらして放る。
右手を上げ狙う。
パンッ!
一発目。
枝が弾ける。
すぐに銃口をずらす。
二発目、三発目。
乾いた発砲音が響く。
空中の枝が、順番に真っ二つへ裂けた。
「よし!」
「いいわね」
ミィルが頷く。
「次」
ミィルの周囲へ淡い光が集まる。ピンポン球ほどの大きさの光球が、空中に三つ浮かんだ。
「赤」
「おう」
左手に赤い拳銃を構える。
以前、枝や石でも試した。
赤でも物を撃てないわけではない。
ただ、黒ほど物理的な威力は強くない。
その代わり。
「いくわよ」
ミィルが光球を動かす。
左から右。
ゆっくり狙い撃つ。
赤い光が走る。
光球へ当たった瞬間。
ぱきん。
ガラスが割れるような音を立て、魔力そのものが崩れた。
「やっぱりか」
「ええ」
ミィルが頷く。
「少なくとも今のところ」
「黒は物理的な相手への干渉が強い」
「赤は魔力そのものへの干渉が強い」
「ガルシアの障壁を崩せたのも、その性質でしょうね」
「なるほどな」
右の黒。
左の赤。
見た目以外にもちゃんと違いがある。
「続けるわよ!」
「おう!」
レイチェルが今度は枝と小石。
両方を手に取る。
「……いくよ」
「来い!」
投げる。
枝。石。
速度が違う。
黒を使い枝を撃ち抜く。
次。
小石を砕く。
もう一個。
身体を横へずらしながら撃つ。
命中。
「そのまま!」
ミィルが叫ぶ。
その周囲へ魔力弾が一つ浮かんだ。
訓練を始めた頃。
最初はこれも一発だけだった。
「次から、私も攻撃するわ」
「……は?」
「避けながら撃ちなさい」
「聞いてないぞ」
「今言ったもの」
「そういう問題かよ!」
一発。
それだけで、最初はかなり苦労した。
数日後。
二発。
それがさらに増え。
今は。
「五つ!?」
ミィルの周囲へ魔力弾が五つ浮かんでいる。
「大丈夫」
「何が!?」
「威力は抑えてるから」
「当たったら?」
「痛い」
「嫌だわ!」
「始め!」
「聞けよ!」
魔力弾が飛ぶ。
「えいっ!」
同時。レイチェルから小石。
「ちょっ!?」
黒を構え撃つ。小石が弾ける。
横から飛来する光弾を避ける。
そのまま左手。
赤を撃つ。
光弾が崩れる。
後ろ。
「うおっ!」
身体を捻る。
魔力弾が肩のすぐ横を通り抜けた。
「止まらない!」
「分かってる!」
走る。撃つ。枝が砕ける。石が弾ける。
魔力弾。
赤で撃ち落とす。
間に合わない。
避ける。跳ぶ。着地。
また撃つ。
バスケの助っ人で身についた足運び。
毎朝走っている分、足は動く。
飛んでくる物へ反応するのも。
最初の頃よりは、遥かに早くなった。
「右!」
ミィル。
「分かってる!」
パンッ!
黒で小石を砕く。
「左!」
赤で魔力弾を崩す。
「後ろ!」
「無茶言うな!」
振り返りながら撃つ。
外した。
「うわっ!」
光弾が背中へ当たる。
「いってぇ!」
「実戦なら死んでたわよ!」
「威力抑えてるって言ったじゃねぇか!」
「だから痛いだけで済んでるの!」
「それでも痛いんだよ!」
レイチェルが笑いを堪えている。
「レイチェル!」
「ご、ごめんなさい」
「お前も投げてる側だろ!」
「えいっ」
「増やすな!」
さらに小石。
「くそっ!」
撃つ。撃つ。撃つ。
やがて、最後の標的を撃ち抜く。
黒い拳銃から、
カラン。
薬莢が一つ。
地面へ落ちた乾いた音。
数秒後。
淡い光へ変わり、消えていく。
「はぁ……」
肩で息をする。
「はぁ……しんど……」
拳銃を下ろす。
数週間前なら、一発も当てられなかった。
それ以前に、銃を出すだけで精一杯だった。
今は、狙って撃てる。
走りながら使える。
黒と赤を使い分けることも。
少しずつ、できるようになってきた。
「だからか……」
「何が?」
ミィルが聞く。
「何発も撃つと」
息を整える。
「長距離走った後みたいに身体が重くなる」
「それが魔力切れに近い状態よ」
「魔力切れ」
「ショーゴの拳銃も」
ミィルが説明する。
「そこから撃ち出されるものも」
「全部、あなた自身の魔力で形になっている」
「じゃあ」
右手の黒を見る。
「オレの場合、魔力切れイコール弾切れってことか?」
「だいたいは、そう考えていいわ」
「マガジンとか関係ないのか」
「まがじん?」
「こっちの話」
銃そのものは見た目は拳銃。
でも、普通の拳銃とは違う。
弾も薬莢も。
オレの魔力から作られていて、役目を終えれば消える。
「魔力も」
ミィルが続ける。
「使って、休んでを繰り返していけば」
「少しずつ扱える量は増えていくわ」
「筋トレみたいなもんか?」
「感覚としては近いわね」
「……その感じ」
レイチェルが頷く。
「わたしも最初そうだった」
「レイチェルも?」
「うん」
小さく笑う。
「レイピアを長く出してるだけで、身体に力が入らなくなってた」
「やっぱ誰でも通る道なんだな」
「そういうこと」
ミィルが頷いた。
「さて」
前足をぱん、と叩く。
「五分休憩!」
「助かった……」
その場へ座り込む。
「その後は実戦形式ね」
「……は?」
顔を上げる。
「今なんて?」
「実戦形式」
「誰と?」
ミィルの視線が。
ゆっくりレイチェルへ向いた。
オレも見る。
レイチェルも自分を指差した。
「……わたし?」
「そう」
「いや待て」
思わず立ち上がる。
「危なくないか?」
「誰の心配をしてるの?」
「レイチェル」
「逆よ」
「……は?」
レイチェルが困ったように笑う。
「……ショーゴさん」
「ん?」
「ごめんね?」
「なんで始まる前から謝るんだよ」
怖いわ。
◇◆◇
五分後。
結界の中央。
オレとレイチェルは、五メートルほど離れて向かい合っていた。
レイチェルの手にはレイピア。
とはいえ、普段のものとは少し違う。
切っ先に淡い光が包んでいる。
「安全用の術を掛けたわ」
ミィルが説明する。
「当たっても大怪我はしない」
「大怪我は?」
「痛いとは思う」
「またそれかよ」
「実戦形式なんだから我慢しなさい」
オレも両手へ拳銃を出す。
「オレの方は?」
「威力を抑えるよう意識して」
「それだけ?」
「結界側でもある程度吸収するわ」
「ある程度って言葉、今日何回聞いた?」
「細かいわね」
ミィルが少し離れる。
「ルールは簡単」
「相手へ一撃入れたら勝ち」
「それだけ」
「分かった」
レイチェルも頷く。
「……うん」
表情が変わる。
さっきまでの少し柔らかい顔じゃない。
レイピアを構えた瞬間。
空気が明らかに変わった。
「……」
知ってる。
レイチェルは強い。
ガルシア戦で見た。
分かってる。
でも。
「準備は?」
ミィル。
「いいぞ」
「……大丈夫」
「始め!」
その瞬間。
まずは距離を取る。
そう決めていた。
オレの武器は銃。
レイチェルは剣。
近づかれなければ、有利なはずだ。
黒を構える。
「――ッ!」
撃つ。
パンッ!
レイチェルが消えた。
「は?」
違う。
横に避けた。
もう一発撃つ。
レイピアが閃く。
弾が軌道を逸らされた。
「マジかよ!?」
さらに後ろへ下がる。
撃つ。一発。二発。
レイチェルは、身体を小さく動かしながら避ける。
近づく。
「速っ――」
気づいた時には目の前にいた。
「……終わり」
首元へ、レイピアの切っ先。
「……」
「……」
「……参りました」
「開始から十四秒ね」
ミィルが言った。
「数えなくていい」
拳銃を下ろす。
レイチェルも慌てて剣を離した。
「だ、大丈夫?」
「身体は」
「身体は?」
「心がちょっと痛い」
「ご、ごめんなさい」
「謝るなって」
苦笑する。
「いや」
改めてレイチェルを見る。
「お前、こんな強かったのかよ」
「……一応、小さい頃から習ってるから」
「一応で十四秒は酷いだろ」
「ちなみに」
ミィルが口を挟む。
「ガルシアは、そのレイチェルより遥かに強いわよ」
「今言う必要あったか?」
「現実を知るのも訓練よ」
「急に絶望的な情報追加すんな」
レイチェルが小さく笑う。
「……わたしも」
「ん?」
「ガルシアには、ほとんど勝ったことないよ」
「ほとんど?」
引っ掛かる。
「ってことは勝ったことある?」
「……一回だけ」
「おお」
「子供の頃」
「へえ」
「ガルシアがおまけのおまけで手加減してくれた時……」
「ノーカンだろ、それ」
「……やっぱり?」
「絶対ノーカンよ」
ミィルも即答した。
「うーん……」
レイチェルが少し残念そうだ。
でも、十四秒。
「もう一回だ」
「え?」
レイチェルが目を丸くする。
「ショーゴ?」
ミィルもこちらを見る。
「もう一回やる」
「休まなくていいの?」
「今度は」
拳銃を握り直す。
「もう少し粘る」
レイチェルが少しだけ笑った。
「……分かった」
◇◆◇
二戦目。
「始め!」
今度は最初から動く。
後ろへただ下がるんじゃない。
右の黒。
レイチェルの足元を狙う。
撃つ。
パンッ!
地面へ弾が当たる。
レイチェルが横へ動く。
そこへもう一発。
「……!」
今度は避けられる。
でも、足は止まった。
「よし」
次。
左の赤
レイチェルの進行方向に撃つ。
地面そのものへは大きな効果はない。
ただ、視界に赤い光。
一瞬だけ。踏み込みが遅れる。
その隙に、距離を取る。
「さっきより考えてる!」
ミィルの声。
「うるさい!」
レイチェルが来る。
黒。
一発。避ける。
二発。レイピアに弾かれる。
三発目。
「……っ」
レイチェルの袖を僅かに掠めた。
「おっ!」
「油断しない!」
「分かって――」
次の瞬間。
視界から、レイチェルが消える。
「しまっ――」
背後。
肩へ、とん。
レイピアの腹。
「……終わり」
「……」
振り返ると、レイチェルが立っている。
「何秒?」
「四十一秒」
ミィル。
「数えてたのかよ」
「当然」
負け。それは変わらない。
でも、一戦目。十四秒。
二戦目。四十一秒。
しかも。一度だけ、レイチェルの袖へ当てた。
「……」
オレは少しだけ笑った。
「負けたけど」
「さっきより全然よかったわ」
ミィルが頷く。
「今の足元を狙ったのも悪くなかった」
「だろ?」
「調子に乗らない」
「褒めた直後に落とすな」
「でも」
レイチェルが自分の袖を見る。
そこには、弾が掠めた跡がほんの僅かに残っていた。
「ショーゴさん」
「ん?」
「すごく強くなってるよ」
「……そうか?」
「うん」
レイチェルが笑う。
「最初に訓練した時なんて」
「枝一本にも当たらなかったのに」
「それは忘れてくれ」
「九本目で初めて当たったよね」
「覚えてんじゃねぇよ」
「ちゃんと覚えてる」
嬉しそうに言われると、反論しにくい。
「じゃあ」
ミィルが前足を上げた。
「今度こそ休憩!」
「やっとか……」
◇◆◇
結界を解除。
周囲に広がっていた薄い光が。
少しずつ消えていく。
撃ち抜いた木。
抉れた地面、散らばっていた枝。
それらも淡い光に包まれながら。
少しずつ元の姿へ戻っていった。
三人で、近くの木陰へ移動する。
「疲れた……」
そのまま草の上へ寝転ぶ。
青空。木の葉。
葉の隙間を抜ける風が気持ちいい。
「はい」
声。身体を起こす。
レイチェルが水筒を差し出してくれていた。
「おっ、サンキュ」
「うん」
紙コップへお茶を注ぎ一口。
「うまい」
「今日は暑かったからね」
レイチェルも隣へ座り、同じようにお茶を飲む。
ミィルは、どこから拾ってきたのか小さな木の実をもぐもぐ食べていた。
「それ好きなんだな」
「嫌いじゃないわ」
「おいしい?」
「……悪くないわね」
「その言い方好きだよな」
「何よ」
「別に」
思わず笑う。
ミィルが少し不満そうに木の実をかじる。
レイチェルも小さく笑っていた。
数週間前、オレは銃を出すことすらできなかった。
右手に黒。
左手に赤。
それを、ほんの一瞬だけ形にできた。
それだけで大喜びしていた。
今は、数分なら維持できる。
狙って撃てる。
動きながら使える。
黒と赤を。
少しずつ使い分けられる。
でも、まだだ。
レイチェルには届かない。
その先には、もっと強いガルシアがいる。
「……まだまだだな」
思わず口から漏れた。
「え?」
レイチェルがこちらを見る。
「いや」
紙コップを見ながら。
「レイチェルにすら勝てないからな」
「すらって何よ」
ミィルが呆れた顔をする。
「レイチェルは普通に強いわよ」
「分かってる」
「ならいいけど」
「でも」
レイチェルが少しだけ笑う。
「ちゃんと強くなってるよ」
「……そうか?」
「うん」
「最初に比べたら、全然違う」
そう言われて。
自分の手を見るが、何もない。
今は、能力を消している。
でも、少し集中すれば呼び出せる。
あの二丁を自分の意思で。
「だから」
レイチェルが続ける。
「焦らなくていいと思う」
「一歩ずつで」
「そうね」
ミィルも頷く。
「焦って身体を壊したら意味ないもの」
「ショーゴは特に調子に乗りやすいし」
「最後の一言余計だろ」
「事実よ」
「どこがだよ」
「褒められただけで能力消えかけてたじゃない」
「……」
「図星ね」
「うるせぇ」
レイチェルが声を上げて笑う。
ミィルも得意そうに尻尾を揺らしていた。
オレも釣られて笑った。
ガルシアには、腹を貫かれた借りがある。
ついでに、能力へ目覚めるきっかけを作ってくれた礼もある。
次に会った時には少なくとも。
前みたいに、何もできずに終わるつもりはない。
まだ届かない。
それなら、一歩ずつ。
近づいていけばいい。
今は、それで十分だ。